第54話 四百年の宿主
御城の竜舎は、竜舎ではなかった。
「御竜の間」と呼ばれるそこは、石造りの堂だった。床は鏡のように磨かれ、天井は見上げると首が痛くなるほど高く、香が焚かれ、高窓から春の光が幾筋も射し込んでいた。
竜舎の匂いがしなかった。藁も、糞も、餌の匂いもない。あるのは香の匂いだけだ。竜のいる場所の匂いがしない竜舎を、カヤは初めて見た。
その真ん中に、老御竜ミカゲが伏せていた。
白銀の鱗。八十二歳の牝。四百年の火の、九代目の宿主。
カヤは、入口で足を止めた。癖で、まず立ち方を見ようとして──伏せたままの竜の、あまりの静けさに、見るべきものを見失った。
美しい竜だった。手入れは完璧で、鱗の一枚まで艶があり、目は澄んでいた。
だが。
「近う」
御番医の筆頭が促した。カヤは進み出て、作法通りに礼をし、許しを得て、ミカゲの喉に手を当てた。
熱は、あった。白く澄んだ、高貴な熱。
ただ、静かだった。
窯裏の竜たちの喉は、火株の働く音で、いつも小さく賑やかだ。ぼそぼそと燃え、時々爆ぜ、餌のあとは勢いづく。生き物の音がする。
ミカゲの喉は、澄んで、整って──静かすぎた。
楽の音と、生き物の音の違いだ、とカヤは思った。整えられた音は綺麗で、狂いがなく、そして、増えも減りもしない。
「いかがかな、下町の先生」
背後から声がした。振り返ると、三十代の御番医が立っていた。切れ長の目の、スバルという男だった。
「四百年の火だ。さぞ、騒がしい火を見慣れた目には、物足りなかろう」
嫌味の形をした問いだった。カヤは、手のひらの熱を確かめてから、正直に答えた。
「綺麗な火です。こんなに整った火は、初めて診ました」
「だろう」
「──静かすぎるとも、思いました」
スバルの目が、細くなった。
沈黙が、少しの間、二人の間に立った。敵意というより、値踏みの沈黙だった。四百年の格式の側から見れば、カヤは物差しの外から来た人間だ。その人間が、いちばん痛いところを、初日に言い当てた。
「……明日も来い」スバルは、それだけ言って背を向けた。




