第53話 御城の使い
使いは、白装束で来た。
窯裏の路地に白装束は目立つ。パン屋の女房が窯の陰から首を伸ばし、水売りが桶を置き、患竜の列の荷竜までが、揃って首を回した。白い従者は、竜の糞と藁の匂いのする路地を、眉ひとつ動かさずに歩いてきた。育ちのいい歩き方だった。
御番医の従者が窯裏の路地に立つのは、シラスの夜歩き以来だ。だが今日のそれは忍びではなく、正式の書状を捧げていた。
〈二等竜医カヤ殿
春、王家の火の代替わりの儀を執り行う。
御番医シラスの推挙により、貴殿を儀の陪席に任ずる。
支度を整え、登城されたし〉
診療所が、静まった。
読み上げられた文言の意味が、順に染みていく。御城。王家の火。四百年。どの言葉も、銅三十文の帳場からは、いちばん遠い場所のものだった。
「陪席って、なんですか」ツグミが小声で訊いた。
「儀の間に控えて、万一に備える役だ」ガマが答えた。「御番医以外がやった例を、俺は知らん」
「つまり」ツグミがカヤを見た。「万一のとき、先生が四百年の火を触るってことですか」
「そうならないための、控えだから」
「そうなったら?」
弟子の問いは、ときどき矢のようにまっすぐ飛ぶ。カヤは答えず、書状をもう一度、最初から読み直した。
夜、カヤはシラスの手帖を開いた。初雪の晩に譲られた、御番医の手帖。その白い頁の手前、最後に埋まった頁に、老人の細い字があった。
〈代替わりの儀、次は十代目。
わしの目はもう間に合わん。目のある者を、間に合わせること〉
推挙の理由は、譲られた日から書いてあったのだ。
手帖を閉じて、カヤはしばらく、灯りの芯が鳴るのを聞いていた。死んだ人の字は、こういうとき、生きている人の声より近くで聞こえる。
「行ってこい」ガマは薬研を挽きながら言った。「診療所は回る。三等が一人おれば、十分だ」
登城の朝、窯裏の路地には、また見送りが並んだ。パン屋の女房が固パンを、炭屋が炭を持たせようとして、カヤは丁重に断った。御城に炭を担いでは入れない。
路地の出口で振り返ると、診療所の戸口にガマが立っていた。老竜医は何も言わず、片手を上げた。行ってこい、の形だった。カヤも片手を上げて、坂を上り始めた。丘の上より、さらに上。銅三十文の路地から、四百年の火までの坂だった。




