第52話 ふたりめの三等
ツグミが三等を受けると言い出したのは、その春だった。
言い方が、いかにもこの弟子らしかった。夕餌のあと、器具を拭き終え、布を畳み、それから帳場の真ん中に立って、「受けます」とだけ言ったのだ。何を、とは誰も訊かなかった。三年も同じ帳場にいれば、それで通じる。
言い出したとき、ツグミはもう十六だった。カヤが窯裏の戸を叩いた歳を、一つ越えていた。止める理由は、どこにもなかった。
願書の推薦人の欄に、カヤは自分の名を書いた。二等竜医カヤ。正規の、堂々たる推薦だった。書きながら、教導名簿の消し忘れを探した四年前を思い出して、少し笑った。
「何がおかしいんですか」
「順路で推薦できるのが、嬉しいだけ」
四年前、カヤの推薦人の欄は、規定の隙間を三日探して、ようやく埋まった。ツグミの欄は、筆一本で埋まる。たったそれだけのことが、思ったより深いところで嬉しかった。
試験の日、カヤは付き添いを許されず、師会の廊下で待った。自分の試験のときより、よほど落ち着かなかった。四年前と同じ白い壁は、待つ側に回ってみると、ずいぶん冷たかった。
試験の実技で、ツグミに当たった患竜は、井戸竜だった。主訴は食欲不振。ツグミは目と喉と立ち方を診て、口の中を検め、最後に竜の寝不足の目をもう一度覗いてから、試験官に言った。
「歯です。左の奥。それと──この竜、夜にちゃんと寝られてません。井戸の車輪が軋んでるはずです。油を差してください。歯を治しても、眠れない竜は食べません」
試験官席の真ん中で、イサギがわずかに眉を上げた。
十日後、合格発表。受験者八十七名、合格十二名。ツグミの名があった。
免状を受け取った帰り、ツグミは診療所の戸口で立ち止まり、飴色の鱗を懐から出して、しばらく握っていた。夕方の光で、鱗は蜜の色に透けた。
決まりに竜を殺された子が、決まりの中で竜を治す免状を取った。ここまでの道のりを、カヤは隣でずっと見てきた。何も言わずに、鱗が懐に戻るまで、隣で待った。
「ハコに、報告した?」カヤが訊くと、ツグミは頷いた。
その晩から、窯裏の診療所の木札は三枚になった。
〈銅三十文〉〈二等竜医カヤ〉〈三等竜医ツグミ〉
「字が下手だ」とガマは言った。三年前と同じ台詞だった。
ツグミは言い返さず、翌朝、自分の木札だけこっそり書き直した。それに気づいたガマが、鼻を鳴らした。
「……上手くなっとる」




