第5話 『継ぎ火』
雨の日は、患竜が減る。
そういう日、ガマは酒を舐めながら、気が向くと講義をした。教科書はない。ガマの頭の中と、棚に並んだ壺──竜の臓器の漬け標本──が教材だった。
「焔嚢」ガマは壺を一つ、卓に置いた。中に、握り拳ほどの袋状の臓器が浮いていた。「喉の奥、気道の脇にぶら下がっとる。内側は襞だらけで、襞の間に火株が棲む」
「火株って、虫ですか」
「虫よりずっと小さい。目には見えん。株は嚢の中で餌を食って、殖えて、火の素──燃える息を作る。竜はそれに火花を合わせて吐く。ついでに、株が働くときの熱が、竜の体を温める」ガマは壺を回した。「つまり竜というのはな、火株の、でかい住み処だ」
「株が死んだら」
「火が消える。体温が落ちる。竜は動けなくなって、ふた月で死ぬ」ガマは酒を舐めた。「逆に、竜が死んでも株はしばらく生きとる。だから死んだ親の火を仔が継ぐこともある。竜の残り火だ」
カヤは、手控えに図を描きながら訊いた。
「株も、歳を取りますか」
「取る」ガマは即答した。「株の群れには寿命がある。若い株はよく燃えて、よく殖える。古い株は火が細って、殖えが鈍る。……ただしな、古株には古株の値打ちがある。古い株は、病に強い。百年生き延びた株というのは、百年ぶんの病を全部くぐって生き残った株だ」
「株が老衰したら、治せますか」
「治せん」ガマは言った。「老衰は病じゃない。だが──」
「だが?」
「入れ替えることは、できる。理屈の上ではな」ガマは壺を棚に戻した。「継ぎ火、という。よその竜の強い株を株分けして、弱った嚢に植えて、群れごと入れ替える。古い術だ。俺は生きてるうちに、成功例を二度しか見とらん」
「難しいんですか」
「株ってのは、余所者を焼く。竜の嚢の中は、株どもの縄張りだ。新入りの株はたいてい、先住の株に焼き殺されて終わる。成功させるには、先住の群れを弱らせる加減と、植える株の質と、植えたあとの餌の管理と──」ガマは指を折りかけて、やめた。「まあ、聞いても仕方ない。やる機会など、まず来ん」
カヤは、その夜、手控えに長く書いた。
最後の行は、こうだった。
〈ミゾレの火は百五十二年。老衰なら、治せない。継ぎ火なら──先生は「機会など来ん」と言った。
覚え:機会が来ないなら、私が作る〉
窓の外で、雨がパン屋の屋根を打っていた。
夏の試験までは、もうあとふた月しかない。




