第4話 銅三十文の診察代
窯裏の診療所の一日は、夜明け前に始まる。
荷竜は朝から働くから、診察は働く前に来る。夜明けから朝までが最初の山で、それから往診、昼過ぎに二度目の山、夜は急患。
カヤの仕事は、竜を押さえること、器具を洗うこと、そして、見ることだった。
「見ろ」がガマの口癖だった。「竜は嘘をつかん。飼い主は嘘をつく。『餌はやってます』『休ませてます』──帳簿と口は嘘をつくが、竜の体は正直だ。だから竜を見ろ」
診察は、銅三十文。
安すぎる、と最初カヤは思った。丘の上は銀二枚──銅二百文だ。七倍近く違う。
ひと月いて、分かった。
窯裏に来る竜の飼い主は、荷運び、水売り、パン屋、炭屋。竜一頭で食っている家ばかりだ。竜が働けなくなれば、家がまるごと傾く。彼らにとって銀二枚は、五日分の稼ぎだった。
「診察を我慢する」ガマは言った。「我慢すると、悪くなってから来る。悪くなってからだと、治療が高くつく。高いから、もっと我慢する。それを繰り返した竜がどうなるか、見せてやる」
ガマが往診で連れて行った先に、炭屋の窯竜がいた。
小型の竜で、窯の火の番をする。歳は四十。竜としては中年だ。だが、その竜は、伏せたまま立てなかった。趾の瘤を三年放置して、骨が変形し、変形を庇って背骨が曲がり、曲がった背骨が焔嚢を圧していた。火を吐くたびに痛むから、吐かなくなり、吐かない火株は弱る。
「もう、継げる火が残っとらん」ガマは竜の喉に手を当てて、長いこと黙っていた。「三年前なら銅百文で治った。今は、金十枚積まれても治せん」
帰り道、ガマは言った。
「銅三十文はな、安売りじゃない。『悪くなる前に早く連れてこい』って値段だ」
カヤはその日、手控え帳を買った。銅十五文だが惜しくはなかった。
最初の頁に書いた。
〈窯竜・牡四十歳。趾瘤三年放置→骨変形→背弯→焔嚢圧迫。初期なら銅百文。今は不治。
覚え:治療の値段は時間で決まる。早いほど安い。遅いほど高い。一番高いのは「手遅れ」で、これは金では払えない〉
夜、器具部屋の寝床で、カヤはミゾレのことを考えた。
ミゾレの咳は、いつから始まっていたか。
思い出せる限りで、二年前。
カヤはもう一行書いた。
〈ミゾレ。咳は、二年。灰色の粉。きっともう「早く」ではない〉




