第3話 窯裏の藪(かまうらのやぶ)
窯裏は、パンの匂いと竜の匂いが半分ずつする路地だった。
診療所は、看板が出ていなかった。パン屋の裏手の、元は倉庫だったらしい建物で、入口の戸が外れかけていて、中から男の怒鳴り声がした。
「──だから、荷を減らせと言っただろうが!三月も前に!」
カヤが戸の隙間から覗くと、土間の真ん中に荷竜が一頭伏せていて、その前脚を、白髪まじりの男が抱え込んでいた。竜の趾の裏が割れて、膿んでいた。男は膿を絞り出しながら、竜の持ち主らしい若者を怒鳴りつけていた。
「趾が割れた竜に石畳を歩かせ続けたら、次は骨までいく。骨までいったら、この竜はもう荷は牽けん。お前、そうなったらこいつをどうする」
「どうするって……」
「売るのか。潰すのか。言ってみろ」
若者は俯いた。
男は膿を絞り終え、傷に黒っぽい軟膏を塗り込み、布を巻いた。手際は、怒鳴り声と正反対に、静かで速かった。
「十日、荷を半分にしろ。薬代込みで銅五十文」男は言った。「払えんなら、月末でいい」
若者と竜が出ていったあと、カヤは戸口に立った。
「先生」
「診察なら竜を連れてこい」男は手を洗いながら、振り返りもしなかった。
「弟子にしてください」
「取らん」
「働きます。掃除でも荷運びでも。給金は要りません」
「取らんと言った」男はやっと振り返った。近くで見ると、思ったより歳老いていた。六十近い。左の眉から頬にかけて、古い火傷の痕がある。「丘の上へ行け。ここにいても免状は取れん。俺は三等だ。推薦は書けん」
カヤは、その言葉に引っかかった。
これだけの手際で、三等。
「……先生は、なんで三等なんですか」
「帰れ」
カヤは帰らなかった。翌朝、診療所の前を掃いた。頼まれてもいないのに、水を汲み、土間の藁を替え、器具の血と膿を落として並べた。男は何も言わず、カヤを無視して診療を続けた。
三日目、荷竜が二頭同時に担ぎ込まれて、診療所の手が足りなくなった。
「おい」男が初めてカヤを呼んだ。「そこの。竜の頭を押さえられるか」
「押さえられます」
「暴れるぞ」
「暴れる竜の押さえ方なら、知ってます」カヤは竜の顎の下に入り、喉の付け根の鱗の隙間に指をかけた。竜が静かになった。「ここを押さえると、竜は暴れられません。息の道が近いので、強く押しちゃ駄目ですけど」
男は、カヤの手元を見た。
「……誰に習った」
「竜に」
その日の診療が終わったあと、男は初めてカヤを椅子に座らせた。
「ガマ、と呼ばれとる」男は言った。「本名は忘れろ。飯は出す。給金はなし。寝床は器具部屋の隅。それでよければ、明日から竜を押さえて手伝え」
「はい」
「言っておくが」ガマは付け加えた。「推薦は書けんぞ。俺の推薦は、書かんほうがましだ」
その言い方が、どういう意味なのか、カヤはまだ知らなかった。




