第37話 ゲンの火
ハギが「窯裏の竜医」の噜を聞いたのは、廄当番の兵からだった。
防疫局の調査で来ている若い女の竜医は、軍から返された竜を治した本人らしい──。
その夜、ハギは決心して、宿舎の戸を叩いた。
「あの、自分は、竜兵見習いのハギであります。相棒の……ゲンという竜のことで」
カヤは、夜の竜舎に忍びで来てくれた。カジが見張りに立った。軍規では、兵が勝手に竜を診せることは許されない。見つかれば、ハギは営倉行きだった。
「息が、焦げ臭いんです。先週から。それと、夜、寝てるのに喉が鳴るんです。ぼう、ぼうって」
カヤはゲンの顎の下に入り、喉の付け根の鱗に指をかけた。大きな軍竜が、ふ、と静かになった。ハギは目を見張った。半年かけても、自分以外に触らせない竜だった。
診立ては、長くかからなかった。
「……ハギさん。正直に言います」
「はい」
「ゲンの軍火は、暴走の入口にいます。放っておけば、ひと月以内に、焔嚢が竜の体を焼き始める」
ハギの顔から、血の気が引いた。
「なお、直せます」カヤは続けた。「強すぎる株を燃やし切らせて、並の株に継ぎ替える術があります。王都で七例やって、六頭生きています。──ただし、軍がそれを許すかどうかは、別の話です」
「……許すわけ、ないです」ハギは、拳を握った。「軍火を抜いたら、ゲンはただの荷竜に戻る。軍にとっては、兵器が一つ壊れるのと同じだから。それなら新しい竜に植え直したほうが安いって、経理の兵が言ってました」
少年兵は、ゲンの首に額をつけた。
「先生。ゲンは、南の村の畑で、芋を運んでた竜なんです。強い火なんか、こいつは一度も欲しがってない。……返してやりたいんです。芋を運んでた火に」
カヤは、手控えに書いた。ゲンの名と、息の焦げの度合いと、日付。
書ける場所が、まだ、それしかなかった。




