第36話 二重帳簿
カルナ砦は、川を見下ろす崖の上にあった。
川向こうは、隣国ガルデの領だ。対岸にも砦が見え、双方の物見の火が、夜になると川面に映って揺れた。戦は、まだ始まっていない。ただ、両岸で火の数だけが、月ごとに増えていた。
カヤとセイは、表向き「防疫局による徴用竜の健康調査」として砦に入った。書類はセイが整え、シラスの一筆が添えられ、軍務局の受理印もある。イサギの言葉どおり、決まりの内側から入った。
砦司令のバンは、五十がらみの、岩のような男だった。
「防疫局の調査、ご苦労。──だが、先に言っておく」司令は書類を検めながら言った。「竜舎の見学は許可する。竜への処置は許可しない。軍火に関する質問には答えない。以上だ」
「診るだけです」カヤは言った。「診るのは、あたしの仕事なので」
軍の竜舎は、石造りで、王都の東竜舎より整然としていた。飼料は良く、寝藁は清潔で、竜たちの体は手入れされていた。軍は竜を、大事な兵器として、丁寧に扱っていた。
兵器として。
カヤは通路を歩きながら、三十頭を順に見た。立ち方。目。そして、通り過ぎるときの、息。
九頭。カジの言った通りだった。焦げた息が、九頭。
うち二頭は、もう目が濁り始めている。
案内役の軍竜医カジは、カヤと目を合わせず、帳面を読み上げるように言った。
「当竜舎の竜は、全頭、健康である。記録の通りだ」
その夜、宿舎で、カジは本当の帳面をカヤとセイの前に開いた。二十年ぶんの、擦り切れた綴り。処置された竜、二百四十一頭。うち「返却」百六十五頭、「引退」七十六頭。
「引退の竜は、どこへ」セイが訊いた。
「裏の谷だ」カジは言った。「焼いて、埋める。焔嚢ごとだ。……軍火の株を、外に出さないために」
「灰咳のときの株は、外に出ましたよね」
「ああ」カジは頷いた。「あれ以来、軍は隠し方だけが、うまくなった」




