第33話 夜の来客
噜は、水のように低いほうへ流れる。
軍から返された竜を、窯裏の竜医が治した──その話は、夏の終わりには、王都の竜飼いたちの間に染み渡っていた。軍帰りの竜を抱えた家が、三頭、五頭と、窯裏に竜を牽いてきた。
逆継ぎ火は、秋までに七例。六頭がついた。一頭は、間に合わなかった。
その夜更け、診療所の戸が、控えめに叩かれた。
戸口に立っていたのは、外套を目深にかぶった男だった。四十がらみ。外套の下は、軍の竜医の制服だった。
「夜分にすまない。……カジという。北の、カルナ砦の軍竜医だ」
ガマが、無言で酒を出した。カジは湯呑みに口をつけず、しばらく黙って、それから、絞り出すように言った。
「砦には、軍火の竜が三十頭いる。うち、この半年で──息が焦げ臭くなった竜が、九頭」
カヤは、手控えを引き寄せた。
「焦げた息は、暴走の先触れだ。あんたが治した竜と、同じ道を辿ってる。だが軍では、治療はできん。軍火の『不具合』は存在しないことになってるからだ。不具合の竜は、夜のうちに『引退』して、裏から出ていく」カジは、そこで初めて酒を呫った。「私は軍医だ。二十年、軍の竜を診てきた。診てきた、というのは嘘だな。……看取ってきた。帳面には『軍務不適・返却』とだけ書いて」
「セイさんと、同じ帳面だ」カヤは思わず言った。
「同じ?」
「〈異常なし〉と書き続けた検疫官を、知っています。その人は、裏に本当の帳面をつけていました」
カジは、外套の内から、古い帳面を出した。
卓に置かれたそれは、隅が擦り切れて、膨れていた。
「二十年ぶんだ」軍竜医は言った。「軍火を植えられた竜の名前と、処置の日付と、死んだ日付。全部ある。──これを持って、私はあんたに頼みに来た。カルナ砦に、来てくれ。九頭は、まだ生きてる」




