第30話 二十年前の株
セイは、三日調べて、窯裏に来た。
防疫局付きになった元検疫官は、書類鞄から古い綴りを出した。
「軍火計画の表向きの名前は『竜火改良研究』。始まったのは──二十二年前です」
「二十二年前」カヤは数えた。「灰咳の、二年前」
「ええ」セイは頁をめくった。「研究の初期記録は軍の機密で見られません。ですが、当時の飼料の発注記録と、北辺からの竜の死体の搬出記録は、民間の帳簿に残る。突き合わせると──研究開始から二年の間に、北の軍竜舎で竜が四十頭近く死んでいます。そして、その搬出を請け負った竜捌きの組合の記録に、こうある」
セイは、一行を指した。
〈死竜、いずれも焔嚢に灰充満。触れし者、手を洗うべし〉
診療所の空気が、冷えた。
「灰咳の一頭目が北の竜市に現れたのは、その直後です」セイは綴りを閉じた。「軍火は、強い株を作る研究です。強い株を作ろうとして、しくじった株──火の素の代わりに灰を作る株が、実験の竜から漏れた。それが、灰咳だった。二十年前の三百頭も、去年の三百八頭も、処分された百十二頭も……出どころは、同じ研究です」
カヤは、ツグミを見た。
ツグミは、帳場の隅で、飴色の鱗を握りしめていた。
「セイさん」カヤは訊いた。「これ、表に出せますか」
「出せません」セイは即答した。「状況の一致だけで、直接の証拠がない。軍の帳簿は開かないし、開けと言える者もいない。検疫官も防疫局も、軍の竜舎には──今も、入れません」
「入れないところから、病気だけ出てくる」
「ええ。去年、あなたに言われた通りです」セイは、初めて感情の見える声で言った。「私はあれから、ずっとそのことを考えています。軍の門の前で、検疫官の職権は止まる。門の中で何が死んでいても、私の帳面には書けない。──書けない帳面は、また嘘になる」




