第21話 カヤ先生
雪の朝は、竜の趾が割れる。
凍った石畳は刃物と同じだ。夜明け前の窯裏の診療所には、荷竜が三頭並んで、湯気の立つ桶に順番に足を浸けていた。
「クロ、次」
カヤが言うと、炭屋の荷竜クロは自分から足を上げた。窯裏の竜たちは、もうこの若い竜医の声を覚えている。趾の裏に軟膏を塗り込み、布を巻く。手際は、去年より確かに速くなった。
「はい、十日は重い荷を減らして。薬代込みで銅五十文」
「へい、カヤ先生」
先生、と呼ばれることには、まだ慣れない。
帳場の奥で、ガマが薬研を挽いている。免状を失った老竜医は、いまは「押さえ係とうるさい相談役」を名乗っているが、実際にはカヤの診立てを毎晩、一件ずつ検分する。間違えば怒鳴られる。合っていれば、何も言われない。何も言われない日が、少しずつ増えてきた。
疫の終息から、ふた月が経っていた。
窯裏の路地には、夜になると青白い火が灯る。継ぎ火で救われた十九頭──「ミゾレの子ら」の火だ。パン屋の窯竜も、水売りの荷竜も、喉の奥に百五十二年の株を宿して、当たり前の顔で働いている。
当たり前は、いいものだ、とカヤは思う。
だが、その当たり前の外で、時勢は動いていた。
夕方、薪を届けに来た炭屋が、声を落とした。
「北の国境、きな臭いらしいですぜ。隣のガルデが、川向こうに砦を増やしてるって」
「戦ですか」
「まだ噂でさ。ただ──」炭屋は火鉢に手をかざした。「戦になりゃ、竜が要る。人より先に、竜が要るんでさ」
その夜、カヤは手控えに書いた。
〈冬。趾割れ多し。北、戦の噂。
覚え:疫の次に来るものを、まだ知らない〉




