第20話 春にまた
疫の終息が布告されたのは、初雪の朝だった。
〈灰咳 終息
罹患竜 三百八頭
うち死亡 九十七頭
処分 百十二頭
継ぎ火による回復 三十一頭
療養・経過観察中 六十八頭
検査法「息の甘変」を正式採用とす〉
辻の貼り紙の前で、カヤは数字を全部、手控えに写した。
三十一頭。窯裏の十九頭のあと、他の竜舎でもミゾレの株を分けた継ぎ火を御番医立ち会いで行い、数字はそこまで伸びた。
百十二頭。処分された竜たちのこの数字は、どれだけ見ても、小さくならなかった。
そして、その百十二頭は、布告の中では「罹患竜」の内に数えられていた。ドドが焔嚢を開けて確かめた、白の四十四頭も、まとめてだ。
──誰かが数えとかねえと、あの四十四頭は、最初から罹ってたことにされちまう。
竜捌きの言ったとおりになった。カヤは手控えの、写した数字の横に、小さく書き足した。〈うち、白と確かめられた竜、少なくとも四十四。数えた者、竜捌きドド〉。誰かが数えておかないと、数字ごと消える。
貼り紙の端に、小さな一行があった。
〈発生源については、引き続き調査中〉
その「調査中」の中身を、カヤは数日後、セイから聞いた。セイは検疫官を辞めさせられておらず、むしろ防疫局付きに上がっていた。裏の帳面を表に出した検疫官を、防疫局は処罰しなかった。処罰すると、次の疫のとき、誰も帳面をつけなくなるからだ。
「北方便を遡りました」セイは診療所の土間で、声を落とした。「灰咳の一頭目は、北の竜市より、さらに前にいます。北辺の、軍の竜舎です」
「軍?」
「軍は竜を戦に使うための研究をしています。火を強くする研究です。強い火株を作ろうとして──株をいじって、失敗したものが、外に漏れたのではないかと」セイは言った。「証拠はありません。軍の竜舎には、検疫官も防疫局も入れないので」
「入れないところから、病気だけ出てくるんですね」
「ええ」セイは立ち上がった。
雪が本降りになる前に、カヤは診療所の帳場を整理した。
ガマの診察料の木札〈銅三十文〉の横に、新しい木札を掛けた。〈三等竜医カヤ〉。ガマは「字が下手だ」とだけ言った。
夜、カヤは手控えの新しい頁に、楢峡への手紙を書いた。手紙は行商のジジさんが運ぶ。竜は字が読めないから、手紙は村長宛てで、でも本当の宛先は決まっていた。
〈村のみなさまへ。
王都の竜、十九頭に火がつきました。ミゾレの火です。都の下町では、夜にその火が灯るのを「ミゾレの子」と呼んでいます。
ミゾレに伝えてください。あんたの火は、ずっと遠くの子たちを救ったよ、と。
春に、また帰ります。湯が温くなったら、すぐ知らせてください。今度は、八日で歩きます〉
書き終えて、カヤは火鉢の火を見た。
窯裏の夜は、パンの匂いと竜の匂いが半分ずつする。路地のどこかで、継いだばかりの火が、竜の喉で小さく鳴った。
火は、竜より古い。
そして、正しく継げば、竜よりも、人よりも、長く続く。
カヤは灯りを消して、明日の診察の器具を、いつもの順に並べ直した。
〈第一部 完〉




