第16話 免状の重さ
東竜舎の処分から五日後、ガマが規則を破った。
夜半、診療所の戸が叩かれた。パン屋の女房だった。隣町の粉屋の窯竜の火が、灰咳ではなく、単純な事故──雨漏りの水を吸った悪い炭を焚いた中毒──で消えかけている。だが、布告はすべての「火の貸し借り」を禁じている。火が消えれば、罹っていない竜が、病気でもないのに、ふた月で死ぬ。
「防疫局に特例願いを出せば」カヤは言った。「事故と病気は別です。書類が通れば──」
「通るとも。十日あればな」ガマはもう上着を着ていた。「竜の火が消えかけとるときに、十日待てるか」
「先生」
「お前は来るな」ガマは戸口で言った。「これは、二人がかりでやる仕事じゃない。決まりを破るのは一人で足りるし、罰も一人ぶんで済む。判を押すのは、俺一人でいい」
ガマは、うちの裏房で預かっている窯竜──疑いで隔離され、白と確かめられて、隔離明けの日を待つだけの火の強い竜──を牽いて隣町へ行き、粉屋の窯竜に火を貸した。
消えかけた火は、点き直した。
十日後、防疫局がそれを知った。
査問は、半日で終わった。ガマは何も争わなかった。火の貸し借り禁止令への違反。二度目の処分歴。裁定は、免状の取り上げだった。
三等竜医ガマは、その日から、ただのガマになった。
診療所に戻ったガマは、壁の免状を外して、器具棚の引き出しに仕舞い、それから、いつもの椅子に座った。
「明日から、診察はお前だ」彼は言った。「俺は無免状だ。診断も処方も、判はすべてお前の名で押す。俺は──竜を押さえる係と、うるさい相談役をやる」
「先生」
「言っとくが、後悔はしとらんぞ。あの窯竜の火は貸しても安全だと、俺の目が言った。二十年前と違って、今度の俺の目は正しかった。……帳簿のほうが、まだ間違っとるだけだ」
カヤは、器具棚の引き出しを見た。
「二十年経てば、帳簿も直りますか」
「直させるんだ」ガマは言った。「それはもう、免状のあるやつの仕事だ」
彼は火鉢の火を掻いて、それから、少しだけ声を柔らかくした。
「カヤ。東竜舎の百十二頭は、間に合わなかった。俺の免状も落ちた。負けが込んどる」
「はい」
「だが、判定試験は生きとる」ガマは言った。「東竜舎の処分はもう済んでしまったが、都にはまだ疫は広がっとる。息の甘変が検査法として通れば、次の竜舎からは、白い竜は死なずに済む」
「次、が来るんですか」
「来るとも。だから、負けたまま座っとる暇はない」




