第138話 湯が熱い
湯は、熱かった。
脱衣の板間からもう、湯気で息が湿った。カヤが爪先を入れると、指の先がじん、と痺れて、思わず引っ込めた。
「あっつ……!」
「だから言ったろ」老婆が、向こうで笑った。「ユキが帰った日から、また一段熱くなった。竜が岩の上で嬉しがっとるんだよ」
カヤは、息を整えて、今度は膝まで入れた。熱が、冷えた足から腰へ、駆け上がってくる。肩まで沈むと、声にならない声が出た。旅の疲れが、骨の髄から溶け出していくのが分かった。
熱い。
ちゃんと、熱い。
湯気の向こうで、村の女たちが今日の畑の話をしている。子どもらが、湯の縁で数を数えて競っている。年寄りが「熱すぎて長湯ができん」と、世界で一番贅沢な苦情を言っている。
カヤは、湯の中で、六年前の囲炉裏を思い出していた。
──今朝は、湯が温かった。
あの朝、村の大人たちは、順にそう言った。湯が温い。岩盤が冷えてきた。雪が消えない。その温さから、何もかもが始まったのだ。十五歳のカヤが銀二十二枚を握って峠を越え、窯裏の藪の戸を叩き、灰咳の冬を数え、北の火の夜を駆け、四百年の火を看取るところまで──ぜんぶ、あのぬるい湯が、始まりだった。
カヤは、湯の中で手のひらを開いた。竜の喉に当て続けて、少し硬くなった手のひらだった。この手が測ってきたすべての熱の、いちばん確かな答えが、いま、体じゅうを包んでいた。
長湯だった。のぼせる寸前まで浸かって、上がって、また少しだけ浸かった。湯屋を出ると、夜気が頰に冷たく、体の芯だけが熱かった。火株を宿した人間がいるとしたら、きっとこういう心地なんだろうと湯に浸かりながら思いを馳せる。
──火は、竜より古い。
人はそれを消すこともできるし、使い潰すこともできる。けれど、正しく継げば──竜よりも、人よりも、国よりも長く、続いていく。
火は、竜とともに今日も、あちこちで燃えている。
それを診て回るのが、竜医の仕事である。




