第137話 村の迎え
峠を下ると、楢峡の谷が見えた。
谷は、春だった。北の田の雪はもう消え、畦が黒々と出て、村の下からは湯気が幾筋も立ちのぼっていた。他の村の春より、半月早い春だった。竜の火が温める岩盤の上の、いつもの春だった。
村境の坂に、村中が出ていた。
ユキは、坂の下で一度立ち止まり、村に向かって、長く、太く、火を吐いた。ただいま、の火だった。村人が歓声を上げ、子どもらが坂を駆け上がってきて、白い竜の脚に群がった。
ユキはその晩、岩盤の定位置に伏せ、翌朝には、何事もなかったように村の湯の番に戻った。株分けで細った分の火は、カヤの診立てでは、一年もすれば戻る。若い株は、よく殖える。
村長の家の囲炉裏で、カヤは村への報告を済ませた。
王家の火の顛末。アサヒのこと。灰の棚のこと。都人がユキをどう呼んでいるか。
「〈白竜どの〉か」村長は、皺だらけの顔で笑った。「大出世じゃな。……ミゾレに聞かせてやりたいのう」
「聞いてると思います」カヤは言った。「ユキの喉で、ずっと燃えてるので」
囲炉裏の顔ぶれを、カヤはゆっくり見回した。六年前、十五のカヤが「竜医になります」と言った晩、この土間は沈黙で答えた。今夜は、誰も黙っていない。村の竜の火が御城で燃えている話を、みな、自分の手柄のように語り合っている。それでいいのだ。ミゾレは村の竜で、ユキも村の竜で、火は──みんなのものだから。
その夜、カヤは湯屋の前を通って、宿に借りた家へ向かった。
湯屋からは、夜だというのに、笑い声と湯気が溢れていた。
「カヤ先生! 先に入んな!」湯守の老婆の声が聞こえた。




