第136話 春の峠
春の峠は、雪解けの峠だった。
冬にユキが火で開いた道は、土地の者たちが「白竜道」と呼んで使い始めていた。雪解け水が沢に鳴り、道の脇には最初の芽が出ていた。
ユキは、先頭を歩いた。
帰り道の白い竜は、急がなかった。時々立ち止まっては、雪の残る斜面に火を吐いて、融かした。誰も頼んでいない。ただ、そうすると春が早く来ることを、この竜は知っているのだった。村の下の岩盤で、百五十年、ミゾレがしてきたことを。
「先生」峠の頂で、ハギが言った。「自分、ここを冬に越えたとき、手控えに書いたんです。ユキの火は、物を壊す形をしてない、温める形をしてるって」
「うん。読んだ。いい所見だった」
「軍火も、王家の火も、ミゾレの火も、株としては同じ生き物なんですよね。なのに、なんでこんなに違うんでしょうか」
カヤは、少し考えた。峠の風が、雪解けの匂いを運んでいた。
「株は、使われ方を覚えるんだと思う」カヤは言った。「兵器として使われた株は、壊す火になった。囲って守られた株は、静かすぎる火になった。村の湯を沸かして、雪を融かして、仔に継がれてきた株は──温める火になった。……だからあたしたちの仕事は、治すことだけじゃないんだよ。火を、どう使うかまでが、仕事」
ハギは、立ち止まって、手控えを出した。
「歩きながらでいいよ」
「忘れないうちに書きたいんです」弟子は言った。「これ、いつか自分の弟子に言うやつなので」
峠の風が、雪解けの匂いを運んでいた。カヤは待った。書き取る弟子を待つ時間は、診療の待ち時間と同じで、無駄に見えて、いちばん大事な時間だった。




