第14話 異議申し立て
異議申し立ての手続きは、規定でこうなっていた。
一、防疫局裁定への異議は、二等以上の竜医二名の連署を要す。
二、新検査法の実証には、防疫局立ち会いの下での判定試験を要す。
三、判定試験の実施には、局長の許可を要す。
カヤは三等で、ガマも三等だった。連署の資格が、そもそもない。
一日目。
二人は手分けして、丘の上を回った。窯裏の竜を診てもらったことのある家の伝手、カヤの試験のときに頷いた二人の試験官、ガマの昔の同門。十一人の二等・一等に会って、九人に断られた。灰咳の裁定に異を唱えるということは、拡散したときの責を負うということだ。誰も負いたくなかった。
十人目が、署名した。カヤの実技試験で頷いた、年配の女の一等だった。
屋敷の応接で、彼女は連署の紙を長いこと見てから、筆を取った。
「私は二十年前、処分の名簿に判を押した側です」書き終えて、彼女は言った。「あれから毎年、名簿の夢を見ます。夢の中で、私はいつも判を押している。……二度は御免です。この歳になると、責を負うのは少しも怖くない。人生に後悔が増えるほうが、よほど怖い」
十一人目は、ガマの昔の同門だった。丘の上の医家の主で、戸口でガマの顔を見るなり「帰れ」と言い、紙だけ寄越せと言い、読み終えて、黙って署名した。
「……勘違いするな。おぬしのためではない」老医師は、紙を突き返した。「二十年前、救えなかった竜たちのためだ」
ガマは何も言わずに受け取った、と後にカヤは聞いた。二十年で初めての、同門からの支援だった。
二日目。
連署と、セイの裏の帳面の写しを添えた異議書を携えて防疫局へ。局長は不在だった。午後も不在だった。夕方、廊下で捕まえた局員が、囁いた。「局長は、裁定を出した本人です。自分の裁定への異議の、判定試験を許可すると思いますか」
その夜、カヤはシラスの宿舎に走った。
シラスは、話を最後まで聞いた。
「わしが局長に命じることは、できん。御番医は師会の外だ。指揮の筋が違う」老人は言った。「だが、立ち会いを『要請』することはできる。御番医が立ち会う判定試験を、局長が断れば、断った記録が残る。役人は、記録に残る断りを嫌う」
三日目の朝。
判定試験の許可が、下りた。
条件付きだった。〈東竜舎の百十二頭のうち、無作為に二十頭を抽出し、息の甘変による判定と、解剖による確認とを照合す。全問一致の場合に限り、検査法として仮採用し、処分裁定基準を見直す〉
「解剖?」カヤは書類を握った。「二十頭、殺して確かめるんですか」
「殺すのは判定で『罹り』とした竜だけだ。『白』とした竜は生かして経過を見る……はずだった」ガマは書類の最後の行を指した。
〈試験の実施は、処分予定日の翌日とす〉
処分は、明日の朝。
試験は、明後日。
「……間に合わせる気は、ないんですか」カヤは言った。
「ないな」ガマは書類を置いた。「最初から、通す気のない許可だ」
カヤはその足で防疫局に走り、東竜舎に走り、もう一度シラスの宿舎に走った。シラスは御城に使いを立てた。御城の返事は、日付が変わる前に来た。
〈勅命をもって行政の裁定日程を動かすは、先例なきにつき、允さず〉
夜明けまで、カヤは診療所の土間に座っていた。
ガマは、隣に座っていた。
火鉢の火が落ちて、炭が白くなっても、どちらも継ぎ足さなかった。慰めは口にしなかった。嘘になるからだ。明日は間に合う、竜は助かる、手はまだある──言葉はどれも、今夜だけは嘘になる。
カヤは、手控えを開いて、閉じた。書くべき数字は、まだ起きていない。起きてしまえば、書くのは処分の数だ。生まれて初めて、カヤは朝が来るのが怖かった。
夜明けの光が戸の隙間から入ったとき、ガマが、ようやく一つだけ言った。
「……行くぞ。せめて、残された時間を少しでも楽にさせてやらねばならん」
それが、あの朝にできる、最後の診療だった。




