第118話 峠のユキ
雪は、峠の中腹から始まった。
ハギの記録によれば──少年は道中、克明に手控えを付けていた。師の癖が、うつっていた──初日の積雪は膝まで。二日目、腰まで。三日目、道が消えた。
道が消えたところで、ユキが先頭に立った。
白い竜は、雪の壁の前に立つと、喉を低く鳴らし、雪面に向けて、静かに火を吐いた。
青白い、幅の広い、柔らかな火だった。
雪が融け、道が現れた。ユキは半歩進み、また吐いた。融かした雪は道の脇へ流れ、夜の冷えで凍る前に、後続のゲンと人が踏み固めた。
「……岩盤を温める火だ」元竜兵の一人が、呆れたように言った。「戦場の火とは、使い方が違う」
ハギは、手控えに書いた。
〈ユキの火は、物を壊す形をしていない。温める形をしている。雪はユキの前で、敵ではなく、ただの水になる。
ミゾレという竜を、自分は見たことがない。でも、この火の使い方が、その竜の百五十年なんだと思う〉
吹雪の夜の雪洞で、ハギは眠る前に、もう一行だけ足した。
〈竜の体温で人が生きて、人の道案内で竜が歩く。どっちが守られてるのか、途中から分からなくなる。たぶん、それでいいんだと思う〉
五日目、吹雪が来て、一行は雪洞で一夜を過ごした。ユキとゲンが入り口を背でふさぎ、人は二頭の間で眠った。竜の体温は、火株の熱で、雪の夜でも下がらない。ハギは、ゲンの脇腹に背を預けて、砦の冬を思い出していた。
七日目、峠を越えた。
十日目の夕、王都の北門に、雪をかぶった白い竜が現れた。門番が誰何するより先に、ユキは門の前の凍った水たまりに火を吐いて、融かして、水を飲んだ。
都の人々は、後々までこの日のことを語った。雪を融かしながら北から歩いてきた白い竜の話は、その冬の王都で、一番明るい噂になった。




