第117話 出立の村
出立の支度に、村は三日かけた。
湯守の老婆が、ユキの餌の干し草を選り分けた。若い衆が、峠道の雪の深さを見に登った。村長は、王都への口上書を書いた。〈楢峡の村は、村の竜ユキを、王家の御竜の治療のために送る。竜の意思は、竜医カヤが確かめた。村は、それを信じる〉。
迎えの隊は、王都から来た。ハギとゲン、それに湯気班にいた元竜兵が二人。ゲンは荷車に炭と飼料を満載し、ハギは峠用の竜沓を人数分──竜数分、携えてきた。
「雪の峠は、自分、慣れてます」ハギは村長に頭を下げた。「カルナ砦で二年、雪の中で竜と暮らしました。必ず、連れて行きます」
カヤは、先に王都へ戻る。アサヒの容体が、長い留守を許さなかった。
発つ朝、カヤはユキの喉に手を当てて、熱を測った。強く、若く、よく殖える火。この火の勢いが、峠の雪と、四百年の大群との、両方に勝たねばならない。
「ユキ。ひとつだけ、約束して」カヤは言った。「峠で無理はしない。あんたが着かないと、全部が終わる。だから──ゆっくりでいい。生きて着いて」
白い竜は、まばたきを一つした。
村境の坂で振り返ると、村人が総出で、まだ手を振っていた。湯屋の湯気が、朝の空に太く立ちのぼっていた。
あの湯気を絶やさないために、この村は二度、村の火を都へ送るのだ。
カヤは、前を向いて、歩いた。
峠の登りで一度だけ、風に乗って、村の鐘の音が届いた。出立を送る鐘だ。ユキのために鐘が鳴るのは、ミゾレの葬送以来だった。あのときは見送りの鐘で、今日は、送り出しの鐘だった。同じ鐘でも、音の意味は変わる。変えたのは、村の四年だった。




