第115話 秋の帰郷
楢峡への十日の道を、カヤは八日で歩いた。自分の足の記録を、また更新した。
峠の紅葉は終わりかけて、初霜が降りていた。
村に着くと、湯屋の屋根に太い湯気が上がっていた。ユキは岩盤の定位置にいて、カヤを見るなり、山が動くように起き上がって、鼻先を押しつけに来た。四歳半の白竜は、もうミゾレの七分どころか、八分の体になっていた。
囲炉裏の寄合で、カヤは全部を話した。
王家の火のこと。アサヒのこと。継ぎ火のこと。冬の峠のこと。そして──株分けはユキの火を削るということ。
「また、か」若い衆の一人が言った。「ミゾレのときも、都のために村の竜の火を削った。今度は王様の竜のために、ユキを雪の峠に出すのか」
囲炉裏が鳴った。誰もすぐには答えなかった。
口を開いたのは、湯守の老婆だった。村で一番長く湯を守ってきた、百を越えたとも噂される婆さまだ。
「ミゾレの火はのう」老婆は、囲炉裏の火を見ながら言った。「囲って守った火ではないよ。村の湯になり、下町の竜に分けられ、北の砦で軍火の竜を救うために燃えて、それで減るどころか、増え続けてきた火じゃ。……囲って守った四百年の火がいま尽きかけて、開いて渡した百五十年の火が生き残っとる。それが答えじゃろうよ」
老婆は、カヤを見た。
「あとは、ユキに訊け。おまえの家のやり方での」
囲炉裏の火が、ぱちりと鳴った。カヤは頭を下げた。下げながら、湯守の老婆の言った「答え」を、胸の中で書き取っていた。囲えば絶え、開けば殖える。百年生きた人の口から出ると、手帖の理屈は、格言の顔になる。




