第114話 白い頁の前
夜の帳場で、カヤはシラスの手帖を開いていた。
白い頁の手前、老人の最後の字。
〈門外不出の誓いと、竜の命の、どちらを取るか、誰かが決めねばならん。
決めるのは、竜をようく見た者だ〉
「見てきました」カヤは、声に出して言った。「五年、見てきました。だから、決めます」
ガマが、薬研の手を止めずに言った。
「言ってみろ」
「継ぎ火です。株は、ユキ」
「根拠は」
「王家の株は、弱っても大群です。貸し火程度の株を足しても、先住の数に飲まれて焼かれる。押し切って根付くには、今この国で一番勢いのある株元が要る──殖えが並の倍、災をくぐった系統、若くて健康な宿主。数字で残るのは、ユキだけです」
「壺で運べばいい。本人を引っ張ることはない」
「冬の輸送では、壺の株は冷えて勢いを落とします。十日の道の果てにあるのは、四百年の大群です。勢いの落ちた株では、負けます」カヤは言った。「採りたての株が要る。つまり──ユキに、王都まで来てもらうしか、ないんです」
「冬の峠を、か」ガマは、そこで初めて手を止めた。「……雪の峠を、竜に歩かせるつもりか」
「訊きに行きます」カヤは言った。「ユキに。そして、村に」
ガマは、薬研を挽き直した。挽きながら、独り言のように言った。「ミゾレの仔に、ミゾレと同じ役目が回るか。……血も繋がっとらんのにな」
「繋がってるのは、火です」
「ああ」老竜医は、それ以上言わなかった。それ以上言う必要のないことを、この帳場では言わない。




