第110話 急報
その報せが来たのは、夏の終わりの夜だった。
診療所の戸が、激しく叩かれた。戸口に立っていたのは、白装束の従者──ではなく、スバル本人だった。外套も羽織らず、石段を駆け下りてきたのだと、ひと目で分かった。
「ミカゲ様が、今夜」
「──分かりました」
「それだけじゃない」スバルの声は、掠れていた。「ミカゲ様の火が消えかけた、その半刻後だ。アサヒ様が、倒れた」
カヤは、動きを止めた。
「熱が、急に細った。灰の湯気を立てても、立ち上がらない。まるで──」
「まるで、親の火が消えるのに、引かれるみたいに」
「……そうだ」
迷信だ、と切って捨てることは、カヤにはできなかった。同じ株なのだ。四百年、たった一筋で継がれてきた、同じ群れの株。親の嚢で群れが尽きるとき、仔の嚢の同じ群れに何が起きるのか──手帖のどこにも、書いていない。四百年、誰も見たことがないのだ。
カヤは、器具棚から鞄を取った。ガマが、無言で灰の壺を差し出した。ツグミが提灯を灯し、ハギがゲンに鞍を置いた。
「先生」ハギが言った。「これ、あれですよね。シラス様の言ってた──」
「うん」カヤは、鞄を背負った。「『次の代替わりは、もたん』。……始まったの。たぶん、今夜から」
夜の坂を、ゲンが駆け上がる。
丘の上に、御城の灯が見えた。四百年の火が消えようとしている城と、その火を継いだ細い喉が、同じ夜の中にあった。
鞄の中では、手控えと、シラスの手帖が、揺れていた。
手帖の白い頁は、まだ、白いままだった。
逆継ぎ火の頁も、看取りの頁も、老いの頁も、書き足されて埋まってきた。それでも白いまま残っている頁があるのは、まだ誰も見たことのないものが、この世に残っているからだ。
その頁に何を書くことになるのか──答えは、次の冬までに出る。




