第12話 御番医シラス
シラスは、その晩、窯裏に来た。
供も連れず、白装束の上に古い外套を羽織って、パン屋の裏の診療所の戸を叩いた。ガマは老人の顔を見て、何も言わずに酒を出した。
「二十年ぶりか」シラスは言った。
「知り合いだったんですか」カヤは思わず訊いた。
「わしが査問で、こやつの降格に判を押した」シラスは平然と言った。
「今夜は、その詫びに来たわけではない。継ぎ火の話をしに来た」
卓の上に、老人は自分の手帖を開いた。
細かい字と図で埋まっていた。焔嚢の襞の図。株の植え方。日数。分量。失敗例の記録が、成功例の何倍もあった。
「継ぎ火の手順そのものは、単純だ」シラスは言った。「先住の株を、飢えさせて弱らせる。並の竜なら、七日。八日では竜が保たん、六日では先住が強すぎる。頃合いが来たら、喉から嚢へ管を入れ、新しい株を襞の奥に植える。植えて三日は、餌を極端に薄くする。新入りの株が縄張りを張るまで、先住に力を与えんためだ」
「単純だと言いながら」ガマが言った。「あんたの手帖は失敗だらけだ」
「左様。分量と日数は竜ごとに違う。そこは術ではなく、目だ」シラスはカヤを見た。「病んだ竜の、どこまで飢えさせて良いかを見切る目。それは手帖には書けん。……小娘、おぬしは竜の何を見て育った」
「立ち方と、目と、息です」
「なら、見切れるようになる」シラスは手帖を、卓の上でカヤのほうへ滑らせた。「写せ。今夜中にだ。原本は返してもらう」
カヤはその日、夜通しで写した。
写しながら、問われるままに、身の上も話した。楢峡の村のこと。百五十二年のミゾレのこと。その火が細って、治すために竜医になりに都へ来たこと。老人は綴りを繰りながら黙って聞いていたが、ミゾレの歳を言ったとき、一度だけ、頁をめくる指が止まった。
明け方、写し終えた手帖を返しながら、カヤは一番の問題を口にした。
「株は、どうしますか。王家の火を、少しだけでも──」
「ならん」シラスの声は、初めて硬くなった。「王家の火は四百年、一度も外に出ておらん。出さぬことで保たれてきた火だ。あれを分ければ、王家の火自体が病を拾う道が開く。四百年の火を、賭けには使えん」
「でも」
「言うたはずだ。都に百年株は三つ」シラスは立ち上がり、外套を羽織った。「王家の火は使えん。残りは二つ。東竜舎の長老と──おぬしの村の竜だ。おぬしらの株は、おぬしらの手で工面せい。術は渡した。わしに言えるのは、そこまでだ」
戸口で、老人は一度だけ振り返った。
「ガマ」
「なんだ」
「二十年前、おぬしは目で竜を救おうとして、帳簿を黙って書き換えた。目は正しかった。やり方が、間違っとった」シラスは言った。「今度は、目と帳簿を、両方合わせろ」




