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第107話 窯裏の春
窯裏の路地は、変わらずにあった。
パン屋の窯には火が入り、井戸竜は車輪を回し、クロは炭を、ゴウタは水を運んでいた。診療所の木札は四枚のまま、朝の患竜の列も、いつも通りだった。
変わったものも、あった。
土間の定位置に、竜が二頭になった。ゲンの隣に、ソラの寝床が増えたのだ。灰色の仔竜は窯裏の子どもらの人気者になり、「じゅうななごう」という出自を知る者は、路地では誰も口にしなかった。
ツグミは十八になっていた。留守の一年で、単独の往診は四十件を超え、丘の上から引き抜きの声がかかって、断ったという。
「なんで断ったの」カヤが訊くと、ツグミは心外そうな顔をした。
「先生、それ、自分が御番医を断ったときと同じ質問ですよ」
言われて、カヤは返す言葉を探し、見つからなかった。弟子は師の背中から、いいところも悪いところも同じ精度で写し取る。写し取られた悪いところが、悪いところに見えないのが、少し悔しかった。
ガマは、少し老けた。薬研を挽く手は変わらないが、夕方に一度、居眠りをするようになった。誰もそれを指摘せず、居眠りの間の患竜は、自然にツグミとカヤで割り振られた。
夜、カヤは手控えに書いた。
〈帰還。窯裏、変わらず。変わらないために、みんなが少しずつ変わっている。
覚え:これを守るために、北で一年使った。安い買い物だった〉




