第104話 数字の卓
講和の予備交渉は、冬、中州の天幕で始まった。
双方の軍使が条件を並べ、双方の言い分が期待通りに衝突し、三日で行き詰まった。国境線。賠償。橋の扱い。どの札も、相手の面子を削らずには切れない札だった。
四日目、王国側の末席から、書類の束が卓に載った。
戦時竜医団の集計だった。
〈開戦より本日までの、両軍の竜の損耗(当団把握分)
王国側:徴用二千百頭。うち死亡四百六十、労役不能五百十二。
ガルデ側(捕虜・保護竜からの推計):徴用千八百頭。うち損耗、同水準と推定。
両国の荷駄・耕作・水利の竜の不足は、来春の作付けに影響する規模に達している〉
軍使たちは、最初、その紙の意味を測りかねた。
戦の交渉の卓に、竜の頭数が載ったのは、両国の歴史で初めてだった。載せた側のカヤも、載るまでの重さを知っている。この一枚の裏には、名前を書き続けた司令と、三十年数え続けた老竜医と、二十年黙って綴じ続けた軍竜医がいる。紙は一枚でも、束ねられているのは人の年月だった。
翌日、ガルデ側の末席から、よく似た紙が返ってきた。イェルダの三十年の帳面から起こされた、向こう岸の数字だった。二つの集計は、悲しいほど、綺麗に噛み合った。
「──つまり、こういうことか」王国の軍使が、ようやく言った。「このまま続ければ、勝っても負けても、来年の春、両国の畑は起こせない」
「数字は、そう言っています」カヤは答えた。「あとは、人が決めることです」
講和は、年明けに成立した。
国境は川の中央、橋は架け直さず、渡し場を共同で置く。竜の相互返還。そして、末尾に小さな一項──〈両国は、竜の防疫に関する情報を、平時も交換する〉。
誰も注目しなかったその一項が、竜医たちの取り分だった。




