第103話 ソラ
名前は、ハギが付けた。
「ソラ、です」少年は言った。「檻から出て、最初に見たのが空だったから」
ソラは、湯気班の天幕で育つことになった。書類の上では「保護竜・所有者なし」。戦時の帳簿の隅の、誰も気に留めない一行だった。その一行の下で、灰色の仔竜は毎日餌を食い、ゲンの尻尾にじゃれ、ハギの寝床に潜り込んだ。
カヤは、経過を手控えに書き続けた。
〈ソラ(元・十七号)。火、安定。ミゾレの株。
体の育ちは遅れ気味なれど、追いつく見込み。
喉の襞に、二重処置の癒痕。生涯消えず。ただし、痛みはない〉
書き終えて、カヤは筆を止め、土間で眠る灰色の仔を見た。ゲンの尻尾を枕に、腹を出して眠っている。番号だった生き物が、名前のある生き物の寝方をするようになるまで、ひと月かかった。ひと月で済んだ、と言うべきかもしれない。
それから、最後に一行、誰にも見せない行を足した。
〈一号から十六号のことを、忘れないこと。
ムベは株と共に逃亡。王家の株の残りは、まだあの男の手の中にある。
覚え:この戦争が終わっても、あたしの戦は、一つ残る〉
冬の初め、戦線は完全に膠着した。
両軍とも、渡河の力を失っていた。人が足りないのではない。竜が、足りないのだった。橋は焼け落ち、再建の土工竜はどちらの陣にもおらず、川は、ただの川に戻りつつあった。
そしてどちらの陣にも、竜の数を正確に知る者たちがいた。
王国側に、カヤたちの三百頭の診療録と、カジの帳面と、亡きバン司令の三百十一頭。
ガルデ側に、イェルダの三十年。
数字は、揃っていた。あとは、それを卓に載せる席が要るだけだった。




