218 何故その状況に?
うつ伏せになったネロの腰に跨って、背骨付近に手を当ててみた。ぴくっと反応したネロの耳の動きが可愛い。猫耳の誘惑に逆らえずに、ネロの後頭部に視線を固定して動きを止めちゃった。
視線を感じたのか、動きを探っているのか、ネロの耳が俺の方に向いてくれた。フレキシブルな耳の動きに感動して、オオッとなっちゃう。だって、メッチャこっちに向いてるし。あ~、あの耳の毛をわしゃわしゃって逆毛にしてみたい。で、イヤって顔をするネロを見てみたい。
「琥珀?」
変な願望が沸き起こった途端に、疑問を投げ掛けるネロの声が聞こえた。うん、今はマッサージの時間だった。こっちに集中しよう。耳に向けていた目を何とか引き剥がして、ネロの背中に向ける。
まずは、背中を触って感触を確認してみる。超がっしりしていて、ヤバい。細身に見えるのに背中が広い。そして、筋肉がバキバキなんだけど、これはどうやって揉み解せばいいんだろう。揉み解すとか以前の問題で、凝りなのか、筋肉が硬いのかが分からない。
あ、でもツボを押せばいいんじゃないかな。マッサージってそんな感じだよね。悩んでいても仕方ないから、ツボを探す意味も兼ねて、体重を手に乗せる勢いで背中を押してみる。でもね、1㍉たりとも筋肉が凹んでる感じがしない。これは果たしてマッサージ効果があるのだろうか。
「俺じゃ非力過ぎて効果がない気がしてきた。」
「添えられた手の感触に癒される。」
マッサージを続けながらも、自分に失望した発言をしちゃったら、ネロがクスッと笑ったのが聞こえた。そして、優しい声がフォローしてくれる。成る程ね、物は言い様だ。
マッサージ効果は全くなくても、気持ちだけで癒されてくれるって事か。そうだよね、子供が一生懸命マッサージをしてくれたら、それだけで癒されちゃうかもしれない。
そうと分かれば、気持ちを込めてマッサージをやらせて貰いますよ。腰からスタートして、背中、肩とゆっくりと揉み解していく。いつも癒してくれるお返しの気持ちを込めて、じっくりと掌圧を掛けて回る。
自分の手でマッサージをして初めて分かった事がある。それは、マッサージは凄く力を使うって事だ。というか、俺の非力さとネロの凄い筋肉が合わさって、俺が力一杯になるって状況になってるだけなのかな。
力一杯、上半身の体重を乗せ捲って、ネロの広い背中を揉んでいるだけで疲れてきちゃった。ネロはサラッとマッサージをしてくれてたから、こんな大変な作業だなんて気が付かなかった。
いや、ネロからするとそんな疲れる事でもないのかな。あ、でも、レオさんに揉んで貰った時は、レオさんは疲労困憊になっちゃってた。って事は、やっぱり、疲れる作業で間違いないと思うんだよ。
色々と試行錯誤をしながら、結構な時間を掛けて、ネロの背中全体を揉み終える事ができた。ネロの背中から下りると、ネロが体を起こして、ありがとって感じで頭を撫でてくれた。
幸せそうな微笑みと、優しい金色の瞳が満足しましたって伝えてくれている気がする。実際はマッサージ効果の程は全然だとは思うんだけど、子供が揉んでくれたって事実が満足感に繋がっているんだと思う。でも、ネロが喜んでくれて良かった。
「どう?少しは楽になった?」
「ああ、楽になった。」
金色の瞳は満足した気持ちを届けてくれたけど、言葉でも聞きたくなっちゃった。小首を傾げて、聞いてみると、ネロが嬉しそうに目を細めて答えてくれた。表情も声も穏やかで優しくて、大満足って感じに見える。喜んでくれて良かった。
「もう一度、琥珀の体も揉み解す。」
「もういいよ。さっきやってくれたから大丈夫。」
「少し疲れた、だろ?」
ネロの役に立て事が嬉しくて、ニコってなっちゃったら、ネロが決定事項を通達してきた。問い掛けじゃなくて決定だった。慌てて首を振って辞退してみたけど、ネロは強引だ。俺が疲れちゃってるのはお見通しっぽい。
ばれてるんじゃ、強がってもしょうがない。って事で、ネロの優しいお言葉に甘えて、うつ伏せになってみる。直ぐにネロが腰に跨ってマッサージを始めてくれた。微妙に痛いと思う直前の、気持ち良さ加減で気持ちいい。
「ネロはマッサージしていて疲れないの?」
「疲れない。力は入れていない。」
うとうとしちゃいそうなのを避ける意味で話し掛けてみる。素朴な疑問に対して、ネロはサクッと答えてくれた。成る程ね。でも、対俺だと、力加減をしなきゃって方で疲れそうな気がしちゃう。実際に、多分だけど、レオさんはそんな感じで疲労困憊になっちゃってたっぽいし。
ってか、敢えて力を入れるって言葉を使ったって事は、俺と比較してって事だよね。要するに、俺が凄く力を込めていたのをネロは分かってる、と。ネロからすると、俺の力くらいじゃ、1も100も変わらなく感じそうなのに。誤差範囲の力の差っぽいのに。良く分かったな。
「確かに、力一杯やってたから疲れちゃったかも。でも、よく気が付いたね。」
「琥珀の思いの分、力が込められていた、気がする。それに、息がかかる程、体を前に倒していた。」
少しだけ気になって、話を続けてみたら、ネロがクスッと笑ったのが聞こえた。そして、背中を揉みながら体を前傾させたらしく、首の後ろに息がかかる形で答えてくれた。実践でこんな感じだよって教えてくれたらしい。
そして、ネロの唇がそのまま首に押し当てられた。ついでにキスをするとか、レオさんっぽい。でも、ネロだとチャラく感じないのはなんでだろう。不思議だ。
それと、気持ちを込めてマッサージしてた事も気付いてたらしい。お父さんというモノは子供の頑張る気持ちを理解できちゃう存在なんだろうな。多分、それだけ嬉しかったって事だよね。
「成る程。それでも、全然筋肉が凹まないんだもん。ネロの体は凄いね。」
成る程って納得してみたら、ネロは体勢を戻してくれたらしく、首に当てられていた唇の感触がなくなった。でもね、そんなに全力で力を掛けたのに、ネロの筋肉がヤバかったって事は伝えておく。
「そうか?」
少しの間を置いて、ネロの穏やかな相槌が聞こえてきて癒される。マッサージでも声でも癒される、とか。極楽過ぎる。ホント、ネロの声はヤバい。低くて優しい声が落ち着くし、安心感が半端ない。
「そうなんですよ。筋肉がヤバ過ぎて、感動しちゃうレベル。ネロも凄いし、レオさんも凄い。」
「レオ?」
相槌だったけど疑問形だったから、強く肯定してあげた。ついでに、二人の筋肉は凄いねって話も付け加えてみたら、俺の背中にあるネロの手が一瞬だけぴくっと反応したのが分かった。しかも、即行で聞き返されちゃった。
レオさんの名前に反応しちゃった感じが、超可愛い。いつでもレオさんが気になっちゃう症候群ですね。分かります。ネロが期待してるみたいだから、聞かせてあげましょう。
「前にレオさんのズボンの腰紐を縛ってあげた事があったのね。その時に、レオさんのお腹の筋肉も1㍉たりとも凹まなかったんだよ。ぎゅーって、力一杯引っ張ったけど全くだよ?で、結局緩かったらしくて自分で縛り直してた。」
「何故その状況に?」
って事で、レオさんの腰ひもエピソードを話してみた。ネロはマッサージの手を止める事なく、静かに耳を傾けている。と思ったら、話が終わった途端に質問をしてきた。
その状況になった切っ掛けか。腰紐を縛ってあげたのは覚えてるけど、切っ掛けは覚えてないんだよ。レオさんが腰紐を固結びしちゃうから、蝶々結びで縛ってあげたのは覚えてる。でも、発端って言われると、困っちゃうな。
「ん~、何でだったかな。」
「思い出せない?」
記憶を引っ張り出して、呟いてみると、ネロが聞き返してきた。いや、もうちょっとで出てきそうな気がするんだよ。えっと、あれはお詫びで縛ってあげた記憶がある。何のお詫びだったかな、ん~。
「あ、思い出した。ネロが大怪我した時だ。あの時、レオさんの家に泊まらせて貰ったでしょ。で、家の中で、レオさんが下着だけのほぼ裸状態でウロウロしてたんだよ。」
唐突に、スルスルッと記憶が蘇ってきた。引っかかってたモノが取れた感覚で、嬉しくなって話し始めたけど、ネロの反応は何もない。でも、マッサージの手は止まってないから、静かに聞いてるっぽい。でも、反応が気になって、一旦言葉を止めたら、聞いてるよ、って感じで、ネロが頭を撫でてくれた。
「で、服を着て欲しいって思ったんだけど、その前に、レオさんが天井の梁に跳び上がったのね。それが超カッコ良くて、リクエストで何回かやって貰っちゃった。あ、レオさんが梁に跳び上がったのは服を干す為ね。」
ネロのゆったりマッサージしてくれる手の感触に癒されながら、話を続けてみる。カッコいいって言葉で、ネロの手がぴくっと反応したのが分かった。そうだよね、想像だけでもカッコいいでしょう。ネロも見たかったよね、分かります。
「その後、裸なレオさんに気が付いて、服を着てって文句を言っちゃった。そしたら、着ようと思ってたのに俺が邪魔してたらしくて、レオさんが拗ねちゃった。だから、俺が悪かったって反省した。」
「成る程。」
随所でぴくっと反応を示すネロが可愛過ぎてヤバい。内心悶絶気味で話を続けていたけど、ネロは手を反応させる以外はメッチャ静かに聞いている。でも、状況は理解してくれたらしく、漸く相槌を打ってくれた。
「その後で、レオさんは服を着てくれたんだけど、服のボタンとズボンの腰紐を留めてってお願いされちゃった。ジャンプのリクエストに応えたお礼って名目だったかな。だから、お礼にプラスしてお詫びの意味も込めて了承して、腰紐を縛ってあげた。でも、結局、力が足りなくて緩かったらしい。」
「そうか。」
記憶を掘り起こしてまったりと話をしている間、ネロの手が優しく背中を揉み解してくれる。最早、ソファでお茶を楽しむのに匹敵する、最高のまったりさ加減な気がする。話し終わった途端に返ってくるネロの優しい相槌の声で、まったりが上乗せされちゃう感じがする。
「で、爆笑された。」
「爆笑?」
話は終わったけど、そういえばその後があったな、って思って付け加えてみる。そうしたら、ネロが不審そうに聞き返す声が聞こえた。声のトーンと響きに、ん?っとなって、一瞬後に、ああ、って理解しちゃった。
笑われたって、言葉にすると色んな意味合いがあるもん。聞きようによっては、なんで笑ったのって思っちゃうよね。しかも、ネロは俺に対しての心配症と過保護が発動している。一生懸命やったうちの子を笑うなんて、的な感じで思っちゃったのかもしれない。
「爆笑って言っても変な意味じゃないよ?馬鹿にしてとかそういうのじゃなくて、ツボにはまったっぽい感じ。俺の事を理解してくれて、力が弱いのは分かったって言ってくれた。後、冗談を鵜呑みにするなって。でもね、レオさんはほぼ初対面で知らない人だったし、怖い人だと思ってたから、冗談なんて言うと思わなかったんだもん。」
「レオを怖いと思っていた?」
慌てて誤解を解く方向で話を続けちゃう。ネロのマッサージの手は止まる事も反応する事もなかった。でも、話が終わった途端に、ネロが質問を投げ掛けてくる。そこに反応するとか、ネロはレオさんの事が好き過ぎだよね。ニマニマしちゃうのを止められない。
どうやら、ネロは自分の恋人が怖いと思われていた事がショックだったらしい。でもね、今の俺から見ても、レオさんは色んな意味でまだ怖い人なんだよ。エロいし、変態だし、強引だし、変な迫力があるし。でも、それ以上に優しいから、怖さも魅力のうちになっちゃってるトコロもコワイ。
「うん、怖かった。最初は全然知らない人だったし。鍛錬場で首に刃物を突き付けられた事があったし。顔が怖いし。目付きも怖いし。だから、怖い人かなって思ってた。あと、物静かで硬派な人かと思ってた。蓋を開けたら真逆だったからびっくりした。」
ゆっくりと当時のレオさんに対する印象を話していくと、最後でネロが微かに笑ったのが聞こえた。そうだよね、レオさんを知った今、レオさんが物静かで硬派、とか。笑っちゃうくらい、ありえない。
「怖いのにレオを選んだのか?」
笑う事で気持ちが解れたのか、ちょっとだけ優しい声でネロが問い掛けてきた。まぁ、確かに、そう思うよね。苦手な人の家になんで敢えて行くのって疑問に思っちゃうのは正しい。でもね、当時の俺には選択肢がなかったんだよ。
「アルさんの所以外ならどこでも良かった。で、思いついたのがレオさんだった。」
当時の俺の心境になって、ぽつりと呟いちゃう。色んな意味でヤバいアルさんの所か、怖いけど害はなさそうなレオさん。第三のネロの家に戻るって選択肢は却下されちゃったし、2つの選択肢しかなかったんだもん。
「族長に何かをされたのか?」
「あ、違う。嫌な事をされたとかじゃない。アルさんは優しく接してくれた。あくまで俺の個人的な問題。女の人の部屋に泊まるのはちょっと抵抗があっただけ。できる事なら男の人の方が、気兼ねなく過ごせるかなって思っちゃっただけです。」
「成る程。」
ネロのマッサージの手が止まっちゃって、呟きに疑念の感情が込められているのが分かった。俺の言い方が悪かったって理解できて、慌てて訂正する。丁寧に説明をしてみたら、何とかネロの理解も得られたみたいでほっとしちゃう。
「でもね、結果的にはレオさんで良かったって思う。その時は、まさかレオさんがネロの恋人、なんて思いもしなかったけどね。俺は超弱いけど、運だけはいいのかもしれない。」
「そう、だな。」
結論、俺は運が良かった、で締めくくると、ネロは歯切れの悪い相槌と共に腰を浮かせて膝立ちになった。どうやら、マッサージは終わりらしい。ネロをマッサージした疲れたがきれいさっぱり消え去ってる。やっぱりネロのマッサージはヤバいって事が分かった瞬間だ。
うつ伏せのままでぼんやりしていたら、ネロが離れていっちゃった。コロッと転がってネロの後ろ姿をじーっと見つめていたら、クスッと笑った声と共にネロがクルっと振り返った。そして、戻ってきて俺を抱き上げてくれる。見えてなかった筈なのに、なんで分かったんだろう。
「ただでさえダメダメなのに、移動もネロに任せるようになっちゃったら、俺は益々ダメダメになってくと思わない?」
「琥珀はダメダメだったのか?」
横抱きで運んでくれるネロの腕の中で、溜息交じりに問いかけてみた。ネロはちょっとだけ驚いた感じで目を瞠って、優しく聞き返してくれる。もうね、この感じがヤバい。甘えさせる気しかないって感じだもん。
ふーっと息を吐き出して、ネロの胸に頭を寄せちゃう。ネロが髪に優しくキスをしてくれる仕草が、子供を甘やかすお父さん感満載なんだよね。抱っこで移動とか、前は抵抗があったのに、今ではして欲しいって思っちゃう。ヤバいよね。
「うん、ネロと一緒にいるとダメダメで終わってる感じになっちゃう。俺はもう駄目かもしれない。」
「成る程?」
ネロに寄り掛かって愚痴を続ける間に、ソファに辿り着いて、ネロが俺をそっとソファに座らせてくれた。そして、愚痴を聞き流す感じで相槌を打ちながら、離れていっちゃった。どうやらお茶を淹れ直してくれるらしい。
あ、今のうちに着替えておいた方がいいか。ズボンを履き替えてシャツを羽織ったら、ネロが丁度戻って来た。カップを手渡してくれて、当然のように、俺のシャツのボタンを横から器用に止めてくれる。
美味しいお茶を味わいながら、ネロの行動をぼんやりと眺めちゃう。ボタンを留め終わると、俺が脱ぎ散らかした半パンを丁寧に畳んでいる。そして、ネロは背もたれに寄りかかり、足を組んで、手を差し出してきた。
その手にカップを渡すと、ネロはニコっと笑顔で受け取って、お茶を飲み始めた。超優雅なんですけど。こんなに優雅にサラッと流れるように、子供の面倒を見て、優雅にお茶を飲むとか。ネロは凄い。
「俺はもう駄目なんだと思う。」
ネロは優雅にお茶を飲んでいて、視線を合わせてくれない。俺の視線は気付いていると思うけど、敢えて、合わさないらしい。しょんぼりとしながら、愚痴を続けてみた。
「そうか。」
「う。否定してくれなかった。悲しい。」
ネロがチラッとこっちを見て、静かに相槌とも同意ともとれる言葉を発した。思わず泣き真似で、悲しさを表現しつつ絡んじゃった。ってか、思った。俺はマジで面倒臭いヤツじゃね?愚痴を言い続けて、更に絡むとか、ネロが可哀想。
ネロが真っ直ぐに俺を見てくれた。キリっとした顔がカッコいいんですけどね。その刺すような眼差しは何を訴えているんだろう。ってか、凄い目力だな。
「俺の傍にいれば駄目でも全く問題無い。」
ネロの視線の強さに怯んで目を細めちゃうと、きっぱりと断言してきたネロの声が聞こえた。事も無げに言い切ってきたんだけど、一体何を言い出したんだ。
思わず、驚きが勝って動きが止まっちゃった。金色の瞳が光を増していってる。冷たい光ではないけど、レオさんの仕事モードの時と少し似ている、気がする。って事は、集中した光、なのかな。
視線の強さと目の光に意識が集中しちゃったけど、ネロの口元が緩んでいるのが見えて納得した。要するに、今のはネロなりの冗談だ。そして、ネロなりに気を使ってくれている。
「ん~、ネロの傍にいれば、ネロが全部やってくれるの?俺がダメダメでも見捨てない?」
「当然だ。」
冗談だと分かったら、それに乗っかって更に絡んで困らせちゃおうかな。カップをローテーブルに置いて、ネロに寄り掛かっちゃう。そして、甘えた感じを出しつつ、愚痴の続きを再開してみた。どうだ、更に絡んでやったぞ、困っただろ。って思ったのに、ネロがきっぱりと断言する形で受け止めちゃった。
予想外の答えにびっくりして、思わず体を起こして、ネロを見ちゃう。視線の先にいる、片眉を上げたネロがカッコ良過ぎるんですけど。そして、今分かった、これが例のアレか。レオさん、今俺もされちゃってる。誘導しておいてドン引きを体験中ですよ。
レオさんはネロにベタ惚れだから、うまく乗せられちゃうかもだけどね。俺は冷静に対処できる筈。まぁ、ネロのドン引きの顔もちょっとだけ興味はある。見てみたい気持ちが強いんだよ。
でもね、それはレオさんにやって貰う事にしよう。今はその時ではない。それに、ネロのドン引きの顔にプラスして、レオさんの涙目で、猫耳がぷるぷるなトコロも見たいし。
「ネロ、そんな事をしちゃ駄目って言ったでしょ?」
「そんな事?」
という事で、冷静に、少し低い声でネロを諭してみる。ネロの目から光が消えていき、少しの間を置いて、ネロが聞き返してきた。へぇ、そうやってレオさんの真似して恍けたフリをするんだ。いいでしょう。受けて立ちましょう。
ネロの首に腕を絡めて、体を持ち上げる。ネロがサラッと腰に腕を回して抱き留めてきたけど、もう驚きはない。興味深そうに見上げてくるネロに対して、意識的に挑発的な視線を送ってあげる。ネロが眩しそうに目を細めたのが見えた。
「誘導しておいてドン引き。」
ネロの耳に顔を寄せて、レオさんの低くて甘い声を真似て囁いてあげる。腰に回されたネロの手がぴくっと反応したのが伝わった。ゆっくりと顔を離してネロを覗き込んでみる。目を丸くしたネロが見えた。驚かせる事には成功した模様。
ニッコリ笑顔で、分かった?って小首を傾げてみる。その途端に、金色の瞳が枠だけを残して黒目になっちゃった。瞳孔が開いてまん丸になったネロは超可愛い。直ぐに目を逸らしちゃったネロを見て勝利を確信した。俺の圧勝である。
「あのね、ネロさん。そんなにカッコいい顔をして、甘言を囁いたら駄目だと思うんだ。そりゃ、レオさんはクラっときて誘導されちゃっても仕方ないと思う。で、そこからのドン引きでしょ?」
ネロの首に腕を絡めたままで、顔を寄せて、優しく言い聞かせてあげる。ネロは顔を逸らしているから、耳に直接囁く感じになっちゃっても仕方ないよね。ってか、腰に回してる腕を緩めてくれないから、座れないんです。
「そんな事をしたら、レオさんが怯えて、猫耳を伏せたプルプルの子猫ちゃんになっちゃうでしょ。そんな可愛いレオさんが見られるなんて、羨ま、あ~、えっと、可哀想でしょ。あ、分かった。そんなレオさんが可愛過ぎてしちゃうんでしょ。ネロは中々いい趣味をしてますね。」
ネロは顔を逸らしたままでこっちを向いてくれないから、話を続けてみる。まぁ、レオさんの威圧スタイルの真似っこと思えば、上からネロを見下ろしての、このスタイルも悪くない。寧ろ、場を支配している感じがして、非常にイイ。今度はレオさにもこのスタイルで挑んでみるか。
「成る程。」
話が終わった途端に、逸らされていたネロの視線が戻ってきた。同時に、静かに納得する声が聞こえた。うん、ネロは完全な真顔だね。真ん丸で可愛かった瞳も、今や、普通の猫目になっちゃった。ネロのオリジナルな常駐スキル『完全なる無感情』によって完全ガードされていて、何も読み取れない。
(そのようなスキルは御座いません。オートスキルが常駐する事は御座いますが、常駐スキルという概念も御座いません。)
‐うん、突っ込んでくれるスツィは丁寧でいいと思うよ。でもね、今はそれどころじゃないの。後で相手をしてあげるから、ちょっと待っててね。レオさんの可愛いぷるぷるな怯えた顔について、ネロを問い質さないといけないんだから。‐
(ソウデスカ。)
というか、ネロは成る程って言葉を使ってきた。それは肯定の意味で、趣味がいいって事を認めた事になるのかな。レオさんのぷるぷるな可愛い顔に興奮しちゃう系のイケナイ趣味を持っているのだろうか。
俺には読み解けない、難しい問題だった。という事で、レオさんから学び取った威圧スキルを駆使して、ネロの口から色々と引き出すのも楽しいかもしれない。レオさんはいつもこんな高揚感を持って俺を虐めているのか。共感できてしまうのがコワい。
「琥珀。」
ネロにどうやって説明して貰おうか手段を考え込んでいたら、ネロの呼ぶ声が聞こえた。ネロの手はいつの間にか俺の腰から外されていて、ネロにぶら下がる形、というか、ネロの太腿にちょこんと座ってネロの首に腕を回していた。
これはネロが誘導して太腿に座らせたって考えていいんだよね。気付かない間にこんな事ができるなんて、ネロも何気にヤバい。こんなに自然にレオさんみたいな行動ができちゃうとか、ネロもレオさんみたいな体術を身に着けているのかもしれない。
そういう技術を磨くには、そういう環境が一番ってレオさんが言ってた。って事は、やっぱり、ネロもレオさん並みにエロい事で技術を磨いているって事なのかな。イヤ、そんな事はない筈。レオさんが変な事を言うからネロを疑っちゃったじゃん。ホント、レオさんはろくなことをしない。
ネロの顔が正面にある。このままではレオさん直伝の威圧ができない。という事で、体勢を立て直そうとネロの首から腕を離して一旦距離を取る。そうしたら、ネロはスッと立ち上がって、入り口にスタスタと移動していっちゃった。
折角今から楽しいトコだったのに、と思いながらネロを眺めちゃう。ネロが靴を履くのが見えるから、お出掛け。要するに、もうご飯の時間だから、レオさんが帰ってくる前に注文しに行くって事か。
「注文に行ってくる。琥珀はレオを待て。」
「了解。気を付けて行ってきてね。」
一緒に行こうと立ち上がったら、ネロに言葉で制されてしまった。行き違いになるのを防ぐ意味で、俺だけ残るっぽい。理解を示した瞬間に、ネロはサクッと出て行ってしまった。
ネロが慌ただしく出て行ったって事は、そろそろレオさんの仕事が終わる時間なのかな。ってか、ネロは今、夜間に仕事に出てるから、護衛のシフトに入ってないよね。って事は、護衛を実質、三人で回してるって事になる。
かなりハードなスケジュールな事に気が付いちゃった。今日はこの後、デートなんかしないで、レオさんはゆっくりと休養を取るべきだと思えてきちゃう。後で提案してみようかな。
魔法を覚えるトコロの見学は凄く楽しみだけど、今じゃなくても全く問題ないし。それよりレオさんの体調管理の方が重要。家に帰るの嫌なら、この家でネロと三人でまったりでもいいし。二人で過ごすなら、俺は席を外すし。
‐あ、スツィ。さっきは流しちゃってごめんね。レオさんのぷるぷるな可愛い話は聞けなかった。悲しくない?‐
(イエ、トクニハ。)
‐やば、メッチャ可愛い。なんでそんな棒読みなの。スツィは何気に色々な声色を使い分けてくるよね。・・・反応なしで会話終了とか、悲しい。‐
一人でぼんやり待つ時間は凄く長く感じちゃう。という事で、レオさんが買ってくれた本を読んで待つ事にした。本棚の前に移動して、白い背表紙の立派な本を取り出す。
ずしっと重いけど、武器の本みたいにヤバって重さではない。本の大きさや厚みはそう大差はないって事は、紙の質の問題なのかな。それとも、金属補強があるか、ないかの違いなのか。とはいえ、ずっと膝に乗せていたら重みに耐えられなくなる程の重さではある。
本を抱えてソファに移動し、座面に設置する。そして、本に向かい合う形でソファに座り込んで、改めて本を眺めてみる。白い革張りの美しい本で、四隅にある、金色の装飾が高級感を底上げしてる感じもする。
金色と黒の装飾文字は植物っぽいデザインで、黒い文字に金色の蔓や蔦が絡んでいる豪華な意匠だ。『派生の不思議:プラントイド』と読み取れるその文字を指で撫でてみる。つるっとした滑らかな感触の革に凸凹とした凹凸を感じる。
本の装丁は間違いなく高級。本来なら手も出せない程の超高級本。でも、今は値段は関係ないよね。この子はあくまで本、知識が詰まったただの本。
本を一撫でして、レオさん曰くの、貴重な情報が記載されている本を開いてみる。本を開いて、息を飲んじゃった。ヤバ。超綺麗。本の中には綺麗な文字達が描かれている。文字を描くって表現はおかしいけど、綺麗過ぎて描かれてるみたいに感じちゃうんだもん。
美しい飾り文字に見える異国の文字達。俺からすると異国の文字で正しいんだけど、この字はこの国の字で正しいのかな。それとも、この国から見ても異国の文字なのだろうか。今まで読んでいた本とは書体が違う為か、俺には判別ができない。
レオさんがこの本は手書きって言ってた。って事は、この美しい書体は全て手書きって事だよね。手書きの文字っていうと、ネロが予言を書き記してくれた文字を思い出しちゃう。
ネロの字が筆でサラサラっと書いた美しい書だとすると、この本の文字は西洋のカリグラフィっぽく見える。どっちも綺麗で美しいけど系統が違う感じ。
この本に並んでいるのは繊細なタッチと綺麗に整列した文字列。全ての文字が装飾文字っぽくも見えてきちゃう。文字の所々がはみ出て植物の蔓っぽく見えるんだよね。デザイン性は抑えてるけど、表紙の飾り文字とよく似ている。
「琥珀、戻ったよ。開けて。」
本を読む前に字の美しさに感動して見入っていたら、外からレオさんの声が聞こえた。本はそのままにして、立ち上がり、レオさんを出迎えに入り口に移動する。




