217 問題あるか?
俺が望んだ通りに、ツライ顔じゃなかった。驚きと、困った感じと、後は優しい微笑みっていう複雑な感情が見えるけど、ツライ表情ではない。
こうやってネロを振り回して、心配させちゃってるのに、ネロは温かい。優しく包んでくれるネロの存在が嬉しい。こうやってネロが心配してくれるのが嬉しい。
でもね、ごめんなさいって気持ちより、ネロがくれる心配が嬉しいって気持ちの方が大きいのは、駄目だよね。反省より嬉しい方が大きいとか、ホント、俺は捻くれていて性格が悪いんだと思う。
「ごめんなさい。でもね、レオさんがネロを大好きって証明できる、とっておきのエピソードがあるんだよ?聞きたい?」
捻くれた自分の心を叱咤して、ペコっと頭を下げてネロに謝る。顔を上げて、レオさんを擁護する為のとっておきの話を持ち出してみた。だって、俺が悪いのにネロの怒りがレオさんに向いちゃった気がするし。
もう怒ってはなさそうだけど、レオさんがネロを大好きだって教えてあげたい。ネロが大好きだから、ネロが大事にしている俺を大切に扱ってくれたんだって分かって欲しい。
「昨日の夜、ネロが出て行って直ぐに、レオさんが抱き締めてくれたのね。ネロにできなかったから、今こうしてる。って、ギュってしてくれたんだよ。ヤバくない?俺を身代わりにネロを感じるとか、もうね、その行動とドキドキな台詞がヤバ過ぎて、レオさんが可愛く思えちゃった。」
「そうか。」
ネロが反応を返してくれないから、勝手に話し始めちゃう。ネロは目を合わせて静かに聞いてくれていたけど、結論を聞いて、投げ遣りな感じで相槌を返してきた。
なんでそんな適当な反応なの。レオさんの必殺のキュンキュンする言葉なのに。不満を表情に出して、軽く睨んじゃったら、ネロが頭を撫でてくれた。超子ども扱い。よしよし、って声が聞こえそうな程に子ども扱い。
睨むのをやめたら、ネロは脱力した感じで背もたれに寄りかかっちゃった。張り詰めていたモノから解放されたって感じでぼんやりしちゃっている。暗殺者って疑っちゃってレオさんには悪い事をしたけど。変な心配をかけてしまってネロにも悪い事をしちゃった。
レオさんに言われた通り、俺は破天荒な行動が多いのかもしれない。ちゃんと考えて行動しなきゃだ。これからは気を付けよう。ただ、ちゃんと考えた結果がこれなんだよな。考えれば考える程、ドツボに嵌まって同じ事を繰り返しちゃう可能性しかない性格なのが恨めしい。
「心配かけちゃって、ごめんね。仕事で疲れたのにまた疲れちゃった?」
ソファにぐでっと凭れ掛かったネロの腕を持ち上げて、腕と体の隙間に潜り込んでみる。それから、ネロを見上げて謝ってみた。そうしたら、ネロは俺の体を片腕で抱き寄せて、髪にキスをしてくれる。ほわって心が温かくなる優しいキスだ。
「仕事の疲れは琥珀と寝て癒えた。今の疲れも仕事前には無くなる。問題無い。」
視線を絡ませる感覚で目を合わせて、ネロが穏やかに答えてくれた。ネロの雰囲気がもう既にカッコいい上に、言葉が超イケメン。心配には及ばないって意味合いを、ここまでイケメンな感じで言えちゃうネロはスゴイ。
しかも、綺麗な笑顔付きだ。ネロの微笑みにキラキラのエフェクトが見える気がする。見える気がするんじゃなくて、実際に、金色の猫目がキラキラして眩しい。
こんな綺麗なイケメンが恋人とか、レオさんはマジで幸せ者だなって思っちゃう。そして、こんな綺麗なネロがお父さんな俺も幸せ者なのかもしれない。
「ヤバい、イケメン過ぎて眩しい。イケメン風のレオさんとは大違いだ。」
ちょっとだけテンションが上って、ネロの綺麗さを讃えてみる。ついでに、ちょっとだけレオさんを引き合いに出しちゃった。でもね、チャラくて、時々胡散臭くて、非常にエロいだけで、ホントは超カッコいいって思ってる。ちょっと口が滑っちゃったの。ごめんなさい。
今はいないレオさんに心の中で謝ってみる。この場にいないのに、これを読み取れたら、レオさんの『勘』は相当凄いって事になると思うんだ。うん、その実験を兼ねているんですよ。
聞いているのはスツィだけって分かっているのに、心の中で言い訳をしちゃう。でも、スツィも沈黙しているから、完全な独り言だ。こうやって、心の中で色々考えちゃう程に、俺の中でレオさんの存在は大きいんだなって自覚しちゃう。
暗殺者のレオさんに恐怖していたと思っていたけど、思い返すと、レオさんを失う事の方が怖かった。だから、誤解だったと分かった今、心が軽くなって、冗談に出しちゃう程、レオさんに甘えちゃっている。ホントのホントに、レオさんが俺を嫌いじゃなくて良かった。
「ホントにごめんなさい。」
俺の髪を掻き上げて、ネロが優しく額にキスをしてくれた。優しい金色の瞳を見つめながら、ネロの腕の中から抜け出て、改めて深く頭を下げて謝る。無言のままで、ネロが俺の頭に手を置いた。
そのまま、ネロが頭を撫でてくれる。顔を見なくても、声を聞かなくても、手の感触だけで愛しいって感情が伝わってくる、優しい撫で方。ネロの手が離れたタイミングで顔を上げると、ネロが少しだけ真剣な顔をしていた。
「殺される事を受容するな。」
表情を引き締めて聞く体勢を整えたら、ネロは静かだけど少しだけ語調を強めて注意を促してきた。ネロの思いが漸く分かった気がする。そうだよね、レオさんには何の落ち度もないのに、レオさんに怒りが向く訳がなかった。
ネロの表情や語調から、俺に対して怒っている感じがしなかった。心配で堪らないって感じに思えた。だから、怒りの対象はレオさんなのかと思っていた。でも、全然違った。
ネロが怒っていたのは、俺が死ぬ事を受け入れたからだった。ソファで寝落ちした時と同じ、自身を労わらない行動に怒っていた。要するに、俺に対して怒っていたって事だ。
ネロは俺が死んでも直ぐ復活するって知っている。俺の死は、他の人の死と全く別物だって知っている筈なのに、こうやって怒ってくれる。ネロの気持ちが嬉しくて、同時に悲しい。ホントに、普通に生まれたかった。普通にネロの傍にいたかった。
「ごめんなさい。」
急にぶわっとネロに対する色々な謝罪の気持ちが湧いてきて、俯いて小さな声で謝っちゃった。直ぐにネロの手が俺の頭に置かれて、優しく頭を撫でてくれる。
いつもなら、ネロに優しく撫でて貰って、いい香りに包まれると癒されるのに。ネロと一緒にいると幸せなのに。何故か不安がなくならない。不安の根源が分からなくて怖い。
漠然とした恐怖から顔を上げる事ができなかったら、頭を撫でくれていた優しい手が離れちゃった。不安になって顔を上げると、すかさず、ネロの腕が背中に回された。びっくりして固まっている間に、ネロが強引に抱き寄せてくる。
レオさんっぽい強引な行動に混乱していたら、ネロが優しいキスを始めた。額、頬、鼻、目尻、首筋や髪。色んな所に凄く丁寧で優しいキスを何度もしてくれる。大事なモノを扱うような優しいキス。レオさんも丁寧で優しいキスだったけど、比較にならない程優しい。
えっと、あの、行動がレオさんになっちゃったんだけど、ネロだよね。混乱の中でぼんやりとなすがままになっていたら、ネロが顔を上げた。ニコってしてくれるネロの笑顔は超綺麗、キラキラがヤバい。ネロの笑顔に見惚れていたら、ネロはまたキスを再開しちゃった。
ネロの笑顔でちょっとだけ冷静になってきた。取り敢えず、キスを続けるネロの顔を両手で挟んで止めてみる。ネロが顔を上げてくれたから、イキナリ何するのって目で訴えてみた。
ネロが嬉しそうに目を輝かせて、ネロの顔を挟んでいる俺の手に顔を摺り寄せてくる。行動が猫っぽくて超可愛いんだけど、ネロはどうしちゃったの。
「レオがいない淋しさを琥珀で埋めた。問題あるか?」
可愛いネロの行動に頬が緩んじゃったら、ネロがキリっとした顔で何かを言い出した。えっと、あの。そんなキリっと顔で何を言っているの。ってか、その発言はネロっぽくない。寧ろ、レオさんだから。
ヤバい、ネロがレオさんに毒されちゃった。変な嗜好とか、変な倒錯とか、変な趣味とか、変な変態属性とか。全部レオさんに書き換えられて、そのうち、ネロは完全にレオさんになっちゃうのかもしれない。綺麗で清廉なネロがいなくなって、卑猥なネロとか。悲しい。ホント、レオさんはろくなことをしない。
冷静になった筈なのに、また混乱しかけて。必死に頭を回転させて分かってしまった。これはアレだ。さっきの話を聞いて何気にネロはキュンキュンしてたって事だ。レオさんがネロの身代わりに俺を使ったって事を真似してるんだ。
レオさんの真似っこで、レオさんの身代わりに俺を使っている、とか。ネロはマジ可愛い。レオさんの気持ちを理解したいって思いが強まって、レオさんのキス魔の真似事を始めちゃったんだろうな。
全てが分かって安堵できた。そして、思う。ネロはマジで可愛い、と。こんなにレオさんを愛しているのに、普段はツンツンしているとか。ホント、ネロはヤバい。こんなに綺麗なのに、こんなに可愛いとか。レオさんがメロメロになっちゃって当然だよね。
ってか、凄い。ネロがレオさんの真似をしたら、漠然とした不安が一切なくなっちゃった気がする。ネロの中にレオさんを感じたら不安がなくなった、って事なのかな。レオさんはホント不思議だよな。
優しく頭を撫でてくれる手の感触で、思考が中断した。目の前には優しい金色の猫目が見える。さっきはスゴク険しい顔をしていたのに、今は柔らかな優しい笑顔だ。安心できる優しい存在。優しい微笑みに誘われて、ネロに凭れ掛かっちゃう。ネロが優しく肩を抱き寄せてくれて、安心感に包まれる感じがある。
レオさんはチャラくて軽いのに、エロくて卑猥なのに。強引で意地悪で、ネロとは全然違うのに。それなのに、凄く安心する。レオさんの存在が心地いい。ネロと同じくらい、落ち着ける。
そんなレオさんだから、俺は殺されてもいいって思えたんだろうな。ネロは殺される事を受容するなって言うけど、レオさんだからいいって思えたんだもん。誰に対してもそう思う訳じゃない、レオさんだからそう思えちゃった。
「レオさんにはネロと同じくらい甘えちゃってる。それに、ネロの事も取っちゃってるって自覚がある。だからね、あの時はそれもありかなって思っちゃった。レオさんには色々と我慢をさせちゃってる分、俺を殺す事でレオさんの気が晴れて、俺がいなくなる事で二人が幸せになれるなら、全然ありって思っちゃったんだもん。」
俺の思いも分かって欲しくて、ぽつりぽつりと話してみる。レオさんが我慢をしている事とか、俺が我儘いっぱいで甘え捲っているとか。ちゃんと理由を知って欲しかった。ただ目の前の死を受け入れたんじゃなくて、レオさんだから受け入れたんだって分かって欲しかった。
「レオは族長専属の護衛の一人。精神力も人並みを凌駕する程には具えている。琥珀と俺の関係性で動揺する事はそこまで多くない、筈。それに、レオは嫌であれば言葉に出す性格。甘える琥珀を喜んでいるのは、表情と態度を見れば分かる。」
ネロはちゃんと俺の言い分も分かってくれたっぽい。優しい口調で、優しい眼差しで、ゆっくりと穏やかに反論をしてくれる。反論なんだけど、言い聞かせてくれる形だ。
ホントにネロの言う通りだ。レオさんは俺が思っている以上に大人で、しっかりとした人なんだと思う。それに、レオさんは優しい笑顔で、時には凄くデレデレな顔で、時々演技で、色々な表情で俺を受け入れてくれていた。
甘えも、我儘も、拗ねた態度も、反抗的な態度も、全部受け止めてくれていた。あの表情を見れば、確かに、分かった筈なのに。優しく抱き締めてくれるのとか、優しいキスとか、髪を撫でてくれるのとか。レオさんの仕草は愛情に満ち溢れていた。
「そうだよね。レオさんの表情や仕草から、分かってた筈なのに。一度疑念が出たら止められなくなっちゃった。ホント、レオさんには悪い事をしちゃった。反省してます。あと、ネロも心配かけちゃってごめんなさい。でもね、昨日のレオさんはかなり大人な発言と態度だった。今思うと、超カッコ良かった。」
ネロの言葉は全部ストンと胸の中に収まってくれた。もう一度、反省と謝罪を伝えて、ついでに、レオさんの対応も褒めてみる。そうしたら、ネロがちょっと困った顔になっちゃった。
なんでそんな顔になったんだろう。疑問を目に込めて首を傾げると、ネロが優しく俺の髪を掻き上げて額にキスをしてくれた。顔を離して、目を合わせてくれたネロは優しい笑顔になっている。
疑問には答える気がなさそうである。きっと、怒ってはないけど、ネロ的にはレオさんに思うトコロもあるって事だろうな。大人の反省会で解決するから、子供は口を出す権利は無しってトコロかもしれない。
「食事はどうする。腹は減って無いか?」
「ネロはどう?空いてる?」
「琥珀に合わせる。」
話は終わりって感じで、ネロが食事の話題に切り替えてきた。ちょっとだけ考えて、ネロに合わせてみる事にした。予想はしていたんだけどね、ネロの返事は俺と全く同じだった。まぁ、そうくるかなって思っていたし、俺に合わせるって言うなら、遠慮なく希望を言っちゃおうかな。
「えっと、まだ空いてない。それに、今日はお出掛けでネロとはちょっとの間、離れるじゃん。レオさんが帰ってきた後も、できるだけゆっくりしたいなって思っちゃう。せめて、お昼は一緒に食べたい。だって、ネロと離れるのが淋しいんだもん。だから、レオさんが帰ってきてから三人でゆっくり食べよ。」
「分かった。」
お昼はレオさんが帰ってきてからって提案を、ネロは二つ返事で了承してくれた。子供っぽい主張だったのに、ネロは優しい顔で聞いてくれる。それどころか、途中からデレデレな顔になっちゃった。
子供っぽい甘ったれた口調だったからか、ネロのお父さんスイッチがオンになっちゃったのかもしれない。そして、ネロのデレデレな顔は変わらず綺麗なのが凄い。レオさんはデレデレだと、キリッとした時の威厳の欠片すらない程にだらしない顔になっちゃうのに。
レオさんとのお出掛けは楽しみなんだよ。それに、魔法を覚えるトコロを見られるのも超楽しみ。でもね、ネロと離れるってのが超淋しくなっちゃったんだもん。
夜はお仕事って分かっているから、仕方ないって割り切れた。それに比べて、今回は目的を持って自分から離れる。自分で選んだのに、メッチャ淋しくなってきちゃったとか、ヤバい。
もうね、ネロとは離れられない病にかかっちゃってるんだと思う。はーっと溜息を吐いちゃったら、ネロがギュッと抱き締めて髪にキスをしてくれた。ふわっといい香りに包み込まれて、落ち着く。リラクゼーションの極みって感じだ。
お昼ご飯問題は解決した。そして、ネロが慰めてくれたから落ち着いた。という事で、ネロの腕から抜け出て睨んじゃう。今日もネロには言っておきたい事があるんです。お叱りモードの琥珀さんの登場ですよ。
急に睨んだからか、ネロが戸惑った顔になっちゃった。レオさんのキョトン顔に匹敵する可愛さの、ネロの戸惑い顔。今日も朝からイイものが見れた気分だ。ホント、猫ちゃんって可愛いよね。
「ところで、ネロさん。とある事を聞いちゃったんですけど。」
「何の話だ。」
脳内で脱線したのを起動修正して、睨みのままで静かに口を開いてみた。ネロは不審そうに見つめ返して、静かに疑問を返してきた。スッと細められた金色の目が探るように見据えてくる。
デレデレな顔の後で、こんな強い目力とか。意地悪レオさんが急に優しくなったのに匹敵する程のヤバさだと思うんです。合格。いや、今はそんなトコロは問題じゃないんだよ。
「レオさんを誘導してドン引きとか、そんな事をしちゃダメでしょ。しかも、よくするとか。レオさんが可哀想。」
ネロを見据えて、静かにレオさんに聞いた悪逆非道な行いを非難してみる。だってね、レオさんはぷるぷるに怯えた子猫ちゃんになってたんだもん。トラウマレベルって言ってたんだもん。例え仕事中とはいえ、可愛い恋人にそんな事をするなんてダメじゃん。
「そんな事はしない。」
ネロはぴくっと眉を反応させた後で、静かに否定してきた。不思議そうな顔をしているんだけど、なんでそんな顔なの。ネロは自覚なくそんな非道な行いをしているって事なのだろうか。
もし自覚がなくやっているのであれば、俺が諌めてあげるしかない。それが子供としての使命だと思うんです。ネロの頭をぽふぽふっと撫でて、ニコってしてみる。
「ネロはもうちょっとだけレオさんに優しくしてあげた方がいいと思うの。レオさんは怖いって言ってたよ?」
「怖い?」
ネロの表情がちょっと緩んでくれたトコロで、優しく言い聞かせてあげる。ネロは静かに聞いてくれた後で、また不思議そうな顔になって聞き返してきた。やっぱり自覚なく怖がらせていたらしい。
レオさんが自覚なく睨むのと一緒だね。あとは、レオさんが自覚なくエロい事をするのとか、自覚なく卑猥な事を口走るのとか、自覚なくイヤらしい存在になっているのと全く一緒だった。後は、レオさんが・・・
不意に、ネロが両手で俺の顔を挟んできた。じっと見つめてくるネロからすすっと目を逸らしちゃう。顔を近付けてくるネロの圧力が怖いです。そうだね、レオさんの悪口はイケなかった。でもね、何故か途中からレオさんへの辛辣な意見がつらつらと出てきちゃったんだもん。仕方ないじゃん。
「ネロは自分ができる事は他の人もできると思ってるっぽいから、失敗した時に無言の圧力をかけてくるって言ってたよ。それが怖いんだって。ネロが上手くできても、他の人はできない事もある。反対に他の人が上手くできても、ネロはできない事もあるでしょ?」
コホンと咳払いをしてみたら、ネロが手を離してくれた。話を本筋に戻して、レオさんから聞いた、ネロの行いについて優しく諌めてみる。心を込めて話してみたのに、じーっと見てくるネロの視線がちょっと痛い。
さっきの脱線でレオさんを貶しちゃったのがダメだったらしい。でも、ネロがレオさんを愛しているって証明みたいで嬉しくなっちゃう。だって、普段のネロはレオさんに対してツンツンしているのに、こんなにむってなっているんだもん。
「恐怖を与えていたのであれば、反省する。」
ネロがふいっと目を逸らして小さく溜息を吐いちゃった。そして、反省する、の言葉を言ってくれた。ネロのごめんなさいのスタイルがスゴイ好き。謝罪じゃなくて反省なんだもん。過去の行いをただ悔いるのではなく、未来に向けた抱負な感じがしてカッコいい。
話は纏まって、終わり。って思ったけど、ネロの気持ちも分かってるんだよって伝えたくなっちゃった。だって、ネロだけが悪者になるのはイヤだったんだもん。冷静沈着なネロが意味のない虐めなんかする訳ない。ちゃんと理由があっての行動だって分かってるからね。
ソファの上で膝立ちになって、ネロの顔を両手で挟んでみると、ネロが俺の腰に片腕を回して固定してくれた。レオさんもそうだったけど、ネロも極自然に、ナチュラルに、普通に、抱き留めてくれたんですけど。
びっくりして目を丸くしちゃったら、どうしたのって感じでネロが小首を傾げてきた。何でもないって首を振ったら、ふわっと柔らかな笑顔が返ってきて、メッチャ癒される。それに、超いい香り。
こんな風に腰に腕を回されたのに、ネロからはチャラさを感じない。寧ろ、優しさと労わりの心を感じる。この差は何だろう。やっぱり存在のイヤらしさの違いなのだろうか。うん、そうかもしれない。きっとそう。
「俺が何にもできなくても、無言の圧力なんかしないのに、愛する人には態度に出ちゃうんだね。レオさんに期待してるからこそ、気合が入っちゃうんだよね。」
少しだけ脇道に逸れそうになったのを修正して、ネロに顔を近付ける。そして、至近距離で目を合わせて、俺は分かってるからねって、口に出してみた。ネロがクスッと笑ったのが見える。ばれちゃったか、って意味だと思うけど、ちょっとだけ面白そうな顔をしてるのはなんでだろう。
忠告も、ネロの心に寄り添う事も完了したから、この話はお開きにしようかな。ネロの頬から両手を離したら、ネロも背中に回した腕を緩めてくれた。ソファに座り直して、ちょっと考えてみる。ん~、したいって言っても平気かな。でもな、ネロは消耗してるし、体力や気力的なアレがどうだろう。
「レオさんが帰ってくるまで、まだ時間があるかな?」
「1時間以上はある。」
まず必要な事は、時間の確認だ。って事で、サクッと聞いてみたら、即行で返答が返ってきた。1時間もあるならゆっくりできそう。時間は問題ない。ちらっとベッドに目を向けた後で、ネロを見つめちゃう。
どうしたのって感じで首を傾げてくるネロにぴとってくっついて、その状態で見上げてみる。ネロが肩を抱き寄せて髪にキスをしてくれたから、可愛さアピールのニコっと笑顔を作ってみた。
金色の瞳が少しだけ淡く光っていて、その瞳の中で瞳孔が一瞬だけぶわっと広がったのが見えた。シュッと細くなった瞳孔を見ながら何に驚いたんだろうって疑問が湧いちゃった。でも、それより、今はそれどころじゃないんです。
「あのね、えっと。今日の午後はできなさそうだし、レオさんが帰ってくる前にあれをしたいなって、思って。」
おずおずと切り出してみると、ネロが優しい顔で首を傾げて、何の事って目で訴えかけてきた。言ってもいいかな、どうしようかな。って迷ってもじもじしていたら、ネロが髪にキスをしてくれた。
覗き込んでくる金色の瞳に誘われて、ネロの頬にキスを返してみる。そうしたら、ネロが嬉しそうに微笑んで、ふわっと抱き上げられちゃった。
隣に座ってピトッてくっついている状態で、腕だけで抱き上げるとかヤバ。って思っていたら、もうネロの膝の上だった。横向き抱っこで、ネロが首にキスをしてくる。えっと、メッチャレオさんっぽい行動なんですけど。
戸惑っていたら、ネロが顔を上げて、小首を傾げてきた。戸惑いのままで見つめていたら、ネロはまた首へのキスに戻っちゃった。どうやら、答えるまでキスを続ける事にしたらしい。メチャクチャ、レオさんとそっくりなんだけど、これは正解なのだろうか。
「えっとね、運動したい。昨日はできなかったし、今日はしたいなって。」
「分かった。」
答えるまではネロのキス攻撃が続くと判断して、おずおずと提案をしてみる。ネロは顔を上げて笑顔で了承してくれた。午前から、しかも、ご飯も食べずに運動かよ。とか思われなくて良かった。
さっきのネロを見る限り、俺が心配させちゃったせいで、かなり消耗しちゃった感じだったし。ゆったりまったり、消耗を回復させたい筈、とは思ったよ。でも、運動をしたい欲求が抑えられなくて、我儘を言ったら困らせるかな、って色々考えちゃった。
無事希望が通って、ふーっと息を吐きだしたら、ネロが優しく髪にキスをしてくれた。そして、俺を膝に乗せて抱き締めたままで、言葉を紡ぎ始める。低くて心地いい声が響く中で、ネロの腕に抱かれてベッドの片付けを眺める。
魔法でできたベッドの片付けは見ているだけでも楽しめる。あっという間に風の膜に充填されていた水の排水が終わって、更にサラッと風の膜が消え去って、終わり。あっという間に終わっちゃったけど、楽しい魔法見学の時間だった。
ベッドの片付けが終わったら、ネロは寝室に移動していった。俺もサクッと運動用の服に着替えちゃう事にする。本棚の前に移動して、しゃがみ込み、一番下の収納を開けてみた。
ほぅ、沢山詰まってる。レオさんは一体何着の服を持ってきたんだろ。でも、何気に綺麗に収納してるのが意外だ。確かにこれでは、着ぐるみは入らないよなと思いながら、取り出し易い場所にあった運動用のズボンを引っ張り出す。
ソファでささっと着替えて、羽織っていたシャツを脱ぐ。これで運動の準備は万端。着替えが終わった段階で、ネロもラグを敷き終わっていた。そして、ネロがこっちに歩み寄ってくるのが見える。迎えに来てくれなくても自分で行けるのにって思ったら違った。
ソファの上に投げ出された俺の服を畳んでくれるネロの姿を見ながら、溜息を吐いちゃう。ホントに色々とやって貰うのに慣れ過ぎちゃっているのがヤバい。明日からはちゃんと自分で畳もう。うん、絶対にそうする。決意を胸に、ネロにお礼を言おうとしたら、ひょいっと抱き上げられちゃった。
ラグまで運ばれて、頬にキスをされた後で下ろされて、はっとなった。ネロの勘では、俺は運んで貰いたがってるって出てたのかも。でも、俺は自分で行けるって思った。という事は、やっぱり、ネロの勘は完璧じゃないっぽい。ある程度の的中率止まりってトコロかな。
「琥珀?何を考えている。」
ラグの上に座り込んで考え込んでいたら、ネロの声が聞こえて顔を上げてみた。向かい合わせに座ったネロが心配そうな顔で覗き込んでいるのが見える。心配そうって事は、やっぱり俺の考えてる事は分かってないって事かな。
これは、特性持ちのレオさんとは別で、ネロの勘はただの勘って事なのかもしれない。でもな、ただの勘で考えをばんばん読んでくるってのは、それはそれでヤバい気がする。
「えっと、ネロの勘の的中率は完璧じゃないんだ、って思ってびっくりしてた。」
「成る程?」
一応、ネロの質問に答えてみたけど、ネロは困った顔で納得したような、納得してないような微妙な反応を返してくれた。まぁ、確かに、なんて返せば分からない返答だった。ネロが正解。
「じゃあ、運動開始。俺は柔軟をやるから、ネロは自分のをやってね。」
「分かった。」
という事で、運動の始まりを宣言してみる。ついでに、ちゃんと、各自の運動ですよって事も強く主張してみたら、ネロはクスッと笑って了承してくれた。穏やかで優しいネロの笑顔を見ていると、まったりが加速してくるんだよね。そして、お茶を飲みながらぼんやりしたくなってきちゃう。
まったりの誘惑を振り払って、運動を開始する事にした。ネロが入念に柔軟してからのハードな筋トレをする横で、黙々と体を動かす。時々ネロを見てしまって、凄さに動きが止まっちゃう。それでも、何とか視線を外して、自分に集中する。
最後にネロが見守ってくれる中で、スクワットを5回とプランクのフロントブリッジを30秒で5回やって終わり。ホントは10回ずつやる予定だったけど、きつくてもういいってなっちゃった。俺は実は諦めが早いタイプなんです。
運動終了後にパタっと倒れて寝転がっていたら、ネロが抱き上げてくれる。そして、いつも通りに〈浄化〉と〈乾燥〉をしてくれた。更には、寝室に運ばれて、ベッドの上に置かれちゃった。コロッと転がってうつ伏せになって枕を抱えると、ネロが太腿に跨ってきた。
運動後にマッサージをして貰うと、疲れが急速回復していく感じがする。ネロの手のひらに疲れが吸い取られていく感覚がするんだけど、これもネロの特殊能力なのだろうか。冗談はさておいて、それにしても、気持ちいい。レオさん程じゃないけど、ネロの手のひらも温かいから、かなり気持ちいい。
「俺は諦めるのが早過ぎな気がしてきた。」
「そんな事はない。柔軟も丁寧にやっている。」
ネロにマッサージをして貰いながら泣き言を言ってみたら、ネロがマッサージの手を止めて、頭を撫でてくれた。そして、優しく慰めてくれる声が聞こえる。できなかったのに、やっぱり無言の威圧はされないらしい。
レオさん曰くのドン引きとやらは、レオさん限定で発動する、ネロの愛なのかもしれない。子供への愛とは全く違う、恋人への愛。それと、部下として期待をしているって愛。所謂、愛の鞭的な感じ。
「ネロは優しいね。でもね、体幹のヤツは10回のつもりだったのにできなかったよ?」
「継続をすれば、いつかはできる。」
レオさんはネロの期待に応えられるっていうのに、俺は初歩的な筋トレすらも完遂できない。悲しい。しょぼんとしながら、愚痴を言ってしまうと、即行でネロが慰めてくれる。温かで優しい言葉が優し過ぎて泣けてくる。
こうやってネロの優しさに甘えていたら、確実に大変な事になっちゃう気しかしない。ネロは甘やす路線から変わらなそうだから、駄目な子になる前にちゃんと自制しなきゃ。自覚しておこう。
差し当たって、まずは、このマッサージから行動に移してみようかな。疲れはネロの手が吸い取ってくれたし、俺もされるだけじゃない、偶にはネロにしてあげたくなっちゃった。
「俺もネロにマッサージをしてみたい。」
「してくれるのか?」
おずおずと切り出してみると、ネロがマッサージの手を止めて、驚いた口調で聞き返してきた。そんなに驚かなくたって、マッサージくらいできるよ。まぁ、初めてやるから、不慣れかもだけどね。でも、されるだけじゃなくてしてあげたいんだもん。
「うん、頑張る。じゃあ、場所交代。」
「分かった。」
一瞬、俺の力じゃ気持ち良くないかもしれないって考えが頭をよぎったけど、それを振り払って場所の交代を宣言してみた。静かに了承してくれたネロが腰を浮かせてくれたから、ネロの股の間から素早く抜け出て、場所を明け渡してみる。




