219 はい、お膳立て完了
入り口を開けた途端に、レオさんが滑り込んできた。しかも、キラッキラに輝く緑の猫目に気を取られていたら、抱き寄せられてしまう。余りにも自然に抱き締められていて、抵抗する暇もなかった。
レオさんは俺を腕に閉じ込めたままで、畳みかけるみたいに頬や首にキスを振り撒いてくる。あまりにも熱烈なただいまのキスを受けて、呆然とされるがままになっちゃった。少しの間を置いて、レオさんの顔を両手で挟んで止めてみる。
帰宅後のハイテンションなレオさんは昨日で経験済みだ。今更驚く事態ではない。という事で、冷静に、熱烈なただいまのキスをしてくれたお礼と、お帰りなさいの意味を込めて、レオさんの頬にキスをしてあげる。
レオさんは満面の笑みでギュッと抱き締めた後で、頬に丁寧で優しいキスを返してくれた。それで満足したらしく、漸く腕を開放してくれた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした。」
少し前後しちゃったけど、にこっと笑顔でお出迎えの挨拶をしてみる。そうしたら、レオさんは超嬉しそうな笑顔になってくれた。そして、ニコニコ笑顔でなんの予備動作もなく、ひょいっと俺を抱き上げて、当たり前のようにスタスタとソファに向かって歩いていく。
ソファの上には、読もうとして開いた本が放置されている。レオさんは本に目を向けた後で、俺と目を合わせてきた。ニッコリ嬉しそうなレオさんに応えて、にこっと笑顔を返してみる。その後で、レオさんが嬉しそうに髪にキスをしてきたのを機に、視線を睨みに変えちゃった。
「ちょ。何で睨むの。」
「睨まれる事をしたからでしょ?」
レオさんが目を丸くして不思議そうに聞いてきたから、ツーンと冷たい態度で答えてあげる。今の状況を見れば分かるでしょ。ホント、レオさんには困っちゃう。
「俺が贈った本を読んでくれてたんだ、って喜んだだけだよ?」
「それに関しては、俺も喜んでくれて嬉しかったから笑顔を返した。」
疑問がいっぱいって顔になって、レオさんが行動を振り返ったらしく、疑問を伝えてきた。でもね、違うから。ソコは論点じゃないし、それに対しては俺も素直に嬉しかった。ツーンとした態度を貫きながら、淡々と答えちゃう。
「他には何もしてないでしょ。」
困った顔になったレオさんが、困った感じで言葉を出してくる。恍けてるとかじゃなくて、マジで分かってないっぽく見えるんだけど、そんな訳ないよね。今の状況で分からない訳、ない筈だよね。
「えっ?」
びっくりし過ぎて、素直な気持ちがつい口から滑り出ちゃった。ってか、この短時間で、レオさんの表情がコロコロ変わってる。猫耳も猫目も、感情をストレートに反映してるから、メッチャ可愛い。
「えっ、って何。何かしちゃった?浮気とかは今日はしてないよ?仕事が終わって即行帰ってきたから、そんな時間なかったし。」
レオさんの表情の変化について考えていたら、レオさんが恐る恐るって感じでお伺いを立ててきた。睨まれる事で浮気を連想しちゃうとか、流石レオさんです。
ってか、時間があったらするのかよ。しかも、何気に、今日はって言っていた気がする。ホント、イヤらしい。でも、素直に申告をしてきたトコロに好感が持てる、気もしてきちゃう。
「じゃあ、今の状況を冷静に分析してみようか。」
レオさんは全く分かってないらしいから、少しだけ助言をしてあげる。そうしたら、レオさんは神妙な顔で素直にコクっと頷いてくれた。素直に受け入れてくれたから、静かに見守る事にする。レオさんは思案するように視線を外しながら、本の横の座面を選んで腰を下ろした。
そして、横抱きのままだった俺を自然な動作で自分の膝の上に置いて、愛おし気に俺の髪にキスをしながら抱き締めてくる。俺を腕に閉じ込めた状態で考え続けるレオさんの様子を見守っていたけど、小さく溜息を吐いちゃった。
ホントに分かってないのか、それとも、敢えて分かってないフリを続けているのか。判断に困ってレオさんの見守りを継続していたら、レオさんは深刻な顔で考えながら、クッションを拾って肘掛けと俺の背中の間に置いてくれた。
更に、座面の本を丁寧に閉じて、俺の体を抱き締めた状態で上半身を前傾させて、ローテーブルに置いてくれる。レオさんの腕の中でレオさんの一連の行動を見守っていて思った。思案しながらなのに、全ての行動に一切の淀みが無いのが凄い。
「ヒントは?」
レオさんは体勢を戻した後で腕を少しだけ緩めて、目を合わせてきた。流石に分かってくれたか、って頷いてみたら、レオさんの口から出たのは違う言葉だった。ヒントとか必要ないよね。今の状況を見れば分かるでしょ。
「えっと、それは冗談なのかな。」
「冗談って何だよ。ヒントに冗談も何もないだろ?」
揶揄われている可能性しかないと判断して、むっとしながら聞き返してみちゃう。そうしたら、レオさんは困惑の極みって顔で言い返してきた。レオさんの顔が真剣過ぎて、本気か冗談か、どっちなのかが分からない。見極めようとレオさんをじっと見つめていて、分かってしまった。
レオさんは息をするように、チャラくて、エロくて、軽薄な行動ができる人だった。だから、抱き上げて移動とか、膝の上に乗せるとかも、レオさんにとっては極自然な行動だったんだ。だから、意識の上には反映されないのかもしれない。
レオさんは俺を実子の如く思ってそうだし、最早、身内感覚になっちゃっている。近しい者に対しては家の中でべたべたする性質のガトと、レオさんのチャラい性質が合わさった、と。その結果、ナチュラルに普通の事をしているだけで、特別に変な事をしている感覚はない、と。多分そういう事なんでしょう。
レオさんの思考が理解できた今、俺にできる事が一つだけある。即ち、こんな痴漢行為を外ではやらないように諌める。ただ、それだけだ。こんな風に意識もせずに他人を抱き上げて、膝に乗せて抱き締めるなんて事を、外で見ず知らずの女の子とかにしでかしたら大変だもん。
「じゃあ、答えを言いますね。」
「うん。怒ってるとかじゃないよな?」
静かに淡々と、答え合わせをする意思を示してみる。その途端に、レオさんの表情が引き締まって、ドキドキな感じでおずおずと聞き返してきた。そこまでの緊張感を持っているのに、何故今の状況を理解できないのか。
「まぁ、少し怒ってる。」
「マジか。俺は何をしでかしたんだ?マジで怖い。」
軽く眉を寄せて、ボソッと答えてあげた。淡々と話すつもりだったのに、つい感情が飛び出ちゃった。俺はまだ、ネロみたいに感情を抑え込む事はできならしい。自分の未熟さを悔いていたら、レオさんが動揺した感じで反応してきた。うん、しでかすとか、しでかさないとか、それ以前の問題だからね。
「レオさん。他人を極自然に当たり前のように抱き上げて、普通にお膝の上に座らせるとか。そんな痴漢な真似をしてたら、いつか掴まっちゃうよ?ネロを悲しませたくないでしょ。ちゃんと自覚して行動した方がいいと思うんだ。」
溜息を吐いて、レオさんの問題点を優しく指摘してあげる。更に、警告と注意をして、これで分かって貰えた筈。分かった?って首を傾げて確認を取ってみる。
「ん?」
うんうんって頷きながら真剣に聞いていたレオさんだったんだけど、キョトンとした顔になっちゃった。そして、首を傾げて、疑問を投げ掛けてきた。うん、その顔は非常に可愛い。でも、ちゃんと説明したでしょ。何でそこで疑問が飛び出すんだよ。
「今の状況を考えてみようね。俺は今どこに座っているでしょうか。」
むっとした心を抑えられる訳もなく、若干投げ遣りな口調で出題しちゃった。そうしたら、レオさんの顔がぱぁっと笑顔になっていく。目がキラッキラで超綺麗。えっと、なんで急にこんないい笑顔が飛び出したのかな。
「俺の太腿の上。お前はマジで可愛いな。もう一回やり直そうか、今回はちゃんとするから。だから、もう一回聞かせて?」
レオさんが安堵した感じでギュッと抱き締めて、嬉しそうに髪にキスをしてきた。そして、ちょっとだけ腕を緩めて、目を合わせて答えてくれた。でも、何故かリクエスト付きだし、何故か甘い囁き風の声だし、超チャラいし。ってか、やり直すってなんの事だよ。
「俺は今どこに座っているでしょうか?」
むすっとしてぶっきら棒に、レオさんのリクエストに応えてあげた。そうしたら、レオさんが俺の頬に優しくキスをして、目尻と髪にもキスをしてくる。まるで、拗ねる子供をあやす行動にしか見えないのが悔しい。
「違うだろ?帰宅後にお疲れ様でしたって、可愛くにこってしてくれたでしょ。」
顔を上げた、と思ったら、レオさんは子供に言い聞かせる優しい口調で、ダメ出しをしてきた。可愛い笑顔で、お疲れ様、とか。それをリクエスト、とか。どうやら、レオさんは親ばかモードになっちゃったらしい。
レオさんは保護者が嫌って言っていた気がするのに、全然嫌そうじゃないじゃん。寧ろ、子供が大好きなパパさんじゃん。そもそも、昨日、今日、と仕事終わりの帰宅時のテンションがヤバいから。どれだけ子供の愛に飢えてるパパさんだよってテンションだったからね。
レオさんを無言でじーっと見つめてみると、レオさんは目を逸らしちゃった。どうやら、非難する視線は感じてくれたようである。もういいや。非難の心は伝わってくれたみたいだから、レオさんの膝に居続ける理由はない。
俺の背中から腰に掛けてストッパーの如く回されているレオさんの腕を掴んで、引っ張ってみる。下りる意思は伝わったと思うんだけど、レオさんはガシッと抱き締めて阻止してきちゃった。
「レオさん、もうすぐネロが帰って来るよ?だから、今のをネロにお願いしてみたらいいと思うんだけど、どうかな。」
「今の?」
解放して貰う為に、レオさんの希望を叶えるべく最適な提案をしてみたら、レオさんが腕を緩めて覗き込んできた。めっちゃ不審な顔になっているレオさんが見える。更には、疑問の声にも不審さが表れている。なんでそんな顔と声になっちゃったの。
「可愛い笑顔で、お疲れ様でしたって言って欲しいんだよね。ネロにお願いしてみたらいいと思う。ネロの綺麗な笑顔でお疲れ様とか、疲れなんて吹き飛んじゃうと思うんだ。」
「イヤ、いいよ。」
ニコニコ笑顔で名案を後押して話してみると、レオさんがイヤそうに眉を寄せちゃった。そして、スゴイ間を開けて、超イヤそうに答えてくる。さっきまでのキラキラな笑顔はどこに行っちゃったの。
「今まで可愛かったのに、なんでそこでそんな風になっちゃうの。そんな顔をしたらダメだよ。レオさんもネロの笑顔で癒されたいでしょ?」
眉を寄せたままのレオさんの眉間を指で撫でて、優しく言い聞かせてみた。レオさんは俺の手を掴んで、自分の口元に引き寄せてキスをしてくる。
「だって、ネロがやっても怖いだけだし。」
拒否をせずに見守っていたら、レオさんは俺の手に頬擦りしながら目を伏せて、ボソッと呟いた。ヤバ、恥じらうレオさんが現れちゃった。メッチャ可愛い。台詞と仕草にキュンキュンくるヤツですよ。
こうやって恥じらってくるからレオさんはヤバいんだよ。こんな仕草で翻弄するからネロがメロメロになっちゃうんだろうな。まぁ、ここは一つ、純情なレオさんの為に一肌脱がねばならないね。
「怖くないでしょ。ネロも可愛い笑顔で癒してくれるよ。信じられないなら、勝負する?」
「ん?」
レオさんの恥ずかしさを払拭して、尚且つ、レオさんが乗ってくるように。って事で、勝負を仕掛けてみたら、レオさんは目をパチクリさせて、疑問を返してきた。
「可愛い笑顔でお疲れ様でしたって、ネロに言って貰う勝負。可愛かったら俺の勝ち、可愛くなかったらレオさんの勝ち。」
「俺が勝ったら、何かいい事あるの?」
ニコっと笑顔で勝負の内容を発表すると、レオさんが即行で聞き返してきた。ん~、見返りを求めるのか。でも、レオさんに乗って貰うには、射幸心を煽るのもいいのかもしれない。
それに、俺としても、ネロの可愛いお疲れ様が見てみたい。見返りの内容を、俺の損にならない範囲で選択すれば、どっちに転んでも俺のダメージにはならない筈。
「ん~、今日のデートでレオさんの希望を叶えてあげる。俺にできる事っていう限定条件は付くけどね。」
色々と頭の中で計算した結果、デート中にレオさんの希望を叶える案に決めた。言葉に出してみたら、レオさんの目がキラキラって輝いたのが見える。耳もピンと立って、嬉しさを表現していてめっちゃ可愛い。
「ちょっと高いのを買っても怒らない、できればあんまり文句も言わない。ってのは、どう?勿論、琥珀用じゃなくて、自分用。」
「ちょっとの基準が曖昧だけど。レオさんの物だったら怒らない。文句も言わない。多分。」
喜びが前面に押し出されている状態なのに、恐々っていうアンバランスさで、レオさんが慎重に希望を伝えてきた。レオさんにしては含みは一切持たない感じの希望だったから、サクッと了承してみる。
いつもなら、最後の自分用って言葉は付け足さない気がするんだよ。買う段階で、対象は決めてなかったってごねる展開も考えられたのに、意外だ。まぁ、ちょっと高いって言葉が曖昧だけど、レオさんのモノなら俺には何も言う権利はない。従って損にはならない。
「あともう一つ。俺の家に帰ってからイチャイチャしたい。」
何を買うつもりなんだろうと考えていたら、レオさんは更にもう一つ希望を付け加えてきた。抽象的な表現を使っているけど、家でくっついて触れ合いながらまったりしたいって事だよね。要するに、今のこの状況とあんまり変わらない筈。
ネロにはイチャイチャしたいなんて言わないのに、俺には恥ずかし気もなく言えちゃうレオさんの心理が不思議。まぁ、でも。きっと子供に対してと、恋人に対しては、心構えが違うって事なんだろうね。子供の俺には意識する事もなく適当に言えるけど、恋人のネロにはドキドキでヤバい、と。
でもな、レオさんは変態な上に倒錯しているトコロが問題なんだよ。多分だけど、ネロと似た系の発想な気がする。ネロと同じで、してるつもりになってるっぽいんだよね。
要するに、俺を抱き締める事は、ネロを抱き締める事と同意義。俺を抱き締める事で、ネロを抱き締めてるつもりになっている。まぁ、所謂、代償行動ってヤツだよね。ある意味、俺はネロの身代わりみたいな感じなんだろうな。
だから、イチャイチャってのも、本来ならレオさんの家でネロといちゃつきたい。でも、言えない。だから、俺で代用しておこう的な感じかな。そんなに難しく考えなくても、本人にすればいいのにって思っちゃう。まぁ、いずれにしても、許容範囲だから問題ない。
「子供相手にイチャイチャの基準が分からないけど、できる範囲なら。」
「じゃあ、その勝負に乗った。」
一つ目の希望におまけして、もう一つの希望も叶える約束をしたトコロで、レオさんが勝負を受けてくれた。イヤそうに眉を寄せていた面影はなく、メッチャ楽しそうな笑顔になってる。
「勝負に待ったはないからね。コテンパンにやられて、ネロの笑顔で蕩けて、涙目になったレオさん、とか。想像だけで、ゾクゾクする程ヤバい。」
「何、ドSキャラ?それも中々可愛い。正解。」
何はともあれ、レオさんが勝負を受けた事実はもう撤回できない。ニッコリ笑顔で、勝利宣言をしてみたら、レオさんが楽しそうに目を細めた。そして、顔を寄せて、低い声で囁いてくる。何の正解だよ。
話は終わり、って事で、今度こそ膝から下りようと体を捻ってみると、レオさんは渋る事なく解放してくれた。ネロが帰ってくる前に、急いでお片付けを済ませなければ。という事で、読もうとして、まだ一ページすらも読んでない本に手を伸ばす。
俺の手が本に到達する前に、レオさんが片手で本をひょいっと持ち上げちゃった。にこっと笑顔のレオさんが本を持ってない方の手を差し出してくる。連れて行けって事らしい。こんなレオさんが甘えた猫ちゃんっぽくて、可愛く見えてしまう俺の目は、もう駄目なのかもしれない。
キラキラな猫目が訴える要望から逃げられる訳もなく、レオさんの手を握ってみる。そうしたら、レオさんは嬉しそうに頷いて、指を絡めて繋ぎ直してきた。なんでこんな繋ぎ方なの、って目で訴えてみたけど、ニコニコ笑顔のレオさんは小首を傾げて恍けたフリだ。
もういい、と諦めて、レオさんの手を引いて本棚の前に移動する。目的地に到着したのに、レオさんは俺の手を握ったままで離してくれない。そして、片手で器用に本棚を開けて、隙間の空いていた元の場所に戻してくれた。
「ありがと。その本ね、字が凄く綺麗で内容を読む前に文字の方に見入っちゃった。」
本を戻すレオさんの指先を見つめながら、本の感想をぽつりと話してみる。レオさんは本棚の扉を閉めた後で、屈んで目を合わせてくれた。子供のお話を聞くパパさんの図だ。こうやって、優しい顔と、優しい目でしっかり聞いてくれる感じが好き。
話し終わると、レオさんは体勢を戻して頭を撫でてくれる。この感じが、子供を溺愛するパパさんそのものに感じちゃうんだけど。ホントに保護者は嫌なのかな。保護者とパパさんは別物って事なのだろうか。
「そうなんだ。開いてすらなかったから、知らなかった。今度一緒に読むか?」
優しい顔で愛し気に俺の髪に指を通しながら、レオさんが言葉を返してくれる。でも、レオさんの口から出た言葉にびっくりして目を丸くしちゃった。
だってね、あの本は際どい要素も、エロさも、卑猥さもない、健全な本なんだよ。綺麗なお姉さんも全く存在していない、植物のモンスターの本なんだよ。レオさんはそれを知っている筈なのに、読書に誘ってくれた。これを驚かずしていつ驚くのかって事態だ。
「えっ、活字の本だよ?レオさんの大っ嫌いな活字だよ?エッチぃおねぇさんは一人もいないよ?」
驚きのままに口から言葉が溢れ出ちゃったら、レオさんが微妙な顔になってしまった。優しいパパさんが終了したのと同時に、自分好みの本じゃない事を思い出したのかもしれない。
一瞬の間を置いて、クスッと笑い声が聞こえて、振り向いちゃう。視線の先では、ネロがバスケットを片手に持って、靴を脱いでいる最中だった。靴を脱ぎ終わって上体を起こしたネロの視線がゆっくり移動していくのが見える。
ネロはちらっとテーブルに目を向けた後で、まず、俺に向かって微笑んでくれた。次に、レオさんに向かって真顔になっちゃった。最後にレオさんの手、要するに、繋がれた俺とレオさんの手に視線を固定させた。そして、不審そうに眉を寄せて、レオさんに目を戻したのが見える。
「レオさんが本を片付けてくれたの。でもね、レオさんは甘えん坊なんだよ?だからね、本棚まで連れてきてあげたんだよ。レオさんは可愛いね。」
不審な顔のネロに安心して欲しくて、にっこり笑顔で説明してみると、ネロは頷いてくれた。という事で、レオさんの手を引いてネロに歩みを向けてみる。
レオさんが手を離そうとしてきたから、逃がさないようにレオさんの手をギュッと握っちゃう。そして、レオさんを引き摺るようにして、ネロの傍まで移動する。立ち位置を調整して、ネロとレオさんを向かい合わせて、誘導ミッションクリア。
レオさんを見上げて、ニコっと可愛い笑顔を作ってみたら、レオさんが警戒心バリバリの不審な顔になっちゃった。そんな顔をしなくてもいいじゃん。まぁ、レオさんは放っておこう。
今度はネロに顔を向けて、ニコっとしてみると、ネロは戸惑った顔になっちゃった。そして、一旦レオさんに目を向けて、何故か表情を引き締めている。それから、緊張感のある顔で目を合わせてくれた。
「ネロ、お願いがあるの。」
「なんだ。」
急に目力が強くなったネロにちょっとだけびっくりしたけど、可愛いぶりっ子のフリでお願いの前振りをしてみた。ネロが即行で聞き返してくれたから、握ったままのレオさんの手を引き寄せて、レオさんの腕を抱き締めちゃう。そのまま、腕に収まる感じで、レオさんに寄り掛かってみた。
ネロの視線がレオさんに向いてくれた。それと同時に、レオさんが何故か繋いでない方の腕を俺の体に巻き付けて抱き寄せてくる。ネロの眉がぴくっと反応したのが見えた。そして、レオさんが俺の髪にキスをしたのを感じた瞬間に、ネロの目がスッと細められたのが見える。ネロがめっちゃ怖い顔になっちゃった。
ってか、レオさんは何のつもりなの。離してって意味で、体に回されているレオさんの腕をペシペシして抗議をしてみる。効果があったのか、思いが通じたのか、レオさんが腕を緩めてくれた。と思ったら、首に唇の感触がしてびくっとなっちゃう。ネロの視線が更に強くなって、超怖い。
うん、分かった。これはアレだ。レオさんはネロを煽ってる系だ。ネロの優しい笑顔を引き出したくて、レオさんに寄り掛かったのは失敗だった。お膝抱っこの時とか、ネロが優しい顔で見守ってくれてたから、そうなると思ったのに。くそぉ、レオさんが悪乗りするから失敗しちゃったじゃん。
「にこって可愛い笑顔でレオさんにお疲れ様って言ってあげて。」
「断る。」
もう、レオさんは放置しよう。って事で、ネロにサクッとお願いしてみる。ネロは鋭い視線でレオさんを睨んだまま、即答で断ってきた。うん、普通に断られちゃった。ネロはいつも二つ返事で何でも聞いてくれるのに、断られちゃった。
それもこれも、レオさんのせいだ。レオさんがネロを煽るからこんな事になっちゃったじゃん。嫉妬心が興奮じゃなくて、むっとした方にシフトしちゃったんだよ。ネロのこの顔は絶対怒ってるもん。
ただ、分かった事がある。どうやら、一言で寝取られ属性と言っても、レオさんの興奮のツボと、ネロの興奮のツボは、少し違うらしい。レオさん的には、ネロを煽って興奮させたかったみたいだけど、失敗しちゃったってトコロなんだろうな。
「そんな事を言ったら、レオさんが可哀想でしょ?レオさんは可愛い笑顔のネロが見たくてお仕事を頑張ってきたんだよ。だから、お願い。して?」
いや、でも俺は諦めない。緩んでいるレオさんの腕から抜け出て、ネロに近付いてじーっと見上げる。そして、ネロの目が俺に向いてくれたトコロで、すかさずオネダリを開始してみた。ネロは俺の髪を優しく撫でながら聞いてくれている。多分だけど、怒りは収まってくれたっぽい。
「俺は全く可哀想じゃないし。ネロがやっても怖いって言ったよね。」
俺に向いた事でネロの目は優しくなってくれたんだよ。でも、レオさんがぼそっと突っ込んできた声に反応して、ネロがレオさんに目を向けて鋭い眼差しになっちゃった。レオさんはなんでそうやって、火に油を注いでくるの。
「でも、見たいでしょ?ネロの可愛い笑顔。」
「まぁ、見たいかと言われたら、見たいかもしれない。」
ネロのお怒りモードを解除して貰うには、やっぱり恋人の力が必要だと思うんだ。って事で、レオさんに向き直って、ネロの笑顔を見たいって言わせる作戦を取ってみた。レオさんはちょっと恥ずかしそうに、見たいって言ってくれた。
頬が微かに赤くて、目も潤んでいる気がする。どう見ても、恋するレオさんだ。よし、この勝負は貰った。こんな風に恥じらっている可愛いレオさんを見たら、ネロもその気になってくれる筈。よしよし。形勢は不利になりかけたけど、俺の思惑通りに事が運びそう、かな。
「ネロ。手を出して。」
ネロに向き直って、にっこり笑顔で手を差し出してみる。そして、要求という名の強要をしてみると、ネロは嫌そうに渋々って感じで手を俺の手の上に重ねてくれた。
ネロの手を握って、繋いだままだったレオさんの手と重ねて、自分の手をそっと引き抜いてみる。二人が戸惑った顔になっちゃったのが少し気になる。でもね、多分、俺にはまだ分からない大人の恋愛心理の何か的なヤツだと思う。俺の事は気にしなくていいんだよ。さぁ、二人のラブラブ空間を作りたまえ。
「はい、お膳立て完了。では、スタート。」
「琥珀がドS過ぎてツライ件について。」
「何故この状況になったかを、後で説明しろ。」
ニッコリ笑顔で全てが整った事を伝えて、一歩下がってみた。ネロとレオさんはゆっくりと視線を交わらせていく。いい雰囲気じゃん。って思ったら、レオさんが力なく呟いて、ネロが業務連絡っぽい発言をし出した。全く甘くない空間になってる。
「ネロ、にこって。可愛い笑顔できるでしょ?」
「できない。」
ここは一つ、俺が何とかしないとって思いから、ネロに笑顔の指示を出してみる。ネロが即行でこっちに顔を向けて、静かに呟いた。えっと、できないなんて事はないでしょ。いつも普通にキラキラの可愛い笑顔を振りまいてるじゃん。
「いつも通りの可愛い笑顔でいいんだよ?ニコってしてみて。ネロならできる。」
「お前、マジか。そうやって琥珀に甘える作戦なの?」
しょんぼりしちゃった感じのネロを一生懸命応援していたら、レオさんが呆れた感じで口を挟んできた。なんでそんな茶化す感じになっちゃうの。むっとして、レオさんを睨むと、レオさんはヤバって顔で目を逸らしちゃった。
「レオさんもネロの可愛い笑顔を見たいでしょ。ちょっとは素直になった方がいいと思うんだけどな。レオさんに可愛い笑顔を見せるのが恥ずかしいって照れちゃってるネロ。もう、その行動が可愛いと思わない?」
折角だから、レオさんも応援してみようかな。口ではあんな事を言ってるレオさんだけど、ネロの可愛さに内心ではドキドキしている筈だし。さっきだって恋するレオさんだったし。
「まぁ、そう言われると、可愛いと言えば可愛い、かもしれない、と思えない事もないような気がしてくる。」
レオさんは目を逸らしたままで、歯切れ悪くぼそぼそと言葉を返してくれてる。この行動からも、恥じらいを隠して強がっていたって分かる。
それに、お腹が空いてきちゃった。こんな入り口でのイチャイチャはさっさと終わらせて、テーブルでもっといちゃつけばいいと思うんだ。
「そうだよね、見たいよね。って事で、ネロも頑張って。ご飯が冷めちゃうでしょ、ちゃんとして。」
レオさんの言葉を後押しして、ネロにごり押してみた。ネロは諦めたようにレオさんをちらっと見て、直ぐに顔を逸らしちゃった。逸らした顔の方向的に俺から見えないんですけど。ネロの表情が見たかったのに。いや、見たかった、じゃない。判定の為には見なきゃいけないんだよ。
「お疲れ。」
ネロの顔が見える位置にジリジリ移動していたら、ぼそっと呟くネロの声が聞こえた。まだ顔が見える位置じゃなかったのに、ネロの言葉が発動しちゃった。判定はどうしようかな。
ん~、あ。仕草がマジで可愛い。結果、可愛い(笑顔で)お疲れ様ができた。3項目のうち、2項目を満たした。って事は、これは俺の勝ちでいいのではないだろうか。いいモノが見れた。余は満足じゃ。
勝利の余韻と満足感でニコニコしていたら、レオさんがネロから手を離して俺の肩を抱いてきた。ヤダ、超ガラの悪いお兄さんに絡まれちゃったんだけど。そんな意地の悪い笑顔とか、怖いでしょ。
「満足したところで、勝敗について語ろうや。」
レオさんの腕から抜け出そうとジタバタと足掻いてていたら、低くてセクシーにも聞こえるゾクっとなっちゃう声が響いてきた。動きを止めて、ソロソロとレオさんに目を向けちゃう。超近距離でニッコリ笑顔のレオさんが見える。めっちゃコワ。
「も~、レオさん。小悪党っぽい態度をしたら怖いんだよ。ね~、ネロ。レオさんは怖いね。」
えへって可愛さアピールの誤魔化し笑いをしつつ、言葉でも誤魔化す作戦を取ってみた。ニッコリ笑顔のレオさんは一切反応しない、俺も誤魔化し笑いを続ける。
「レオ、戯れるのは椅子とテーブルを戻した後にしろ。」
「へぃ。」
見つめ合う事、数秒。ネロの仲裁の声で、レオさんが視線を外してくれた。そして、面倒臭そうな返事と共に、テーブルに向かって行く。レオさんがテーブルを移動する横で、俺も椅子を運んでお手伝いをする。
レオさんが俺の椅子を誕生日席じゃない所に置いちゃった。って事で、残る最後の椅子を抱えて、自分の椅子の対面に設置しちゃう。これで、レオさんとネロの椅子が隣り合った。俺は向い側。仲良く並んで食べる二人を眺められる特等席だ。
「狭いって言ってるだろ。」
今日の席の配置に満足していたら、レオさんが小言を言いながら椅子に手を伸ばしてきた。どうやら、椅子を動かす気らしい。それだけは絶対阻止しなきゃって思いから、レオさんの腕を抱きし笑めてふるふるって首を振っちゃう。
レオさんが俺を見てくれた。じーっと見上げて、このままでいいでしょって目で訴えてみる。そうしたら、諦めてくれたらしく、頭を撫でてくれた。腕を解放してあげると、俺の髪にキスをして離れていっちゃった。流しに移動していったから、お茶の支度っぽい。




