215 その言葉で納得できる気がする
ふっと灯りが消えて真っ暗になった。目が慣れてないから、真っ暗な空間に放り出された気分になっちゃった。でも、今日は後ろから包み込んでくれる温かい体温で安心できる。
レオさんは凄く静かで、離れていると呼吸音も聞こえない。だから、暗闇の中で離れて寝ていたら、不安になっていたと思う。昨日の夜はレオさんがちゃんといるかを確認する為に手を伸ばしちゃった。昨日握り返してくれた熱い手は、今は俺の体に回されている。
「もこもこな服のおかげで温かい。」
「俺はいらない?」
真っ暗な中で、ぽつりと呟いてみた。淋しそうに聞き返してくるレオさんの声が聞こえて、体に回されているレオさんの腕をギュッと抱き締めちゃう。レオさんも俺を引き寄せる感じで、抱き締める腕に力を込めてくれた。
「おっきな温かい抱き枕もヤバいエフェクトなんだよ。おかげで超温かい。レオさんは寒くない?」
着ぐるみだけじゃなくて、レオさんのおかげで温かいんだよって言いたかった。でも、何故か素直に言葉には出せなくて、軽口になっちゃう。なんでレオさんには素直に言えないんだろ。ネロになら素直に言えるのに。
「普通にヒンヤリで気持ちいい。それに、ガトの子を抱き締めてるみたいで抱き心地もいい。」
レオさんは気にした様子もなく髪にキスをして、答えてくれた。優しく穏やかな声に含まれていた言葉、ガトの子、か。レオさんが抱き締めるガトの子、と言えば、女の子かな。
うん、そうだよね。普段のレオさんは淋しさを解消する為に女の子と抱き合っているんだった。という事は、俺を抱き締める事で女の子の代わり、というか、ネロの代わりにしているのか。
要するに、俺が温まるのと、レオさんの心が温まるのが一緒にできているって事だよね。でもな、レオさんの相手になるガトの女の子は、こんな可愛い感じのモコモコな着ぐるみを着て寝るイメージが湧かない。いや、この服に限らず、だよな。普通に裸で抱き合ってそうな気がするもん。
「ガトの子って女の子の事なのかな。こんなにモコモコじゃないでしょ。」
「ん~、女の子ではない。ガトのイメージ、琥珀がガトの子になった感じ、っていうのかな。」
疑問を口に出してみたら、レオさんは困った感じで答えてくれた。俺がガトの子、か。ちょっとだけ、心がズキッとして、抱き締めているレオさんの腕をギュッとしちゃう。
レオさんが髪にキスをしてくれた。落ち着かせてくれる優しいキスだ。心を読んだのか、俺の反応からかは分からない。でも、レオさんはいつもこうやって直ぐに気が付いてくれる。言葉に出さなくても反応してくれる。
明るい時は深い緑の瞳で安心できる。例え暗闇で何も見えなかったとしても。例え後ろから抱っこの状態だったとしても。例えレオさんの瞳が見えなくても。レオさんが触れてくれて、熱い体温を感じるだけで心が安らぐ気がする。
「俺が人族なのはまだイヤだったりする?」
「全然嫌じゃない。気になるなら脱いで人に戻れ。琥珀が人族だったら、それはそれで抱き心地が最高だし。琥珀が猫耳とか尻尾が欲しいって言ってたから、用意しただけの服だし。琥珀の種族なんて関係ない。」
できるだけ平静に、動揺した行動とは関係ないよ風を装って質問をしてみた。レオさんの腕の抱き締めが強くなった。と思ったら、レオさんが少しだけ強い口調で答えてくれた。いつもの余裕綽々の口調じゃない。焦った感じだけど、真剣な口調。
「前は知らない子だったから、人族って言っちゃってごめん。今は琥珀が何であろうと、全く気にならない。そうだな。もし、魔物が化けてるってなっても全然気にしない。」
ホントは聞くまでもなく分かってた。でも、言葉に出して欲しかったんだもん。面倒臭い子でごめんなさい。レオさんが続けてくれる言葉を聞きながら心の中で謝っちゃう。ホントは口に出して謝らなきゃって分かっている。でも、素直に言えない。なんで、言えないんだろう。
「レオさん、ありがと。凄く嬉しい。この服はモコモコで可愛いし、ガトになれて嬉しい。雨の間、レオさんがこの家に泊まってくれる間は、コレを借りていてもいいかな。」
「琥珀の為に用意したんだから、遠慮はするな。ホントはあげるって言いたいけど、嫌なんだろ?」
心の中で謝ったから、口ではお礼を伝える事にする。ついでに、レオさんがいる間だけでも着たいなって甘えちゃう。レオさんはほっとした様子で、腕の力を抜いてくれた。そして、穏やかな声で答えてくれた。
レオさんの言う通り、俺は猫耳や尻尾が欲しかった。ガトにもなりたかった。だから、形だけでもガトになれるこの着ぐるみパジャマは凄く嬉しい。それに、レオさんの気持ちを言葉で聞けて嬉しかったし、安心できた。種族は関係ないって言ってくれたから、心がほわって温かくなった。
「うん、貰うのは嫌。あ、でも、長期間借りて着てたら、モコモコがへたっちゃう気がしてきた。返す時に可愛いままじゃなくなっちゃう。だから、やっぱり今日だけにしておいた方がいいかも。」
「琥珀専用で用意した服だから、琥珀が着ないと捨てるだけだよ?それに、長期間、着てくれたら使用感が出て、その服の価値はゼロになる。だから、その時はちゃんと貰ってね。」
借りようかなって思ったんだけど、よくよく考えたら、駄目な事に気が付いちゃった。慌てて、やっぱり今日だけでって言い直してみたんだけど、レオさんは変な論破を仕掛けてくる。しかも、的確に弱点を突いてくるスタイル。
俺専用、とか、捨てるだけ、とか、服の価値はゼロとか。勿体ない精神を揺さぶる言動を織り交ぜてくるレオさんは流石です。ホント、レオさんのこの感じが好き。無理遣り甘えさせてくる感じ。俺が気後れしないように、レオさん主導で無理遣り引き込んでます風にしてくれる感じ。
「レオさんは強引だね。」
「それが好きって言ってただろ?」
フフッてなりながら、レオさんの手のひらに自分の手を重ねて感想を漏らしちゃう。そうしたら、レオさんは俺の髪にキスをして、俺の手を優しく握りながら甘く囁いてきた。まるでピロートークのような甘い囁きだ。まぁ、ピロートークの何たるかを知らないんだけどね。
でも、レオさんはベッドの中ではこんな風に話すんだって思っちゃった。腕に包み込まれてこんな風に囁かれたら、女の子達はドキドキしちゃうよね。ネロともこんな風に話すのかな。ネロも同じようにこんな感じで甘く囁き返すのかな。
ちょっとだけ気になるけど、まぁいいか。それより、俺はネロでも女の子でもないんです。だから、甘い囁きはいらないんです。でも、レオさんのこんな感じもちょっと好き。
「かもしれないって言ったの。」
「同じだろ。寝るぞ。」
「うん。お休み。」
ちょっと間違ってますよってしっかり言い直してあげたら、クスッと笑われてしまった。寝るぞって言葉と共にフードを優しく被せられちゃう。返事を返してみると、熱い腕がギュって抱き締めてくれた。レオさんがこんなに近くにいてくれる事が嬉しくて幸せ。
レオさんの体温と着ぐるみ毛布のおかげでぽかぽかだ。顔もふわふわな毛で包み込まれる暖かさが心地いい。包み込まれる暖かさのおかげか、安心感からか、眠気が一気にきて黙った途端にストンと眠りに落ちちゃった。
「お疲れ。〈浄化〉と〈乾燥〉を先にしとけ。」
「そうだな。」
「なぁ、なんでこのベッドを作ったの。冷えてると琥珀がくっついてくるって分かってただろ?」
「琥珀の言葉が琥珀自身の希望、と判断した。」
「ん?」
「一人の時間の淋しさを、他者にしがみ付く事で軽減できるのであれば、その方がいい。」
「成る程ね。納得。」
「一つ聞きたい。」
「琥珀の着てる服?」
「そうだ。」
「可愛いだろ?まぁ、防寒って意味も込めて着て貰ったけど、この可愛さはヤバいよな。昨日はこの格好で悶絶する程の可愛さを見せてくれたんだぞ。もうね、可愛い以外の言葉が出てこないのが辛い。」
「お前は一体どこでこのような服を。」
「芸は道によって賢しっていうだろ。色々な伝手があるの。何にも興味無しのお前とは違うんだよ。」
「成る程。」
「あのさ、俺の『勘』、知ってるでしょ?」
「それが?」
「お前の『勘』もそうだよな?」
「そうだな。」
「なんで時々機能しなくなるんだろう。外れる事があっても、分からんって事は今まで一度もなかったんだけど。」
「琥珀だから。」
「あぁ、琥珀だから、ね。その言葉で納得できる気がする。」
「俺の『瞳』も効かない。『勘』が働かなくても当然。」
「まぁ、少しは読めるだけマシって事か。納得。ホント、琥珀だけは知りたいのに、琥珀だけは知る事ができないとか。辛いな。」
「辛い思いが理解できたか?」
「琥珀の傾向が一つ解明された、かも。」
「ほう?」
「まぁ、お前には使えない手だけどな。」
「成る程?」
「そうやって威圧はするのを止めろ。琥珀が眉を寄せちゃったでしょ。琥珀、怖かったね。もう大丈夫だよ、あんな怖い人とは別れて俺と一緒になろうね。」
「で?」
「お前な。素直に聞いてこいよ。」
「傾向とは何だ。」
「マジで素直になるとか。時々可愛く見えてしまうのがヤバい。一緒に過ごしてまだ3日だぞ?あのネロに対してこんな風に思えるとか、しかも、こうやって普通に会話とか、ヤバいよな。何気に、お前も普通の人だったんだな。琥珀の言う通りだった。」
「そんな事はどうでもいい。」
「琥珀は冷たい視線と冷たい態度に弱いっぽい。マジで可愛い。あの可愛さは言葉では表せない。俺に見入ってる琥珀、とか、マジでヤバいから。」
「どういう事だ。」
「昨日やけに反応するから、何回か試したんだよ。確実にいい反応だった。因みに、連発すると怒ってると思われて泣きそうな顔をされるから注意。それ以前に、お前が同じ事をしても通じないと思う。琥珀の言うギャップってヤツらしい。」
「そうか。」
「まぁ、琥珀自身は言葉で否定してきたけどな。あれは、そう思いたいって願望だ。実際は、俺に惹かれている、で間違いない。」
「願望、ね。」
「その笑みをやめろ。くそ、そうだよ。俺に惹かれて欲しいって願望だよ。」
「まぁ、なんだ。この子、スキンシップに全く抵抗がなくなったっぽい。」
「成る程?」
「俺達を親と勘違いした結果、全てのスキンシップは親の愛情の変換って受け止めちゃったみたい。まぁ、俺としては触れ合えるから嬉しいけど、無防備過ぎてちょいヤバめかも。」
「スキンシップとは、どの程度のモノを指す。」
「あ~、軽いハグから重めのハグ。髪に軽くするキスから、ちょい重めのしつこいキス。そして、あ~、えっと。抱っことかその辺。後は、寝る時に抱き締めるのも全く抵抗なく受け入れてくれる。俺に対して、というよりは、俺とお前、両方。多分だけど。」
「そうか。」
「いや、疚しい気持ちはちょっとしかないから。基本はあれだからね、そんな怖い顔したらダメだと思うんだ。ほら、琥珀も魘されてる。」
「まぁ、琥珀との戯れは楽しかったけどな、俺的にはかなり消耗してる訳よ。」
「成る程?」
「詳しく説明をしたいトコだけど、俺から言うとお前はキレそうだからな。琥珀を上手く誘導して聞いてくれ。」
「キレる事をしたという事か?」
「キレる可能性しかない事をしかけたって事。因みに、全くの未遂だし、琥珀は気付いてもいない。上手く誤魔化した。そして、それは琥珀によって齎されたから不可抗力だった。お前でもフラフラといってしまうと思う。」
「今は、その言葉を信じておく事にする。」
「まぁ、なんだ。そんな顔で睨むくらいなら、琥珀を受け取ってくれないか?俺はそろそろ行かないとなんだよ。」
「では、さっさと明け渡せ。」
「そうしたいのは山々なんだよ。でもな、しがみ付いてくるのが可愛過ぎて離せないんだよ。だって、見てよ。この可愛さ。ヤバいだろ。これは離せなくても当然だと思わない?」
「気合いを入れろ。そして、さっさと仕事に行け。」
「へぃへぃ。琥珀、ネロが帰ってきたよ。向こうに行こうね。う、ヤバい。これは無理。今日は体調不良で休むわ。俺はもう動けない。このまま琥珀と寝る。」
夢を見た。肌寒い真っ暗な空間で、温かいぬいぐるみを抱っこしていた。温かくて安心できる。それなのに、急に取り上げられちゃいそうになった。
取られないように必死にしがみ付いて死守しちゃう。きゅって抱き着いて守ってたのに、気が付いたらいなくなっちゃった。代わりに渡されたのはいい香りのぬいぐるみ。少しヒンヤリしている。
寒いから温かい方がいい。温かいぬいぐるみを手探りで探したけど見付からない。しょんぼりしながら、ヒンヤリとしたぬいぐるみに抱き着いちゃう。きっと直ぐに暖まると思うんだ。
「馬鹿な事を言ってないで、さっさと行け。」
「へぃ。」
「服のせい、なのか。」
「そうだね、その服のままだと琥珀は寒く感じるかもしれない。」
「明日からは着替える事にする。」
「俺の服を貸してやろうか?」
「いらない。」
「ほぉ。じゃあ、行ってくる。琥珀、いってらっしゃいのキスをして。」
「殺されたいか?行け。」
「今更、嫉妬が発動とか。そう言うトコロが可愛く感じてしまうのが怖い。じゃあ、せめて俺からのいってきますのキスくらい許してくれ。」
目を開けると、目の前にネロがいて驚いちゃった。ネロはまだ寝ているらしく目を閉じている。まだ睡眠中のネロの横顔をぼんやりと眺めていたけど、寒さを感じてネロにくっついちゃった。転がってくっついても全く反応しないから、ネロは熟睡しているらしい。
顔を動かして部屋の中を見渡してみたけど、レオさんはもういなくなっている。ネロにくっついてみたけど、思った程の温かさはなかったから、ベッドから離れる決断をしてみた。
ネロを起こさないように慎重に体を離していく。少し離れたと思ったら、体に腕が回されて、引き寄せられて動けなくなっちゃった。どうやら、ネロは寝惚けているっぽい。
でも、ネロが抱き締めてくれたら、温かさが増した気がする。丁度いいから、このまま二度寝をしちゃおうかな。眠気はまだ微妙にあるし、そもそも動けないし。それに、いい香りとホンワカ温かくて幸せで、眠気が増してきちゃった。
ぼんやりとした意識が浮上して目を開けると、ネロはもういなくなっていた。ネロが寝惚けて抱き着いてきた事自体が夢だったのかもしれない。ぼんやりする意識のままで寝返りをうって、天井を眺める。
そして、気が付いた。ベッドが暖かい。腕を伸ばして、ベッドを撫でてみる。手を包み込んでくる水の感覚が、温泉に入っている気分になる程の心地よさだ。ぽよんぽよんって手を動かして温かい水の感触を楽しんじゃう。
更に寝返りをうってソファに目を向けてみる。視線の先では、ネロが静かに本を読んでいる姿が見えた。ホント、こうやって引きの画角で見ると、絵になるほど綺麗な人だ。女の子達に限らず、みんなが見惚れちゃうのも良く分かる。
足を組んで大きな分厚い本を太腿に乗せている、優雅さと綺麗さを兼ね備えた雰囲気。視線を下に向けて、伏し目な感じで本を読んでいる、綺麗な顔。艶やかな黒い髪の間から飛び出た、漆黒の猫耳。読書中のネロの姿は絵画みたいな静かな美しさがある。
一線を画す綺麗さと、無表情で無機質な感じのせいで、現実感がない。ネロが凄く遠くの存在に感じちゃう気がしてくる。同じ次元に存在しているとは思えない程の綺麗さ、とかヤバいよな。
ぼんやりと眺めていたら、絵画の一部が動いて、描かれた人物が目を合わせてきた。視線が交わった瞬間に、その人物が幸せそうに微笑んでくれた。絵画の雰囲気が一気に変わった錯覚を覚える。さっきまでは無機質で硬い印象だったのに、一気に柔らかい印象に変化した感じ。
「おはよ。ネロは寝てないの?」
「よく寝た。」
目が合ってしまったのなら、と、朝の挨拶をしちゃう。嬉しそうに微笑んで答えてくれるネロは、もう絵画の中の人じゃない。綺麗なのは綺麗だけど、無機質さはどこにもなくて、同じ次元に存在してる普通の人だ。
「ソファで寝たの?」
「ベッドで、琥珀の隣でしっかりと寝た。」
まったりとした気分で会話を続けてみる。ネロは幸せそうに答えてくれて、その笑顔で俺も幸せになっちゃう。寝起きから幸せを運んでくれるとか、ネロはこんなトコロでも有能さを発揮してくれるらしい。
「俺より遅く寝始めて、俺より早く起きたの?」
幸せでほわほわしながら、また質問をしちゃう。だってね、ネロは夜の間は仕事だったんだよ。それなのに、しっかり寝て、既に起きてるとか。寝起きのぼんやりも手伝って、ちょっと甘えた子供っぽい感じになっちゃったんだけど、ネロは優しく目を細めて頷いてくれた。
「ネロは朝、寝惚けて抱き着いてきた?」
「そうだな。起きたら琥珀を抱き締めていた。」
更に、気になっていた事を聞いちゃうと、ネロはパッと花が咲いたような綺麗な笑顔になって、嬉しそうに答えてくれる。レオさんと若干方向性は違うけど、ネロもお父さんって顔になってる。子供との触れ合いで幸せを感じてるって顔だ。俺も嬉しくなっちゃういい笑顔だ。
それにしても、熟睡しながら抱き寄せてきたのに、俺が死なない力加減で抱き締める事ができるとか。ホントに、ネロの言葉は真実って事だよね。ネロの力だと、少し間違えば即行で死ぬ可能性しかない。それなのに、寝惚けながらも優しく抱き締められるとか、流石ネロ。
「夢じゃなかったんだ。ネロでも寝惚ける事もあるんだ。可愛いね。」
「そうだな。」
嬉しくて幸せで、フフッてなりながら感想を漏らしちゃう。少しの間、穏やかな優しい金色の瞳に見つめられていた。そして、ネロは柔らかな声で同意ともとれる相槌を打ってくれた。やっぱり、ネロと一緒だとまったり感が半端ない。
「ベッド、暖かくしてくれたの?」
「寒そうにしていたから。」
暖かいベッドから離れるのが名残惜しくて、ぺたっとベッドに張り付いたままで会話を続けちゃう。優しく見守ってくれる金色の瞳が嬉しい。穏やかに答えてくれるネロの低い声も心地いい。
まだベッドにくっついていたかったけど、流石に起きる事にする。体を起こして、でもベッドから離れたくなくて、ベッドに座り込んでぼんやりとネロを眺める。俺が起き上がったのと同時に、ネロは本を閉じてローテーブルに戻し、流しに移動していった。どうやら、お茶を淹れてくれるみたいだ。
「わざわざ魔力を使ってくれたの?」
手際よくお茶の支度をするネロをぼーっと眺めながら、質問をしてみる。ネロがこっちにちらっと目を向けて、小さく頷いたのが見えた。そうだよね、昨日の夜は魔力を温存したいって言ってし、温めるのには魔力を使うよね。ん~、水を温めるのは、かなりの魔力を消費するのかな。
「魔力って使うと疲れちゃうの?」
「大きく消費すると疲れる時もある。」
素朴な疑問が浮かんで、そのまま聞いてみちゃった。だってね、俺は魔力を消費する事がないから、どんな感じか分からないんだもん。ネロがサクッと答えてくれたのを聞いて、やっぱりか、って思っちゃう。
アルさんがネロの傷を治してくれた時は凄く消耗した感じになっちゃった。あの時は、アルさんは気力も消費したっぽいから、そのせいもあるかな、とは思う。でも、魔力の消費も要因だったって事が理解できた。
「やっぱり、そうだよね。温めてくれてありがと。これは大きく消費じゃない?疲れてない?」
「魔力が余っていた。気にするな。」
納得の言葉に添えて、お礼と心配を伝えると、ネロはお茶を淹れる手を止める事なく、嬉しそうに答えてくれる。ネロの感じ的には、疲れてなさそう、かな。ただね、ネロはポーカーフェイスが得意だからな。実際にどれだけ魔力を消費したのかは分からない。
ぼんやりとネロを眺めていたら、ソファに戻ったネロが手招きで呼んでくれた。手招きに応じて、暖かいベッドから離れてネロの傍に移動する。ソファに腰を下ろすと、すかさず、ネロがお茶を手渡してくれた。寝起きにネロの美味しいお茶が飲めるとか、最高である。
「今日の琥珀は随分と可愛らしい恰好をしている。」
美味しいお茶をまったりと楽しんでいたら、ネロが優しく穏やかな声で呟いたのが聞こえた。ネロに顔を向けて、小首を傾げちゃう。何の事って目で問い掛けてみたら、金色の瞳が慈愛に満ち溢れた優しい眼差しで見つめ返してくれた。
「先祖返りのガトに見えない事もない。」
「ああ、この服か。これね、温かくて着心地が最高なの。レオさんが寒いのを心配して用意してくれたんだ。暖かくて可愛くて、しかも、俺もガトになれる。最高の服なんだよ。」
少しの間、見つめ合った後で、ネロが口を開いた。先祖返りのガト。その言葉で漸く理解できた。顔を自分の体に向けて、理解しましたって頷いて、レオさんが心配してくれた結果だった事を付け加えちゃう。
「そうか。」
ちょっとだけテンションが上っちゃったけど、ネロは優しく見守ってくれる。そして、静かに相槌を打ってくれた。めっちゃお父さん感がある。レオさんがパパさんだとしたら、ネロはお父さんだね。優しくて落ち着いてて、包み込むような優しさのネロの存在は確実にお父さん。
「レオさんも寝る前にガトの子っぽいって言ってくれた。ちょっとだけ、ネロとレオさんに近付けたみたいで嬉しい。」
「そうだな。」
上がったテンションそのままに、お喋りを続けちゃう。ネロは俺の肩に腕を回して、髪を撫でながら、穏やかに見守って聞いている。優しく目を細めた時に、金色の瞳の柔らかな光が強調されて凄く綺麗。穏やかな優しい声で相槌を打ってくれる感じが凄く好き。
うんうん、って頷いて聞いてくれるレオさんとは対照的に、ネロは静かに耳を傾けてくれる。レオさんの聞いてくれるスタイルは楽しいし、ネロの聞いてくれるスタイルは安心する。
安心できるの筈なのに、優しくて穏やかな金色の瞳を見ていたら、急に不安になってきちゃった。ネロはガト、俺は人。ネロのこの優しい眼差しは、俺がガトっぽいからこんなに優しいのかなって。ガトっぽいから、朝、寝惚けて抱き着いてきたのかなって。
昨日の夜のズキっとした心の痛みが再燃しちゃった感じだ。幸せ過ぎるからこそ、不安になっちゃうのかな。いや、分かってるんだよ。ネロはそんな風に思う筈はないって。でも、不安なんだもん。心情の変化を隠そうと、俯いちゃったら、ネロが俺の頬に手を添えてきた。
「ネロは人族の俺と、半ガトの俺。どっちがいい?」
「どちらも良さがある。どちらも琥珀、という事には変わりがない。琥珀だからこその良さ。」
ネロの指が頬を優しく撫でてくれる。その優しい仕草に誘われる形で、顔を上げて、恐る恐る、質問をしてみた。ネロは一瞬驚いた感じで目を瞠った後で、サラッと答えてくれた。
実にネロらしいきっぱりと言い切る返答だった。どっちもいいって言ってくれる言葉が嬉しい。俺という存在が重要で、外側の部分は付属でしかない。ネロの思いが分かって心が安堵を覚えたのを感じる。
昨日の夜、レオさんは気になるなら服を脱いで人になれって言ってくれた。人族としての俺を尊重してくれる感じが凄く嬉しかった。ガトはあくまで形だけ。レオさんの思いを知って心が満たされた気がした。
二人の反応は対照的で言葉は違うし、口調も雰囲気も何もかもが違う。でも、思いは同じな気がする。半ガトになった俺と、人族の俺。種族や形は問題じゃなくて、俺自身を受け入れてくれる。俺自身を受け止めてくれている。それが言葉で聞けて安心できた。
ってか、いつから俺はこんな面倒臭い性格になっちゃったんだろ。でもね、幸せって、怖いよね。いつか壊れてなくなっちゃう不安が付きまとう感覚が、メチャクチャ怖い。
「そっか、嬉しい。レオさんも俺が何でも気にしないって言ってくれたんだよ。ホントに嬉しかった。ってかね、魔物が化けていても気にしない、とまで言ってくれたんだよ。ヤバくない?」
ネロと目を合わせているのが恥ずかしくて、ネロに凭れ掛かっちゃう。そのまま、軽い口調で昨日の夜の事を話してみると、ネロが肩を抱き寄せて髪にキスをしてくれた。レオさんと同じ行動だけど、ネロにチャラさは感じない。感じるのは深い愛情。
「俺も同じ想い。琥珀が何であっても、例え害を為す存在でも気にならない。」
ネロの腕の中でぼんやりとしていたら、低く穏やかな声が響いてきた。体を離してネロを見つめちゃう。ネロは真っ直ぐに見つめ返してきて、瞳は真剣な光を放ってる。クスッと笑っちゃったら、ネロの頬も緩んでくれた。
「害を為すのは気にしようよ。」
冗談だって分かってるよ。でもね、ネロの事が心配になってきちゃって、注意喚起をしちゃった。だって、ネロならマジでそんな風に考えているかもって思っちゃったんだもん。俺が何であっても気にならない、って言葉を強調する為って分かるんだけどね。
「琥珀の与える害なら甘んじて受ける。レオも同じ想い、かも。」
ネロが悪戯っぽく目を細めた、と思ったら、真面目な口調で冗談を言い始めた。真顔で冗談はやめたらしいけど、真面目口調で冗談も如何なものかと思っちゃう。でも、ネロの気持ちも、レオさんの気持ちも嬉しい。
「ネロもレオさんも激甘だね。ホントそっくり。」
「嫌か?」
「めっちゃ嬉しい。」
ネロの頭をぽふぽふっと撫でて、素直な感想を言葉に乗せて伝えちゃった。ネロが可愛く小首を傾げて聞き返してきたから、心からの感想を伝える。満面の笑みを浮かべちゃっている自信はある。ネロが嬉しそうに笑顔を返してくれたから、多分、今の俺はメッチャ笑顔な筈。
ネロは不安を取り去ってくれる能力持ちなんだと思う。不安な気持ちを論破されちゃう感が凄い。レオさんとは対照的に静かで脇道に逸れる事は全くないけど、話の纏め方が凄く上手い。あと、表情と雰囲気が優しくて穏やかでまったりするから、落ち着いてくる。
ネロに凭れ掛かって、まったりとお茶を楽しむ。ネロもリラックスしているらしく、俺の髪をゆったり撫でてくれている。ネロを見上げると、優しく見つめ返してくれるのが凄く安心する。
まったりぼんやり過ごしていて気が付いた。暖かベッドのおかげでめっちゃ汗をかいちゃった気がする。この着ぐるみはモコモコだけど、その分、汗を吸収して、放置したらヤバい事になっちゃうかも。急いで綺麗にする必要がある気がしてきた。
「〈浄化〉って、服を着たままでして貰うと、体と一緒に服も綺麗になるのかな。」
「なる。」
体を離してネロを見つめると、ネロは微かに顔を傾けて話を促してくれる。〈浄化〉を頼むのは確定なんだけど、その前に聞いておきたかったんだよ。って事で、サクッと聞いてみたら、ネロはあっさりと肯定してきた。
「じゃあ、一々着替えなくてもいいのか。」
「そうだな。」
「でも、気分的に着替えたくなるよね。」
「そうかもしれない。」
まぁ、そうじゃないかなって思ってたから、驚きはない。納得しながら、着替えはどうしようかなって悩んじゃう。ネロの相槌を聞きながら、ん~、っと考えて、今日はこのまま〈浄化〉をして貰おうと決めた。
でも、気分的にズボンだけ後で着替えようかな。あ、アンダーシャツはもうなくても平気かな。鎖骨の辺りを押さえて、困った顔をしちゃうと、ネロも困った顔になっちゃった。ネロの困り顔はちょっと可愛いかも。
「痕の具合はどうかな?もうコレを脱いじゃっても大丈夫そう?」
首元を少し捲ってネロに見せながら聞いてみちゃう。ネロは一旦覗き込んでくれたけど、困った顔のままで首を横に振っちゃった。まぁ、あれだけ色が濃かったし、なくなるのはもう少し時間がかかるのかもしれない。
「じゃあ、このままでお願いします。」
立ち上がって、ニコっと笑顔でお願いをすると、ネロは嬉しそうに目を細めて頷いてくれた。そして、穏やかな低い声が言葉を紡ぎ始める。冷たい水の感触と暖かい風を感じる不思議体験は、いつして貰っても新鮮なワクワクに包まれちゃう。
ふわふわと揺れ動く自分の前髪を見ながら、風が収まるのを待つ。いつもより長い時間、柔らかな暖かい風が俺の周りを取り巻いて、ゆっくりと収まっていった。
「ありがと。今日の〈乾燥〉は長かったね。」
「ガトの毛は乾く迄に時間がかかる。」
ネロが立ち上がって寄り添ってきた。そして、俺の髪を優しく整えてくれる。ネロの優しい指に任せながら、今日の感想を漏らしちゃった。ネロは優しく目を細めて、軽口で答えてくれる。
着ぐるみをガトの毛って、ちょっと可愛い表現だ。クスってなっちゃったら、ネロも嬉しそうな笑顔を返してくれる。このまったり穏やかな空気が幸せ。髪を整えてくれるネロの指先は優しくて、金色の眼差しも優しい、あと、凄くいい香りに包まれてる。穏やかでまったりとした幸せのひと時だ。
「じゃあ、ガトに化けてたのを解除して、人族に戻りまっす。あ、このぴったりの服の上に、普通にシャツを着てもいいかな。」
「問題無い。」
髪を整えてくれていたネロの指が離れたタイミングで、着替える事にする。軽口で着替える旨を伝えて、ついでに服の着合わせを確認してみた。ネロは全くいつも通りの返しなんだけど、表情が優しさに溢れているからいつもとはちょっと違って聞こえちゃう。




