209 今日は殺すのは止めとくの?
自分の中で結論が出て、少しだけ震えが収まってきた。目の前にある深い緑の瞳は冷たい光だけど、俺の心の内部を探っているような感じがする。じっと見つめ返すと、レオさんが片眉を上げたのが見えた。表情も視線も変わらないけど、やっぱりカッコいい、って思っちゃう。
「ネロと喧嘩だけはしないでね。俺はもう、覚悟を決めたから、平気。」
緑の瞳を見ているのが辛くて、目を逸らして最後のお願いをしてみる。レオさんは俺を疎ましく思っているだろうから聞く義理はない。でも、レオさんとしても、ネロと喧嘩をするのはイヤだろうから、聞くしかない筈。最後まで我儘でお願いをしちゃってごめんね。
「へ?」
心の中で謝ったら、レオさんの気の抜けた疑問の声が聞こえた。殺される直前のこの状況なのに、命乞いをしないから、面食らっているのかもしれない。喉の渇きを覚えて、コクっと生唾を飲み込んでしまう。恐怖と緊張から喉がカラカラになっちゃっていたらしい。
俺がいなくなった事で、ネロはレオさんを責めるかもしれない。最後に一緒にいたのがレオさんって分かっているから、確実にそうなると思う。でも、ネロがどう言ったとしても、一時的なモノだから誤魔化し続けて欲しい。
「俺はもうどうなっても平気だから。例えネロが責めたとしても、レオさんは悪い事をする訳じゃない。レオさんが我慢していた事を俺が許しただけ。俺がして欲しかったから、して貰うだけ。レオさんのせいじゃないから。」
「うん。ちょっと待とうか。」
思いをちゃんと伝えたくて、顔を上げてレオさんの目を見ながら一生懸命言葉を絞り出す。レオさんが俺を殺したとしても、俺が許可したから。俺が望んだ事だから、レオさんは全く悪くない。そこだけは絶対に伝えたかった。レオさんが戸惑った様子で話を遮ってくるのが聞こえた。でも、遮るまでもなく言いたい事は全部言えた。
肩に置かれたレオさんの手に少しだけ力が込められた感じがする。レオさんの手の力強さを肌で感じて怖さが復活してしまった。殺される直前って分かっているから、戸惑いが浮かぶ深い緑の瞳にすら恐怖を感じてしまう。
でも、もう、悔いはない。結構な長期間、ネロに甘えて楽しい生活ができた。レオさんとも仲良くできた、気分になっていた。俺個人としてはレオさんと一緒にいるのは楽しかった。レオさんと一緒に過ごす時間は幸せだった。
今まで楽し過ぎて、レオさんの気持ちを考えなかった報いを受けるだけ。レオさんの気持ちを考えたら当然の事。レオさんの殺意も、自分の死も、全てを受け入れたら、少しだけ穏やかな気分になってきた。
「やるなら、一思いにお願い。でも、約束して。ネロと喧嘩はしないって。」
ふーっと息を吐き出して、真っ直ぐにレオさんを見つめる。そして、穏やかな気持ちでレオさんにもういいよ、って伝える事ができた。最後のお願いを繰り返したのは、念押しの意味だ。念押しをするまでもなく、願いは叶うと思う。言葉に出したのは気持ちの問題だ。
レオさんが戸惑った顔で真意を探るように、顔を近付けて覗き込んできた。本心だよって伝えたくて、目を細めてみる。ネロが良くしてくれる表情。心が穏やかでリラックスした時に出る表情。何も怖くないよって思いが伝わるといいな。
レオさんがスッと息を吸い込んだ。その直後に、一旦消えていた、冷たく静かな光が緑の瞳の中に復活していくのが見える。落ち着いた状態で見ると、やっぱり綺麗な目だ。
怖い程鋭くて冷たいけど、綺麗な深い緑に惹き込まれちゃう。優しくても冷たくても、楽しそうでも悲しそうでも、レオさんの瞳は綺麗で好きだった。キラキラの深く澄んだ緑が見入ってしまう程綺麗で大好きだった。
「本当にヤッていいの?」
抑えた感じの静かな低い声が少しの緊張感を含みながら確認を取ってきた。最終確認なんだと思う。ここで断ったらレオさんはどんな顔をするんだろ。その選択肢の先で、レオさんがぽかんとする表情を想像しちゃった。想像の中のレオさんは可愛くて、ふっと笑みを零しながら頷いちゃう。
どう殺されるかは分からない。でも、レオさんの綺麗な瞳を、このガトの村で最後に見たモノにしたい。目を閉じて静かにその時を待つ事にした。少しの間を置いて、しっとりと柔らかい感触が首に押し当てられたのを感じる。
明らかにキス、だよね。なんでイキナリそんな事をしたのって戸惑っちゃったけど、少しして分かった。さよならのキスなんだと思う。レオさんは最後まで優しい、フリをしてくれる気らしい。
レオさんはホントは凄くいい人なんだよね。どれだけ我儘を言っても、どれだけ振り回しても、どれだけ甘えても。レオさんは受け入れたフリをしてくれていた。凄く優しいフリだった。
怒ってくれたり、叱ってくれたり。ネロがしてくれない事をちゃんとしてくれた。意地悪をしてきたり、揶揄ったり。ネロはしてくれない事もしてくれた。でも、ネロと同じくらい優しく感じた。
その後に訪れるであろう衝撃に備えて体を固くする。そして、目を閉じたままで静かにその時を待ってみた。でも、唇の感触が首からなくなった後、いつまで経っても何も起きない。肩に置かれたレオさんの手も外されない。
恐る恐る、目を開けてみる。次の瞬間、至近距離で覗き込んでいる深い緑の瞳と視線が交差して、ちょっと驚いちゃった。真顔に近い冷静な表情とは対照的に、緑の瞳はギラギラと強い光を放っている。
さっきの冷たい光は集中している時だと思う。それとは対照的なこの強い光の意味するトコロは、興奮しているって事。要するに、レオさんは殺すのが趣味、的な危ない嗜好の持ち主だったらしい。
さっきの綺麗な瞳で終われなかったのは悲しい。でもね、俺が苦しめていた分のお詫びの気持ちを込めて、せめてレオさんの気が済む形で殺されたいって思っちゃう。
とは言っても、最初の一撃が何であれ、俺は直ぐに死んじゃう可能性しかない。だから、もしかするとレオさんは満足できないし、楽しめないかもしれない。そこだけはごめんなさい。説明はできないから、心の中で謝るしかできない。
「ホントに、していいの?」
「うん、いいよ。色々と我慢させちゃってごめんね。あのね、ネロと喧嘩しないって約束できる?後、俺にした事はネロに黙ってられる?」
顔を寄せた状態で、レオさんが優しく聞いてくれる。表情と瞳は別にして、声だけは優しいレオさんだ。優しいレオさんの口調につられて、つい、甘えた口調になっちゃった。最後のお願いを念押しして、ついでに、もう一つ、口止めもお願いしちゃった。
口止めを追加したのは、ネロを止める為。レオさんが俺を殺した事をネロが知ったら、喧嘩どころじゃすまないだろうから。って、こんな事は敢えてお願いする迄もないよね。でも、一応ね、言葉に出しておきたかった。
「約束する。」
レオさんが緊張感のある声で約束をしてくれた。さっきは答えてくれなかったから、心配だったけど、これで一安心。お願いも口止めも、俺の心の平穏の為にした事。レオさんはするしかない筈だけど、答える義理はなかった。
それなのに、約束してくれた。本当に優しいなって思っちゃう。こんな優しいレオさんと一緒なら、ネロは幸せになれる筈。ネロとレオさんにはずっと幸せでいて欲しい。遠くから二人の幸せを想像してニマニマしていたいから。
レオさんの目が眩しい程に輝いている。眩しくて目を細めちゃうと、レオさんが髪に優しくキスをしてくれた。行動や仕草がいつも通りの優しいレオさんっぽくて頬が緩んじゃう。
殺す相手への最後の情けなんだと思う。短期間でも仲良くした俺への情け。少しだけ情が移ってしまった俺への情け。後は、これが終わったらもうネロの子供じゃなくなるから、ネロの子供としての俺への最後の情け。
再び覗き込んできたレオさんの目を見て悟ってしまった。今からが、本番。考える時間ができちゃったからか、レオさんの優しさに触れたからか、今更ながら少し体が震えてしまう。
不意に我儘な気持ちが湧いてきちゃった。レオさんが怖くなるのは見たくない、って。優しいレオさんの記憶のままがいい、って。そうすれば思い出す時に幸せを感じる筈だから。これからずっと続く孤独を、思い出が支えてくれる筈だから。
「えっと、あんまり痛くしないでね。」
「時間をかけて優しくするから、琥珀の負担にはならないよ。大丈夫、俺に任せて気を楽にして。」
レオさんを見つめて、緊張しながら要望を伝えてみる。殺す時に怖くないように、優しいレオさんのままで殺されたい。そんな我儘だったけど、レオさんは少し目を瞠った後で、優しい声で囁いて了承してくれた。
気持ちを落ち着ける為に。最後の瞬間を平穏な心で終わらせる為に。威圧的じゃなくて、優しい声を選択してくれた。殺す直前のこの瞬間なのに、レオさんはホントに優しい。
それに、優しくしてくれるって、負担にならないって、暗殺の専門家が言ってくれるなら安心だ。って言っても、俺の場合はどんな拷問をされたとしても、最初の一瞬しか痛くないけどね。でも、気遣う心があるなら、殺す瞬間も怖くはならないと思う。
「じゃあ、ベッドに行こうか。抱っこで連れて行ってあげるね。そんなに緊張しなくていいよ。痛い事はしない、怖い事もしない。」
レオさんが体を離して立ち上がった。目で追いかけていると、屈んだレオさんが耳元で優しく甘く囁いてくる。ふわっと抱き上げられて、疑問に思ってしまった。これはベッドで殺すって事なのかな。
ベッドで殺すと汚れちゃう、気がするけど平気かな。あ、ソファで殺してもダメじゃん。ん~、外で殺して貰うのが一番いいって結論になりそうなんだけど、ベッドに向かって行ってる、よね。この場合、殺す場所の希望を言ってもいいモノなのだろうか。
ってか、怪我をして死ぬ時って、俺の体から流れ出た血はどうなるんだろう。一瞬で死ぬから血は出ないのかな。それとも、血が流れ出て汚れちゃうのかな。
(琥珀様の体から排出された血液が付着した部分に関しては、汚れとして残ります。琥珀様が消失後も汚れは残存します。)
いつもの冷静なスツィの声なのに優しく聞こえる。今後はまたスツィと二人きりになるのか。ちょっとだけ感慨深くなっちゃった。でもね、この世界は広いんだと思う。
人も、亜人も、魚人も、世界中に沢山の人がいる。ネロ程に、レオさん程に、深く関わる事は無理かもしれない。でも、どこかで誰かと仲良くなれる、筈。
今後の事は後で考えよう、時間はたっぷりあるんだから。それより、今はレオさんに知らせておかなきゃだ。レオさんは冷静沈着な暗殺のプロかもしれないけど、雑なトコロがあるのが凄く心配なんだもん。
少しの違和感でも、ネロは直ぐに答えを導き出しちゃう恐れがある。だから、不安材料は全部潰さないと危険なんだよ。ネロとレオさんが喧嘩に発展する可能性は全て潰しておきたい。
お姫様抱っこで俺を運んでいる最中のレオさんを見上げちゃう。レオさんは俺を見ながら進んでいたらしくて、目が合っちゃった。瞳の光は少しだけ和らいだ、かな。眩しい程ではなくなっている。
「レオさん。ベッドだと汚れちゃう、かもしれなくない?汚れが目立たない場所でした方がいい、かも。えっと、あの。汚れとかがちょっとでも残ってたら、ネロにばれちゃうかなって思って。あのね、お外とか、の方がいい、かも。」
レオさんが何か言いたいのって感じで首を傾げてくれたから、俯いて目を伏せながら、もじもじと小さな声で忠告をしてみた。流石に、暗殺のプロの方に物申すのはちょっと恥ずかしかった。でも、知らせる事ができたから、レオさんだったら適宜処理してくれる筈。
「ん?そう?ん~、そうだね。俺はまだ〈浄化〉が使えないから心配してくれたんだよね。琥珀の口からそんな事を言わせちゃってごめんね、恥ずかしかったでしょ。でも、大丈夫だよ?それに、外は駄目。万が一にも見られる可能性がある、声を聞かれる可能性もある。」
レオさんが立ち止まってしまった。恐る恐る顔を上げてみると、レオさんの嬉しそうに輝く目に迎えられちゃった。目が合った瞬間に、レオさんは楽しそうに鼻歌を歌いそうな程ウキウキな声で答えてくれる。
殺すのがそんなに楽しみなのか。まぁ、怖い顔で殺されるよりはいい。でも、外は駄目か。まぁ、そうだよね。確かに殺す瞬間を見られたら言い逃れができない状況になっちゃう。証拠より確かな証人を作っちゃう事になったら面倒だよね。流石暗殺のプロだ。
それより、大丈夫ってどういう事だろう。全然大丈夫じゃないんだけど。レオさんはホント雑だから、適当に考えちゃってるのかも。こんなトコロはプロっぽくない。考えている間にレオさんの歩みは再開していた。
レオさんがベッドの上にそっと下ろして、寝かせてくれた。そして、俺の上に覆い被さってくる。俺の体を跨いで腰を落とし、片手を俺の頭の横に突いている。俺を逃がさない為に組み敷いたってトコロかな。
殺される事を受け入れた人も、逃げる事を諦めた人も、殺される直前で恐怖から逃げようとするのかもしれない。仮に俺が逃げようとしても、逃がさない為に拘束する体勢、か。雑なレオさんだけど、やっぱりプロなんだ。
レオさんが自由になっている片手で俺の髪を優しく整えてくれる。殺す前にも優しくしてくれるとか、最後の慈悲的なヤツ、かも。恐怖で終わりを迎えないようにって心遣いだよね。やっぱりレオさんは優しい。目障りな俺にも慈悲をかけてくれるらしい。
「大丈夫じゃないもん。だって、汚れが残っちゃったら、レオさんが殺したってばれちゃうよ?」
優しいレオさんの雰囲気はいつも通りな感じがして、つい、いつも通りに勢いよく意見しちゃった。言葉を出した後でヤバって思っちゃう。だって、今から殺されるのにこんな強気な姿勢とかはダメでしょ。
折角レオさんが優しく終わらせてくれようとしているのに、イラっとさせちゃう行動だった。最後の最後まで、レオさんを怒らせちゃう。そして、最後なのに、思い出は反省で終わっちゃうのか。
「ん~、コレは風の膜だよ。液体とか色々を弾いてくれ・・・って、殺す?」
レオさんが顔を寄せて、甘い口調で囁いて答えてくれる。けど、答えの途中で声のトーンが変わって聞き返されちゃった。レオさんは至近距離でじーっと見つめてきた、と思ったら、むくっと体を起こした。
そして、俺の上で馬乗りになって、唖然とした顔で凝視してくる。どうやら、殺すのを中断したらしく、レオさんはピクリとも動かなくなっちゃった。座った状態で静止したレオさんを見上げて時間だけが過ぎていく。
「今から俺は殺されるんでしょ?」
全く動かずに凝視してくるレオさんに焦れて、恐る恐る、問い掛けてみる。レオさんの眉がぴくっと反応したのが見えて、直後にレオさんは目を閉じちゃった。何かを考え始めたレオさんを見上げて、レオさんが話し始めるのを只管待つ。
「うん、ちょっと待とうか。俺と琥珀では意見の相違があるらしい。という事で、答え合わせをしよう。まず、琥珀の導き出した答えを聞かせてくれる?」
少しして、レオさんが目を開き、静かに話し掛けてきた。瞳の眩しい程の光は優しい眼差しに置き換わって、優しくて穏やかな微笑みを浮かべている。なんで急にそんなに優しい顔になったんだろう。それに、答え合わせって、殺す前に必要な事なのかな。
でもね、意見の相違は全くないと思う。俺は全部分かったんだから。敢えて口に出さなくても分かってるし、敢えて口に出したくない。ちょっと困って眉を寄せちゃったけど、レオさんはニッコリ笑顔で俺が口を開くのを待つ姿勢になっている。
「全部理解したから、ホントに気にしなくていいよ。後、我儘放題でごめんなさいでした。ネロとの時間を邪魔してごめんなさい。それと、ネロに甘えて近過ぎたのもごめんなさい。あとは、甘えちゃってごめんなさい。えっと、あとね、あの、色々と我慢させちゃってごめんなさいでした。」
「全部許す。だから、琥珀の導き出した答えとその答えに至った過程を聞かせて?」
折角の機会だから、謝らなきゃいけない事は全部謝っておこう。思い出しながら謝り続けるのを、レオさんはニコニコしながらうんうん、って聞いてくれる。そして、全部許してくれた。でも、俺に馬乗りのままで、柔やかな笑みを浮かべながら再度同じ質問を繰り返してきた。
レオさんは、どうしても、俺の導き出した結論の答え合わせをしてから、終わりたくなったらしい。そうだよね、蟠りを残したままで終わるとモヤモヤしちゃうもん。
結論だけじゃなくて過程、か。確かに、結論だけじゃなくて過程が大事。意見の相違ってのがその過程のどこかに潜んでいるのかもしれない。レオさんが暗殺者だなんて口には出したくない。でも、それは俺の我儘だ。
レオさんの満足する方法で殺されようって決めたんだから。レオさんが全部を聞いてから殺したいって言うのであれば、ちゃんと説明をしてから殺されるべきなんだと思う。今はレオさんが満足する事の方が俺の気持ちより大事。
「最初は女の子とイチャイチャした結果、身についた技術だと思った。自分で言った言葉を考え直したら、それしかないと思ったし、レオさんらしいなって。でも、レオさんの真剣な表情からそれは引っ掛け問題だって気が付いた。で、もう一度考え直してみる事にした。」
心を決めて、レオさんの望みなら、と、おずおずと説明を始めてみた。レオさんはふむふむ、と頷きながら聞く、いつものスタイルだ。スルスルと言葉を引き出されちゃう、いつものスタイル。表情は穏やかで優しくて、優しい眼差しが安心できるいつもと同じスタイル。
「レオさんは真面目な時もあるって言ってたから、エロ要素がない可能性を考えてみた。で、暗殺をする為ってのが一番辻褄が合うと思った。家の陰に潜んで、対象が家に入る前に音もなく忍び寄って、口を塞いで家に連れ込む。その後は速やかに始末して、さっといなくなる。レオさんの体術系の技術はこの応用で全て説明できる、気がする。」
レオさんは優しい笑顔ながらも、興味深そうな顔になってふむふむって頷いている。おバカな子って思っていたのに、何気に推理力が凄くて驚いたのかもしれない。それに、頷いているから、全て合っているんだと思う。
「レオさんの瞳が冷たい光の時は視線が鋭くて怖くて、集中してるって分かった。仕事に集中している時の、暗殺に集中する時の、鋭い眼差しなんだなって。後は、レオさんの色々を総合して考えると、暗殺者だって分かっちゃった。ホントは俺を殺したいくらい邪魔に思ってたのも、それを押し殺して優しくしてくれてたのも分かっちゃった。ホントにごめんなさい。」
ゆっくり話しているし、答えを導く為の情報が多過ぎて話が長くなっちゃった。でも、レオさんは笑顔を崩さずにうんうん、って聞いてくれる。途中眉がぴくっと反応しているのが見えたけど、正解を言い当てて驚いちゃったからだと思う。
「レオさんには凄い迷惑を掛けちゃった。俺はレオさんに色々我慢をさせちゃって、我儘いっぱいで甘え捲っちゃった。レオさんの心を踏み躙ってた。だから反省したの。レオさんになら殺されてもいいって思えた。邪魔な俺にも慈悲や情けを掛けてくれる、優しいレオさんだから怖くない。」
結論を出し終わって、俺の本心からの思いを話していたら、レオさんの眉が少しだけ寄っちゃった。眼差しは優しいけど、明らかに作った優しさだ。殺される直前の俺の気持ちを知って、ちょっと揺らいじゃったとかなのかな。
「俺の事は目を離した隙にいなくなったって言い通して欲しい。ネロは俺を子供みたいに思ってくれているから、少しだけ悲しませちゃうかもしれない。だから、レオさんがネロをしっかり慰めて支えてあげて。ネロはレオさんの事をホントに信頼してるし、大好きだから。レオさんが支えてくれたら、直ぐに俺の事なんて忘れる筈だから。」
全てを話し終わっても、レオさんは俺に馬乗りの状態で静かに見下ろしてくる。顔から笑みは消えて、瞳の作った優しさも消え去ってしまった。冷たい光も温かい光もない、感情の籠らない眼差しでただ見られている。
見つめ合って沈黙の時間が経過していく。思いも全て話しちゃった事で、緊張感も適度に和らいじゃったらしい。固くしていた体が弛緩してしまったのか、急にベッドの冷たさを知覚してしまった。
体の下で包み込んでいる水の冷たさのせいで、ぶるっと体が震えてしまった。レオさんがはっとなった感じで俺の上から退いてくれる。どうしたのかな、って体を起こそうとしたら、レオさんにひょいっと抱き上げられちゃった。
レオさんは腕に俺を抱えたままでソファに移動して、慎重にソファに座らせてくれた。そして、俺の前でしゃがみ込んで、カップを手渡してくれる。反射的に手を伸ばしかけたけど、受け取らずに俯いちゃった。
視界の端っこでレオさんがカップをローテーブルに戻すのが見えた。レオさんが無言のままで、俺の隣にドカッと座り込んだから、体が傾いてレオさんに寄り掛かりそうになっちゃった。
慌てて体勢を戻して、レオさんの様子を窺ってみる。レオさんが背もたれに寄り掛かって、ぼんやりと中空を眺めているのが見えた。この状況は何だろう。明らかにレオさんの殺意が消えている気がする。
「今日は殺すのは止めとくの?」
恐る恐る、質問を口に出してみると、レオさんはちらっとこっちを見て、ニコっとしてくれた。でも、質問には答えてくれずに、レオさんはまたぼんやりと遠くを眺め始めちゃった。
少しして、レオさんが俺の頭に手を伸ばしてきた。もう怖さは全くない。レオさんの手が優しく髪を撫でてくれる。でもね、この優しい行動もレオさん的には、多分、意味はないんだと思う。だって、レオさんはまだぼんやりと遠くを眺めて俺を見てくれないもん。
ただ、俺が安心すると思われる行動を取ってくれているだけ。ネロの優しい仕草を真似て撫でてくれているだけ。レオさんの心が籠らない、ただ、頭に手を置いて髪に指を滑らせるだけの行為。そう考えたら涙が出てきちゃった。
俺はレオさんに頼り切っていたって自覚しちゃう。ネロに甘え切っていたのと同じくらい、レオさんにも精神的に甘え切っていた。そうじゃなきゃ、家出の時にレオさんの所には行ってない筈。
レオさんだから、守ってくれると思っていた。レオさんだから、助けてくれると思っていた。レオさんだから、寄り添ってくれると思っていた。レオさんだから、安心できた。
でも、これはレオさんの努力の上に成り立っている、見せかけの優しさ。ネロの家族だから優しくしてくれるだけ。ネロがいなかったら成り立たない関係。
そもそも、俺はレオさんに殺されなきゃいけない存在。レオさんにとっては邪魔でしかない存在。それなのに、レオさんはまだ優しい演技を続けてくれている。
「琥珀、なんで泣いてるの?」
レオさんの慌てた声が聞こえた。慌てているけど優しくて心配そうで気遣う声が耳に届いた瞬間に、涙がぼたぼたって溢れちゃった。レオさんが遠くを見るのをやめちゃったらしく、泣いているのを気付かれちゃった。俯いていたのに、声も殺していたのに、ばれちゃった。
レオさんが俺の背中に手を添えて覗き込んでくる。ちらっと見えた緑の瞳は心配そうで、視界の端で見える尻尾は不安げに先端がパタパタしてる。レオさんの仕草も、声も、眼差しも全てが優しくて涙がヤバい。涙腺が緩くなり過ぎて、ヤバい。
「泣いてない、心の汗。」
「汗をかく要素なんてなかったでしょ。」
袖で涙を拭って、きっぱりと涙じゃないって言い切ってみる。レオさんが的確、かどうかは分からないけど、突っ込んでくる声が聞こえた。ちょっとだけ呆れた口調に聞こえる、レオさんの突っ込む声。この声の感じと呆れながらも優しく見守ってくれる感じが好きだった。
レオさんは全くいつも通りの軽い感じに思えて、心が緩んじゃう。まだ緊張を保たなきゃって分かっているのに、心が安心しちゃう。レオさんが俺を殺そうとしているって事が嘘だった、って思わせるような、全く普通の遣り取りで、心が騙されちゃう。
「色々と軽率過ぎたから、俺は反省しなきゃなの。」
「まぁ、軽率といえば、軽率で間違いなかった、かな。」
涙と一緒に鼻水まで出てきちゃってヤバい。鼻を啜りながら、俺が反省すべき点をちゃんと口に出して、自分に言い聞かせる。レオさんは苦笑して、軽い口調で同意をしてきた。
顔を上げると、レオさんはいつも通りの優しい笑顔で見守ってくれている。その優しい眼差しで安心しちゃう自分が恨めしい。必死に涙を止めようと頑張っていたら、レオさんが俺の頬に手を添えて指で目元を撫でてくれた。
「あのな、答え合わせ。今しちゃうね。琥珀が最初に考えてたのが正解。琥珀が考え直したのは全て間違ってる。」
「ん?」
レオさんは優しく俺の目元を撫でながら、答え合わせを始めた。しゃくり上げる音と、鼻を啜る音が響く中、ゆっくりと話す優しいレオさんの声が響いていく。でも、ちょっと理解が及ばなくて、疑問の言葉が口から出てしまった。
「だから、女とヤル度に洗練されてった結果って事。そういう技術を磨くには、そういう環境が一番なんですよ。」
「え?」
レオさんが楽しそうにニッコリ笑顔で言葉を変えて言い直してくれた。レオさんが言っている内容を理解したら、涙が一気に止まってくれた。レオさんの言っている事が正解なら、えっと、って事は。ん?
「そう。エロい事で磨かれた技術、が正解でした。」
ニコニコ笑顔の楽しそうなレオさんがズバッと答えてくれた。頭が真っ白になっちゃう。だって、レオさんは殺しそうな雰囲気満載だったじゃん。殺し屋のような恐ろしい目をしてたもん。暗殺者のような極悪な顔をしてたでしょ。
レオさんがポケットから柔らかな布を取り出して、差し出してくれた。首を傾げちゃうと、レオさんが俺の鼻を撫でてくる。成る程、っと頷いて受け取り、鼻をかむ。涙も止まって、鼻も通ってちょっと落ち着いた。
レオさんがニコっと笑顔で手を差し出してくるけど、鼻をかんだのなんか渡したくない。首をふるふるっと振って、布をギュっと握り締めちゃう。レオさんがニッコリ笑顔で俺の手首を掴んできた。
痛さは何もなかった、感覚も何もなかった。レオさんの手の熱さだけを感じた。それなのに、力が抜けて手が開いちゃった。なんでそんな事ができるのってレオさんを見つめちゃうと、レオさんが目尻にキスをしてくれる。
鼻水付きの布切れを俺の手からスッと抜き取って、レオさんが自分の手のひらの上に置いたのが見える。そして、詠唱を始めたと思ったら、レオさんの手の上の布がボッと燃え上がった。火は直ぐに消え去って、汚れた布切れは跡形もなくなくなっちゃった。
久しぶりの火の魔法を見られてテンションが上っちゃう。目を丸くしてレオさんを見つめると、レオさんは嬉しそうに目を細めて頭を撫でてくれた。いつも通りの優しいモードのレオさんがいる。ホントのホントに、暗殺者じゃない感じの優しい雰囲気だ。
「えっと、レオさんは殺す為に俺をベッドに運んだんじゃないの?」
「全く違う。」
落ち着いたトコロで、疑問をぶつけてみた。なんであの時俺はベッドに運ばれたのか。殺す為じゃなかったのか。そんな疑問に対して、レオさんは困った顔で全否定をしてきた。違うなら、なんで俺はベッドに寝かされたの。
「じゃあ、何をする為にベッドに移動したの。」
「えっ、あ~、そ、そうだ。琥珀の雰囲気に飲まれてそう行動した方がいいかなって思った。琥珀は怯え切ってたから、落ち着けようとしたんだよ。ベッドで横になって、落ち着けば眠くて寝ちゃうかなって。」
質問を重ねてみたら、レオさんが動揺した感じになっちゃった。でも、焦って言葉を出す中で思い出したらしく、心配そうな顔で理由を話してくれる。
どうやら、淡々と行動していたのは演技で、あの時のレオさんは内心では慌てていたらしい。だから、その時の気分を思い出して焦っちゃったけど、落ち着いて考えたら思い出したっぽい。
いつも余裕綽々なのに焦った感じのレオさんにクスってなっちゃう。レオさんはほっとした感じで頬を緩めて頭を撫でてくれた。穏やかで優しい眼差しと柔らかな微笑みが嬉しくて、レオさんにぴとって寄り掛かっちゃった。
レオさんは優しく俺の肩を抱き寄せて、髪にキスをしてくれる。何度もキスをしてくれるレオさんは超優しい。うん、優しい。けど、しつこい。何で頬とか首とか耳にまでキスをするんだよ。
もうイヤなのってレオさんのわき腹に手を置いて腕を突っ張っちゃう。レオさんは顔を上げて腕を離してくれた。普通に普通のレオさんだった。これは確実に暗殺者じゃない。確定だ。
「俺の雰囲気って。そんなに怖がってる感じに見えたの?」
「うん、恐怖しか感じてなかったっぽい。ただ、途中から何かを達観してたっぽかった、かな。」
レオさんの説明から出てきた疑問を投げ掛けてみると、レオさんは大真面目な顔で当時の俺の様子を教えてくれた。怯え切るって感じる程、怖がっていたように見えたのか。見えたって言うか、実際に怖かったのは事実だ。
真実が分かって安心したのと同時に脱力状態になっちゃった。盛大な溜息を吐きながら背もたれに寄り掛かっちゃう。マジで、俺の緊張を返して欲しい。恐怖心も返して欲しい。レオさんの迫真の演技がヤバかった。目力も、表情も、雰囲気も、まさに暗殺者その物だった。
「マジで怖かった。家出の時のネロに対する不信感と同じくらいの恐怖だった。あ、あの。レオさんが優しくしてくれるのとか、甘えさせてくれるのとか、楽しそうにしてくれるのは演技じゃないよね。ホントは俺の事が大嫌いでウザくて、目の前から消え失せて欲しい。とか思ってたりしないよね。」
泣く程の悲しさを覚えた事を否定して欲しくて、勢いよく確認の言葉を並べ立てちゃった。その間、レオさんは優しく俺の髪を撫でながら、優しい眼差しで見守ってくれている。
「本心から嬉しいし楽しい。琥珀といると癒されるし、ずっと一緒にいたいって思う。甘えてくれると嬉しいし、我儘も嬉しい。ネロは抜きにしても、琥珀が可愛くて堪らない。愛しくて堪らないのに、琥珀を嫌ったり、ウザいと思うなんてありえない。もし琥珀が消え失せたら、全力で探し出す。琥珀がいなくなるなんて堪えられない。」
俺の言葉が止まると、レオさんは頬にキスをしてくれた。そして、至近距離で目を合わせながら、ゆっくりと優しく言い聞かせてくれる。穏やかな口調のレオさんの言葉は、愛しさに満ち溢れている気がして本当に嬉しい。
「良かった。」
ほっと息を吐き出して安堵の言葉を漏らしちゃったら、レオさんがお茶を手渡してくれた。二回も受け取りを拒否しちゃったけど、今回はお茶を楽しめる。安心したからか、お茶がメチャクチャ美味しい。温度も丁度いい。緊張からの解放でまったり感がヤバい。




