203 離して欲しくなかった?
少しの間、黙々と歩き続ける。レオさんも何かを考えているのか、黙って隣を歩いている。ちらっと見上げると、レオさんも見下ろしてくれたらしくシルエットが動いたのが見えた。暗闇の中で緑の瞳がキラッと光ったのが見える。
「さて、どうやって帰るかな。散歩だし遠回りする?」
気を取り直した感じで、レオさんが遠回りの提案をしてきた。遠回りか、いい案だと思います。でもね、俺は忘れてないからね。レオさんにハメられたあの罠を絶対に忘れない。
明るい民家が密集しているトコロでレオさんの表情が見えるようになった。じーっと見つめてみると、レオさんが、どうしたのって感じで首を傾げてくれる。
「遠回りってアルさんの家の周りをぐるっと一周?」
「お前は何気にしつこい性格をしてるのな。」
自分にできる一番いい笑顔を作りながら皮肉を言ってみたら、レオさんがぴくっと眉を反応させて、ぼそっと呟いてきた。しつこい性格っていうけどね、俺はあの時、レオさんだけが頼りだったんだよ。レオさんだけは裏切らないって信じてたのに。思いっきり裏切られたんだもん。
「あれはね、本当に騙された。純情な心を弄ばれたんだもん。レオさんがあんな事をするなんて、超悲しかった。」
悲しみを言葉に乗せて言い返してみると、レオさんはすっと息を吸い込んで、顔を逸らしちゃった。レオさんの腕を抱き締める事で固定して、身を乗り出しながら、レオさんをじーっと見つめ続ける。
根負けしたらしいレオさんがふーっと息を吐き出して俺を見てくれた。明るい民家の灯りに照らされて、困った顔のレオさんがよく見える。その困った顔が見たかったんです。余は満足じゃ。
「その言い方は語弊しかないからな。」
「うん、知ってる。ワザとだもん。」
レオさんが静かにダメ出しをしてきたから、満面の笑みで軽く言葉を返してあげる。レオさんは苦笑して頭を撫でてくれたから、冗談だったって伝わってくれたっぽい。
いつものお返しのつもりで、レオさんを揶揄っただけで、実際はそんなに気にしてないんだけどね。という事で、満足したからレオさんの腕を解放してあげる。
「あの時は悪かった。今回は本当にゆっくり遠回りだよ。一旦俺の家に寄って、ネロの家に帰る、とかはどう?」
じゃれ付いた上での冗談だったんだけど、レオさんは謝ってくれた。そして、ホントのホントに遠回りを提案してくれる。久しぶりにレオさんの家でのまったりか。いいですね。しかも、今回送ってくれるのはレオさん本人だから手前で放置される事もない。いい案ですね、乗りましょう。
「それもいいね。そうしよう。」
ニッコリ笑顔で了承して、進行方向が決まった。少しの間、静かに歩き続ける。そして、気が付いた。レオさんがずっと俺の手首を掴んだままだった事を。レオさんの腕に抱き着いた時も離されなかった事を。
そして、言いたい。レオさんの手は熱いんですよ。離して欲しいです、と。ってか、レオさんの腕に抱き着くまで手の熱さを感じなかったのは何でだろう。ずっと手を引かれていた筈なのに、不思議だ。レオさんを見上げると、レオさんも俺を見てくれた。
「手離す?熱い。」
「離して欲しい?」
おずおずと、手を離してって訴えてみた。レオさんがちょっとだけ意地悪な顔になって、優しい声で聞き返してくる。何かを企んでる様子のレオさんを警戒しながら、コクっと頷いてみた。レオさんがニヤっと笑ったのが見える。
「じゃあ、調理場に入る直前で考えてたコトを白状してみな。」
警戒しても阻止できる訳もなく、レオさんが交換条件を突き付けてきた。えっと、調理場に入る前って言うと、あれだよね。でもね、『レオさんの冷たい感じにぞくっとしてドキドキしちゃいました』なんて事を言える訳がない。
ここは回避する為に、演技で乗り切る事に決めた。その為の手段をどうしようと考えて、妥当なトコロで攻めてみる事にする。即ち、レオさんが好きなぶりっ子スタイル。俺の一世一代の究極演技の虜になるがいい。
「交換条件を出してくるのはズルい。」
レオさんを見上げて、涙目ウルウルの上目遣い、更には甘えた口調で渾身の演技をしてみた。レオさんが屈んで目を合わせてきた。至近距離で見えるレオさんは、ニッコリ爽やか笑顔で全くのノーダメージに見える。くそぉ。駄目であったか。
「俺はこのままでもいいし、飲まないなら飲まないでもいいよ?」
しかも、渾身の演技が通用しなかったどころか、レオさんは悪戯っぽい笑顔になって優しく強制してくる始末。レオさんにはやっぱり勝てないんだよな。ぶりっ子が通用する時としない時の差が激しい。それに、ホント押しが強い。
「なんでその押しの強さをネロには発揮できないの。」
「ネロは押さなくても酌んでくれるからね。」
「酌んでくれる?」
ぶりっ子はやめだ。心からの言葉を溜息に乗せて送ってあげると、レオさんはクスッと笑って、楽しそうに反論をしてきた。レオさんはニコニコ楽しそうだから、ネロの事を思い出しているのかもしれない。それはまぁ、いいとして、レオさんの言葉の意味が知りたくて首を傾げて聞き返しちゃう。
「言うべき事は言うし、言えない事はどれだけ圧力かけても口を割らない。」
「えっと、圧力ってどういう事なの。拷問的なアレですか?超怖い。」
レオさんは楽しそうにネロの事を話してくれる。でもね、言ってる内容が怖いから。圧力をかけて口を割らすって、所謂、あの拷問ごっこ的なヤツでしょ。ヤバいじゃん。思わず、疑問が口をついて出ちゃった。
ってか、ネロとあんな風に拷問ごっこをして楽しむとか。ネロは白状しなきゃいけない事なんて何も抱えてなさそうなのに。反対にレオさんは白状しなきゃいけない事だらけな気がする。
あ、そうだね。レオさんが白状させられるパターンだ。ネロの方が拷問官の役が似合う気がするもん。冷めた眼差しで見下ろされて、冷ややかな言葉で追い詰められて。レオさんが涙目ぷるぷるになるパターンしかありえない。
そこまで考えたトコロで、レオさんが静かな事に気が付いちゃった。恐る恐る見上げてみると、ニッコリ笑顔のレオさんと目が合っちゃった。無駄に迫力を出してきたら怖いから。微妙に目が光ってるのも怖いから。
「知りたい?」
少しの間見つめ合った後で、レオさんは柔やかな笑顔のままで聞き返してくる。笑顔のレオさんの迫力と低い声の響きに気圧されて、逃げる形で少し距離を取ってしまった。
でも、手首を掴まれてるし、〈シール〉の範囲もあってあんまり離れられなかった。俺が逃げたのが面白かったらしく、レオさんがクスッと笑って、握った手首を引っ張ってくる。
「じゃあ、俺の家でゆっくり聞かせてよ。それを飲むなら、離してあげるよ?」
「多分、忘れなければ話す。」
俺を抱き留める程に体を近付けて、顔を寄せたレオさんが、新たな提案を持ちかけてきた。今話すか、後で話すかの違いだけど、レオさんは譲歩してくれたっぽい。少し悩んで、微妙な言葉回しを心掛けて了承したフリをしてみる。
「そう?じゃあそれでいいよ。」
レオさんは笑顔で頷いて、あっさりと手を離してくれた。ちゃんと了承の言葉を引き出す迄は解放される事はないと思っていたから、戸惑っちゃう。立ち止まりそうになったら、レオさんが背中に手を添えてきた。
「離して欲しくなかった?」
レオさんは屈んで顔を近付けて、悪戯っぽく、そのままが良かったか聞いてくる。慌てて首を振って前を向くと、レオさんは背中から手を離してくれた。
「レオさんの家でまったりするのは久しぶりだね。」
暫し、黙って歩いていたけど、レオさんと一緒だとお喋りをしたくなって話し掛けちゃった。レオさんの家にしっかりとお邪魔するのは久しぶりな気がする。ネロと一緒にレオさんの着替えを取りには行ったけど、まったりはできなかったし。
「茶はまだないけどな。」
「それがレオさんっぽくていい。レオさんの家でお湯を出されると、レオさんの家って感じがするもん。」
レオさんがまったりとお喋りに付き合ってくれる。申し訳なさそうなレオさんの言葉だけど、クスっとなって、思った事をそのまま口に出しちゃう。だって、お湯をドンって出してくれる雑な感じが超レオさんっぽいんだもん。
「あ、ブックエンドだけって話だったけど、茶とカップも買っていいか?全く、全然、ちっとも高くないから。」
「レオさんの家のでしょ?お客さん用だし、好きに買ったらいいと思う。」
お茶の話題で思い出したのか、レオさんが様子を窺うって感じでお伺いを立ててきた。そんなに俺を気にしなくても、レオさんの家のモノだし普通に買えばいいじゃん。首を傾げながら答えると、レオさんが微妙な顔になったのが見える。
お金を使わないでって言うのは、俺に対してだけなんだよ。自分のモノなら、好きに買えばいいと思うんですよ。ソコに口出しをするつもりはないし、その権利もないんです。
微妙な顔をしたって事は俺の言葉を疑っている、もしくは、裏の意味があると誤解しているんだと思う。だから、大きく頷いて、他意はなく本心ですって思いを届けてみる。
レオさんはちょっと淋しそうで、凄く複雑そうな顔になっちゃった。えっと、何か駄目だったのかな。レオさんを見上げて小首を傾げちゃう。
「そう、だな。客用、と言えば。まぁ、確かに客用で間違いない、かな。」
レオさんがふいっと顔を前に向けて、歯切れ悪く言葉を返してくれた。なんでそんな喋り方なんだよ。って眉を寄せちゃったけど気が付いた。今の俺は恋人の連れ子って立場だから、浮気相手関係の事は話し辛いのかもしれない。でもね、全然気にしなくていいんだよ。
「みんな綺麗で大人っぽい子だったね。レオさんがモテるのを目で見て確信できた。レオさんは普通にカッコいいからモテるのは当たり前か。あんなに綺麗なのに可愛い、とか。反則だよね。」
「まぁ、可愛いのは間違いない。」
ニコっと笑顔で、負い目を感じないようにレオさんを褒め称えてみた。レオさんの視線が俺に戻ってきて、普通に答えてくれる。口調も声のトーンも適当で、ちょっとのチャラさがある気もする。でも、レオさんだから仕方がない。寧ろ、レオさんっぽい。
「綺麗だけど、レオさんの前でだけは可愛いってのがキュンってくるよね。」
あの子達の可愛さを思い出して話してみると、レオさんは興味深そうな顔でじっと見下ろしてくる。なんでそんな凝視してくるんだよ。変な事は言ってないでしょ。
ってか、その可愛いってのがポイントなんだよ。レオさんの前でだけ見せる可愛さってのが、ヤバいんだよ。みんな綺麗系の大人っぽい子なのに、レオさんに向ける笑顔が可愛らしいってトコロにキュンキュンくるんですよ。
「成る程ね、そういうのがいいのか。」
「俺じゃない。レオさんでしょ?レオさんがキュンってくるんだよ。」
レオさんが感慨深げに呟いた声が耳に届いた。ん~、明らかに俺に向けた言葉、に聞こえたんだけど、気のせいかな。勘違いの可能性もあるけど、一応訂正しておく。
強い口調で訴えたのが気になったのか、レオさんがじっと見つめてきた。暗いから表情は見えないけど、緑の瞳が淡く光って俺を見据えている。ただ、どんな感情なのかが良く分からない。感情は分からないけど、非常に冷めた態度なのは分かる。
無言で見下ろしてくるレオさんを睨んじゃった。だって、あの子達はあんなにレオさんに夢中っぽいのに、当のレオさんは何故か冷めた態度なんだもん。浮気で遊んでるだけだから。って心境なのかもだけど、この反応は流石にちょっと可哀想。
「レオ、今日は遊べる?」
少しの間レオさんと睨み合って歩いていたら、不意に、後ろから甘さを含んだ可愛い声が聞こえた。振り返ってみると、少し明るいスポットで、綺麗なお姉さんがレオさんを見つめているのが見えた。
金髪のタレ耳のお姉さんだ。大人っぽい綺麗な人。空色の綺麗な瞳がレオさんに向けられて、可愛らしい笑顔がレオさんと会えた喜びを物語っている。
特筆すべきは、タレ耳のお姉さんって事だ。タレ耳ちゃんは大人ではマヌさんしか見た事がなかったけど、メッチャ可愛い。ってか、タレ耳に気を取られていたけど、凄くスタイルが良くて大人の色気が漂うお姉さんだ。
肉感的、というか。出るトコが出ている体、というか。フェロモン全開の色気が漂っている感じがする。話に聞いていた、レオさんの好みにドンピシャなタイプっぽい。そして、俺よりも背が高い。尻尾もすらっと長いし、長毛っぽくて超綺麗。
「悪い、ノーラ。今日は無理。」
可愛く甘える感じのノーラさんに対して、レオさんは非常に冷めた眼差しを返している。しかも、無表情にバッサリと断っちゃった。凄く冷たい対応なんですけど、ネロ並みに冷めた対応だよ。
何でそんなに冷たくするんだよ。ノーラさんの表情が曇っちゃったじゃん。凄く悲しそうになっちゃってるじゃん。あんなに可愛い笑顔だったのに、こんな顔にさせちゃうなんて。レオさんは酷い。ノーラさんが可哀想。
こんなに綺麗でレオさんの好みにぴったりのお姉さんが誘ってくれてるんだよ。普段のレオさんだったら、二つ返事でお誘いに乗りそうな雰囲気があるのに、なんで断ったんだろう。レオさんは俺の子守を優先するつもりなのかな。
そもそも、俺は子守をされる程子供じゃないんだよ。ネロの中ではお留守番ができない程小さい子ってだけなんですよ。だから、子守なんかよりお姉さんの方を優先するべきだと思うんだ。
レオさんはネロがいなくて淋しいんだよね。だったら、今日はこのお姉さんに慰めて貰えば、淋しくて不安な気持ちが薄れるんじゃないかな。少なくとも、連れ子の俺の面倒を見るよりは癒される筈だと思う。
俺だって、偶には空気を読めるんですよ。クロエさんとのアレを邪魔しちゃった借りを、今返そうと思う。浮気の件は俺が言わなければネロにはばれない。ってか、ばれたとしても、ネロは気にしなさそう。レオさんからは言い出せないだろうから、俺が後押しをしてあげる事に決めた。
「レオさん、そんな事を言わないで遊んできたらいいと思う。俺は一人で帰れるから、気にしなくていいよ。」
レオさんを見上げて、俺は平気だから気にしないで、ってニッコリ笑顔で伝えてみる。レオさんの片眉がぴくっと反応したのが見えた。そうですよね、遊びに行きたいですよね。
返事を待たずにレオさんに背を向けて歩き出そうとしたら、レオさんが俺の腕を掴んで止めてきた。振り返ると、レオさんが真剣な顔で首を横に振っている。あ、そうだ。〈シール〉を解除して貰わないと、レオさんから離れられないんだった。
「レオ?その子もいいって言ってるし、遊ぼうよ。久しぶりだもん、今日は一緒にいたい。」
ノーラさんの甘える声が聞こえる。メッチャ可愛い声。レオさんはこの綺麗なお姉さんに、いつもこんな風に甘えられてるんですか。羨ましいですね。しかも、可愛く眉を寄せてる表情がマジで可愛らしい。
レオさんは冷めた目でノーラさんを眺めて、答えようとはしない。こんな風にノーラさんが可愛く甘えてくれてるのに、なんでそんな冷めた顔なの。それ以前に、こんな綺麗なお姉さんに甘えられて、そんな態度をできる事が凄いって思っちゃう。
というか、レオさんの態度がネロとそっくりな気がしてきちゃった。寧ろ、ネロが乗り移っているのではないだろうかってくらい、ネロそのものなんですけど。
ネロと違うのは、レオさんはちゃんと相手を見ているって事くらいかな。でも、そんな冷たい眼差しで見られたら怖いでしょ。特に、レオさんの目付きは怖いんだから、怖さ倍増だよ。
しかし、どうしたもんか。ノーラさんはレオさんと遊びたい。レオさんは表面上は断ってるけど、内心は遊びたい筈。でも、ネロへの義理立てで俺の子守は絶対に外せない。だから、遊べない。ん~、あ。解決策を思いついた。レオさんの家はもう、直ぐソコじゃん。
「じゃぁ、俺はレオさんの家で待ってるってのはどうでしょう。レオさんはノーラさんを家に送ってあげなよ。時間はどれだけかかっても気にしないし。そうすれば良くない?」
名案を披露してみたら、ノーラさんの表情がパッと明るくなってくれた。ノーラさんは俺と目を合わせて、ニッコリ笑顔をくれたから、俺もにこっと笑顔を返してみる。
ノーラさんから笑顔が消えて、ちょっとだけ目を丸くして見つめられてしまった。急激に変化したノーラさんの表情の変化に戸惑っちゃう。俺は何かをしちゃったのだろうか。
「分かった。行くぞ。」
ノーラさんと見つめ合っていたら、レオさんが視線を遮る形で間に入ってきた。そして、静かに淡々と了承して、俺の手を引いて歩き始める。ノーラさんはレオさんの隣に並んで、嬉しそうな視線をレオさんに送っている。
三人で並んで歩いていたんだけど、気が付いたらノーラさんが先行する形で数歩前を歩いていた。長くてふさっとした綺麗な尻尾が上機嫌に揺れているのが見えて、パッと目を逸らしちゃった。
だって、細くしまったウエストと、形のいいヒップと、すらっと伸びた美脚がふんわり揺れるスカートから透けて見えちゃったんだもん。前方の光源が強くて透けちゃったらしい。
それに、ハイヒールのサンダルが大人のお姉さんって感じでドキドキだし。見ちゃ駄目な気がしてきた。腕を掴んでいるレオさんの手がぴくっと反応したのが伝わった。恐る恐る見上げると、レオさんに観察されていた模様。
感情の籠らない緑の猫目が非難している感じがして、スッと目を逸らしちゃう。でもね、不可抗力だったの。偶々前を見ていたら、透けちゃったんだもん。仕方ないじゃん。
数歩先でノーラさんが立ち止まって振り返ったのに気が付いた。そして、不審そうな顔になっちゃってるのが見える。うん、思い出した。俺の歩行は限りなく遅いんだった。
レオさんはちらっとノーラさんに目を向けて、立ち止まった上で、直ぐに俺に向き直ってきた。優しい緑の瞳は心配するなって言ってくれているみたいで安心する。
「ノーラ、ちょっとここで待ってろ。すぐ戻ってくる。」
レオさんはノーラさんに声を掛けながら、ひょいっと俺を抱き上げちゃった。逃げたり避けたりする暇もない程にあっさりと抱き上げられて、ぽかんとしてしまう。ノーラさんも目を丸くしてるから驚いてるんだと思う。
ノーラさんの返事も俺の抗議も待たずに、レオさんが走り出した。走っているのに、伝わってくる振動が凄く軽減されている気がする。こういう風に行動の端々でレオさんが気遣ってくれるのが分かるから、レオさんに甘えちゃうんだろうな。
レオさんの家の近くまで来てたから、到着はあっという間だった。レオさんは家の中でそっと下ろしてくれた。そして、〈シール〉を解除して、ミニバスケットを手渡してくる。屈んだレオさんが目を合わせてきた。これは知ってる。何度もされてる、子供への言い聞かせタイムですよね。
「直ぐに戻ってくる。この家から出ないって約束できるか?」
真剣な顔で、真剣な口調で、レオさんが約束を取り付けてくる。家出をした時の後遺症はネロだけじゃなくて、レオさんにも波及していたみたいだ。メッチャ心配してくれているのが伝わってきた。
「できる。ノーラさんを待たせてるんだから、早く行ってあげて。直ぐ戻らなくていいからね。ゆっくりしてきて、ノーラさんもそれを望んでたでしょ。」
レオさんの言いつけ通り、家から出ませんよ。深く頷いて、早くノーラさんのトコロに戻るように促すと、レオさんは心配そうな顔をしながらも頷いてくれた。
不安そうに頭を撫でてくれるレオさんから分かる事は、お留守番の子供が心配で堪らないって事だ。レオさんは名残惜しそうに俺の髪に指を絡めてくる。俺の髪を弄んだままで動こうとしないレオさんにむっとなっちゃう。
人を待たせているのに何でこんなに悠長に子供の髪で遊んでるの。もう行って、ってお腹を押してみたら、漸く離れてくれた。レオさんは俺を見つめながら詠唱を始めたから、風の膜がレオさんを覆っていくのを間近で見学させて貰う。
言われなくてもちゃんと〈シール〉をできたレオさんは偉い。心の中で褒めておこう。魔法が完了すると、レオさんはスッと視線を外して静かに出て行ってしまった。ぼんやりと見送る先で、レオさんが出ていった入り口の布が揺れている。
ノーラさんもめっちゃ綺麗だった。しかも、タレ耳ちゃんだった。そして、レオさんの好み通りのナイスバディだった。大人っぽいお姉さんだったけど、レオさんに向ける声と表情は可愛かった。甘える仕草も口調も、ヤバい程可愛らしかった。
クロエさんはスレンダーだったけど、綺麗で大人っぽかった。ノーラさんは官能的な綺麗系で大人っぽい。あんなに綺麗系で大人っぽい子達なのに、レオさんに対しては女の子って感じになるのがヤバい。超可愛らしく見えてしまう。
レオさんは黙っている時はキツメでちょっと怖いけどカッコいい。口を開くと、親しみ易くて話し易い。女の子の扱いも超手慣れている感がある。時々優しくて、時々意地悪っていう緩急がヤバい。しかも、エロを公言して憚らない。遊んでいる事も隠してない。そりゃモテますよね。
それにしても、ノーラさんみたいな綺麗で色っぽい子に迫られたら、俺だったらドキドキしてヤバいのに。レオさんは平常心だった。というか、冷めてた。手の届く距離でナイスバディでタレ耳の綺麗なお姉さんが誘惑する状況。
あの状況で平常心とか。レオさんが超大人に思えてきちゃった。遊び人の人は、どんなに綺麗でナイスバディなお姉さんの誘惑でも、あんな風にネロみたいに冷めた態度がとれるようになっちゃうのかな。
遊び人としてのレオさんに思いを馳せて、入り口で佇んでしまった。そして、寒さを覚えて、サンダルを脱いでソファに移動する。ミニバスケットをローテーブルに置いて、ソファに腰を下ろしてさて、どうしようかと考えちゃう。
勢いで待つって言っちゃったけど、この家は本もないし暇つぶしの手段がなかったのを忘れていた。こんな時の為に、この家に置き本でもさせて貰った方がいいかもしれない。レオさんが戻ったら提案してみようかな。
差し当たって、今は暇つぶしの手段がない。という事で、ぼんやりしていたら、肌寒さがヤバい事に気が付いちゃった。ソファに横になって体を丸める。二日間、ほぼずっと、ネロとレオさんと過ごしていたから、一人だけの時間は久しぶりな気がする。
何を見る、という事もなくぼんやりと部屋の中を眺める。それにしても、この部屋は寒い。温かい体温が傍にいないから、余計寒く感じちゃうのかもしれない。一人ってのは淋しいだけじゃなくて、寒さも感じちゃうんだね。
体を丸めてうとうとしていただけなのに、寝ちゃっていたらしい。熱く感じる手が頬に添えられた感触と、微かにフローラルないい香りがして、意識が浮上してくる。目を開けると、深い緑の猫目が見えた。
綺麗な瞳をぼんやりと見つめていると、緑の目が優しく細められたのが見えた。頬を撫でてくれる指の感触がくすぐったくて目を閉じちゃう。そして、ばっと飛び起きちゃった。レオさんは目の前で座り込んで俺の頬を撫でていたらしい。
「ごめん、寝てた?」
「悪い。遅くなった。」
寝ちゃっていた事実に焦って謝ると、レオさんも謝ってきた。謝った後で、レオさんはきまり悪そうに目を逸らしちゃった。なんでそんな態度なの、とレオさんを注視して気が付いた。レオさんの首元に赤い痕がある。要するに、そういう事ですか。俺も気まずくなって目を逸らしてしまった。
寝ちゃっていたって事は、どれだけ時間が経っていたんだろ。ってか、俺がいなかったらレオさんは一晩中、ノーラさんと一緒にいられたんじゃないだろうか。ノーラさんも今日は一緒にいたいって言っていたし。レオさんも同じ気分になっていた筈。
「どれくらい寝ちゃってたんだろ。」
「30分も経ってない。そんなに長くないけど一人にしてごめんね。寒かったよな。」
目を逸らしながら、時間経過の確認をしてみたら、レオさんが温かい手で俺の頬を包み込みながら答えてくれる。レオさんの手のひらが熱く感じる程、俺の体は冷え切っているらしい。まぁ、寒かったのは事実です。
でも、案外時間が経過してなくて驚いてしまった。30分って、イチャイチャするには短くない気がする。レオさんの移動の時間を考えると、ノーラさんと過ごした時間はもっと短い筈。それに、ノーラさんはレオさんと一緒に過ごす事を望んでいたのに、なんでそんな早く帰ってきちゃったんだろう。
「30分って。えっと、そんな早くて良かったの?ノーラさんは一緒にいたいって言ってたじゃん。もっとゆっくりしてきても良かったのに。」
「送ってきただけだから、何もしてないよ。」
レオさんに視線を戻して、なんでこんな早く帰ってきたのってやんわりと非難しちゃった。レオさんは困った感じで、淡々と答えてくれる。何もしてないって、えっと。レオさんの首元に視線が行ってしまう。
何もしてないって事はないよね。どう見ても痕が付いてるもん。ん~、目のやり場に困る。ネロの視線が俺の首元に固定された意味が漸く分かった。見るつもりはなくても、目が行っちゃうモノなんだね。
「ノーラさんはめっちゃ美人さんだったね。しかも、タレ耳ちゃんでセクシーで、可愛かった。」
目の置き所に困って、目を逸らして誤魔化すようにノーラさんへの感想を話してみちゃった。レオさんは苦笑して隣に座ってくる。顔を包み込んでいた温かい手はなくなっちゃったけど、代わりに温かい体温が隣に来てくれた。つい、レオさんにぴとっとくっついちゃう。めっちゃ温かい。
「まぁ、いい体はしてる。」
優しく髪を撫でてくれるレオさんを見つめると、レオさんが溜息交じりに答えてくれた。でもね、表現が凄く、アレですから。なんでそんな生々しい表現を使ってくるの。普通に可愛くてセクシーでいいじゃん。いい体、とか表現がレオさんっぽい。
「表現がストレートだね。流石レオさんです、合格。」
「琥珀、ホント何もしてないからな。」
という事で、合格を贈呈してあげましょう。合格と一緒にニコっと笑顔も贈ったのに、レオさんが焦った感じで釈明をしてくる。でもね、レオさんの誤魔化し方が不器用過ぎてクスッと笑っちゃった。だって、何もしてない訳ない、ですよね。
焦るレオさんの反応がちょっと面白くて、揶揄いたくなっちゃった。俺を揶揄ってくるレオさんの心理ってこんな感じなのかもしれない。ちょっとだけ理解できた気がする。
ニコっと笑顔で、レオさんの首を撫でてみる。レオさんがぴくっと反応して止まったトコロで、レオさんの肩に手を置いて身を乗り出す。そして、膝立ちになって、可愛い猫耳に顔を近付けてみた。
「首元、目のやり場に困るんだけど。」
内緒話な感じで囁いてみると、レオさんの耳が少し倒されちゃった。体を離して、ソファに寄り掛かり、にっこり笑顔で聞く体制を取ってみた。レオさんはすっと息を吸い込んで天井を見上げ、ふーっと息を吐き出した。
「あ、あれだよ。俺からは何もしてない。」
「ん~?俺からは?」
レオさんは直ぐに俺に向き直って、多少の動揺を見せつつもきっぱりと断言してきた。へぇ、そうなんだ。成る程ね~。ニマっと笑って、レオさんの言葉をそのまま引用して聞き返してあげる。レオさんの眉がぴくっと反応したのが見えた。
レオさんをじっと見つめながら、可愛さを意識して小首を傾げてみると、レオさんは真っ直ぐに見つめ返して、コクっと頷いた。ほうほう、あくまで何もしてないと言い張る方向ですか。成る程ね。
「って事は、ノーラさんからはどうなのかな。」
「少し、抱き着かれた。」
ニコニコしながら、追撃を仕掛けたら、レオさんは非常に困った顔で目を泳がせた後で、静かに答えてくれた。少しってネロの表現だと沢山って意味だけど、レオさんはどうなんだろう。ネロと一緒な使い方なのかな。そこが気になっちゃうよね。
「成る程ね~。そっか、そっか。少しってどんな感じの少し、なのかな。」
にっこにこで更に追撃を仕掛けていたら、レオさんの表情がちょっと変わっちゃった。冷静な顔になった上で、目をスッと細めて、口元は笑みを浮かべている。しかも、ニヤっとしたイヤらしい笑み。どうやら、開き直った模様。そして、反撃される可能性が出てきちゃった。
遣り過ぎたのを自覚して、ニコニコをやめて、そっと顔を逸らしちゃう。レオさんが優しく頭を撫でてくれた。その手はそのまま、俺の頬に移動してくる。そして、頬に手が添えられたと思ったら、顔の向きをやんわりと修正してくる。無理遣り目を合わせるって魂胆らしい。
それはヤダって、拒否を示す為に、レオさんの手首を両手で掴んで引っ張っちゃう。レオさんは俺の行動なんてお見通しだったらしい。頬に添えているのとは逆の手で、一所に纏まった俺の両手首を一纏めに握って抗議行動を阻止してきた。非常にピンチである。




