202 それがいいの?
嬉しくてニコニコしていたら、レオさんがスッと目を細めてしまった。表情も真顔になっちゃった。あ、恥ずかしくなっちゃったのかもしれない。そうだよね、気付いてないフリをするべきだった。という事で、すすっと顔を逸らして、今更ながら知らないフリをしてみる。
「そんなに楽しかったんだ。」
レオさんが俺の頬に手を添えて、顔の向きを修正してきた。キラキラな緑の瞳が見据えてくる。そして、低くて静かな迫力のある声がレオさんの口から流れ出てきた。答えを強要する響きなんだけど。えっと、そんな迫力を出す程恥ずかしかったのかな。
「ん~。懐かしかった。それより、レオさんの惚気が聞けて嬉しかった。」
ここはね、レオさんは恥ずかしがらなくていいんだよって教えてあげた方がいい気がする。ニコっと笑顔でレオさんに答えてみると、レオさんが呆気に取られた顔になっちゃった。
そうだよ、恥ずかしい事は何もないんだから。寧ろ、いつものレオさんの方が数十倍恥ずかしいんだからね。ニコニコ笑顔でレオさんの目を見続けると、レオさんの真顔が苦笑に変わっていった。どうやら恥ずかしさはなくなってくれた模様。
「え、あ、うん。そうだね。」
レオさんは困った感じで歯切れ悪く同意してくれた。どうやら、恥ずかしさから照れに変わった模様。そうだね、そんな直ぐに恥ずかしさがなくなる訳がない。レオさんはネロに対して純情っぽいから、あんまり弄らない方がいい。ノリがいい時以外はそっと見守る方向がいいかな。うん、そうしよう。
「で、どこに行ってきたの?」
可愛らしい反応のレオさんを見守ると決めた途端に、レオさんが問いかけてきた。レオさんは尚もお出掛けの詳細が知りたいらしい。でもね、どこにって程は行かなかったんだよ。行ったのは神殿を除外して、1カ所だけ。その後は家に直行だったからね。
「思い出の場所。でも、最終的に家でまったりがいいってなっちゃった。で、直ぐに家に戻ってきて、まったりな時間を堪能した。おうちデートでまったりできたんだよ。でもね、ムキムキでバキバキな体だから、アクティブなのかなって思ったんだけど、ネロは案外インドア派なんだね。」
「成る程。まぁ、家の中なら気兼ねなく、べたべた、イチャイチャ、ラブラブできるし、その方がいいかもしれない。家の中なら触りたい放題だし、結局は家が一番ってなるよね。インドア派っていうか、まぁ、家の中でも運動はできるというか。」
ネロは家でまったりが好きっぽい。そんな話をしてみたら、レオさんは納得をしてくれたみたいだ。でもね、レオさんの理解の方向性はちょっとだけ卑猥さがあるかな。
ん~、ちょっとじゃないね、かなり猥褻な感じだよね。触りたい放題って何。うん、聞くまでもなく分かる。レオさんが好きそうな事、だよね。そして、家で運動ができるのは知ってるけど、レオさんが言うと、凄く、卑猥なんですけど。
「そういうのはレオさんだけですよ。」
「へぃへぃ。そういう事にしておくよ。」
溜息交じりにレオさんにダメ出しをすると、レオさんまで溜息交じりに返してきた。なんでそんな反応なの。じっと見つめてみたら、苦笑したレオさんに頭を撫でられてしまった。まぁいいや。納得してくれたらしいから行くとするか。その前に一つ気になる事がある。
「レオさんはぴったりした〈シール〉はできるの?」
「できない。」
「じゃあ、二人を包み込む大きさの〈シール〉はできる?」
「それくらいならできる。」
レオさんが〈シール〉をできるのは知ってる。じゃぁ、体にぴったりしたのは、と聞いてみたら無理だった。それなら、二人を包む大きさのは、と聞いてみたらできるらしい。何が違うのかは分からないけど、魔法の難しさではぴったりした方が大きいのより上らしい。
「じゃあ、それにして貰おっか。それならはぐれないよね。」
「琥珀は頭がいいな。それがいいね。そうしよう。」
二人纏めて包む大きさの〈シール〉なら、発動は一回で済む。更には、風の膜の外には出られないから、レオさんとはぐれる心配もない。完璧な案である。レオさんも大きく頷いてくれたし、頭がいいとまで言ってくれた。レオさんの軽いノリがちょっと嬉しい。
レオさんの差し出してきた手を掴むと、強引に引き寄せられちゃった。さっきまで持っていた果実は、いつの間にかバスケットの上に乗っている。コロンと転がり落ちそうな果実を見ていたら、レオさんが片腕で俺を抱き寄せて、詠唱を始めた。
レオさんの口から紡がれる詠唱は、ネロ程は神聖で厳かな感じはしない。でも、凄くカッコよく見えるんだよ。レオさんが魔法を唱えてる事自体がカッコいい。普段のレオさんとちょっとだけ雰囲気が違う感じがいい。
レオさんは何気ない感じで詠唱しているんだけど、少しでも間違うと魔法は発動しないんだよね。魔法が使えるって事はそれだけでスゴイ事なんだよな。レオさんをぼんやりと見上げていたら、どした?って感じでレオさんが首を傾げてきた。なんでもないって首を振ってレオさんの腕から抜け出る。
「この大きさの〈シール〉に二人で入ってると、なんか距離感が近く感じるよな。」
「うん、近いから安心感が増す気がする。」
外を覗いてみると真っ暗だ。恐々外を見ていたら、レオさんが背中に手を添えて、押し出される形で外に出されちゃった。続いて出てきたレオさんの嬉しそうな声が聞こえて、振り返っちゃう。確かに、肩が触れる程の距離で近い。間違いない。ニコっと笑顔で同意すると、レオさんも嬉しそうにニコっとしてくれた。
「なんでこの大きさで指定してきたの?」
「前にね、ネロが俺にだけ〈シール〉をして自分は濡れて歩いてた事があって。それが嫌で、二人が入る大きさはできるのかって聞いてみたら、できるって。で、こんな感じで包んでくれた。」
ゆっくりと歩き始めたレオさんと並んで、食事場までのお散歩の時間の始まりだ。レオさんがのんびりとした口調で質問をしてきたから、前にネロがしてくれたって話をしてみた。微かな明かりに照らされてシルエットしか見えないけど、レオさんが俺に顔を向けて頷きながら聞いてくれてるのが見える。
「二人で入る大きさだとくっついていられて、安心感があったのね。だから、レオさんも安心するかなって思った。」
「成る程ね~、確かにコレはいいね。詠唱も一回で済むし、安心感もある。」
ニコっとしながら、レオさんが淋しくても安心でしょって付け加えておく。レオさんはふっと笑って納得してくれた。一回で済むってトコロに重点を置くのがレオさんっぽい。
レオさんの雰囲気は柔らかで優しくて、凄くいい。ネロはこんなレオさんにも惹かれたんだなって良く分かる。まぁ、ネロはレオさんのどんな所も好きなんだろうけどね。
「レオさんは面倒臭がりだから、一回で済むならそっちの方が良さそうだね。」
「ホントそれな。」
「でもね、欠点がある。」
レオさんっぽい要素にクスッとなって話を続けると、レオさんも苦笑交じりに同調してきた。でもね、いい事尽くめに聞こえるだけど、頂けないトコロもあるんですよ。悲しい声で呟いて、ふーっと溜息を吐いてしまう。
民家の灯りが途切れて、真っ暗になっちゃった。レオさんの表情は見えないけど微かに光る綺麗な緑を見つめる。微かに光っていたのはちょっとの間だけで、直ぐに見えなくなっちゃった。
「欠点って何。」
「二人で移動なのが確定じゃん?だから、俺だけ食事場のでっかい〈シール〉を見ながら待つのができなくなっちゃうんだよ。悲しいでしょ。」
レオさんが優しく聞き返してくれたから、拗ねた口調で欠点を説明してみた。レオさんがクスッと笑って、頭を撫でてくれる。温かな大きな手が凄く安心できる気がして、顔を摺り寄せちゃう。
顔を摺り寄せたからか、レオさんは手を頬に移動させて、頬も撫でてくれる。熱い体温が頬に触れて、はっとなって離れると、レオさんもパッと手を離してくれた。
少しの間、黙々と歩き続ける。めっちゃ甘えちゃった気がする。レオさんが相手だと何故か気が抜けて甘えちゃうんだよ。ネロと同じくらい甘えちゃう。もしかすると、ネロ以上に甘えちゃってるかも。でもね、こんな風に外で甘えるとかダメじゃね?
「1日くらい我慢しなさい。家に帰りつくまでは、俺の傍から離れられないんだから諦めろ。」
自分の行動を顧みていたら、レオさんが話を戻してきた。優しい口調のレオさんだけど言っている事は強引だ。レオさんと言えば強引さですよね。分かります。
「そうだね、1日くらいはしょうがないか。自分で言い出した事だし我慢する。」
まぁ、これは自分で言い出した事だし、仕方ない。自分に言い聞かせる形で言葉に出してみる。それに、今日は果実の事をお願いするから、どっちにしても調理場に行くのは決定している。従って、問題ない。
「あ、明日のデートもそうなるから1日じゃないな。うん。」
今日のお散歩の間だけの我慢、って思っていたのに。レオさんが思いついた感じで明日も、とか言い出した。なんで明日もこの〈シール〉なの。ネロがいるんだから、利便性がいい方にした方がいいと思うんだけどな。
「ぴったり〈シール〉をネロにお願いすればいいじゃん。」
不満を前面に押し出して、抗議をしてみたら、レオさんは俺の頭をポンポンと撫でて前を向いてしまった。暗闇に慣れた目で見えるのは、横顔になっちゃったレオさんのシルエット。顔を逸らされた感がある。
「デートなのにそんな事ができるか。」
「ん~、〈シール〉くらいよくない?」
少しして、レオさんが低く呟く声が聞こえた。そんな事って〈シール〉だよね。いつも普通にして貰ってるじゃん。明日して貰っても変わらないじゃん。レオさんを見上げてぽつりと意見してみた。
「そこは譲れないんだよ。明日はネロじゃなくて俺がする。」
レオさんは俺を見てくれたらしい。緑の光がキラッとして、静かな決意の声が聞こえてきた。そんなに気合を入れる程の事が〈シール〉に隠されているのだろうか。ん~、まぁ、レオさんの中で譲れない何かが〈シール〉に隠されてるんだろうね。
まぁ、レオさんがそう言い張るなら仕方ない。俺はして貰う立場だから受けるだけだ。取り敢えず、レオさんには譲れない拘りがある事だけは理解できた。
「レオさんは変な拘りがあるよね。」
「変な拘りができた、感はあるよな。」
レオさんの拘る気持ちは理解しました、って思いを込めて言葉を出すと、レオさんがクスッと笑っちゃった。そして、レオさんがポツリと呟いたトコロによると、派生した拘りらしい。ネロと張り合う中で切磋琢磨的な感じかな。良く分からないけど、きっとそう。
「あの夜は一人で歩いてたけど、怖く感じなかった。」
「うん。」
周りは真っ暗な上に霧で視界が悪いけど、レオさんとの距離が近いからそんなに怖くない。静かに並んで歩いていたけど、沈黙が嫌で話し掛けちゃった。唐突に飛び出した話題だったけど、レオさんは静かに相槌を打ってくれる。
「ネロに言われて、アルさんのトコ迄二人で歩いたでしょ。あの時ね、レオさんが隣を歩いてくれて、初めて真っ暗で霧が凄くて怖いって気が付いた。」
「そっか。」
家出をした時の記憶が蘇ってきちゃった。今のこの暗い霧の中を歩いている状況が、当時の状況とリンクしちゃって、感情までリンクしちゃった感がある。ぶるっと震えながら話を続けると、レオさんが相槌と一緒に優しく頭を撫でてくれた。
あの時もレオさんは隣を歩いてくれていて、今と同じように話を聞いてくれていた。軽口で返してくれるレオさんのおかげで、暗闇の怖さが軽減した記憶がある。暗闇の怖さだけじゃなくて、不安な気持ちも、逃げたい気持ちもちょっとの間忘れる事ができた。
「真っ暗だったけど、よく迷子にならずにレオさんの家まで辿りつけたと思わない?結構凄いよね。」
レオさんを見上げて、暗闇でも迷子にならなかったぞ、と自画自賛してみる。レオさんが俺の肩に腕を回してギュッと抱き寄せてきた。そして、髪に優しくキスをしてくれる。
「凄い。普通に凄いし、来てくれて良かった。もう少し遅くまで一緒にいれば良かった。それ以前に、うちに連れ帰れば良かった。ホントに、お前は凄い。一人でよく頑張った。」
凄い勢いで褒めてくれるレオさんの言葉を聞きながら思ってしまう。レオさんはやっぱり行動がチャラい。ナチュラルに肩を抱き寄せて髪にキスとか、凄いな。
レオさんが肩から手を離してくれたから、ちょっと離れて見上げてみる。民家の灯りに照らされたレオさんは優しく微笑んでいた。緑の瞳が優しく光を反射して、凄く安心できる。ネロと同じくらい安心できる存在。
「でも、あれがなかったら。ネロとレオさんは一緒に過ごせなかったかも。ネロは自分から言ってくれなかっただろうし、レオさんも言ってくれなかったでしょ?」
「あ~、そう言われるとそうだな。ネロの家に泊まるなんてなかっただろうな。それ以前に、お前がいなかったらネロの家に入る事すらなかった。」
大っぴらに話せないから、少し小声でしみじみと結果的には良かったでしょって言ってみた。レオさんは面白そうに頬を緩めて、顔を寄せてコソコソッと小声で返してくれる。内緒話みたいでちょっと楽しい。
でも、家に入る事すらないってなんでだろ。レオさんは恋人でしょ。あ、でも、今思い返すと、レオさんが最初にネロの家に来た時は興味深そうにしてた感じだった気がする。初めて来た場所って感じだった。
まぁ、だからこそ、二人が恋人って気が付かなかったんだよね。あの時は、上司の家に来て興味津々なのかなって思っただけだったし。でも、固まっちゃったり、考え込んじゃったりしてたし、かなり緊張してたのかもしれない。
恋人の留守中に、初めて恋人の家に上がり込んじゃったんだもん。そりゃ、固まっちゃうよね。当時のレオさんの挙動不審の謎が今解明された感がある。
「なんでなの?」
「ネロは自分のテリトリーに他人が入るのを嫌がるから。」
疑問をそのまま口に出してみたけど、レオさんは特に感情も込めずにさらっと答えてきた。超あっさり言ってるんだけど、恋人の自分も他人の枠って示唆してるよね。確かに、ネロを見てれば、他人が嫌ってのは分かるよ。でも、レオさんとはラブラブじゃん。
「レオさんでも嫌がるの?」
「うん。」
首を傾げて、恋人でもダメなのかを聞いてみる。またもやあっさりと肯定されてしまった。全くショックを受けている様子もなく受け入れているのが不思議だ。
ネロは恋人すらも自宅に入れる事を拒否するタイプの人だったのか。ん~、でも、この村に滞在するって決めた時に、ネロは普通に俺を泊めてくれたんだよな。レオさんでもダメだったのに、なんで俺は受け入れられたんだろう。
「俺は入ったよ?」
「それが不思議だった。何で琥珀なのかなって。」
疑問を口に出してみたら、そっくりそのまま、レオさんの疑問でもあったらしい。そうだよね。レオさんの言っている事が事実だとしたら、恋人であるレオさんですらこの家には入れなかったんだもん。
あ、でも、ネロはレオさんを寝室に入れる事を拒否してた。あの拒否の姿勢がレオさんの話は事実ですって物語っている、気がしてくる。なんで俺は入れたのか。ん~、あ。うん、理由は単純明快だった。
俺が貧弱体質なのを、ネロが知っちゃったから、だと思う。ただでさえ弱っちぃのに、異世界から召喚された可哀想な子って知っちゃったからなんだよね。ネロは優しいから、放っておけなかった。そして、一緒に過ごす間に家族として認定してくれたんだよ。
「多分ね、ネロの特性の『心配性』が発動したんだと思う。ネロは優しいからね、そういう事なんだよ。」
「そんな特性はないだろ。」
全てを語る事はできないけど、一つだけ言える事がある。ネロは心配症なんだよ。どや顔でレオさんに教えてあげると、レオさんの困惑した声が聞こえてきた。あるかないかは問題じゃないんだよ、実際にネロは心配症なんだから。
「あるよ。因みにね、ネロの『心配症』はレオさんに対しても発動してる。そして、レオさんも知らないうちに、その特性を獲得してたんだよ。ネロの『心配症』がうつっちゃったんだね。」
あるものはあるんです、って強い姿勢で、ネロの心配症についてを力説してみる。対象はレオさんも含まれるし、レオさん自身も心配症になってるんだよ。
レオさんは黙って耳を傾けてくれてるっぽい。レオさんのシルエット的には、俺を見下ろしてる、かな。でもね、スゴク静かなんですけど、どうしたんだろ。
「特性ってうつるもんなのか?」
長い沈黙の後で、レオさんがボソッと呟いた。改めてうつるかって聞かれたら、困っちゃう。でもね、ネロの『心配症』がレオさんにうつったのは事実だもん。ネロ以上に、レオさんが俺に対して過剰な心配をするようになってるのが答えですよ。
「『心配性』は特別なんだよ、多分ね。」
って事で、結論、『心配症』は特別。これが正解ですよ。ニコっと笑顔で結論を言い渡したら、レオさんがクスッとしてくれた。ウケたらしい。でもね、冗談だけど、冗談じゃないんだよ。ある意味、真実なんです。
「お前はやっぱり面白いな。」
「そう?」
優しくて穏やかな声が聞こえた。明かりに照らされたレオさんの表情も超優しい。ただ、面白いってどんな感想なの。ニュアンス的には褒められてる気もするんだけど、どうなんだろう。反応に困って適当な相槌を返しちゃう。
レオさんと話しながらの散歩は凄く楽しい。ネロとは反応が全然違うのが新鮮に感じるのかも。話題が尽きないのも楽しい。真っ暗でレオさんの表情が見られないのがちょっとだけ残念、かな。
「あ、あの顔はカッコ良かったよね。」
「あの顔?」
ちょっと話題が変わるけど、何の前触れもなくレオさんを褒めてみちゃった。レオさんは分からないって感じで疑問を返してきたから、大きく頷いてみる。
「仕事中のレオさんの顔。帰る時に見上げたら、無言で無表情に見下ろしてきたじゃん。何か言いたい事でもあんのか?みたいに片眉を上げて、ちょっとだけ冷たい目付きだった。あの顔はヤバい。普段のレオさんと全然違って超カッコ良かった。」
あの顔ですよ、って仕事中のレオさんの表情を描写して、カッコ良さを力説しちゃう。話している最中にも、思い出しておおってなっちゃうくらい印象的なカッコ良さだった。仕事中のレオさんは一味違うんだなって思えた瞬間だった。視線も表情も、寡黙な感じも全てがヤバかった。
「へぇ、そんな顔をしてたんだ。」
感慨深げなレオさんの声が聞こえた。レオさんは自覚なく、あんなカッコいい感じを出してきてたらしい。ネロも二度見した後で惚れ直しちゃう程のカッコ良さを、意識せずにって。ヤバ過ぎでしょ。
でもな、あの時、ネロは外で待ってたから、レオさんのあのカッコいい雄姿を見てないんだよな。あ、見ない方が良かったのか。だって、余りのギャップで、更にメロメロになっちゃう可能性しかないもん。
「うん、ヤバかった。ネロが見てたら、ギャップに萌え苦しんじゃうトコロだったと思う。危なかったね。」
「ふ~ん。お前は?」
テンションを上げて語ってみたのに、レオさんは冷めた態度だ。ふ~んってなんだよ。なんでそんな適当なの。そして、なんで俺に話を振ってきた。首を傾げちゃうと、レオさんが屈んで俺の髪を優しく掻き上げてくれる。目を合わせて、ニコっとしてくれるレオさんの目力がヤバい。
「琥珀はどう思ったの。萌え苦しんだ?」
至近距離で目を合わせたままで、レオさんは言葉を変えて質問を繰り返してきた。俺がどう思ったかって。それはヤバかったの一言に尽きますよ。もうね、凄くヤバかった。ってかね、帰りの間際のレオさんも良かったけど、お茶の時のレオさんもヤバかった。
「うん、ヤバかった。レオさんに惚れてしまうトコロだった。仕事中のレオさんは超ヤバかったもん。お茶を出してくれた時もニコリともしないんだよ、ヤバくない?」
「それがいいの?」
テンションが上って力説しちゃったんだけど、レオさんはうんうん、と頷きながら聞いてくれる。そして、レオさんは屈んでいた体勢を戻して、前方に顔を向けて淡々と聞き返してきた。
あ、これはいけないね。俺とレオさんの温度差がヤバい事になってる。レオさんが非常に冷めてるんですけど。俺も少し冷静になった方がいい。でもね、あのレオさんを思い出すと、テンションが上っちゃうんだよ。
「ん~、なんていうかな。普段それをされたら冷めちゃうと思うんだよ。でもね、時々そんな風にされたらヤバいというか。ギャップでやられちゃうというか。」
「へぇ。」
レオさんを見習って淡々と答えてみる。明るい光に照らされて、無表情に見下ろしてくるレオさんの顔が見えた。ぞくっとする程カッコ良く見えてしまう。そして、レオさんが冷めた感じで相槌を打ってきた。短い言葉なのに、声の質と口調の冷たさにゾクゾクっとなっちゃう。
「冷めた反応、悲しい。」
「こういうのがいいんだろ?」
これはヤバいって思っちゃった内心を隠して、軽く睨んで拗ねた口調で文句を言っちゃう。ふっと表情を緩めたレオさんが、無表情から一転、優しい笑顔で言葉を返してくれた。
さっきまでの冷たく光っていた緑の瞳と同じとは思えない、優しい緑の瞳が光を反射してキラキラと光ってる。この急激な変化が、もうヤバいんだよ。あんなに冷たかったのに、急にほわってなるんだもん。
レオさんを深く知る以前は、鋭い視線や感情を出さない真顔は怖く感じた筈なんだよ。レオさんは目付きが悪いから、普通に見られているだけでも、睨んでるって思っちゃったくらいだし。雰囲気も突き放す感じで怖かったし。
でもね、なんだろ。優しいレオさんを知った後だからなのか、レオさんの無表情な顔とか、冷めた目とかに惹かれちゃってる気がする。冷たい態度にゾクってしちゃう程の魅力を感じちゃった事に気が付いてしまった。
どうやら、ネロやレオさんに影響されて、俺も変な性癖を身に付けちゃった可能性が出てきた。困ったね、これは非常に困った事態ですよ。よりにもよって、レオさんにそんな想いを抱いちゃうとか。これはいけない。
「琥珀?」
優しい声で呼ばれて顔を上げると、もう食事場に到着していた。更には、レオさんに手を引かれて調理場に入る直前だった。いつの間に手首を掴まれていたんだろう。全然気が付かなかった。
「今考えていた事を吐かせるのは、帰り道にしといてやる。」
レオさんが屈んだ、と思ったら、耳元に顔を寄せて囁いてきた。言葉を理解して、思わずレオさんを睨んじゃう。ネロの勘の鋭さは目で見て実感しちゃったけど、レオさんの勘もかなりヤバい。
今のイヤらしい言い方は、どう考えても、俺の考えてた事をなんとなく分かってる気がする。その上で、敢えて俺の口から言わそうとしてる。レオさんはこういうイヤらしさがあるんだよね。しかも、そういう時は大抵ねちっこい。
レオさんは直ぐに体勢を戻して、素知らぬ顔で調理場に入っていく。勿論、俺の手を引いたままだ。レオさんに続いて調理場に入ると、ユリアさんがにっこり笑顔で迎えてくれた。
レオさんが〈シール〉に穴を開けて、運んできたバスケットを返して、果実も渡してくれている。ユリアさんが可愛く小首を傾げて、俺とレオさんを交互に見てきた。その仕草はヤバい。めっちゃ可愛い。
「明日の夕ご飯でその果実を使って貰いたいです。えっと、甘い果実だからネロは無理で。でも、ネロも一緒に食べたいなって思って。だから、あの、料理かデザートに使って貰う事はできますか?」
「ネロさんにも美味しくってなると、お菓子よりお料理の方が良さそうですね。マスターに料理で腕を揮って貰いましょう。美味しい料理を期待していて下さいね。マスターの料理なら絶対満足できる筈です。」
ユリアさんの可愛い仕草に癒されながら、持ち込みの果実の使用をお願いしてみる。ユリアさんはふむふむって可愛く頷きながら聞いてくれて、ニッコリ笑顔で大きく頷いてくれた。そして、お料理の方がいいとも進言してくれた。
マスターさんに直接頼みたいってお願いに応えて、ユリアさんが呼びにいってくれた。直ぐにマスターさんが奥から出てきて、頷いてくれたのが見える。
俺の頼みは、もう既に届いていて、了承してくれたみたいだ。ペコって頭を下げたら、マスターさんがまたコクって頷いてくれた。可愛いモフモフの大きな猫ちゃんの姿に癒されちゃう。
ユリアさんがマスターさんに果実を手渡しているのが見える。そして、果実を受け取ったマスターさんの手のひらには、ピンク色の大きな肉球が並んでいる。めっちゃ可愛い。可愛いぷにぷにの肉球に釘付けになっちゃった。
レオさんに手首を引かれてはっとする。マスターさんには魅了の効果があるのかもしれない。危ない所だった。レオさんのナイスアシストで肉球の呪縛から逃れる事ができた。
心の中でレオさんにグッジョブを送っておく。レオさんは微妙な顔で俺を眺めた後で、ユリアさんから小さなバスケットを受け取って、〈シール〉の穴を閉じちゃった。
マスターさんは手を軽く振って奥に戻っていっちゃう。マスターさんとお別れするのが名残惜しい。握手をしたかった。あと、あのお腹にモフって抱き着きたかった。少しの悲しさを胸に秘めて、マスターさんの後ろ姿を見送る。
あ、モコモコの後ろ姿も超可愛い。尻尾がヤバい程もっふりじゃん。ヤバい、あの尻尾を思う存分堪能したい。レオさんの尻尾の10倍くらいの太さだよ。可愛過ぎてヤバい。
何気に、レオさんはこんなトコロでも10倍の勢いで負けてるんだ。可哀想。でも、太さは関係ないんだよ、形は綺麗だから平気だよ。うん、実質、負けてるのは太さだけ。
レオさんに手を引かれてはっとなった。顔を上げると、ジト目のレオさんがいる。うん、その顔はただの目付きの悪い怖い顔。そんな怖い顔をしたらダメなんだよってニコってしてみたけど、レオさんのジト目は解除されない。
すすっと目を逸らした先で、ユリアさんがレオさんを軽く睨んだのが見えた。それと同時に、レオさんに手を引かれたのを感じる。手を振って送り出してくれるユリアさんに、ニッコリ笑顔で小さく手を振り返す。そして、無言のレオさんに手を引かれて調理場から外に出た。
「お前はマスターの前だとなんであんなに可愛くなるの。」
「ん?普通だよ、超普通。平常心で普通の普通です。」
調理場を出たトコロで、歩みを進めながらレオさんがボソッと呟いてきた。ギクッとなりながら、極力冷静を心掛けて普通を強調しておく。レオさんがじっと見つめてくる視線が超痛い。
「へぇ。」
表情を読まれないように、唇を一文字にして目を合わせ続ける。少しの間を置いて、レオさんが意味ありげに相槌を打ってきた。これ以上は何も読まれないように、とすすっと目を逸らしちゃう。
可愛くしてた記憶はないんだよ。でも、確かに、マスターさんの前だと神妙な態度になっちゃってた、かもしれない。だって、嫌われたくないし。寧ろ、好かれたいし。
あのお腹に顔を埋めてモフモフしたいし。肉球を無限ぷにぷにしたいし。あの尻尾を触ってみたいし。あぁ、ヤバい、超可愛い。今直ぐ戻ってずっと眺めてたい。
「イヤらしい顔になってるぞ。」
「そんな事ない。普通の顔です。」
ボソッと呟くレオさんの声が聞こえて、はっとなった。恐る恐る、見上げると、胡散臭い程爽やかな笑顔のレオさんが見える。コホンと咳ばらいをして、レオさんの言葉を冷静に否定しておく。だって、イヤらしい要素なんて思い描いてないし。純粋な思いだし。




