200 お前といると心臓が持たない
黒パンを食べながらぼんやり考え込んでいたら、空気が凍り付いてるのに気が付いた。どうしたんだろう、と顔を上げてみる。二人は料理を取り分けている体勢のままで、凍り付いたように俺を凝視していた。
見開かれた緑の瞳と、瞠られた金色の瞳の、視線の強さに少しだけ驚いちゃった。驚きとその他色々な感情が込められた感じのする強い目力だ。こんなに驚くとか、どうしたんだろう。俺の言葉が二人の心理を言い当てた事で驚いた、的な事かな。確信を突かれ過ぎてびっくりしたのかもしれない。
俺が心を読んだから怖くなっちゃったのかも。どうだ、やられている側の気持ちが少しは理解できたか。って思っちゃったけど反発の心は抑えておこう。俺の言葉でお互いの想いを実感しちゃった、筈だからね。
「どしたの?食べようよ。冷めちゃうよ?」
ネロはともかく、レオさんは恥ずかしがっちゃう可能性が高い。だから、何も気が付いてないよ、ってフリをして二人に食事を促してみる。それでも、二人はピクリとも動かない。ん~、ちょっとだけ動きをつけてみようかな。すっと立ち上がってみた。二人が同時にびくっと反応してくれたから、座り直してニコっとしてみる。
「心配なのは分かるけど、食べよう。お腹が空いた。」
「分かった。」
「そうだな、そうしよう。食いながら話してくれるよね。」
二人を交互にしっかりと見つめて、再度、食事の開始を促してみる。ネロは静かに了承してくれて、レオさんは固い表情は崩さずに、食事の間の雰囲気作りを頼んできた。そうだよね。楽しい会話をしながらの食事がいい。レオさんは正解。
二人のピリピリムードをなくす為に、俺がお喋りを頑張ればいいんだ。で、和んでくれたら、楽しい食卓になる。レオさんはホントいい事を言ってくれた。ニコっと笑顔で頷いて快諾すると、レオさんの頬が緩んで優しい顔になってくれた。
二人は同じ料理で食事を開始するみたいだ。小皿、というか、中皿によそった大盛の野菜炒めをゆっくり食べ始めた二人の姿が見える。いつもの食べるペースではない、超ゆっくり食べてる。そして、二人の視線は俺から外される事はない。ガン見されてるんですけど、一体どうしたの。
ってか、よそ見しながら良く食べられるな。ネロはある意味、慣れた感はあるよ。でも、レオさんまで同じように俺を眺めながら食べるとか。レオさんは何気に中々器用だよな。まぁ、俺に注目はしてるけど、二人は食べ始めてくれた。文句はやめておこう。
魚介の餡かけを一口食べてみる。魚介の風味と優しい塩味、更には仄かな酸味が口に広がって、さっぱりしていて美味しい。生姜がアクセントのあっさり系のお味で、凄く微かに鶏の風味もする気がする。
一口大に揃えられた大海老、白身魚、烏賊、貝柱と、具も盛り沢山だ。魚介類の生臭さは生姜の風味で押さえられて、黒パンとの相性もばっちり。
ウマウマと魚介を味わっていたら、お肉のソテーとグリーンサラダを盛り付けた小皿が、視界の外側からスッと入ってきた。置いてくれた腕を辿って、ネロと目を合わせる。緊張感が見える真顔のネロにリラックスして欲しくて、にこっとしてみる。ネロは頬を緩めて頷いてくれた。
お肉もいいね、ネロのチョイスとタイミングは今回もばっちりだ。お魚の次はお肉だよね。お肉を小さく切って口に運んでみる。今日のお肉はシンプルな塩味で、スパイスは一切使われてないっぽい。でも、シンプルだからこその美味しさがヤバい。肉汁と塩の相性が抜群で、お肉の臭みも全くない。
黒パンをちぎって口に入れながら、二人に目を向けてみた。二人はさっきと変わらず俺を見つめながら器用に食べ進めている。目が合った瞬間だけは、二人の視線が和らいでくれるけど、直ぐに緊張感溢れる表情に戻ってしまう。和気藹々と食べているって雰囲気ではない。
黒パンが無くなったのと同時に、レオさんが白パンをお皿に置いてくれた。レオさんにもニコっと笑顔を贈ってみたら、無言で頷かれちゃった。レオさんは固い表情でニコリともしてくれなかった。アルさんのトコロでお茶を出してくれた時と同じ寡黙な感じだ。
そうだった。場を和ませる為の会話を頼まれてたんだった。ん~、何の話題がいいかな。あ、そうだ。今のレオさんから連想できる話題でいいじゃん。仕事中はカッコいいって話題はレオさんがニコニコ上機嫌になってくれたから、和んでくれそうな気がする。
「仕事の時のレオさんはあんなにカッコいいんだね。今までも見た事があった筈なのに、全然気が付かなかった。」
「そんな事は初めて言われた。まぁ、仕事中に知り合いに会うとかは、ほぼないから当たり前だけど。」
ニコっと笑顔でレオさんに話し掛けてみたけど、失敗しちゃった。だってね、レオさんはネロ並みに淡々と返してくるんだもん。笑顔の欠片すら浮かべてくれなかった。悲しい。
でもね、優しいレオさんの顔を知った後だと、このキツイとも思えるキリっとした緊張感のある顔はカッコいい気がしてくる。前は怖いって思った筈なのに不思議だね。
ん~、レオさんの話題では和まなかったか。そうだな、何の話題がいいんだろう。白パンをちぎって口に放り込みながらちょっと考えてみる。あ、じゃぁ、今のネロの状態をコッソリ聞いてみればいいじゃん。今のピリピリ状態を脱却するいい案が思い浮かぶかもだし。
「ネロは仕事の時はピリピリした空気なのかな。」
「普通。」
ニコっと笑顔で質問風にネロの話題に移行してみたら、真顔のネロが超シンプルに答えてくれる。うん、そうか、普通か。成る程。でもね、その返しだと、これ以上会話が続かないんですよ。
「普段のネロと同じで、何の感情もない気がする。」
ちょっと困ってネロと目を合わせていたら、レオさんが補足をしてくれた。仕事中のネロは普段のネロと同じなのか。で、普段のネロ、っていうのは、この家の中のネロじゃないネロだよね。お外でのつーんと澄ました態度のネロって事だよね。
何の感情もないネロか。ちょっと前はそんなネロが普段のネロって感じだったのに、今では優しい笑顔が普通になってる気がするんだよな。特に、この家でレオさんと一緒にいるようになって、ネロの感情は溢れ出てる。
ヤバい程デレデレする時があるし、笑顔が多いもん。それに、レオさんと一緒の時のネロは可愛いって言葉がよく似合う。レオさんは『自身に好意を寄せてくれる相手を可愛くする』能力を持っているのではないだろうか。
「ネロはレオさんといる時は甘い感じになって可愛くなる。」
ニコっと笑顔でラブラブな二人の雰囲気の感想を伝えてみた。だって、普段のネロとも、お仕事のネロとも、家のネロとも、違って、恋人のネロは甘い感じがするんだもん。二人が困惑した感じで顔を見合わせたのが見える。
困惑とはいえ、険しい表情は消え去ってくれて、視線を絡み合わせる雰囲気がいい。それに、二人の視線が漸く俺から移動してくれた。食事開始からずっと俺に固定されていた強い視線がなくなった事で、ちょっとだけ解放感がある。
そうやって、二人で見つめ合って食べた方が、美味しく食べられると思うのに。恋人より子供を優先しちゃうネロには困っちゃう。ネロが俺を凝視してたから、レオさんも俺の様子が気になって目を向けちゃってたんだと思うし。
お肉を小さく切って、サラダと一緒に食べてみる。レアに近いお肉のくにゅっとした食感と、新鮮な生野菜のシャキッとした食感が合わさってヤバい美味しさ。
そういえば、この村のサラダはいつもしゃきしゃき新鮮で美味しい。でも、この村は森の中っていう、かなりの僻地にあるっぽい。そして、村の周りは森で下道はない。食材を運んでくるのも一苦労だと思うんだよな。
生野菜って日持ちしなさそうなのに、どうやって管理をしてるんだろ。やっぱり、魔法かな。魔法で保存か、魔法で毎日直送か。まさか、魔法で食材を作るとか。ん~、まぁ、可能性があるのは魔法で保存だよね。
口の中のお肉と野菜をコクンと飲み込んで顔を上げる。二人の視線は俺に戻っていた。見つめ合いはもう終わっちゃったらしい。まぁ、いいんだけどね、真剣な眼差しが怖いくらいなんだよね。
「野菜がいつも新鮮で美味しいけど、魔法で保存をしてるのかな。」
「畑がある。」
会話の切っ掛けとして、ついでに興味心から、野菜の事を聞いてみちゃう。ネロが静かに答えてくれたんだけど、唐突に出てきた畑、という単語に戸惑ってしまう。
だって、頭の中では普通に魔法で何かしらの何かをしてってイメージだったんだもん。物理的な農業系のなんちゃらとかは頭の片隅にもなかった。
「成る程?」
「マスターが最高な状態の物を届けろって、畑の管理の奴らに言いつけてるみたいだよ。だから、毎日新鮮で美味いのかも。」
小首を傾げて、分かってないよ風を出しつつ、もっと情報を、と訴えてみた。ネロに代わってレオさんがスラスラと答えてくれる。この村に畑なんてあったんだ。知らなかった。こんな美味しい野菜を育ててる畑か。どんな感じなんだろう。見てみたい。
そして、マスターさんはカッコいい。食に対する情熱が違う感じがする。職人さんの言葉って感じでめっちゃカッコいい。きっと目付きの鋭い板前さんばりに、食に対する拘りが凄いんだろうな。
マズい、マスターさんの中に板前さんが入っている感覚に陥ってしまった。その結果、癒し系のマスターさんが、怖い板前さん系マスターさんに上書きされちゃった。ちょっと悲しい。
「マスターさんが悲しい事になっちゃった。」
「おぅ?悲しい事って何。」
「可愛いマスターさんがいなくなって、いかついマスターさんになっちゃったの。」
しょぼんと俯いて、悲しい胸の内を呟いちゃう。レオさんがびっくりした感じで聞き返してきたから、悲しさと淋しさを織り込んで正直に答えてみた。レオさんが真顔で黙り込んじゃった。そして、ネロは元から真顔で黙り込んでいる。うん、スゴイ微妙な空気になっちゃった。
「あ、畑。そっか、畑か。今度行ってみたいな、どんな畑なんだろう。」
もういい、共感はして貰えなかったから、最初の驚きに戻ろう。ちょっとだけテンションを上げて、目を輝かせて希望を伝えると、二人がほっとした感じで頬を緩ませたのが見えた。場を和ます事は成功した模様、ミッション完了ですよ。
「畑くらい、いつでも連れてくから。いなくならないよな?」
達成感に包まれて白パンを口に放り込む。甘さにほわってなっていたら、レオさんの辛そうに絞り出した感じの声が聞こえてきた。もぐもぐ、と口を動かしながら、レオさんに目を向けてみる。
レオさんは縋るような真剣な目で真っ直ぐこっちを見ていた。いなくなるってなんの話なんだろう。畑と野菜と、ちょっとだけマスターさんの話をしていた筈だよね。前後関係が全く分かんないんですけど。
「ん?いなくなるってどういう事?」
ちょっと考えてみたけど、分からなくて、首を傾げて聞き返しちゃう。レオさんが真剣な目で睨みつけてきた。いや、多分、本人は睨んでいる自覚はなさそう。普通に見ているだけだと思うんですよ。
ただ、分かっていても、レオさんの真剣な眼差しの強さに少しだけびくっとなっちゃった。怖くはないんだよ。でも、目付きは普通に怖い。怯えたと思われたらしく、レオさんの視線が緩んでくれたから、結果的には良かったのかも。
でもね、こうやってモードチェンジをしてくるレオさんは卑怯だと思うんです。だって、怖いのから一転、優しい緑の瞳で見つめられると、ドキッてなっちゃうもん。その深い緑の猫目はヤバいんだよ。
「食事場に向かう道中で俺を見放した発言をしただろ。食べ始める時も、どっか行っちゃいそうな雰囲気を漂わせてたし。」
優しい眼差しのままで、レオさんが口を開いた。でもね、レオさんの言っている事が全く分からないんですけど。レオさんを見放した発言はしてないし、そんな雰囲気も漂わせてない。
何を言い出したんだって、不信感から、眉を寄せてレオさんを見つめちゃう。途端に、レオさんの眼差しがまた睨むような真剣なモノになってしまった。超怖い目付きになってる。さっきの比ではない程の目力なんですけど、何でなの。
「見放したって何の事?雰囲気って何の話?」
全く心当たりのない話をされて、疑問を返してしまう。その瞬間、二人が固まっちゃった。俺を凝視している二人の目は瞬きを止めて、口は半開き、表情は安堵と驚愕が混ざっている、感じかな。相反する感情を同居させた表情を作れるとか、ネロもレオさんも器用だなって思っちゃう。
そして、一瞬の後で、二人は同時に長い溜息を吐きながら下を向いてしまった。どした、何があったんだ。急激な変化の起こった二人の反応に困惑しちゃう。おろおろしながら二人を観察してみるけど、二人は中々顔を上げてくれない。
少しして、レオさんがのろのろと顔を上げて目を合わせてくれた。でも、レオさんが疲れ切った表情になっていてびっくりしちゃう。ネロはテーブルに肘を突き、片手で顔を覆っちゃった。どう見ても、ネロも疲れ切ってる気がする。二人が凄く消耗しちゃったらしいという事だけは分かった。
「何で疲れてるの。」
「お前な、言葉を選べよ。滅茶苦茶怖かったんだからな。あれを見ろ。ネロも仕事前なのにあんなに消耗しただろ。」
疑問しか湧かない展開が不思議で、素直に疑問を口に出してみた。レオさんの目がスッと細められたのが見える。そして、勢いよく怒られちゃったでゴザル。ネロは確かにめっちゃ消耗してる。俺のせいならごめんなさいだよ。でもね、言葉を選ぶってなんだよ。全く意味が分からない。
「言葉を選ぶって何の事を言ってるの?」
「食事場向かう途中でいきなり、多くを望み過ぎたって言っただろ。」
むっとしながら静かに聞き返してみたら、レオさんは背もたれにぐでっと寄り掛かり、ふーっと息を吐き出して天井を見上げてしまった。そして、静かに問題になっていたらしい俺の発言を教えてくれた。
あぁ、その話の事か。やっと理解できた。確かに、多くを望み過ぎって言い方は見放したって誤解される表現だったかもしれない。言葉のチョイスがダメだった。言葉を選べって意味を漸く理解しました。でもね、あの言葉はレオさんへ向けたんじゃなくて、自分への戒めなんです。反省したんです。
「えっとね。レオさんは俺の保護者になるのが嫌だって理解できて。で、レオさんはネロと同じように守ってくれるし、色々教えてくれる。一緒にいると楽しいからって甘え過ぎちゃったなって。俺は我儘いっぱいで多くを望み過ぎて超甘えちゃってたって反省したの。」
家に帰ってから言おうと思って忘れてた。言葉の受け取り方で誤解されてるみたいだし、ちゃんと説明をしてみると、レオさんがゆっくりと目を合わせてきた。
うん、スゴク真顔で目に力が全くない。光が一切ない感じの深い緑って綺麗なんだね。キラキラも綺麗だけど、一切のエフェクトがないのはゾクゾクする程綺麗とか、ヤバいな。
「ソレであの言葉か。マジで、お前。」
力なく呟いたレオさんがへなへなとテーブルに肘を付いて顔を覆ってしまった。どうやら、凹んじゃったみたいだ。確かに、レオさんの話を聞いていたら、自分が反省したって事は一切伝わってなかったらしい。悪い事をしてしまった。
二人とも片手で顔を覆って、消耗からの回復待ちになってしまった。成る程。消耗から回復する手段は手で顔を覆うんだね、理解しました。心のメモにサラッと記して、サラダとお肉を食べながら、二人の復活を待つ事にする。
静寂の中で、俺の咀嚼の音だけが響いている。静かだとこんなに音が響くのか。自分の出す咀嚼音が気になって、できるだけ音を立てない方法を模索する事にした。静かに口を動かしていたら、レオさんが顔を上げてくれた。どうやら復活した模様。
「なんでその場で言わないんだよ。家で話すって暗い声で言われたら変な想像をしちゃうだろ。」
レオさんは疲れを感じさせる掠れた声で文句を言ってきた。俺が悪かったのは事実だけど、レオさんの受け取り方にも問題がある、気もしてきた。だってね、ちゃんと色々考えた結果だったのに。二人の為に言葉を止めたのに。
むっとなって頬を膨らませると、レオさんの目尻が下がって優しい顔になってくれた。表情にはまだ疲れが残ってるけど、子供を見守る感じの優しい眼差しだ。深い緑の瞳は落ち着いた光を湛えていて、安心する。
「だって、二人の事は秘密って言ってたじゃん。ちゃんと話を止めたのを褒めて欲しいくらいだもん。それに、暗い声じゃないもん。普通に言っていました。ちょっとだけ悲しかっただけだもん。」
「外は雨だから、今の時間は誰も歩いてないだろ。三人だけだったから、何の問題もなかったじゃないか。」
色々な配慮をしたんだもん、俺は頑張ったの。思いを伝えるべく拗ねた口調で反論をしてみると、レオさんはふむふむって頷きながら聞いてくれた。でも、反論が終わり次第、レオさんは優しく言い返してくる。確かに誰もいなかったよ。でも、どこで誰が聞いてるか分からないじゃん。
「レオさん、俺の故郷には有名な教訓があるんです。壁に耳あり、って言ってね。どこで誰が聞いてるか分からないっていう、恐ろしい教えなの。壁から耳が飛び出してるんだよ。ホラーっぽくて超怖くない?あ、でも、猫耳が飛び出してるって考えると超可愛いかも。ちょっと見てみたくなっちゃった。」
レオさんをじっと見つめて、溜息交じりに忠告をしてあげる。レオさんはうんうん、と頷きながら聞いてくれていた。そして、話の途中でふーっと息を吐き出して、また、片手で顔を覆っちゃった。
「うん、そうだな。見られるといいな。」
話が終わると、レオさんは顔を覆ったままで、力なく答えてくれた。超適当な感じがするけど、レオさんはお疲れモードだから放置してあげよう。
ネロに視線を移してみたら、ネロはもう顔を手で覆ってなかった。どうやら、俺とレオさんの遣り取りをぼんやりと眺めていたらしい。目が合って、ネロがホッとしたように頬を緩めてくれた。
「今日のネロはレオさんが一緒だからピリピリしてるのかと思ってた。レオさんがネロの事を心配しちゃって、その心配を感じ取ったネロが緊張してるのかなって。」
今度はネロへの説明をしてみる。ネロは優しく目を細めて、成る程って感じで頷いてくれた。ネロの表情も眼差しも優しくて、さっきまでの緊迫するような緊張感はどこにもない。
「先程の、一人になっても平気、とはどういう意味だ。」
ネロがはちょっと躊躇った様子を見せたけど、静かな口調で問い掛けてきた。なんでイキナリそんな事を聞き出したんだ。敢えて俺の口から言わせたいのかな。言葉で聞く事で安心したいって心理なのだろうか。
どういう意図があっての質問なのかを見極める為に、ネロをじっと見つめちゃう。そうしたら、ネロの表情が引き締まって、優しい眼差しは真剣な眼差しに置き換えられてしまった。めっちゃ聞く体勢を整えてきた感じが満載なんだけど。
そっか、そうだね、ちゃんと言葉として聞きたいよね。二人の想いを代弁しただけなんだけど、ちゃんとしっかり言葉で聞く事で、お互いが自覚して安心したいって心理が働いてるんだろうな。
「ネロが一人の時も、レオさんが一人の時も、お互いに想いあってるからちゃんと傍に感じられる。だから離れていても平気でしょって言いたかった。ちゃんと、多分、って付けておいたよ。確定じゃないけど、多分そうでしょ?見てたら分かるもん。」
「成る程。」
丁寧に二人の想いを説明をしてみたら、ネロの眼差しが優しくなってくれた。そして、嬉しそうに微笑んで、静かに納得の言葉を返してくれた。ネロも納得してくれたみたいだし、否定もされなかった。って事は、やっぱり、俺の解釈は間違ってなかった。
「マジで。お前といると心臓が持たない。」
ぼそっと呟く声が聞こえて、声の主に目を向けてみた。レオさんが顔を覆っていた手を離して、凄い勢いで食べ始めたのが見える。いつものレオさんの豪快な食べ方だ。どうやら、調子が戻ったらしい。
ネロが肉入り野菜炒めを小皿に取り分けてくれた。ちらっとネロを見ると、ネロがニコっとしてくれた。二人の雰囲気が明らかに変わった感じがある。
緊張感やピリピリする空気は全くなくなって、和やかで穏やかに置き換わっている。うん、明らかに俺の発言のせいでピリピリしていた、って事だよね。
「ご迷惑をお掛けしました。ごめんなさい。」
「問題無い。」
「まぁ、なんだ。それがお前のいいトコロだ。寧ろ、そのうち快感に変わる予感すらある。だから、気にするな。」
反省を伝える為に、ペコっと頭を下げてしっかりと謝る。即行で、ネロのいつもの台詞が返ってきた後で、レオさんの軽い言葉も返ってきた。軽い言い回しがレオさんっぽくてクスッとなっちゃう。笑っちゃったら、ネロもレオさんも嬉しそうで幸せそうな笑顔になってくれた。
暫しの間、無言で食事を楽しむ。野菜炒めはかなりのガッツリ系なお味だった。大蒜がドーンってくる甘辛い味で美味しい。大蒜臭くなりそうって思っちゃったけど、後味には大蒜臭さがない。いつでも安心して食べられる美味しさとか最高じゃん。
凄い勢いで食べ進めていたレオさんだけど、一息吐く事にしたらしい。お茶を飲みながら、意味ありげな視線を向けてきた。白パンを食べながら二人を眺めていたから、レオさんの視線に直ぐ気が付けた。どしたの、って首を傾げて、聞く体勢を取ってみた。
「で?想像通りってのはなんだったの。」
聞かれた事には答えようと思ったんだよ。でもね、レオさんの質問自体が分からなくて、キョトンとして見つめちゃった。うん、何を聞いているのかが分からない。想像通りって何の話だろう。
レオさんは完全に復活したらしく、緊張感も疲れた感じも何もない。興味津々なキラキラの目をしていて、耳もピンと立ってこちらに向いている。ちょっと可愛く見えるのが悔しい。
「帰り道、ネロの腕の中で、家で話すって言ってただろ。」
「あぁ、それか。食事場の風景を見てて思ったの。ネロがモテるのは事実なんだけど、でも、基本的には憧れの存在っぽいなって。レオさんは、まぁ、あの、普通にモテるんだなって。ネロもレオさんもいいトコロが違うだけってのが想像通りだった。」
レオさんが溜息交じりにヒントをくれて、それを聞いて思い出した。そうなんですよ、俺の想像通りだった。ネロもレオさんもいいトコロが違うから、甲乙つけ難いってのは正解だったんです。ちょっとだけテンションが上って、一部はちょっと言い淀みながらも、ニコニコ笑顔で俺の所見を語っちゃう。
「成る程?」
レオさんは最後まで聞いた上で、納得できない顔で相槌を打ってくる。どう聞いても、もっと詳しく、的なニュアンスだった。それに、ネロも少しだけ疑問を浮かべた表情になってる。という事で、丁寧に説明してみようかな。
「レオさんは普通にカッコいいし性格が親しみ易い。ちょっとエロくて変態なのが難点と言えば難点だけど、そこが好きな人にとっては長所だよね。実際にネロは好きそうだし。」
まずはレオさんから、どんな所がいいトコロなのかを説明してみた。ネロは一瞬眉を反応させた以外は静かに聞いてくれて、レオさんは嬉しそうに目を細めて聞いてくれてる。こうやって言葉に出すと、レオさんは何気にモテて当たり前な人に思えてきた。
「ネロは超絶綺麗で、何でも万能に熟すクールさがいい。でも、いつも無表情でちょっと冷たい態度だから近付き難い印象を受けちゃう、かな。だからこそ、みんなはネロに憧れちゃうんだと思う。」
次はネロのいいトコロの説明の番だ。レオさんはふむふむって頷きながら聞いてくれて、ネロは嬉しそうに目を細めて静かに聞いてくれている。ネロはこうやって言葉で説明しても、クールな印象だね。そして万能感が伝わってくる。
「だから、二人のモテる方向性が違う。って判断した訳ですよ。こんな話をしてたら、二人の関係がばれるかもって気を遣ったの。あとは、レオさんがエロくて変態って話を外でするのは恥ずかしいじゃん。だから、家で話すって言ったの。」
ゆっくりと、二人の方向性の違いと、二人とも長所が違うんだよって話してみた。そして、何で家で話す事にしたのかも説明してみた。レオさんはちょっとだけ呆れた顔になっちゃって、ネロは嬉しそうな微笑みだ。
「お前は面白いな。帰り道、ネロの腕の中でそんな事を考えてたのか。」
「うん、後、色々と。」
レオさんは頬杖を突きながら、ちょっとだけ呆れて、ちょっとだけ興味深そうに感想を述べてくれた。面白いって言われる程の事じゃないと思うんだけど。まぁいいか、適当に流しておこう。
「あ、ネロ。もうちょっとだけ魚介のを食べたい。」
それより食事ですよ。魚介の餡掛けが美味しかった。今日の一押しの逸品に決定しました。ニコっと笑顔でネロに小皿を渡してみる。ネロは優しく頷いてくれて、楽しそうに取り分けてくれた。
二人がいつもの食事のペースで食べ進めた後で、またゆっくりになったのは、俺のおかわり待ちって分かってる。早めに申告をしておいた方が、みんな自分のペースで食べられるよね。
「これを食べれば満腹になると思われます。と、いう事で、後は宜しくお願いします。」
ニコっと笑顔で、ここで終了を宣言してみた。ネロは頷いて、レオさんに野菜炒めの大皿を渡している。そして、自分は魚介の餡かけの大皿を手に取った。
大皿からそのまま食べるスタイルらしい。ネロは珍しく豪快に食べてるんだけど、何故か上品に見える。レオさんは豪快に見えて普通に豪快だ。レオさんの食べ方はちょっと不思議なんだよね。豪快なのに、音がしないんだもん。
「で、色々って何よ。」
「ん~、色々は色々だよ。」
野菜炒めを食べるのを一旦中断したレオさんが話しかけてきた。じっと見つめてくる深い緑の瞳の追及から逃れようと、ふいっと目を逸らしてしまう。誤魔化すように適当に答えて食事を続けてみた。




