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193 暑苦しいって可哀想

 魔法っていうのは簡単ではなく奥が深いってのが良く分かりました。それにしても、魔力が減るってなんだろう。魔力ってMPの事なのかな。それとも、隠しで魔力ってステータスがあるのかな。どっちなんだろ。


(魔力とはMPの事です。尚、HPは生命力とも言われます。)


 成る程ね、了解。ありがとね。MP(魔力)HP(生命力)ね、理解しました。最近はネロが凄すぎてスツィの出番が少ない感じだけど、やっぱりスツィは有能ですな。


「ん~。気になったんだけど、聞いていいのかな。」


 もうね、質問をしまくってる状況なんだけど、また、新たに疑問が出てきてしまった。改めて聞きたい事があるんですって、ネロを見つめると、ネロはコクっと頷いてくれた。


「殆どの人は能力が見られないって言ってたじゃん?」


 ネロが教えてくれたから、〈ステータス可視化〉のスキルは超絶レアスキルだって事実は知ってる。もう一度その事を確認してみると、ネロは静かに頷いて先を促してくれた。


 ネロの説明では、『魔力が減る』のを見て貰う、とは言ってない。って事は、自分で気軽に確認できるって感じに聞こえる。でも、〈ステータス可視化〉のスキルを持ってない人は能力の確認はできない、筈だよね。


「魔力の減少を確認する事で、魔法の構築はできても発動しなかったって分かるんでしょ。魔力が減ったってどうやって判別するの?それも誰かに確認して貰うの?」


 MP(魔力)の減少値はどうやって確認するんだろう。疑問を口に出してみると、ネロが頬を緩めて頭を撫でてくれた。ん、何で頭を撫でられたんだろ。いい質問ですね、的な感情なのかな。


「正確な値を判別する事はできない。だが、残存している割合は分かる。」


 ネロが淡々と答えてくれるのを、ふむふむ、と頷いて聞いていて、ん?ってなってしまう。どういう意味なんだ。全く分からない。分かる、って言葉の意味が分からないんですけど。


「ん~、どういう事なんだろう。」


「魔力を使用した際には、残存する魔力の割合が。傷を負えば、残存する生命力の割合が分かる。」


 首を捻って、全然分からない旨を伝えてみる。ネロは少し困った顔になって、言葉を選んでいるのか、じっと見つめてきた。少しして、分かり易い言い回しで、ゆっくりと言い直してくれた。でもね、やっぱり分からないよ。分かる、ってどういう事なの。


(補足致します。モーティナに於いて、全ての魂ある存在は、自身の魔力と生命力を検知する技能を有しています。魔力と生命力の検知は〈ステータス可視化〉とは違い、正確な値が数値となって表示される訳ではありません。あくまで、最大値に対しての残存の割合を理解する能力です。)


 ネロのかみ砕いた表現でも理解できなくて困っていたら、スツィが補足を説明してくれた。でもね、やっぱり分からないんですけど。それはどういう事なの?残存の割合を理解する能力ってどういう意味なの?


(何となく分かる、みたいな。)


 何でいきなり砕けた喋りになった?まぁそれはいい。何となく分かる、って何なの。俺は全く分かんないよ?


(琥珀様は検知の技能を有していません。)


 えっと、俺にはないの?全ての魂ある存在にあるって言ったじゃん。俺だってこの世界に生きてるよ。なんでないの。おかしいじゃん。


(琥珀様は特別な為、全てが無の状態でした。)


 無って何、めっちゃ怖い。無って響きが怖い。俺は無なの?実は、俺はいない可能性もあるって事?超哲学的な何かの問答だったりするのかな。俺が無なら、ネロも実はいないとか、超怖いんですけど。


(語弊のある表現でした。完全な無ではなくスキル、魔法、特性など、後発的な能力、更には基礎的な技能の全てを付与されていない状態で、このモーティナに存在が確定しました。存在を確定するに至る基礎となる能力以外の全てを持たない状態、という事です。従って、琥珀様は検知の能力も有していません。)


 あ~、そういう事ね。理解しました。確かに、基礎能力以外は何もなかったね。ってか、基礎能力も何もないって言い方の方が正しいよね。魅力と精神力以外は無に近いよね。


(詳しく説明致します。魔力と生命力を検知する技能は、スキル、魔法、特性などの後発的な能力とは異なります。モーティナに於ける、魂ある存在の全ての魂に刻み込まれた元から備わっている基礎的な技能の一つです。全ての生物が等しく皆所持している技能な為、出生時に得られる能力にカウントはされません。)


 ステータスへの愚痴はするっと無視されてしまった。スツィのスルー能力が上っている模様。まぁいいや、成る程ね。HPとMPを検知するのはベーシックな技能なんだ。だから、生まれた時に得られる能力とはまた別枠って事か。で、俺はそれすらも持ってないと。マジで、そんな特別はいらないんだよ。


(琥珀様は元々、この世界の存在ではありませんでした。『理』の外の魂でしたので、検知の技能も琥珀様の魂には組み込まれていません。又、基礎的な技能な為、デスボーナスで獲得する事も不可能となっています。ご了承下さい。)


 成る程ね。召喚されたから、魂自体はこの世界の子じゃないって事ですね。だから、この世界の子達が普通に持ってる技能なのに、俺にはないって事ですか。聞いといて良かった。


 スツィの説明を聞きながら歩いていたら、深く考え込んでいると思われちゃったらしい。気が付いたら、ネロに手を引かれていた。いつの間に手を繋がれたんだろ、全然気が付かなかった。


 そして、顔を上げると、もう食事場に到着していた。俺が思考の旅から戻ったと判断したらしく、ネロは手を離して調理場に向かっていく。ネロの後ろ姿を見ながら思っちゃう。ホント、そんな特別はいらなかった。普通に普通の暮らしをしたかった。


(琥珀様に行動制限は御座いません。普通に暮らして頂けます。)


 淡々としたスツィの声がちょっとだけ優しく聞こえちゃった。そっか、そうだね。普通の暮らしをできたらいいね。普通に生きて、普通に恋をして、普通に結婚して。普通に一生を終えたかった。また深く考え込んじゃいそうになったトコロで、急に手首を握られた。


 びくっとなって顔を上げると、心配そうな金色の瞳が見えた。ネロが心配そうにちょっとだけ眉を寄せて覗き込んでいて、ネロだったのかって、ほっとしちゃった。手を離して歩き始めたネロの斜め後ろをゆっくりとついていく。ちらっと振り返ったネロが速度を緩めて俺の隣に並んできた。


「俺は自分の生命力も魔力も分からないって言ったら、ネロは驚いちゃう?」


 少しの間、黙々と歩いていたけど、ちょっとだけ軽い口調で聞いてみる。スツィに教えて貰った事実をネロが知ったら、どういう反応になるのかが気になっちゃった。この世界の人とは違う俺をどう思うんだろうって。


「値は分かるのだろう?」


「違う。ネロ達みたいに分かるって事が分からないって事。」


 ネロは目を逸らさずに少し考えて、静かに聞き返してきた。俺の聞き方が悪かったらしい。確かに、値は分かる。ネロが正しい。少し困って、軽い口調とは程遠い、泣きそうな口調で言い返しちゃった。ネロが心配そうに目を細めたのが見える。あぁ、また心配させちゃった。


「琥珀は直ぐ死ぬ。魔法も使わない。検知できなくて当然。」


 ネロは真っ直ぐに見つめてきて、ゆっくりと優しく言い聞かせてくれる。考えてみれば、ネロの言う通り、検知するって事象自体が起こらない状態だ。そう考えると、検知できなくても問題はない気がしてきた。


「成る程、言われてみればそうだね。」


 虚を突かれた感じで納得してしまう。そして、ちょっとだけ面白くてフフッと笑っちゃった。笑顔になったからか、ネロがほっとしたように頬を緩めてくれた。ネロがどれだけ心配してくれたかが、この表情で良く分かる。俺はネロを心配させる特性でも持ってるのかもしれない。


「それに、琥珀だから、そういう事もあるのだな、と思うだけ。それ以外には特に何も思う事はない。」


 安堵の中で、ネロが静かな口調でネロ自身の感想を付け加えてくれたのが聞こえた。俺が明らかに異質でも、ネロはそれを俺の特性として受け入れてくれるらしい。台詞回しもイケメン度がヤバい。ただでさえ綺麗なのに、ネロは中身が超イケメンだから、ヤバい。


「マジでイケメンな台詞。もうね、クラッときちゃう程イケメンですよ。流石ネロ。ありがと。」


 にっこり笑顔で軽く抱き着いてお礼を言っちゃう。離れて見上げると、ネロも嬉しそうな笑顔を返してくれた。ネロはやっぱり大人だ。そして、ネロの傍にいると、自分がどんどん子供になってくのが分かる。甘えても受け入れて貰えるってのがでかいんだろうな。


 レオさんにも甘え捲って子供になっちゃうし。俺は大丈夫なのだろうか。でもな、二人とも全力で甘えても、全力で受け止めてくれる感がヤバいんだもん。特に、レオさんは全力で子ども扱いしてくるから、子供でもいいのかなってなっちゃうんだもん。


「神殿以外に行きたい所は無いか?」


 自分の子供っぽさについて自問していたら、優しく髪を撫でられた。見上げると、微笑んだネロが唐突に質問をしてくる。ん~、他に行きたい所ってどういう事だろう。質問の意図が分からなくて、首を傾げちゃう。


「明日はレオと出かけるのだろ?今日は俺と出かけても。」


 ネロは少しだけ困った顔で説明をしてくれた。ぽかんとネロを見つめてしまう。一瞬、何を言ってるんだろうと思っちゃったけど、どうやら、ネロはレオさんと張り合ってるらしい。


 レオさんは何かとネロに張り合ってくるけど、ネロも何気に時々変なトコで張り合ってる気がする。レオさんはネロの凄さに気後れして追いつこうと頑張ってる。でも、ネロもレオさんと並びたいんだよ。


 レオさんが思う程、ネロは離れてない。ネロが超絶凄い人なのは間違いない。でもね、アルさんが言ってくれたのと同じなんだと思う。レオさんの前ではただのネロなんだよね。張り合うネロもレオさんも可愛く感じちゃう。そして、ネロの気持ちが微笑ましくて、フフッとなっちゃう。


「じゃあ、ネロと初めて会った場所。」


「成る程。」


 行きたい所って言われても、困ったな。ん~、思い入れがある場所を言ってみよう。ネロとの思い出の地。言葉に出してみたけど、分かってくれたかな。ネロは頷いてくれたから、分かってくれた筈。


 家に到着して、ネロが家に入って武器の保管庫に向かうのを外から眺める。如雨露を取り出して戻ってきたネロが背後に回ってきた。ネロの行動を疑問に思って目で追いかけていると、徐に抱き上げようとしてくる。


 慌ててネロから離れて避けてしまう。不思議そうに首を傾げるネロだけど、俺の方が不思議だよ。今から神殿に行くのに、なんで抱っこをしようとしてるのか。


「なんでイキナリ抱っこなの。籠はどうしたの?」


「今日はこのまま行く。籠を用意するのが面倒。」


 ネロの不思議そうな顔に答える為にも、俺の疑問を解決する為にも、言葉に出して聞いてみた。ネロはキラキラの微笑みで嬉しそうに答えてくれる。ん~、このまま、って抱っこで移動って事、なのかな。


「成る程。」


「行くぞ?」


 納得できたような、できないような。微妙な気分で相槌を打つと、即行で横抱きにされていた。距離のつめ方が異常に早いから。しかも、行くぞって言う前に移動を開始してるし。


 今の距離のつめ方と抱き上げ方からすると、俺が避けられたのは、ネロが敢えて避けさせてくれたっぽい。問答無用で抱っこをする事なんて簡単そうだもん。俺が嫌がったのが分かって、逃げさせてくれたんだ。


 ネロは凄いな~って月並みな感想を抱きながら、ネロの腕の中で、ネロの肩越しの景色を楽しむ。最初は村の中、少しして森の上空だ。ネロがどれだけ動いて、景色が変わっても、一切揺れない不思議な体験。


「ネロも抱っこをするのが好きなの?」


「そうだな。」


 レオさんが個人的に抱っこをするのが好きな人ってのは理解してる。そして、ネロも何気に抱っこする事が多い気がしてきた。って事は、レオさんと同じなのかな。景色を眺めながら、ぼんやりと聞いてみたら、あっさりと肯定されちゃった。


 まぁね、そんな感じなのかなって気付いてたよ。前は遠慮してる感があったけど、レオさんが来て以降、ネロもかなりの頻度で抱き上げてくるんだもん。単にレオさんに張り合ってるのかな、って思ったけど、やっぱり違うよね。


「レオさんは抱っこしないの?」


 村から距離のある森の上だから、聞いても平気な筈。っという事で突っ込んで聞いてみた。ネロがレオさんを抱っこしたのは一回だけ。しかも、直後に投げ飛ばすという暴挙に及んでいた。


「レオは暑苦しい。」


 ネロがちらっと視線をくれて、静かに答えてくれた。ちょっと眉を寄せて嫌そうな表情と、ぶっきら棒な言い方が面白くてクスッとなっちゃう。レオさんは確かに暑苦しい。それは間違いない。


「暑苦しいって可哀想。」


 でも、ちょっとだけレオさんを擁護しておこう。ネロの頭を撫でて、優しく言い聞かせてみた。ネロがチラ見ではなく、しっかりと目を合わせてきた。お前も同意見だろ、って金色の猫目が訴えてきてる気がする。すす、っと目を逸らすと、クスッと笑われてしまった。


「言い過ぎた。」


 そして、ネロは折れてくれた。大人な対応のネロに感謝だ。目を戻してニコっとすると、ネロも頬を緩めてくれた。いい機会だから、ちょっとだけ言わせて貰おうかな。


「偶にはレオさんも抱っこしてあげなさいね。レオさんはヤキモチ妬きだから、他の子ばっかり抱っこしてると拗ねちゃうよ。」 


「そうだな。」


 言われる迄もなく、ネロは分かってるだろうけど、本心からの忠告をネロに伝えてみる。レオさんを擁護とかじゃなくて、ネロにはレオさんとラブラブでいて欲しいからこその、本心からの言葉だ。ネロは複雑そうな顔をして、それでも俺の忠告を受け取ってくれたみたいだ。


 会話が終了して少しの間、景色を楽しませて貰う。そして、思う。やっぱりネロの移動は滑らかだし振動もない。更に言うと今日は風も感じない。俺の体を支えているネロの腕の温かさだけしか感じない。


「何か魔法を使ってるの?」


「ん?」


 ネロを見上げて、疑問をそのまま口に出してみた。ネロは優しい顔で首を傾げてくる。唐突に聞いたから、分からなかったらしい。


「今、抱っこで移動してるのに風も感じないから。何かの魔法なのかなって思ったの。」


「何もしてない。」


 レオさんと比べても段違いにネロの抱っこは何も感じない。森の木々の枝の間をジャンプして移動しているのに、俺は一切の揺れも圧力も、重力すら感じない。そして、今は風すらも感じない。もうね、魔法としか言いようがない現象な気がする。それなのに、ネロは何もしてないんだって。ヤバくない?


(ヤバいか、ヤバくないかで言いますと、ヤバいです。)


 ですよね、ヤバいよね。スツィは正しい。そして、俺も正しいよね。やっぱりヤバいんだ。というかね、砕けた表現を使ってくれるスツィがメッチャ可愛いんですけど。さっきのスツィも可愛かったな。ってか、さっきのスツィ、超可愛かったじゃん。さっきは流しちゃってたよ。


「マジか。なんでそんな事ができるんだろ。ネロは凄いね。」


「琥珀を想って移動しているから。」


 スツィも認めるネロの凄さ。思わず凄いな、って感想を漏らしてしまった。ネロは口元を緩めて、楽しそうにちょっとだけチャラさを含ませて答えてくれた。ネロの言葉の意味合いが不思議で、じっとネロを見つめてしまう。


 金色の猫目は悪戯っぽい光を湛えていて、冗談だって分かった。ネロにレオさんが乗り移っちゃったのかと思っちゃった。ネロの冗談は唐突に飛び出るからびっくりしちゃうんだよね。でもね、魔法を使ってないなら、もっと凄い事だと思うんですよ。どんな原理でこんな移動ができるのかな。不思議だ。


「重くない?」


「全く。」


 会話が途切れて少しして、話し掛けてみた。ネロは目を合わせて嬉しそうに答えてくれる。まぁ、聞くまでもなく、ネロの表情は余裕そうだ。俺の体に回されてるネロの腕を見てみる。服で隠されてるけど、綺麗な筋肉なんだよな。


「ネロの筋肉が羨ましい。」


「そうか?」


 溜息交じりに羨ましさ全開で呟いてしまった。ネロは楽しそうに相槌を打ってくれる。穏やかで優しいネロの腕の中は安心できる。楽しい会話を楽しんでいたら、ネロが耳を動かしたのが見えた。


 そして、ネロが振り向いて斜め後方に視線を向けた。振り向く直前のネロの視線が鋭くてびくっとなってしまう。怯えが伝わったのか、ネロが顔を戻して目を合わせてくれた。安心させてくれる為か、優しい笑顔になっている。


 優しい眼差しにほっとして体の力を抜くと、ネロが抱っこの体勢を横抱きから腕に座らせる形に変えてきた。移動しながらの抱っこの位置の変更だ。かなりスゴイ事だよね。ってか、会話から振り向いて、笑顔をくれて、抱っこの変更まで、移動の速度は一切変わってない気がする。マジでスゴイ。


 でも、急に腕に座らされて、バランスを崩しそうになっちゃった。慌ててネロの肩に腕を回して抱き着いちゃう。ネロが背中を支えてくれていたから全然平気だったけど、つい反射的に抱き着いちゃった。


 ネロは嬉しそうに笑ってくれて、そっと背中を支える手を離してしまう。森の上空で不安定な姿勢で、背中の支えがなくなる。怖くなってネロにギュッとしがみ付いちゃう。ネロは俺を見上げて、優しく目を細めてくれる。金色の瞳は優しい眼差しで、ちょっとだけ安心できた。


 俺の背中から離されたネロの右手は胸の隠しポケットに移動していく。何をするんだろう、とネロの動きを注視してしまった。隠しポケットから取り出したのは、ネロの手から少し飛び出る程の大きさの投擲武器。


 ネロが武器の手入れをしていた時に見た事がある苦無だ。まぁ、形状が苦無なだけで、正式名称は知らないけどね。それをどうするんだろう、とネロを見つめてしまう。ネロは優しい微笑みを崩さずに、それを斜め後ろに向けて投げつけた。


 俺と目を合わせながら、だから、ネロの視線は俺にある。ネロと目を合わせていたけど、武器を取り出して投げつけるネロの腕の動きに合わせて、苦無の軌道を目が追いかけてしまった。


 視線が向いた後方には、大きな虫がいてびくっとなってしまう。セミとクワガタを足して、全部混ぜ合わせたみたいな微妙な虫だ。しかも超でかい。それが飛んでる。めちゃ怖い。


 距離は結構離れてるぽいけど、SUVの車くらいの大きさがありそうだ。虫に気が付いて震えちゃった俺の背中をネロがギュッと抱き締めてくれる。ネロの腕の中で、苦無が命中して落ちていく虫の動きから目が離せない。


「こわ、アレは虫なの?メッチャデカかったよ。ヤバいね。」


「虫のモンスター。怖がらせてしまったな。すまない。」


 落ちていく虫を見ながら呟いてしまった。実際には、怖かったのは一瞬だけだ。ネロがギュッとしてくれたから、恐怖はさほど感じなかった。ネロが申し訳なさそうに謝ってくれる。


「ネロは全然見てなかったよね。でも、投げたのが命中したよ?」


「命中させた。」


 森の木々の間に落下して見えなくなってしまった虫から、ネロに目を戻して見たままを報告してみる。ネロは優しい微笑みのままで、事も無げに言い切ってくる。ぽかんと間抜けな顔でネロを見つめてしまった。


 ネロが強いってのは知ってるよ。でもね、ネロがあの虫を見たのは一瞬だよ。で、その後は優しい微笑みで俺を安心させてくれてたから、一切あの虫を見てないんだよ。それで、投擲を命中させたとか、ヤバくないか?


「めっちゃ凄くない?あの虫はスゴイ強そうだったよ、凶悪な顔をして、飛んでたんだよ。ヤバかった。」


「そう強くない。止めは刺した。もう二度と向かってくる事はない。」


 ぽかんとしてたのから立ち直って、テンションが急上昇してしまう。勢いよくあの虫がヤバくて怖い見た目で強そうだったって報告をしてみると、ネロは楽しそうに目を細めて聞いてくれた。その上で、ネロが超落ち着いた口調でもう平気だと説明してくれる。


 止めを刺したって、苦無が命中しただけなのに止めになるのか。スゴイ威力だな。この世界の苦無は凄いのか。ネロの腕が凄いのか。はたまた、両方なのか。うん、両方な可能性が高いかも。


「苦無ってそんなスゴイ威力があるんだ。凄いね。」


「紋が刻んである。命中した場所を中心に風を発生させて、裂傷を生じさせる。内部から切り刻まれて地面に落ちる前に絶命する。心配ない。」


 冷静なネロの落ち着き具合で、俺のテンションも落ち着いてきた。溜息交じりに凄いって感想を呟くと、ネロが丁寧に、投げた苦無についてを説明してくれた。ってか、普通に苦無って言っちゃったけど、ネロに通じてる。名称の訂正もされない。って事は、苦無って名称であってるっぽい。


「すご、そして、エグイね。」


「怖かったか?」


 ネロの説明を頭の中で想像したら、結構えぐいスプラッタなイメージを思い描いてしまった。うわぁ、って顔になっちゃって、感想を口に出すと、ネロは心配そうに眉を寄せちゃった。そして、心配そうに聞いてくれた。


「大丈夫。想像力がエグい映像を映し出しただけ。あと、モンスターを見たのが数回しかないから、びっくりしただけ。」


「そうか。その時は問題無かったのか?」


 表情は想像力の産物だったんですって伝えておく。そして、心配そうなネロに安心して貰おうと、モンスターとの遭遇経験の少なさを語ってみた。ネロは心配そうな表情を解除してくれない。過去の事すらも心配の対象とか、ネロはホントに優しい。


「ん~、大丈夫じゃなかった。けど、可愛かったよ?」


「モンスターが?」


 お姫様抱っこには戻さず、ネロの片腕に座った抱っこのままで会話を続ける。ニコニコで感想を伝えると、ネロが困惑した顔になっちゃった。困惑しながら聞き返されちゃったけど、ネロの心配顔が解除されて良かった。


「うん。モンスターだけど可愛かった。ふわふわでモコモコしてた。モンスターの子が懐いてくれて、撫でようとしたんだよ。でも、沢山いて大丈夫じゃなくなった。けど、可愛かった。」


「そうか。」


 俺の説明で、状況を理解できたのかできてないのかは分からないけど、ネロは優しい笑顔で頷いてくれた。ネロもふわふわでモコモコのモンスターを想像して癒されたのかもしれない。


「あ、でも蜘蛛の方は怖かった。」


「危害を加えられたのか?」


 唐突に思い出したもう一種のモンスター、神殿の地下のラスボスだ。あの子はちょっと可哀想だったな。でも、暗闇の中で光る目を見た最初は怖かった。ぽつりと呟いたら、ネロの視線が鋭くなってしまった。


 ネロもレオさん並みに表情の変化が激しくなったらしい。そんな怖い顔をしたらダメだよ、ってネロの頬を両手で挟んでみる。ネロの頬が緩んで目も優しく戻ってくれた。


「その時は、神樹が助けてくれた。ってか、既に助けられてた。」


「成る程?」


 蜘蛛には危害は加えられてないよって、ちゃんと説明をしておく。神樹にはその時にも助けられたんだよって。ネロは不思議そうな顔をして、話の先を促してくる。


「蜘蛛が動かないように根っこで雁字搦めにしてくれたの。ちょっと可哀想だった。」


「そうか。」


 神樹が蜘蛛のモンスターにした仕打ちを説明してみる。ネロは納得してくれたっぽい。あの蜘蛛は今は自由に動けてるのかな。でも、もう守る宝もないんだよね。あの子的には宝を守るって意識はなかったかもだけどね。


 楽しい会話をしていたら神殿前に到着していた。ネロがそっと下ろしてくれて、如雨露を渡してくれる。そして、屈んで心配そうに目を合わせてきた。虫に出会ったショックを引き摺ってると思われたのかもしれない。ニコっと笑顔で大丈夫な事を知らせて、行ってくるね、と声を掛ける。


 そして、神樹を眺めながらゆっくり歩く。神秘的な光景が目の前に広がっている。靄が神殿を覆っている感じが幻想的で凄く綺麗。幻想的な光景の中で巨木が枝を広げていて超綺麗。幽玄で荘厳な雰囲気の神樹を眺めながら、根っこの橋を渡る。


 一旦神樹の幹を撫でて、池の淵に移動して水を如雨露に満タンまで汲み、神樹の根元にかけていく。雨だから水をかける必要はない。でも、お礼の気持ちをこの如雨露の水に込めてゆっくりとかけていく。


 気持ちに呼応するように、淡い緑の光がぽわっと周りに出現してくれた。俺を取り囲んでくれる樹の子供達はこの前より増えてくれてる気がする。良かった。ホントありがとね。


 少しの間、周囲を漂う樹の子供達を眺めて過ごす。少しの時間が経過して、俺の周りに密集していた樹の子供達も段々と離れて行ってくれた。子供達とはまったりと過ごせたから、今度は神樹の幹に手を置いて上を見上げてみる。


 ごつごつとした木の肌が雨に濡れていて、ヒンヤリとした冷たさが指から伝わってきた。力を使ってくれて、ありがとね。早く元気になってね。ホントにありがと。心の中でお礼を伝えて手を離す。


 上空で葉をすり合わせる音が聞こえたなっと思ったら、大粒の滴が大量に落ちてきた。唐突な大雨に驚いて目を丸くしてしまう。〈シール〉が覆ってるから、水の被害は一切ないけどびっくりした。


 目を丸くする先で、樹の子供達が一斉に神樹を取り囲んで明滅を始めた。見た感じでは、怒ってるっぽい。みんなが銘々に神樹に向かって抗議してるっぽくみえる。超可愛い抗議だ。形のないぼんやりとした光の玉だけど、樹の子供達は行動が可愛いくて微笑ましい。


「怒っちゃ駄目だよ。返事をしてくれただけだから、平気。雨だから仕方なかったの。ね。」


 微笑ましい光景にフフッと笑ってしまって、思わず口で言葉に出して樹の子供達を宥めてしまう。樹の子供達が一斉に俺の近くに集まってきてくれた。お話をしてくれているのか、みんな銘々に明滅を繰り返しているのが可愛い。


 言葉は分からないけど、気持ちは伝わる。この子達は俺の事を心配してくれてる。みんなの気持ちは嬉しい、ありがとね。明滅でお喋りをしていたら、少しして、みんなの気持ちも落ち着いたっぽい。


 少しずつ姿を消していく樹の子供達を見送る。周りを見渡して、みんながいなくなったのを確認して、もう一度、神樹の幹に手を置く。心の中でお礼を伝えてネロの所に戻る事にした。


「お待たせ。神樹もおっちょこちょいだね。水滴がどばーってなって、子供達に怒られちゃったみたい。」


 ネロを見上げて報告すると、ネロがくすっと笑ってくれた。俺の手から如雨露をするっと抜き取ったネロは横抱きで抱き上げようとしてくる。ネロからささっと逃げたら、ネロが首を傾げてきた。


「片腕でも重くないの?」


「重くない。」


 ネロが微笑んでいて優しいから、つい我儘の虫が顔を出しちゃったんです。ニコっとしてネロに聞いてみたら、ネロは嬉しそうに目を細めて答えてくれた。


「じゃあ、さっきみたいなのがいい。視界が開けて、景色を堪能できて、楽しかった。」


「分かった。」


 さっきの片腕抱っこの快適さが忘れられないんです。座った姿勢だから快適だし、何より、周りの景色が良く見えた。怖ければネロに抱き着けるし、最高だったんです。素直に我儘を言ってみると、ネロはあっさりと了承してくれた。

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