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194 生涯忘れる事はない

 ネロが屈んで左腕を俺のお尻の下辺りに回してきた。そして、ひょいっと持ち上げてくれる。横抱きに比べると不安定だけど、ネロが背中に腕を回して抱えてくれてるから全然平気。寧ろがっちり固定されてて、居心地がいい。


 ネロの肩に軽く手を置いて、周りを見渡して気が付いた。視線がネロより上になってる。見渡していた視線をネロに固定して見下ろすと、ネロが俺を見上げていて、不思議な気分になってくる。


 何回かこうやって腕に座る抱っこされた事はある。最近ではレオさんが良くやってくれる抱っこでもある。でも、こうやってまじまじとネロを見下ろすと不思議な気分になっちゃう。


「ネロより背が高くなったみたい。いつもこんな感じで見下ろしてるんだね。」


「そうだな。琥珀もこのように見上げているのか。」


 思った事をそのままを呟いてみたら、ネロも同じ感想を言ってくれた。お互いの視点が変わった事が新鮮で、ちょっと楽しい。お外で気兼ねなく抱っこっていう開放感もあるのかもしれない。


「ホントに重くない?」


「重くない。」


 一応、最終確認で、片腕抱っこでも平気かを聞いてみたけど、ネロは嬉しそうな顔で答えててくれた。表情も言葉も、全く問題ないって感じだ。じーっと見つめてみても、金色の瞳は逸らされない。


「じゃぁ、出会いの場所へ出発。」


「出会い、か。」


 それでは、っと出発を宣言してみたら、ネロが懐かしそうに目を細めて、嬉しそうに言葉を返してくれた。そして、ネロは俺に視線を固定したままで、移動を開始した。座った姿勢だと、ネロの動きが良く見える。


 凄い勢いで跳び上がったのは目で見て分かっている。更には、結構なスピードで移動をしているのも見えている。でも、やっぱり揺れも風も感じない。


 揺れは今までもずっとそうだったから、もう気にならない。でも、風はなんでなんだろう。横抱きの時はネロが風よけになってたのかと思ったけど、今は普通に剥き出しなんだよな。


 不思議な気持ちでネロと目を合わせていて気が付いた。風が覆ってるじゃん。風の膜は色々と遮断してくれている。って事は、〈シール〉のおかげで風の動きが遮断されてる可能性もあるのではないだろうか。


「あ、〈シール〉があるから風を感じないだけかな?」


 気が付いた事実を呟いてみると、ネロはちょっとだけ考えて頷いてくれる。やっぱりそうだったのか。〈シール〉のおかげって分かって、テンションがちょっとだけ上がっちゃった。


「そっか、〈シール〉は凄いね。万能っぽい有能な魔法って事が確定しちゃった感がある。雨も風も防いで温度もキープしてくれるんだもん。スゴイね。食事場の〈シール〉もヤバいよね。」


「琥珀はいつも見入っている。見上げる瞳が輝いていた。」


 前々から思っていた、〈シール〉の万能性を語った後で、ニコニコで食事場の大きな風のテントにも言及してみちゃう。ネロは楽しそうに、大きな風の膜を見上げていた時の俺の様子を教えてくれた。


 自分では気が付かなかったけど、俺は目を輝かせて見ていたらしい。まぁ、あれは目がキラキラしちゃってもおかしくなよね。ただ、改めて言われるとちょっと恥ずかくなっちゃう。でも、そっか。見入っていたから、いつもちょっとだけ放置してくれていたんだ。


「いつも見入っちゃう。あの存在感が凄い。後はスゴク綺麗。夜はキラキラになるのがヤバい。」


「そうだな。」


 ニコニコ笑顔で、あの光景がどれだけ凄いかを話してみたら、ネロは冷静に淡々と相槌を打ってきた。ってかね、今日のネロは外なのにずっと嬉しそうな微笑みを浮かべていて、キラキラが凄い。これだけ嬉しそうな表情なのに、メッチャ冷静な口調ってのがちょっと面白い。そして、俺との温度差ががヤバい、気がしてくる。


 自分の感動する姿を見られていたって知っちゃったら、ネロがどんな事に感動するのかが知りたくなってきちゃった。俺もネロの感動を共有してみたいって気持ちがむくむくと湧いて出てくる。でもね、ネロは感動する事なんかあるのかな、って素朴な疑問も出てきちゃう。だって、いつも冷静沈着だし。


「ネロは感動が薄いよね。何事にも冷静。」


「そうでもない。」


 ふーっと溜息を吐いて、ネロが淡々として冷めてる事を指摘してみると、ネロは面白そうに目を細めて、即答に近い形で静かに否定をしてきた。


「そなの?」


「琥珀にはいつも感動させられている。」


「ほう?」


 ん~、否定したって事は、ネロは無表情ながらも何かしらの感動をしてたって事だ。どんな事に感動したの、って首を傾げちゃったけど、俺関係だったでゴザル。普通にびっくりだよ。でも、聞きたいから話を促してみる。


「先ほどの光と戯れている姿。」


「あ~、神樹が怒られちゃったヤツね。アレは神樹が返事をしてくれただけだったんだよ。溜まった雨粒がどばーってなっちゃって、ある意味、不可抗力だった気がする。子供達は怒っちゃったけど、神樹はちょっと可哀想だった。でも、抗議するあの子達は可愛かった。」


 ネロがぽつりと呟いた言葉で、あぁ、となっちゃった。確かにさっきのはちょっと面白かった。ただ、感動かって言われると微妙かなって思う。でも、傍から見ると、俺の周りを樹の子供達が取り囲んで明滅してたら、感動的な綺麗な光景だったかもしれない。


「あの神聖な古木に美しい花の光景。」


「アレはマジで綺麗だった。アレは感動して間違いのない光景。正解。ホント、ヤバかったよね。」


 次にぽつりと呟いたネロの言葉は間違いのない感動だ。あの光景を見て感動しなかったら、ある意味ヤバいかもしれない。あの時のネロは淡々としてたように見えたけど、感動してくれたんだね。ちょっと嬉しい。


「胡蝶と白雪。」


「ネロはあの子達にずっと怒ってたじゃん。感動したの?」


 ぽつり、とネロが口に出した名前で、驚いて目を丸くしちゃった。ネロをじっと見つめてみたけど、ネロは視線を外さない。ネロはあの子達に悪感情しかないと思っていた。最後は和解をしてくれたけど、それまではずっと怒っていた気がする。


「した。あの二振りをまた振るう日が来るとは思わなかった。あの二振の琥珀に対する想いと覚悟にも心が揺さぶられた。」


「そっか。ネロの気持ちが聞けて嬉しい。白雪とも胡蝶とも、そしてネロとも、出会えて良かった。」


 ネロの感動体験を聞いてる筈だったのに、俺が今、ネロの言葉に感動しちゃった件について。あの子達に対するネロの気持ちが分かって嬉しい。あの子達の覚悟をネロが認めてくれて嬉しい。あの子達ともネロとも出会えて、仲良くなれて良かった。


「〈使い魔〉。」


「ムニンとフギン?ネロは動揺してたんでしょ。感動したの?」


 次に出された魔法には首を傾げてしまう。だって、知らなかったとはいえ、俺のせいでネロが動揺する事態になったんだもん。感動以前の問題だった気がするんだよな。


「琥珀の魔元素が作用すると自由になる。」


「そんな事を言ってたね。複雑怪奇で良く分からないけど、凄い事だったんでしょ?」


 ネロが補足を付け加えてくれて理解できた。微量だけど、俺の魔元素が作用してあの子達が可愛くなった件らしい。俺自身は知識として、大変な事だったって理解してるだけなんだけど、ネロやレオさん的には驚愕の事態だったらしい。


「凄い。」


「やっぱ感動はないじゃん。」


 感動した事を教えてくれている筈なのに、ネロの口調は淡々としている。表情は嬉しそうに微笑んでいるけど、口調は冷静そのものだ。ホントに感動しているのかよ、と思わず突っ込んじゃった。


「感動はしている。」


 ネロは心外だって感じで、静かに言葉を返してきた。瞳は真剣な眼差しになっているから、ホントに感動した話をしてくれてたって分かる。多分だけど、ネロは落ち着いて淡々としているから、感動が薄く見えるだけなのかも。


 淡々と話すネロの感動エピソードは全部共感ができて懐かしい気持ちになっちゃった。ネロとゆっくり会話するのが楽しくて、ニコニコしながらネロが口を開くのを待ってしまう。ネロが懐かしそうに目を細めた。今までの優しい表情とは少し違う、懐かしそうで幸せそうな顔だ。


「ここで琥珀を見た時。」


 淡々と話していた今までとは違う、ホントに嬉しそうな口調と声がネロの口から滑り出した。ここって言われて顔を上げて辺りを見渡してみる。目の前に広がるのは見た事のある、人工的に果樹が植えられた広場。


 いつの間にか、目的地に到着していたらしい。ネロを見下ろして話をしてたから、周りの風景を見てなくて全然気が付かなかった。ってか、ネロもずっと俺を見上げながら移動していたんだよ。一切、他に目を向けてない。それで、よく目的地に辿りつけたな。流石ネロ、凄いな。


「出会った場所の事、よく覚えてたね。」


「生涯忘れる事はない。」


 ネロを見下ろして呟いてみたら、ネロは嬉しそうに目を細めて頷いてくれた。そして、静かな口調できっぱりと断言をしてくる。少し強い口調にびっくりして目を丸くしちゃうと、ネロがふわっと柔らかな笑顔をくれた。


 そして、ギュッと抱き締めた後で、そっと下ろしてくれた。地面に下りて、ゆっくりと周りを見渡してみる。ちょっと前に1回だけ訪れた、そこまで馴染みはない光景。でも、懐かしい気持ちになっちゃう。


 少しだけ果樹の広場を散策して、当時休んだ木の傍に歩み寄ってみた。果樹の木に近付くと、木の枝から赤茶色の毛の塊が跳び出してきた。そして、フワッと俺の肩に飛び乗ってくる。


 黄色い果実を差し出してくれる小さな手と、長い尻尾の可愛い姿。余りの可愛さに頬が緩んで笑顔になってしまう。あの時と同じように、また果実をくれるんだね。凄く昔に思える懐かしい記憶。日数自体はそんなに経ってないのに、懐かしい記憶って、思っちゃうんだね。


「カイム、久しぶりだね。果物をくれるの?ありがと。あとね、あの時もありがと、スゴク美味しかった。」


 果実を差し出してくれる仔猿に話しかけてみる。言葉を理解してくれたのか、カイムが俺の頭を撫でてくれた。差し出してくれる果実に手を伸ばすと、手の上に置いてくれる。


 小さな手もつぶらな瞳も、行動も全てが可愛い。めっちゃ可愛い。この可愛さはなんだ。可愛い以外の言葉は出てこない。こんな可愛い子が俺の肩に乗ってくれている事実が嬉しい。


「あの時もカイムが琥珀に果実を差し出していた。」


 ぽつりと呟くネロの声が聞こえて、振り向いちゃう。ネロは俺とカイムの様子を見守っていたらしく、振り向いた先で目が合って嬉しそうに笑ってくれた。ネロの言葉で当時の記憶が鮮明に蘇った気がする。


 うん、確実に正しい。あの時、カイムは俺に果実をくれたんだよ。それで、食べていいか迷って、食べずに人が来るのを待ってたんだもん。で、待った結果、ネロが現れたんだよ。


 あの時は緊張したな。デカくて綺麗な黒猫が弓を番えて睨んでたんだもん。でも、緊迫した状況だったけど、ネロの声は今と変わらず優しく聞こえたんだよな。落ち着いて心地いい声だった。


「初めて会って感動したって言うけど。あの時のネロはめっちゃ睨んでたじゃん。俺は殺されるかと思って必死だったんだよ?しかも矢も番えているし、いつ射られるかって怖かった記憶しかない。」


「確かに、あの時の琥珀は礼儀正しかった。」


 感動とは程遠い出会いだったよね。当時の光景をまざまざと思い出して文句を言っちゃう。ネロも当時を思い出したのか、くすっと笑って、当時の俺に対する感想を教えてくれた。懐かしんでいるけど揶揄われている感じがして、むっとして睨んじゃう。


 突然、カイムが俺の肩から地面に下りて、一息にネロの肩に飛び乗った。そして、ネロの前髪を軽く引っ張る姿が見える。俺のむっとした気持ちが分かって、ネロに抗議をしてくれてるみたいだ。


 髪を引っ張るカイムと、少しだけ顔を顰めるネロの、微笑ましい光景が面白くて、ふふってなっちゃう。むっとした気持ちもどっかに行っちゃった気がする。


 ってか、この可愛い光景を見ていたら、むっとした気持ちなんか持続しないよね。だって、カイムもネロもめっちゃ可愛いんだもん。カイムは非難するみたいにじーっとネロに目を向けていて、ネロはちょっと困った顔になってる。


「カイム、ネロの髪を引っ張っちゃ駄目だよ。俺は怒ってないから平気。優しく撫でてあげてね。」


 カイムの行動は可愛いけど、髪を引っ張るのはダメ、かな。優しく言い聞かせてみたら、カイムはネロの髪から手を離して、ネロの頭を撫でるように小さな手を上下してくれた。


「ネロ、この子は言葉が分かるの?超可愛いんだけど。凄いね、カイムは天才なのではないだろうか。ヤバい、可愛過ぎる。」


「そうだな。天才かもしれない。」


 どう見ても、俺の言葉を理解してネロの頭を撫でてくれたカイムは天才です。可愛くて天才とかヤバいでしょ。テンションが上がった俺に対して、ネロはメチャクチャ冷静だ。でもね、俺には分かる。ネロも内心はテンションが爆上がりでしょ。淡々とした口調だったけど、言葉がドヤってるもん。


 ネロが優しい顔で、カイムの頭から背中にかけて、手を滑らせて撫でている。カイムは嬉しそうにネロの頬に頭のてっぺんをくっつけた。ナニコレ、超可愛い。カイムがヤバい。この可愛さは口では表現できない。


「カイム、おいで。俺にも頭ぴとってして。」


 思わずカイムを呼んで、同じ事をしてって頼んじゃう。カイムは聞き入れてくれたらしく、即行でネロの肩からジャンプして地面に飛び下りた。そして、とことこ歩いて、直ぐ近くまできて、ふわっと俺の肩に飛び乗ってきた。


 カイムは顔を捻って頭頂部を俺の頬にぴとってくっつけてくれる。マジで俺の言葉を理解してるっぽい。ヤバい、超可愛い。また今度、次は晴れてる時にして欲しい。今日は雨だから、〈シール〉で馴染んだ空気の層を通過して、カイムの柔らかい毛の感触と一緒に水気まで頬に到達しちゃったけど、マジで可愛い。


 カイムの背中を撫でてみると、カイムは頭を離して覗き込んできた。俺の頬が濡れているのが分かったのか、小さな手を伸ばして頬を撫でてくれる。メッチャ優しい子。その小さなお手々も濡れているから、濡れた範囲が広がっちゃったけど。カイムはホント優しくていい子ですね。


「晴れてる時にまた沢山してね。ありがと。」


 笑顔でお礼を伝えると、カイムは俺の頭を撫でて地面に下りてしまった。そして、とことこ歩いていく先は広場の外側を囲っている森だ。もう、森に帰っちゃうらしい。


 カイムを見送っていたら、森に入る直前で振り返ってくれた。バイバイって手を振ると、カイムが小首を傾げて応えてくれて、木々の間に潜り込んで姿が見えなくなっちゃった。


「挨拶をしに来てくれたのかな?」


「そうだな。」


 ネロに顔を向けて聞いてみると、ネロはカイムの去った方角を見つめている。耳がピンと立って音を拾ってるみたいだ。直ぐに俺に顔を向けて、優しく同意してくれた。


「ネロは髪を引っ張られちゃったね。」


「琥珀が睨んだから、仕置きのつもり。」


 さっきの光景を思い出してクスッとしながら話してみたら、ネロも思い出してしまったらしい。苦笑交じりにお仕置きをされたと教えてくれた。


「カイムはいい子だね。気持ちを理解してくれたんだ。あと、ほっぺが濡れたのに気が付いて撫でてくれたんだよ。ごめんねって事なのかな。」


「そうだな。」


 カイムは超いい子だった。挨拶に来てくれて、果実をくれて、ネロにお仕置きをして、俺のお願いを聞いてくれるっていう超絶いい子だった。ネロは自分の子を褒められて嬉しいらしく、目尻を下げた優しい笑顔で言葉を返してくれる。


「ネロは行きたいトコはないの?」


「家でゆっくりするのもいい。」


 俺の希望は叶ったから、ネロの希望の場所があるなら、と思って聞いてみる。レオさんに対抗して出かけたいって言ってたネロだけど、家でまったりが希望らしい。こんな雨の日はそれがいいかもしれない。でも、雨じゃなくても家がいいってなりそう。結論、ネロの家は居心地がいい。


「そっか。それが一番だよね。ネロの家は落ち着くから。」


 完全同意でニコっとしたら、ネロも頷いてくれた。この後の予定が決まったトコロで、もう一回果樹の広場を見渡しちゃう。この果樹の広場にまた来れて良かった。


 ネロとの出会いの場所で、初めて人と対面して話す事ができた場所。この場所に来なかったら、今の幸せもなかった。だから、俺にとってこの場所はとっても大切な場所。


 そして、ここはレオさんとの出会いの場でもあったんだよね。あの時のレオさんは怖かった、かな。あんまり覚えてないけど、目付きが滅茶苦茶悪いお兄さんだった。レオさんにとっては、俺の第一印象はいけ好かない人族の子供って感じだったんだろうな。ちょっとだけ悲しい気分になっちゃう。


「では、帰るか?」


 ネロの帰宅を促す声が聞こえてちょっと名残惜しくなっちゃった。周りを見渡していたら、ネロが背中に手を添えてくれた。見上げると、優しく微笑んでいるネロが見える。ネロにお願いすれば、いつでも連れてきて貰えるよね。


「うん、帰ろ。ってか、ネロに連れてきて貰ったら、こんなに直ぐの距離だったんだ。かなり長い距離を歩いてたと思ってた。」


「下の道は大きく迂回している。」


「そっか、ネロは直線で跳んでこれるのか。凄いね。」


 帰ろうと思った段階で、今更ながら気付いてしまった。ネロの移動の時間はかなり短かったなと。話を少しして、もう到着だった気がする。ネロは淡々と簡潔に説明してくれて、あぁ、そうかって理解できた。実際にネロは短距離を移動していたらしい。羨ましい移動方法ですな。


「帰りはどうする?」


「ん~、ネロはどっちがいい?」


 話は終わったのに、ネロは抱っこをしてくれない。両腕を伸ばして、抱っこ、って催促してみたら、ネロはクスっと笑って問いかけてきた。一瞬何の事だって思っちゃったけど、直ぐ分かって、反対に聞き返しちゃう。


「片腕に座るか?」


「じゃあ、それでお願いします。」


 ネロは俺の望んだ方を選んでくれた。俺の心を読んだというよりは、俺の好みを把握してるっていう方が正しいのかもしれない。ネロは観察はしないって約束してくれたから、きっとそう。ニコっとして、了承する形を取ってみると、ネロは嬉しそうに目を細めて頷いてくれる。


 ネロの片腕抱っこで森の上を移動していく。ぼんやりとネロを見ていたら、ネロの耳がぴくっと動いて後方に向けられた。顔は俺に向けられたままだったけど、耳の動きが気になっちゃう。耳を向けた方向を見てみたら、鳥っぽい翼持ちの何かが見えた。


 距離はスゴク遠いけど、あの大きさって事はめっちゃ大きな鳥なのかもしれない。ネロは耳を向けるだけで、気にした様子もなく移動を続けていく。脅威にはならないから無視って事なのかな。


「おっきな鳥だね。」


「そうだな。」


 鳥を眺めながらそのままの感想を呟くと、ネロが相槌を打ってくれた。ネロに顔を戻すと、ネロは俺をずっと見ていたらしく、目が合って嬉しそうに目を細めてくれた。


「あの鳥の音が聞こえたの?」


「聞こえた。」


「高性能で可愛い耳だね。」


 俺には全然聞こえない音すらも拾っちゃうネロの耳は凄い。ネロの猫耳を見つめてほぅっと溜息を吐き出しちゃう。そして、素直な感想を口に出してみた。ネロは苦笑してくれたけど、何も答えてはくれなかった。


 それにしても、ネロの視線はずっと俺に固定されている。俺を見上げる形で移動を続けているけど、良く足を踏み外さずに移動できるなって思っちゃった。


 どんな移動の仕方なのって疑問に思いながら、下に目を向けると、ネロがヒョイヒョイと枝から枝へ飛び移っているのが見える。一切の躊躇いはなく、勿論足を踏み外す事もない。凄過ぎる。


 ネロの凄い移動法はヤバ過ぎだったから、一旦見た事を封印しておく事にする。だってね、ネロの凄さを全部丁寧に驚いてたら、永続効果:驚き、みたいなデバフが付いちゃって、驚きから抜け出せなくなる可能性しかないんだもん。


「カイムから貰った果実はどうしよっか。ネロも食べられるかな。」


「俺はいらない。」


 話を切り替えようかなって、カイムから貰った黄色の果実を持ち上げて、ネロに見せてみる。ネロはちらっと見てくれたけど、視線は直ぐに俺に戻ってきちゃった。少し困ってネロも食べられるか確認を取ってみたけど、まぁ、いらないですよね。ガッツリ甘くて美味しそうな果実ですし。


「じゃあ、レオさんが戻ったら一緒に食べようかな。」


 ネロが食べられないとなると、レオさんと一緒に食べればいいか。うん、そうしよう。一人で食べるのは嫌だから、って提案をしてみたら、ネロの眉が少しだけ寄ってしまった。なんでそんな顔になっちゃったの。


「レオの方がいいか?」


「ん?」


 ネロの表情の変化が気になって観察をしていたら、ネロは表情を消して真顔になっちゃった。ネロがぽつりと呟いた声が聞こえてきて、どういう意味だって考えてみる。でも、質問の意図が良く分からなくて、聞き返しちゃった。


「レオと暮らしたいか?」


 ネロは目を逸らす事もなく、言葉を変えて質問を繰り返してきた。質問の意図は分かったけど、なんでそんな事を言いだしたんだ。イキナリそんな事を聞いてきた理由が分からなくて、眉を寄せてネロを見つめちゃう。


「なんでイキナリそういう話になるの。一人で食べるのは淋しいから、レオさんと一緒に食べようかなって言っただけじゃん。ネロは甘いのは無理でしょ。今日はレオさんが来るんだから、一緒に食べようと思っただけ。」


 ネロは至って真剣らしく、真顔を崩さないし、視線も逸らさない。むっとしながらネロの質問に答えてあげる。話をしている間にネロの表情が和らいで、視線も優しくなってくれた。


「仕事中のレオを好みと言っていた。」


「ん~、好みっていうか、普段とは全然違ったからカッコいいなって思ったの。今まで気が付いてなかったけど、仕事中のレオさんはあんな真面目な態度だったんだって。あのレオさんは超カッコ良かった。」


 なんでイキナリ変な事を言い出したんだって思ったけど、理解した。俺がレオさんに囁いた言葉を、ネロの高性能な耳は捉えていたらしい。ってか、好みとは言ってないんだけどな。そして、実際にカッコよかったのは事実だし、普段のレオさんとは全然違ったじゃん。


 それにしても、なんで唐突にレオさんと暮らすとかって話になったんだろ。あ、もしかしてだけど。ネロは本格的にレオさんと同棲するつもりなのかもしれない。


 言葉のニュアンス的に、俺がレオさんとって受け取っちゃったけど、違ったっぽい。ネロがレオさんと暮らす、から、必然的に俺もレオさんと暮らす事になるって意味だったらしい。


 ん~、ということは、今はいい機会だから、お試し同棲中って扱いなのかも。ネロの連れ子としての俺と、恋人のレオさんの相性を確認している最中だったりするのかな。もしそうなら、今みたいな拒否っぽい言葉はダメだったのかもしれない。


 自分の受け答えについて悩んでいたら、ネロがクスッと笑ってくれた。レオさんの事を思い出したのか、ちょっとだけ楽しそうで、優しい笑顔になってる。楽しそうだし、レオさんとの同棲生活が楽しみなのかもしれない。


「確かに、家にいる時とは違う。」


 そして、ネロは一瞬だけ困った顔をして、苦笑交じりに仕事中のレオさんのカッコ良さに完全同意してくれた。ネロの話し方と苦笑した表情に俺もクスっとなっちゃう。多分だけど、ネロはちょっとだけ照れちゃったっぽい。


「レオさんは仕事の時は寡黙なんだね。レオさんが前にそう言ってたけど、冗談かと思ってた。いつものレオさんは喜怒哀楽の何かしらが顔に出てるのに、さっきは無表情だったでしょ。ギャップって凄いよね。カッコよく見えちゃうんだもん。三割増しでカッコ良く見えちゃった。」


「そうか。」


 ネロが笑顔で嬉しそうだから、仕事中のレオさんの良さを語ってみた。ネロは静かに相槌を打ってくれる。冷静に見えるネロだけど、俺は知っているんですよ。ネロもあのレオさんのギャップでドキドキになってるって事を。


「でも、ネロもレオさんのそういうトコがいいんでしょ?」


 ニコニコで聞いてみると、ネロが微妙に眉を寄せてしまった。なんでそんな嫌そうな顔になっちゃったの。あ、うん、これはね、多分照れ隠しだ。こんなネロには意地悪をしたくなっちゃう心理。これはレオさんの影響なのだろうか。


 でもね、心のままに行動しちゃう自分が悲しい。答えて、ってニコニコを続けてみたら、ネロが小さく溜息を吐いて、真顔になってしまった。俺は諦めない。答えてくれるまで待ちますよ。


「新鮮ではある。」


「新鮮さっていいよね。やっぱり、ふとした瞬間にどきってするの?」


「どうだろう。」


 ニコニコ笑顔で待ち続けていたら、ネロは一瞬だけ目を逸らしてボソっと答えてくれた。うんうん、分かるよ。新鮮ですよね。ドキッとしちゃいますよね。更に重ねた質問に対しては、ネロは一切目を逸らさず、適当に答えてきた。へぇ、ネロが適当に答えるとか。ほぅほぅ。


 そうだよね、恥ずかしいから言えないよね。ネロの頭を撫でてあげると、ネロの視線が一瞬戸惑った感じになった気がする。あ、俺がネロの心を理解しちゃったのが分かって恥ずかしさが増したのかも。ネロは照れ屋さんなんだね。困ったものです。


 ネロはこれ以上答えたくないんですね。了解ですよ。でもね、ネロがドキッとしなくても、レオさんがドキッとしてるからなんの問題もなかった。


「反対にレオさんがドキってしてるかも。ネロは魅力的過ぎるからね。」


「そうか。」


 レオさんの気持ちの方に移行して話してみると、ネロが無言でじーっと見つめてくる。そして、少しの間を置いて、短く相槌を打ってくれた。超クールな反応だ。レオさんがドキってしてるかもしれない話なのに、この反応。嬉しさを精一杯隠した反応ですね。分かってますよ。


「でもね、昨日の夜はレオさんが超カッコ良かった気がする。ネロがショックを受けてた時のレオさん。あれはクラっとくるカッコ良さだった。多分だけど。」


「多分?」


 昨日のレオさんはカッコ良かった。今思い返すと、ネロを庇っているあの姿にキュンとなってしまう感がある。そして、ネロも興味のある話題だからなのか、興味津々って感じで聞き返されちゃった。まぁ、記憶補正っていうより、想像力補正になっちゃうんだけどね。


 だって、ネロに何かをしちゃったんじゃないかって、悪い想像で考え込んじゃってたし。レオさんの事なんか見ている余裕はなかったもん。俯いてたし、視界はフードで狭まってたし。


 でもね、レオさんがマジ切れしてネロを心配してたのは覚えてる。何が悪いのかを分からずに謝るなって叱られたのも覚えてる。どっちも凄くカッコ良かった。あんな風に想われて、ネロは幸せだなって羨ましくなっちゃうカッコ良さだった。


「ネロに何かしちゃったんじゃないかって、ショックを受けてたから、あんまり見てなかった。だから、多分なの。」


「そうか。」


 正直にあんまり覚えてない事を伝えてみると、ネロがふっと頬を緩めた。優しく頷いてくれるネロは嬉しそうな顔をしている。昨日のレオさんの雄姿をネロもちょっとだけ思い出したのかもしれない。


「折角のレオさんの見せ場だったのに。ネロも俺もショックで見えてないとか、可哀想な事をしちゃったね。」


「そうだな。」


 軽口でレオさんは可哀想ですねって言ってみる。ネロはクスっと笑って同意してくれた。笑ってくれたネロの表情には嬉しさと切なさが込められている感じがして、凄く綺麗。嬉しい気持ちは、レオさんが本気で心配してくれた嬉しさ。


 そして、切ない気持ちはネロの不安からくる感情、かな。言葉にも表情にも出さないけど、ネロも不安なんだと思う。不安だけど、照れもあって素直になれないから普段はレオさんにツンツンしちゃう。可愛いネロをもっと出せばいいのになって思っちゃう。


 そして、レオさんも不安なんだろうな。ネロは超絶スゴイから、不安になって当然か。ネロに追いついて隣に並びたいって精神が、張り合う形になってるし。でも、ネロが弱った時にはスゴク頼りがいのあるレオさんに変身できる。あれはマジでカッコいい。


 言葉に出しても不安だし、考えが読み取れても不安、か。ネロもレオさんも観察する力も勘も凄いのに。見つめ合っただけで、言葉に出さなくても以心伝心な時もあるのに。そんな二人でも不安な気持ちを抱いちゃうんだね。


「恋って不安なんだろうね。」


「成る程?」


 ふーっと息を吐き出して呟いちゃう。唐突な呟きだったからか、ネロが不思議そうな顔で先を促してきた。恋を知らない俺が恋を語るのもアレなんだけどね。でも、二人を間近で見ているからね。自分で恋するより、色々な心理を理解できちゃってるんですよ。


「ネロとレオさんを見てると思う。二人は基本的には色々と器用に何でもこなすのに、二人の事になると途端に不器用になるんだもん。ラブラブかと思えば、いきなり険悪になったり、いきなり張り合ったり。不安に裏打ちされた行動もあったりするのかなって思った。」


「そう見えていたか?」


 二人がじゃれ合ったり、いちゃついたり、喧嘩っぽくなったり。見てきた感想を率直に話してみる。客観的な意見だけど、二人を間近で見てきた俺の印象だ。ネロは少し目を細めて、聞いていてくれた。そして、少し考えた様子の後で、静かに聞き返してくる。


「違うの?」


「どうだろう。」


 見えていたって言葉を使ったって事は、実際は違ったのだろうか。思わず聞き返してみたら、ネロは悪戯っぽく目を細めて、曖昧な言葉を返してきた。どうやら、答える気はないらしい。

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