180 じゃぁ、そろそろ話してくれるの?
ゆっくりと味わうクラッカーは美味しい。酸味のある柑橘とスパイシーな香りの味付けでマリネされてる蛸は抜群の美味しさだった。さくっとしたクラッカーと合わさって最強でゴザルって言いたくなっちゃう。
そして食べながら気が付いた。これはカナロアじゃん。軽食って言ってたけど、金額の意味では軽食じゃなかった。これ1つでお幾ら万円の価値なんだろ。金額を想定してガクブル状態になってしまう。
俺の動揺に気が付いたのか、ネロが不審そうに眉を軽く寄せて、疑問の浮かぶ顔になっちゃった。レオさんもギュッと抱き締めてくる。顔を上げると、レオさんがニコっとしてくれた。レオさんのゆっくりとした心音が聞こえて少し落ち着けた気がする。
レオさんは俺を抱き締めながら、2つ目のクラッカーを運んできてくれた。内心動揺は残ったままだけど、レオさんの差し出すクッカーに目が引き付けられてしまう。
レオさんのチョイスはクリームチーズと柑橘のクラッカーだ。口を開けると、真剣な表情のレオさんがそっと差し込んでくれた。フワッと広がるクリームチーズの優しい香りと柑橘のいい香り。
ヤバい、咥えた段階で分かる。これも美味しい。一口では食べられないから、クラッカーを持とうとしたけどレオさんが手を離してくれない。軽く睨んで、咥えた部分を齧り取ってみた。
レオさんはニコっとして、残った部分を自分の口に放り込んでしまう。レオさんの行動に驚いてじっと見つめる中で、レオさんは俺を見つめながらゆっくりと口を動かして、コクンと飲み込んだ。
そして、俺が抱えているカップを抜き取って、美味しそうにお茶を飲み始めた。レオさんの喉仏が動いているのが見える。カップを俺の手に戻して、首を傾げてくるレオさんの傾いた猫耳が可愛い。呆気に取られて止まっちゃったけど、瞬きをして、もぐもぐと口を動かす。
「食べさせてくれるって言ったのに、なんで食べちゃったの。」
「美味そうに食ってたから、俺も食いたくなった。」
お茶を飲んで気持ちを整えた後で、レオさんを見つめて静かに問い質してみた。レオさんは全くと言っていい程、悪びれてない。うん、まぁ。悪い事はしてないかもしれないから、それでもいいよ。でもね、人の食べたのを食べなくてもいいと思うんだ。
色とりどりに沢山の味のクラッカーが並んでるけど、それぞれの味が1個ずつって事はない。普通に何個かずつ用意されていて、俺が食べたのと同じものも大皿の上には何個か見える。
「まだ同じのがあるんだから、それを食べればいいのに。」
「同じに見えるけど、違う味かもしれない。琥珀が食ったヤツが美味そうだったから食いたくなった。」
溜息交じりに窘めてみると、レオさんは持論を展開して反論してくる。どう見ても同じでしょ、とは思う。でもアレだ、隣の芝ってヤツなのかな。他の人が食べてると美味しく見えちゃう感じ。少し分かる気がする。
ネロが無表情で食べてるサンドイッチが超美味しそうに見える事もあるし。真顔でつまらなそうに食べてるお肉が魅力的に見えたりする。ってか、ネロの食べてるのは基本的に全部、超美味しそうに見えるんだよ。
それと一緒って事だよな。俺もネロが食べてるのが美味しそうで、食べたいって要求した事が何度かあった気がする。そう考えると、レオさんを非難もできない。
「何となく分かった。ネロが食べてるのが美味しそうに見えるのと一緒って事か。」
「分かってくれたか。琥珀は美味そうに食うから、俺も食いたくなる。次はどれ食べたい?」
自分を例に挙げて理解を示すと、レオさんはニコニコで頷いてくれた。そして、次なるクラッカーを選ばせてくれるらしい。レオさんに食べさせて貰うのは抵抗感があったけど、レオさんが普通に普通だから普通に感じてきた。寧ろ、一緒に食事を楽しんでるって感じで、楽しくなってきた。
「ん~、どれにしようかな。」
ローテーブルに顔を向けて、どれにしようかと選んでみる。全部美味しそうで、どれも食べてみたい。結論、選べない。マスターさんは凄いな。こんな美味しそうなのを短時間でぱぱっと作ってくれたんだもん。
「どれでもいいなら、俺が選んでいい?」
「うん。任せる。」
どれにしようか決め兼ねていたら、レオさんが切り出してくれた。素直にレオさんにチョイスを任せる事にして頷く。レオさんは生ハムのクラッカーをチョイスして、口元に持ってきてくれた。
ウキウキと楽しそうなレオさんを眺めながら、口を開けてみた。レオさんの目がゆっくりと俺の口元に移動していく。レオさんはまた手を離さないだろうな、と予想して、差し込まれたクラッカーを咥えて齧り取らせて貰った。
これは確実に生ハムだ。もちっとしっとり、いい香りの生ハム。めっちゃ美味しい。ただ、クラッカーは欠片しか切り取れなかったのに、具材が全部俺の口に移動してしまった。
レオさんの手に残るのは具なしのクラッカーだ。レオさんは迷う事なくクラッカーを口に放り込んだ。もきゅもきゅと口を動かしながら、レオさんをじっと見つめる。レオさんがちらっとネロに視線を飛ばした。レオさんの視線に釣られて、ネロに目を向けてみる。
ネロはカナロアのクラッカーを食べる所だったらしい。口を開けた状態のネロが動きを止めてこっちを見ている。俺と目を合わせる中で、ネロの視線が一瞬レオさんに向けられて、目を細めたのが見えた。そして、何事もなかったかのように一口てパクっと食べて、美味しそうに味わってる。
ネロと目を合わせながら、俺も口の中の美味しい生ハムをもきゅもきゅと味わう。程よい塩味とお肉の味わいがいいお味です。コクっと飲み込んでレオさんに向き直る。レオさんは視線での追及を、ネロに意識を移す事で逃れたと思ってるのかもしれない。でもね、甘いですよ。咀嚼してる間は喋らなかっただけです。
「レオさん。今回は具が無かったのに食べた。美味しそうだったって理由は通用しないよ。なんでそんな事をしたの。」
「具が乗ってないのはもういらないだろ?」
静かに問い質すと、レオさんはしれっと答えてきた。成る程ね、そうでしたか。でもね、俺はピザも耳が好きなタイプなんです。具が乗ってない方も好き派な人なんです。
「レオさんは好きなのを食べなよ。俺は下りる。俺も自分で好きなのを食べる。」
「それは駄目。俺も夕食の時の琥珀とネロみたいにイチャつきたい。」
もうね、それぞれで自分の好きなモノを食べればいいじゃん。それが一番幸せでしょ。俺の一番最適な案は即却下されてしまった。それはまぁいい。でもね、レオさんは何を言ってるんだ。夕食の時のアレはどう考えてもイチャつきじゃない。
「イチャついてなかったよね。ネロに脅されて拘束されてたんだよ。俺は怯え切った子猫状態だったよね。」
静かに冷静にそして、的確に夕食の時の状況を説明してあげる。ネロが微妙な顔になっちゃったのは、この際気にするのはやめておこう。レオさんは当時を思い出してくれたのか、今のネロの表情を見たからか、苦笑してしまった。
「そう言えばそうだったかも。」
「俺も子猫状態になっちゃたけど、レオさんの子猫状態の方が可愛かった。レオさんは耳が超可愛い。また、あの顔のレオさんを見てみたい。涙目のレオさんも超可愛かった。あんなに可愛いレオさんが見られて幸せだったな。」
レオさんが素直に同意してくれたから、レオさんの頭を撫でてあげる。レオさんの目を見ていたら、レオさんの子猫ちゃん状態を思い出してしまった。あのレオさんは最高だった。普段は威勢のいいレオさんなのに、ネロが相手だと可愛くなっちゃうんだよね。
「恥ずかしい事を言うなよ。」
「恥ずかしくない。自信を持っていいよ?間違いなく超可愛い。ネロはあのレオさんの可愛さにやられちゃったんだろうなって思うもん。それくらい可愛かった。」
レオさんが照れた感じでボソッと呟きながら目を逸らしてしまった。そんなに照れなくてもいいのに。自信を持ってレオさんの可愛さを断言してあげると、レオさんが困った顔でネロに視線を送っている。
ネロはクスっと笑って、レオさんの頭に手を伸ばした。レオさんの頭を乱暴に撫でて、ネロは何事もなかったかのように、クラッカーに手を伸ばしている。レオさんに言葉をかける事も視線を合わせる事もなかった。でも、ネロの何気ない行動には愛が溢れていた、気がする。
めっちゃいい雰囲気だった。言葉は無くても、視線は合わさなくても、こんないい雰囲気になるとか。ヤバい。俺はなんで家出する前には気付かなかったんだろ。まぁ、二人一緒の時を余り見てなかったからか。
「ネロと一緒に住まないの?」
二人のほんわか和やかな交流を見て、つい質問をしてしまった。レオさんは服を持ち込んじゃう程、半同棲する気が満々みたいなんだよ。これは、ネロと一緒にいたいって事でしょ。だったら一緒に住んじゃえばいいのに。
レオさんは困惑を交えた疑問の表情で見つめてくる。ネロはちらっと視線を向けてきたけど、興味なさそうにクラッカーを味わってる。ネロは質問に答える気はなさそうだ。
「一緒に住めば一緒にいられるじゃん。」
「イヤ、ほら。周りに知られる訳にはいかんでしょ。」
興味なしのネロは放置して、レオさんにターゲットを絞って質問に補足を追加してみた。レオさんは困った顔をして、ちらっとネロに視線を送った後で、意を決した感じで答えてくれた。
「あ、そうか。そうだね。」
全くの真理を突いた返答で色々と納得できた。そっか。家の中では楽しそうにしてるけど、二人の関係は隠してるんだ。あ、レオさんが遊び人風なのはカモフラージュ的なヤツだったのかも。そう考えると納得だ。ネロが女の子を避けてるのも、来られてもレオさんがいるから相手はできないって事だったんだ。
「職場が一緒だと色々と大変なんだよ。琥珀も秘密にね。あと、族長にも秘密だからな。絶対だぞ?」
「了解。そっか、秘められた恋なんだね。レオさん、頑張ってね。俺は味方だからね」
レオさんが念押しで秘密を約束させてきたけど、当たり前じゃん。他言はしませんよ。同性同士に加えて職場が同じだと、色々と不都合な事もあるから隠さなきゃいけないんだね。腰に回されてるレオさんの腕を握って、俺は味方だからね。って微笑んでみる。
レオさんは戸惑った表情で少し考えてから頷いてくれた。ネロは興味深そうな顔をして眺めていたけど、目が合ったら頷いてくれた。そっか、アルさんにも秘密の恋だったのか。それは燃え上がりますよね。納得です。
ラングストのクラッカーを取ってくれたから、齧り付く。残った部分はレオさんが美味しく頂いてる。レオさん的には、1つのクラッカーをシェアしてる感が美味しさの秘訣らしい。
それにしても、秘密なのか。秘密の恋とか響きがいいね。障害が多い方が恋って燃え上がりそうじゃん。あ、だから隠れて色々するのかな。マジか、見つかりそうってスリルを楽しむ系なのかも。ってか、大人なネロとエロエロなレオさんがスリルを楽しむって、ヤバいな。
レオさんが差し出してくれるクラッカーを齧ってモグモグしながら、想像を巡らしてみる。帰宅時のレオさんがネロに抱き着いていた時の色気と、ネロの冷めた視線を思い出してしまった。あんな感じで隠れて色々してるんだよね。そして、自分の想像力で赤面してしまう。
「琥珀?」
ネロに覗き込まれて、狼狽えてしまう。読まれたら終りだ。こんな恥ずかしいのを考えてるとか、絶対ばれちゃいけないヤツだ。ばれたら軽蔑されて終わってしまう。両手で顔を覆ってネロの視線から逃げてみた。膝の上のカップを慌ててレオさんが持ち上げた感覚がある。
「あのな、顔を覆っても。お前の考えてる事の欠片くらいは分かるんだからな。諦めて顔を出せ。」
レオさんの苦笑交じりの声が聞こえて、そろそろっと手の覆いを外して、二人を交互に見てみる。ネロは視線を逸らしていて、レオさんはにっこり笑顔を浮かべていた。
「まぁ、お前の想像通りの事をしてるって認識で正しい。全然照れなくてもいいんだよ。軽蔑もしないし、終わりもしない。寧ろ始まる予感すらある。だから、大いに想像すればいい。ね。」
レオさんが目を合わせて優しく言い聞かせてくれる。子供に言い聞かせる感じのアレだ。でも、聞いていて顔が赤くなってしまった。確実にばれてた。終わりはしなかったけど、俺の精神がやられて終わる寸前だ。もう一度顔を覆って深呼吸をして、心を落ち着けてみる。
そうだ、レオさんのペースに飲まれてはいけない。恋人ならイチャイチャするのは当たり前の事なんだよ。そうだよね、当たり前だ。二人はちょっと特殊なだけで当たり前なんだ。顔を上げると、レオさんがお茶を返してくれた。
一口飲んで美味しさで落ち着けた感がある。レオさんがスモークサーモンのクラッカーを差し出してくれる。深い緑の瞳は穏やかで優しい光を湛えている。まったり、落ち着いた気分になれる優しい瞳だ。
少しの間まったりと食べながらお茶を楽しむ。二人もゆっくりとお茶の時間を楽しんでるっぽい。ただ、ネロの視線もレオさんの視線も俺に向いていて、恋人同士の時間とは程遠いのがちょっとだけ不満かな。
クラッカーの残りが少なくなってきた所で一番気になっていた話題に触れる事にする。ソファでまったりの時間に教えてくれるって言ったのに、レオさんはいつまで経っても話してくれない。だから、俺から聞いちゃう事にした。
「じゃぁ、そろそろ話してくれるの?」
「ん?」
おずおずと切り出すと、レオさんは疑問の顔で首を傾げてきた。疑問の表情の時の猫耳が可愛いんだよな。ピンと立って興味津々な感じで俺に向いてるのがめっちゃ可愛い。あと、猫目も可愛い。キラキラの緑の瞳が真っ直ぐにこっちを見ていて、メチャクチャ可愛い。
「ネロがなんで動揺したか教えて。」
「お~、忘れてたわ。ってか、お前といると乱高下しまくって急転直下だし、ヤバいな。」
恍けている、というよりはホントに疑問って感じだから、ちゃんと言葉に出して聞いてみる。レオさんはニコっとして、質問の意図が分かって納得してくれたらしい。乱高下で急転直下って何を指した言葉なんだ。
「どういう事?」
「楽し過ぎって事。」
話がまた逸れていくのを自覚しながらも聞き返してしまう。レオさんは楽しそうに目を細めて答えてくれた。全く分からない。楽しいって、いろんな意味がありますよね。
「それはいい意味なの?含みありの意味?」
「両方。な、ネロ。」
「そうだな。」
レオさんの目を見つめて真意を探りつつ、質問を重ねてみた。レオさんは俺の頬を撫でながら、楽しそうにサラッと答えてくる。更にはネロにも同意を求めて、ネロは嬉しそうに頬を緩めて同意している。って、含みもあるのかよ。
「それは喜んでいい事なの?」
「うん、喜んで欲しい。お前といると楽しいし、幸せになる。ずっと傍にいて欲しい。」
眉を寄せながら更に突っ込んで聞いてみる。レオさんが眉間に優しくキスをしてきた。眉を寄せるなって事らしい。顔を寄せた状態で、レオさんは優しく穏やかな口調で答えてくれる。
レオさんの言葉が嬉しい。ちょっとだけ口説いてる風を匂わせてる、レオさん特有のチャラさはある。でも、俺が幸せを貰ってるだけじゃなくて、レオさんにも幸せをあげてるってのが嬉しい。深くて綺麗な緑の瞳が安心できる。コクっと頷くと、レオさんが嬉しそうに目を細めてくれた。
レオさんの言いたいのは、多分だけど、世間知らずの人族の子が新鮮って事だと思うんだよ。世間知らずで非常識な事ばっかりやらかしてる子がいる日常が、新鮮で楽しいって事なんだろう。ちょっとした刺激を日常にお届けしてくれる存在ってトコロかな。
「要するに、一家に一台的なヤツね。分ります。」
嬉しい気持ちは隠して、軽口をたたいてみた。だって、レオさんには何故か素直になれないんだもん。素直に嬉しいって言えないんだもん。レオさんが残念な物を見る目付きになっちゃった。ネロは真顔で何を考えているか分からない。
ん~、レオさんなら乗り突っ込みをしてきそうかなって思ったのに、軽口に乗ってくれなかった。あ、意味は分かってもニュアンスが違うのかもしれない。常識の違いってとトコロか。そうだよね、言葉の壁って厚いからね、ニュアンスが伝わらないかもだよね。
「意味は分かってるし、言いたい事も伝わってる。常識はまぁ違う。言葉の壁以上の問題が俺達の間には山積してるんだよ。」
俺は一言たりとも言葉を出してない。それなのに、レオさんは的確に俺の考えてる事を指摘してきた。眉を寄せたら、また額にキスをされてしまう。眉を寄せずに睨んでみると、ニコっと受け流されてしまった。口を尖らせたら、片手で両頬を掴まれてしまって、口を戻したら手を離してくれた。
「酷い、読まないって約束したじゃん。」
「読んでねぇよ。お前の表情が物語ってるんだよ。それに、約束したのはネロだけ。」
この至近距離で拘束されてる状況では、態度での不満は物理的に潰されてしまう事が分かった。という事で、言葉での文句に切り替えてみる。レオさんは淡々と言葉を返してきて、しかも正論だった。
いや、正論じゃない、あまりにも説得力がある物言いで騙されるとこだった。表情だけであそこまで正確に言い当てる事なんてでる訳はないと思う。でも、実際に的中してるんだからスゴイ。
「レオさんは変なトコで勘がいいよね。野生の勘なのかな。始祖の力的なヤツなの?」
「勘はいい。始祖は関係ないし、野生ってなんだよ。」
じっとレオさんを見つめて、思ったままを口に出してみる。レオさんは頬を緩ませながら楽しそうに反論をしてきた。勘がいいって言い切った。認めちゃう程に凄いのか。へぇ、そうなんだ。
「ネロ、レオさんは凄いね。勘だけで俺の考えを当ててるんだって。」
勘の鋭さだけは認めたレオさんの凄さをネロに報告してみる。ネロはクラッカーを摘みながら頷いてくれた。超適当に頷いた感がある。ネロはクラッカーが好物らしい。さっきからメッチャ美味しそうに食べてる気がする。
「で?ネロはどうして動揺したの?」
「簡単に言うと、お前の行動によって引き起こされた事態が、この世界の『理』から外れてたんだよ。」
まぁ、脱線はそれくらいにして本題に入ろう。冷静なネロが動揺した理由を知りたい。レオさんは謝ってくれたけど、それは俺が原因だったらしいからね。スゴク気になるんです。レオさんはネロと目を合わせた後で、ゆっくりと話してくれた。
レオさんの口から出た言葉とは思えない、少しだけ難解な内容だった。でも『世界の理』って言い回しが凄くカッコいい。聞き慣れない響きと、言葉の持つ意味合いに引き込まれてしまう。
「へぇ、なんか哲学的だね。言い回しがカッコいい。」
感じた思いを知って欲しくて、目を輝かせて感想を伝えてみた。だって、ゲームの中のワードっぽいじゃん。『世界の理』から外れるとか、ヤバい。レオさんが軽く溜息を吐いて、蛸のクラッカーを1つ手渡してくれた。これを食べながら静かに聞きなさいって事ですね、理解しました。
「ネロが魔法で鳥を呼び出しました。」
「うん。」
レオさんがゆっくりと優しい言葉遣いで話し始めた。子供への読み聞かせ感がある。でも、俺にはそれくらいで丁度いい気がするから素直に相槌を打っておく。
「この鳥はネロの魔元素でできている為、ネロの指示しか反応しない筈の存在です。」
「魔元素って何?」
大人しく聞こうと思ったけど、まったく聞き覚えのないワードが出てきてしまった。魔元素、全く聞き馴染みがない。つい、口を挟んで質問をすると、レオさんが優しく目を細めて頭を撫でてくれる。
「魔法の根源を成す、不可欠な究極的要素。魂ある生物がその身に必ず秘めている源のようなモノ。」
俺の質問にはネロが答えてくれた。でも、全く理解ができなくて首を捻ってしまう。魔法の根源、究極的要素、源。ん~、要するに、どういう事だ。
「魔法を構成する際に、魔元素を核にして魔法を構築する。魔元素は個体毎の固有の元素であり、一つとして同じものはない。魔元素の質の違いで同じ魔法、同じランクでも威力や効果が変動する。」
(補足させて頂きますと、魔元素自体は知力と密接に結びついています。知力が成長すると魔元素も純化されていき、質が向上していきます。)
知力が高いと魔元素の質もスゴイって事なの?知力が低いと魔法を覚えられないってのも、魔元素がダメダメだからとかなのかな。
(それも理由の一つになります。)
ネロの詳しい説明と、スツィの補足によってなんとなくだけど理解できた気がする。個体の固有の何かしらの物質があって、それを使って魔法を組み立てるらしい。俺は知力が1だから、魔元素もハイパー軟弱みたいだね。筋肉と同じで魔元素まで激弱って事まで判明してしまった。悲しい。
「ん~、魔法を使う時に必要不可欠なモノで、一人ひとり固有のモノを持ってますよって事であってる?」
「そそ。そういう事。で、ネロが作った鳥がネロの指示以外で動いてしまった訳だよ。」
「成る程。」
自分の分かった範囲で言葉を組み立てて確認を取ってみると、レオさんは目を細めて頷いてくれた。良くやったって感じで頭も撫でてくれる。ちょっと嬉しい。そのまま話を続けるレオさんに相槌を打って先を促してみた。
レオさんがまた1つクラッカーを渡してくれた。これは、さっきレオさんが残りを食べた衝撃で味も分からず食べたやつだ。今度は味わって食べてる事にしよう。
上の砂糖漬けの柑橘だけをパクッと咥えて、先に味わってみる。甘いんだけど、酸味が強くて皮の苦みがいいアクセントになってて美味しい。ウマウマ食べていたら、頬を緩ませたレオさんが優しい目で見守ってくれていた。
食べながら聞こうと思ったのに、レオさんは話し始めない。微笑ましく眺めてくるレオさんをじっと見つめて先を促してみた。レオさんがネロに目を向けて目を細めている。
レオさんの視線を追ってネロに目を向けると、超デレデレなネロがいた。目尻が下がって頬が緩んでいる。ネロはレオさんと過ごす間に表情筋が仕事をするようになったみたいだ。目が合うと、ネロはスッと目を逸らしてクラッカーに手を伸ばしてしてしまった。表情はデレデレからただの微笑みに変わっている。
「この鳥は本来は意思を持たない、筈なんだ。魔法で作った鳥だから、発動者の指示を熟すだけの存在だった、筈なんですよ。」
レオさんが話し始めたから、顔を戻して、ふむふむと真面目に聞く姿勢を見せてみる。ゆっくりと分かり易く話してくれたから理解はできたんだけど、レオさんの話を聞き終えて首を捻ってしまった。
「でも、声は聞こえなかったけど、返事はしてくれたよ。超可愛かった。」
意思を持たないってトコロが納得できなかった。疑問をそのまま口に出して聞き返すと、レオさんは嬉しそうに頷いて、頭を撫でてくれる。良くできましたって感じだ。
「そこなんだよ。それが『理』から外れてるってトコロだ。」
「『理』から外れるってどういう事なの?」
ここで最初にレオさんが言ってた『理』から外れるに帰結するのか。『理』から外れるってワードが出てきたけど、俺はその意味が分からない。ネロの鳥が本来と違う動きをしたからって、なんで『理』ってのから外れる事になるんだろう。
「この世界の全ては『理』の中で成り立っているって考えられてる。実際の話、全てってのがホントに全てかどうかは分からない。でも、少なくても、ソピアでの長年の研究ではそういう結論に達してる。筈。」
「成る程?」
ヤバい、レオさんの話が難解になってしまった。スツィが乗り移った可能性しかない。あ、うん、気のせいだよね。突っ込みはいらないからね。ただの、驚きを示す冗談的なアレだから。
(・・・はい。)
「例えば、もう死んじゃった人を蘇らせたいって思ったとするだろ?」
スツィのスゴイ嫌そうな声に被ってレオさんが話しを続けてくれる。今度は超分かり易くなった。スツィが抜け落ちたようだ。良かった。聞いてますって意味でコクっと頷くと、レオさんが優しく目を細めて頭を撫でてくれた。
「でも、死んだ人は魂がもう抜けてる訳だよ。でも、どうしても蘇らせたい。この時に、蘇らせる手段が何種類か存在してるのね。勿論、全ての手段が確実って事じゃない。失敗する事の方が多いと思った方がいい。」
マジか。流石ファンタジーな世界、復活すらも手段があるとかヤバいな。やっぱ魔法で復活なのかな。失敗が多いって言ってるけど、某ゲームの復活魔法も確率で失敗してた。きっとそんな感じなのかもしれない。口を挟みたくなるのを耐えて、コクっと頷いて先を促してみる。
「俺が知ってる限りでは3種類の手段がある。疑似的な魂を死んだ肉体に注入する。魂は注入せずに体だけ何かの手段で無理遣り動かす。無理遣り、去って行った魂を引き戻して体に入れる。他にも手段はあるのかもしれないけど、まぁ、周知されてるのはこの3種類かな。」
レオさんがゆっくりと、俺の反応を窺いながら話してくれる。うんうん、と頷く度に、レオさんが優しく目を細めてくれる。説明を聞き終えて思ったのは、どの手段も何気にえぐかった。魔法でぱっと復活的なヤツじゃなかった。
どれもキラキラなエフェクトの復活魔法ではない。どちらかというと、ネクロマンシー的な要素が強い気がする。疑似的な魂ってのは分からないけど、体を無理遣り動かすとか、魂を無理遣り引き戻して体に入れるとか。とても、非人道的な行いっぽい。それが周知されてるとか超怖い。
「さて問題です。今の3種類の蘇生法の中で禁忌、要するに、『理』から外れている事柄はどれでしょう。」
「全部じゃないの?どれもちょっと、アレな感じの手段じゃん。」
レオさんの突然の出題に少しびっくりしながら、考えてみた。けど、考えるまでもなく、全部の方法が禁忌っぽい気がする。強引な手法で蘇生を行う事しかできない時点で、どうなんだろう。
「それが違うんだな。『理』から外れてると見做されるのは、無理遣り魂を引き戻すってのだけなんだよ。」
「なんで分かるの?」
レオさんは目を細めて楽しそうな笑みを浮かべた。そして、顔を近付けて正答を教えてくれる。無理遣り魂を引き戻す。以外は禁忌にはならないんだ。なんでそんなにハッキリと断言できるんだろう。
レオさんはクラッカーを1つ摘まんで、俺の持ってるカップを抜き取り一口飲んで返してくれた。俺もつられてお茶を飲みながら、静かなネロに目を向けてみた。ネロはぼんやりと俺達を見守っている。口を出す気は無いみたいだ。
「膨大な実験の結果からの推論。魂を引き戻したとしても、肉体は死んでいる。結果、剥がれかけた魂を留めた、朽ちた肉体が残る。剥がれかけた魂を留めた状態の肉体は一時の残存は許される。でも、結果的には、肉体の消失と共に魂も消失する。魂の消失は真の意味での消滅を意味する。」
一服を終えたレオさんが続きを話し始めた。実験からの推論、か。スゴク信憑性のある言い方だ。肉体の消失と共に魂も消失するって言い回しがゾッとする。魂の消失は真の意味での消滅ってのも怖い。そんな実験を誰がやったんだろう。しかも、膨大な実験って言ってた。




