177 誤解させた俺達の失敗か?
レオさんの座っていた場所にネロが移動して、目を合わせてくれる。ネロが傍にいるからか安心感が増す気がした。ネロは髪を優しく撫でてくれる。ネロの指が気持ちよくて目を閉じてしまった。
レオさんは両手でウエストを包み込むように優しく揉み解してくれている。丁寧で優しいマッサージだ。でも、力はかなり弱くて、撫でるに近い気がする。でも、手のひらが熱くて気持ちいい。温熱効果がばっちり効いてる感じだ。
「レオさんは熱くて気持ちいい。でも、もうちょっと強い方が好みかな。その方がもっと気持ちいいと思う。」
やっぱり、レオさんはネロより体温が高いっぽい。温かい手がじんわりと気持ちよくて、目を閉じて、小さく息を吐き出しながら呟いてみる。レオさんは何も答えてくれない。それどころか、レオさんの腰に置かれた手が止まってしまった。それに、何故かネロの髪を撫でる手も止まってしまった。
目を開けると、ネロが目を瞠っているのが見えた。どうしたんだろうと思ったけど、目が合ったら、ネロは頬を緩めて髪を撫でるのを再開してくれた。優しくゆっくりと地肌に滑らすネロの指は気持ちいい。でも、レオさんは止まったまま動き始めない。
「レオさん、マッサージは終わり?」
動かないレオさんに声を掛けてみた。レオさんの手は腰に置かれたままだから、温かくて気持ちいいのはずっと継続してる。でも、無言で動かない。どうしたんだろ。困ってしまったら、ネロがちらっとレオさんに視線を送った。
ネロの視線を受けて、レオさんがゆっくりとマッサージを再開してくれた。目を閉じて体を任せ、レオさんのマッサージを楽しませて貰う。最初は弱い力で恐る恐る揉んでる感があったけど、少しして、大体の強さを見極めたらしい。レオさんは丁度いい強さで、腰から背中までをゆっくりと揉み解していってくれる。めっちゃ気持ちいい。
力を込められる度に、息が漏れてしまう。時々、ネロの髪を撫でる指が止まっちゃうのが不満ではある。でも、ネロの指も気持ちいい。ある程度の時間、ゆっくりとマッサージをしてくれたレオさんが俺の上から退いてくれた。マッサージの終了が分かって、体を起こしてソファに座り直す。
「レオさんもマッサージが上手いんだね。スゴク楽になった。ありがと。」
「そうか、良かったな。」
マッサージのお礼を伝えてみると、レオさんは少し掠れた疲れの滲む声で返してくれた。そして、俺の横にドカっと座り込み、背もたれに寄り掛かってふーっと息を吐き出している。見た目だけでも分かる、お疲れモードだ。
マッサージをしたいって言い出したのはレオさんなのに、こんなに消耗してしまったのか。ネロの上を行くマッサージを模索した結果、疲れちゃったんだろうなとは思う。ネロに張り合った結果、疲れ切っちゃうとか。なんでそこで張り合ったんだよって思っちゃう。
でも、ネロのマッサージにはない温熱効果はヤミツキになる感じだった。レオさんの手のひらは凄く気持ち良い。またして欲しいって思ういいマッサージでした。
「超気持ち良かった。またしてね。」
ニッコリ笑顔で可愛く、またお願いね、って強請ってみる。レオさんは目を丸くして、天井を見上げてしまった。そして、また、ふーっと息を吐き出している。次回のマッサージを思っただけでも、こんなに疲れを滲ませてしまうのか。じゃぁ、もう頼めない、かな。俺にはネロがいるからいいもん。
「で、なんで服を脱がしたの?痴漢的な行為?」
「なんで痴漢になるんだよ。」
レオさんが答えてくれないから、レオさんを真似して聞いてみた。お疲れモードだったレオさんはぶわっと俺に向き直って、焦った口調で言い返してくる。その勢いに飲まれて、えへ、っと愛想笑いをしてみると、レオさんの目と瞳孔がまん丸になってしまった。何かに驚いたらしい。
「マジで、お前には敵わないな。」
ぼそっと呟いたレオさんが髪を撫でてくれる。目も瞳孔も元に戻って、優しい眼差しで見つめてくるレオさんの言葉の意味が分からなくて、首を傾げてしまった。敵わないって、何に敵わないんだろう。レオさんには、ほぼ連戦連敗を続けてるから、俺の方がレオさんに敵わないっての。
ネロがクスッと笑って、俺の隣に移動してきた。二人に挟み込まれる形になって、急に取り巻く温度が高くなった気がする。ネロの視線はレオさんに向いていて、徐に、ネロが手を伸ばしてきた。伸ばした先は俺の頭。そこには既にレオさんの手がある。でも、ネロは気にせず、レオさんの手ごと俺の頭を撫でるみたいだ。
頭の上で二人の指が絡み合ってるのを感じる。優しく、時にはちょっとだけ力を込めて。二人の指が俺の頭で遊んでる。どう考えてもいちゃついてますよね。合間合間に、俺の髪も撫でてくれるのがスゴイ。
ネロが超積極的でヤバイ。いきなりどうしたんだろう。ん~、あ、あれだ。お休みは今日で終わりって事に今更ながら気が付いちゃったんだ。残り時間が少なくなっちゃった事に気が付いて、レオさんと触れ合いたくなったのかもしれない。
「ネロのマッサージも超気持ちいいよね。体が軽くなる感じがする。」
「ただでさえお前は軽いのに。それ以上軽くなったら飛んでいっちゃいそうだな。」
頭の上でいちゃつく二人の指の感触を感じながら、話題を探して話してみた。レオさんは普通にネロと指でいちゃつきながら答えてくれる。ネロと甘い雰囲気中なのに、レオさんの口調は心配そうだ。ネロはネロ、俺は俺、で切り離して対応できるレオさんはスゴイ。
「そんな軽くない。」
「ホントにどこにも行かないでくれよ?」
飛んでいっちゃう程軽いってどんなだよ。ちょっとだけふふっとなって言い返してみると、レオさんは心配そうに言い聞かせてきた。ネロと愛を確かめ合いながらも、レオさんは俺の心配までしてくれる。
「行く場所なんてない、ここが俺の居場所でしょ。どこにも行かないよ。」
「そっか。じゃあ、安心だな。」
安心して欲しくて、自分も安心したくて、ここが俺の居場所って断定してみた。レオさんがほっとした顔をして、頭上でネロと絡ませていた指が少し強い力に変わった気がする。
ってか、分かった。レオさんの今の言葉は全部ネロへのメッセージだ。俺に話し掛けている風を装って、のネロへの言葉だったんだ。明日からはネロが夜間に戦闘に出るから、レオさんは心配になっちゃったっぽい。レオさんの視線も言葉も俺に向いていたけど、実際はネロに向けていたんだ。
「ネロは強いから大丈夫だよ。アルさんもいるし。絶対大丈夫。どこにも行かないよ。レオさんの所に戻ってくるから平気。」
レオさんが危惧してる事が分かって、ネロは平気だよって言ってあげる。ニコっとしてみると、レオさんは驚いた顔になってしまった。レオさんは無言で俺の頭から手を外した。必然的にネロの手も俺の頭からいなくなる。
二人に乱された感のある髪を整えながら、ネロに目を向けてみた。ネロは唖然とした様子で俺を凝視している。レオさんがふっと息を吐き出したのが聞こえて、レオさんに視線を戻すと、レオさんは声を殺して爆笑していた。
「なんで爆笑してるの。」
「待って、お前が。」
なんでイキナリの爆笑なの。意味が分からなくて聞いてみる。レオさんは爆笑の合間に声を絞り出しているみたいだ。今の状態では言葉は出せないだろうと判断して、コクっと頷いて待つ事にする。
少しして落ち着いたのか、レオさんがふーっと息を吐き出して、上を見上げて息を吸い込んだ。もう一度長く息を吐き出したレオさんが俺に向き直ってきた。
「やっぱり、お前には敵わない。」
俺の髪を優しく摘まみながら、レオさんが優しく呟いてくる。レオさんの目も声も指も優しいけど、全く意味が分からない。敵わないってどういう意味だ。敵わない要素は何一つなかったでしょ。
「なんで爆笑したの。」
「ネロの顔が面白かったから。」
レオさんが落ち着いたから改めて聞いてみる。レオさんは俺の髪を撫でながら、さらっと普通に答えてきた。爆笑するほど面白かったか、って言われるどうなんだろう。でも、レオさん的にはツボに入っちゃったのかもしれない。
「あ~、なんか可愛い顔をしてたよね。ぽかんてしてた。」
「あの顔、いいよな。あんまり見られない顔だった。」
ネロの唖然とした顔がレオさん的にはツボにはまる、と。普段は冷たく感じるネロの可愛い一面だもん。分かる気もする。ふむふむと、納得しながら、俺も可愛いと思うって話を続けてみた。
レオさんは嬉しそうに目を細めて頷いてくれる。レオさんの前では、いつでもクールでカッコいいネロの意外な一面に惚れ直しちゃったんだろうな。
「俺は変な事をしちゃってるのか、時々されちゃう。そして、いつ見ても可愛いと思ってしまう。」
「そっか、お前はイロイロと規格外だからな。納得。」
うんうん、と頷きながら、レオさんの話に乗っかってみた。ネロが可愛いって話題だった筈なのに、何故か俺の話に移行しちゃってる。しかも、規格外とか言われちゃった。
「規格外はネロでしょ。俺は超普通だよ。ちょっとひ弱で、魔法が使えない呪いと、お茶が淹れられない呪いがかけられてるだけの普通の人。」
「そんな呪いはないって言ってるだろ。魔法は分からんけど、茶はただ下手なだけ。」
レオさんの雰囲気がネロと酷似してて、つい甘えちゃう。いや、違うな。ネロ要素がなくても、レオさんだから甘えちゃう感はある。どっちにしても、髪を撫でてくれるレオさんに寄り掛かって拗ねた口調になってしまった。レオさんはクスっと笑って辛辣に返してくる。
「酷い、一生懸命淹れてるのに。下手って言った。」
「下手でもいいだろ?俺とネロが飲んでやるから。」
泣き真似で甘えてみると、レオさんがギュッと肩を抱き寄せて髪にキスをしてくれた。そして、優しく言い聞かせてくれる。ん、今なんて言った。レオさんの腕から抜け出て、レオさんをじっと見つめちゃった。レオさんがん?って感じで首を傾げたのが見える。
「はい、言質を取りました。飲んでくれるって言ったのは記録されました。ね、ネロも聞いたよね。レオさんは俺のお茶を飲んでくれるって言ったよね。」
ニッコリ笑顔でレオさんの発言の証拠を押さえた胸を通達しておく。そして、ネロに顔を向けて、確認を取ってみると、ネロはニコっとしながら頷いてくれた。クスッと笑ったのが聞こえて、レオさんに視線を戻してみる。
レオさんはちょっとだけ意地悪な顔をしている気がする。ずっと優しかったのに、いきなり意地悪レオさんになってしまった。なんでイキナリ、モードチェンジしてきたんだよ。そして何を言う気なんだ。
「まぁ、ちょっとだけ、なんというか個性的な味だよね。でもね、飲めなくはない気がしてきてるから、問題ない。ちょっと苦くて渋くて、全く香りがない、茶と呼ぶのは憚られる程の液体だけど。飲めない事はないから。二言はないぞ、ちゃんと飲む。ちょっと個性的なだけだもんな。」
警戒態勢を取る前に、レオさんが饒舌に話し始めた。軽薄そうな笑顔に鋭い目付きの意地悪レオさんは今回もめっちゃ口が回ってる。丁寧な口調で貶しながらも、俺のお茶の特徴を的確に表してる。悲しい。流石レオさんだ。敵に回すと心がやられる。
「う、酷い。言葉にすると凶器だね。」
「そう、その凶器すらも飲み干す俺って愛に満ちてると思わん?」
レオさんの言葉を総合すると、凶器のようなお茶って事だ。思わず呟いてしまうと、レオさんは優しい微笑みを浮かべてくれた。意地悪が急になくなった。そして、俺と目を合わせながらゆっくりと言い聞かせてくる。
「ネロありがとね。俺はそんな凶器を飲ませちゃってたんだ。ごめんね。」
「琥珀の茶は美味い。凶器ではない。」
しょんぼりしながらネロに謝ってしまう。ネロはふわっと柔らかな微笑みを浮かべて、優しく美味しいって言ってくれた。ヤバい。泣きそう。ネロは超優しい。あんな不味いお茶を美味しいって言ってくれるとかなんて優しいんだ。
「ネロには礼を言うのに俺にはないのかよ。悲しいな。」
悲しそうな声が聞こえて、レオさんに顔を戻してみた。レオさんは声とは裏腹に悪戯っぽい顔をしている。揶揄ってきたのは分かった。でも、俺も大人だ。今回に限っては反発はやめておこう。
レオさんが文句を言いながらも、俺の淹れた不味いお茶を飲んでくれたのは事実だ。超辛辣に文句を言っていたけど、飲み続けてくれた。それは間違えようのない事実。
レオさんに向かってソファの上で正座をしてみる。真っ直ぐにレオさんを見つめると、レオさんが片眉を上げて不思議そうな顔をした。その顔はヤバい。メッチャ可愛い。この猫ちゃんはヤバい。ギャップがヤバ過ぎでしょ。
あんな意地悪にニヤッてした後に、こんな可愛い顔を見せてくれるとか。ネロが好きになるのも分かり過ぎる。内心はテンションが上がりまくったけど、冷静さを意識してレオさんを見つめ続ける。そして、膝立ちになってレオさんの頭をぎゅっと抱き締めてみた。体を離して頬にキスもしてみる。
「レオさんにもちゃんと感謝してる。ありがと。」
しっかりとお礼の言葉を伝えて、もう一回、レオさんの頭をギュっと抱き締めてみた。そして、離れて正座してレオさんを見つめる。レオさんは瞬きすらも止めて固まっていた。大袈裟に感謝を伝え過ぎて、驚かせちゃったかな。
レオさんを観察していたけど、レオさんは全く動かない。瞬きすらしない。息はどうだろ。してると思いたい。ネロに視線を送ってみたら、ネロは困った顔で頭を撫でてくれた。
「レオさんが固まっちゃった。ネロもぎゅってしてあげればいいと思うの。」
「そうだな。」
多分だけど、俺が原因でレオさんは固まったっぽい。ネロならレオさんを動かせる筈。俺のフォローはネロに全部お願いしちゃおう。えへっと愛想笑いをしつつ、ネロに全部ぶん投げてみると、ネロはあっさりと了承してくれた。
レオさんの前に移動したネロは徐に、レオさんの太腿に圧し掛かった。レオさんの太腿を跨いで座り込み、レオさんを抱き締めて頭を撫で始める。ネロの指先が凄く、なんというか、色気がある感じに見えてしまうのは気のせいでしょうか。俺がぎゅってしたのとは全然違う、恋人同士の大人な抱擁だ。
ネロの指先がレオさんの耳の縁をゆっくり撫で上げている。ピクリとも動かなかったレオさんだけど、びくっと反応を示した。そして、レオさんは速攻でネロの手を掴んで止めている。
ゆっくりと見上げたレオさんの視線を、ネロが静かに見据えて受け止めてる。視線が絡み合ってエロティックに見えちゃってるのも、気のせいなのでしょうか。ヤバい雰囲気の中で見つめ合う二人は無言だ。
レオさんの視線が次第に鋭さを増していってる。ネロは変わらず静かな眼差しだ。レオさんの視線が睨みに変わってくんだけどなんでなの。何で睨みに変わっちゃったの。ネロは睨まれる事なんて何もしてないじゃん。
「ネロ。マジで。困る。」
目力は強いのに、片言になってぼそぼそと呟くレオさんはちょっと可愛い。ついでに言うと、耳が怯えたように伏せられてるのも可愛い。頬を染めてるレオさんも可愛い。純情系って感じでキュンキュン来る可愛さだ。とても、目付きの悪い、素行も派手で、エロさは山盛りの、筋肉バキバキのお兄さんとは思えない可愛さである。
ネロに抱き締められただけでそんな反応を見せてくれるとかヤバい。普段のレオさんからは想像できない純情さなのがヤバい。これは非常にヤバい。レオさんのギャップがヤバいですよ。これは、ヤバい以外の言葉が出てこない。語彙があってもきっとヤバいに集束しちゃう筈。
「ネロ、レオさんが可愛くなってる。ヤバくない?」
「そうだな。」
心のままにネロにレオさんの可愛さを伝えると、ネロが同意してくれる。言葉を返す間も、ネロの視線は静かにレオさんを見据えたままだ。これは即ち、レオさんの目を見ながら、レオさんを可愛いって言ってくれたって事ですよ。これはテンションの上がる展開ですね。
レオさんを静かに見下ろすネロと、頬を染めながらネロを睨みつけてるレオさんの対比が可愛い。レオさんはアレだ、照れてるっぽい。ホント可愛いトコがあるよね。こんな時は、ちゃんと気を利かせて席を立つのが大人ってものですよ。
「俺はちょっとトイレ。あのね、ちょっとだけイチャイチャしててもいいよ。」
立ち上がって、二人にちゃんと伝えてトイレに向かう。ネロとレオさんが見つめ合っているのを邪魔しないように、トイレに入って一息吐く。ちょっとだけ、時間を置いた方がいいよね。超気を使っちゃうんだけど、どれくらい待機すればいいかな。でも、自然な感じに行動したほうがいいかな。
「マジで、どうやって攻略するの。いい雰囲気を作っても、すぐにぶち壊されてしまう。」
「今のままでは無理。」
「あっさり言うなよ。まぁ、無理だけど。」
「誤解させた俺達の失敗か?」
「そうだな、お前の失敗だ。」
あ、あれだ。トイレから出て、二人を見ないようにして、夕ご飯の片付けをすればいいかな。二人はラブラブだったから、盛り上がっちゃってるよね。だから、邪魔しないように、片付け後は俺が一人で返しに行けば、二人は家でイチャイチャを続けられるじゃん。俺は天才だね。じゃあトイレから出ますよっと。
「俺だけかよ。ってか、耳を触るとか卑怯だろ。」
「止まった時を動かしただけ。」
「ネロは耳を触ると時間を動かす事ができる魔法を持ってるの?凄いじゃん。」
トイレから出たらレオさんがネロに文句を言っていた。甘い雰囲気がなくなってる気がする。ネロはレオさんの膝の上から移動しちゃってるし。でも、そこより重要な、レオさんに返したネロの言葉に驚いて口を挟んでしまった。
見つめ合っていた二人の視線が俺に集中する。そこで自分の失敗に気が付いた。めっちゃ邪魔しちゃったじゃん。えへへっと愛想笑いをしながら手を洗って、タオルで拭いて、二人から視線を逸らしながらテーブルにすすっと移動してみる。
バスケットを椅子の上に置いて、テーブルの上のお皿に手を伸ばす。お皿に手が届く前に、後ろからふわっと片手で抱き留められていた。俺を包み込むのは、落ち着く甘い香り。ネロがこっちに来ちゃったらしい。
背後から片手がテーブルの上に伸ばされて、頭上で綺麗な旋律が低く紡がれている。テーブルの上全体を水が覆っていき、食器の汚れがなくなっていくのが見える。
「邪魔してごめん。レオさんと話を続けていいよ。」
「邪魔ではない。」
詠唱が終わったトコロで謝って、レオさんの所に戻るように促してみた。ネロは俺を片手で抱き留めたままで、冷静に否定してくる。どうやら、お片付けをする子供の補佐をする気満々みたいだ。親モードになっちゃってるらしい。さっきまでの恋人モードに戻って欲しいのに。
「ん~、邪魔したって言うかね。二人でイチャイチャしてて欲しい。」
身動ぎすると腕を離してくれたから、ネロと向き合って目を見ながら本音を伝えてみる。にこっとして、向こうに行きなさいって促すと、ネロは疑問の顔で首を傾げてしまった。
「今日でお休みは終わりで、明日からネロはまた夜間に魔物退治に出るんでしょ?レオさんは超心配してるから、安心させてあげた方がいいと思うんだよね。」
「成る程。」
ネロは分かってないみたいだから、レオさんの心情を説明してあげる事にした。ネロは観察する能力に長けているけど、恋人に対しては上手く働かないらしい。ネロはちらっとレオさんに視線を向けた後で納得してくれた。
「琥珀、俺が超心配してるって良く分かったな。どこでばれたのかを、後学の為に教えてくれるか?」
レオさんの説明を求める声が割って入ってきた。レオさんまでこっちに来ちゃったでゴザル。レオさんは椅子の上のバスケットを床に置いて、椅子に座って見上げてくる。
レオさんの心情を俺が分かっちゃった事実が恥ずかしかったっぽい。次は上手く誤魔化す為に聞いておくって事ね。了解。俺は優しいからね、ちゃんと教えてあげる。レオさんみたいに意地悪じゃないからね。
「今、俺に失礼な事を考えただろ。先に白状しろ。」
「レオさんみたいに意地悪じゃないから、ちゃんと教えてあげるって考えたけど。俺が優しいってだけだから、全く問題ないし、失礼でもなかった。良かったね。」
スッと目を細めて自白を求めてくるレオさんには、抵抗する事なくササっと早口で説明してあげましょう。一息に話し切ってにっこりしてみたら、レオさんは呆気にとられた顔になっちゃった。
その口を半開きの顔は可愛いと思います。レオさんは直ぐに表情を引き締めちゃったけど、微かに口元を緩めてくれてる。良かった、納得してくれたようだ。
「で?どこでばれたの。」
「えっとね。まず、レオさんが泣きそうな顔をして、俺に対してどこにも行かないでって言った。」
「泣きそうな顔はしてはないけど、まぁいいだろう。」
レオさんが話を戻してきたから説明を開始する。レオさんは強がりで反論してきたけど、泣きそうな顔だったよ。可愛い子猫ちゃんの顔だったから、間違いない。ウルウルしてた気がする。記憶の中ではそうだった、筈。
説明を始めたら、ネロが後ろから抱き締めてきた。見上げると、ネロはレオさんをぼんやりと見ている。ネロ的にも気になってるらしい。まぁいいでしょう、ネロもそこで大人しく聞いて、レオさんに惚れ直すといい。そして、イチャイチャに戻ってくれればいい。
「どこにも行かないよって言ったら、レオさんはほっとした顔をした。で、その会話の間、ずっと俺の頭の上でネロと指を絡めていちゃついてた。安心した時には手をギュって握り合ってた。」
「成る程。」
ここが一番重要なトコだったんだよ。あの時のレオさんはほっとした感じで、ネロと手をギュって握り合ったんだもん。レオさんが握っただけじゃなくて、ネロも握り返してた感じがあった。
ネロもレオさんの想いに応えてたんだよ。って事は、ネロはレオさんの気持ちを分かってるって事になる。それなのに、ネロはレオさんとの恋人の時間より、俺との家族の時間を取ってしまうのか。
「そこでピンと来た。ホントはレオさんがメッセージを送った相手はネロだったんだって。俺は天才だと思わない?」
「まぁ、ある意味天才だな。で?」
最大にして最高の理論の構築の要である、天才って言葉をレオさんはあっさりと流してしまった。悲しい。冗談なんだから、乗ってくれてもいいのに。若しくは、スツィみたいに突っ込んで欲しいのに。流されるのが一番悲しい。
「後はピースを嵌めていくだけだよ、簡単な作業だね。」
「ほぅ?」
俺の脳細胞は何色かは分からない。でもね、推理は得意っぽいんだよ。ネロとレオさんの事もちゃんと推理で当てた訳だし、実績はあるんです。ニコっと笑顔で、どっかの名探偵が言いそうな台詞を並べてみた。レオさんが興味深そうに目を細めて、先を促してくる。
「レオさんは明日からのネロのお仕事に対して不安感を抱いてしまった。危険な魔物と戦えば怪我をするかもしれない。怪我をする事があれば、下手したら死んじゃうかもしれない。死んじゃったら会えないトコに行っちゃう。だから、どこにも行かないでってネロに言いたかった。」
レオさんの目を見つめながら、ゆっくりと俺が展開した推理の道程を話してみた。レオさんはふむふむ、と頷きながら聞いている。この大人しいレオさんは可愛く見えてくるから不思議だ。
「でも、レオさんはネロに面と向かって伝えるのは恥ずかしかった。だから、俺に伝える事で、間接的にネロに想いを届けようと思った。ネロは隣で聞いてたから、レオさんに応えようと思った。で、気持ちを伝える手段として、俺の頭の上でレオさんに指を絡ませたって事なんです。」
さっきまで頷いて聞いていたレオさんの目が丸くなってしまった。驚いちゃったっぽい。図星って事なのか。あ、ネロと指を絡ませたのがばれて恥ずかしいのかも。ちょっと可愛い。
「アルさんがいるから大丈夫だよって言葉を聞いて、安心して手を離した。以上から、レオさんはネロの事を超心配してると結論が導き出された訳です。」
レオさんの頭を撫でて、これが結論ですよって頷いてみる。レオさんは呆然と黙り込んでしまった。真実を言い当てられて恥ずかしかった模様。でも、自分で教えてって要求してきたんだから、仕方ないよね。
後ろから抱き締めているネロを見上げてみると、ネロも呆然としていた。ネロはレオさんの心の動きを理解して、感動のあまり止まってしまったらしい。こうやって言葉にすると超感動するエピソードだよね。その気持ちは良く分かります。
「ネロ、感動したのは分かるけど、レオさんの気持ちは分かったでしょ?ちゃんと二人で過ごしてね。俺はこれを返してくるから。ちょっと遅くなるけど、心配しないで。」
止まったままのネロの腕から出て、バスケットをもう一脚の椅子の上に引き上げる。ネロが綺麗にしてくれた食器を丁寧に詰め込んでいって、最後にカトラリーも纏めて入れて、片付けは完了。忘れ物はないかを確認して、これで大丈夫。




