174 超変かって言われると微妙
少しの間、黙々と歩いていたら周りが明るくなってきた。顔を上げると、激しい雨の中で、大きな風のテントが水滴をキラキラと反射させながら揺らめいている。立ち止まって目の前の光景に見入ってしまう。
立ち尽くしていると、ふわっと体が浮いた感覚がある。ネロに抱え上げられたようだ。ネロと顔を合わせるのが嫌で、俯いてフードを引っ張り、顔を隠してしまった。そのまま運ばれて、調理場の前で下ろされる。下ろされた後は、声を掛けられる事もなく、二人は調理場に入っていった。
二人が離れたのが分かって、顔を上げる。動く事もできず、二人で並んで歩く後ろ姿をぼんやりと見送ってしまった。二人が調理場に入った直後に、ユリアさんが調理場から顔を覗かせた。今日はふんわりした灰色と白のエプロンドレスでメチャクチャ可愛い。しかも、超ミニ。スカートがめくれて下着が見えそうでヤバい。
ユリアさんの背後から、ネロとレオさんも覗いてるのが見える。ネロはもう平気っぽそうに見えるし、レオさんも、もう怒ってなさそう。微笑んだネロと、笑顔のレオさんだ。二人に気を取られていたら、ニッコリ笑顔のユリアさんが近付いてくるのが見えた。
「レオさん。これはレオさんの趣味ですか?琥珀さんが滅茶苦茶可愛くなってるじゃないですか。それ以前に泣きそうなのは、強要したんですか?怒らないから言ってみなさい?」
「違う、アレは反省してるの。今日の琥珀は調子に乗ってヤバい事しかしてないから、ちょっとだけ怒った。で、反省してるんだよ。俺は悪くない、筈だ。」
ユリアさんが目を輝かせたのが見えた、と思ったら、ユリアさんは勢いよくレオさんに喋りかけている。というか、注意してるっぽい。で、レオさんは今回は強気の姿勢で毅然と言い返している。二人の可愛い遣り取りをぼんやりと眺める。幼馴染の猫ちゃん達のじゃれ合いはホント可愛い。
「琥珀さんがちょっとくらい悪戯したって可愛いでしょ。笑って許すくらいの事をして下さい。ネロさんもいながら、なんであんな泣きそうになるまで放っておくんですか。」
「イヤ、俺も動揺して。」
ユリアさんはレオさんにダメ出しをした返す刀で、矛先をネロに変えて叱り始めた。ネロが困ったような口調で言い訳をしている。ネロのこんな感じは初めて見る気がする。
「そうですか。では、その動揺がなくなるまで、私が琥珀さんをお預かりしますね。」
「それは困る。」
「では、しゃきっとして下さい。」
「はい。」
ユリアさん無双で今日も二人が怒られている。完全にユリアさんが場を支配している感がある。三人の楽しそうな遣り取りを、輪に入れずに眺め続けてしまった。ユリアさんは振り返ってにっこりしてくれた。今日も可愛くて癒される笑顔だ。
「えっと、俺がなんかしちゃったっぽいです。だから、ネロもレオさんも悪くないです。さっき二人に悪戯をして大変な事になっちゃって。で、今も何かしちゃったんです。だから、レオさんの怒りは甘んじて受けてる最中なんです。」
ユリアさんが二人を叱っていたけど、俺が原因なんです。ぼそぼそと小さな声で二人の擁護をしてみた。ユリアさんは癒される可愛い笑顔で、目を見ながら、うんうん、って聞いてくれている。
ユリアさんの話を聞くスタイルはレオさんと似てるってちょっと思っちゃった。幼馴染として時間を共有する中で、相手の話を聞くスタイルを確立していったのかも。
ユリアさんは俯く俺の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。言葉で慰められるより、心に響く慰め方だ。これがユリアさんの優しさなんだろうな。この仕草もレオさんとちょっと似てる。レオさんの優しさはユリアさん経由の優しさなのかも。
「琥珀さんはこのフードが凄く似合いますね。とっても可愛いです。マスター、ちょっと来て下さい。急いで。」
俺のやらかしには一切触れずに、ユリアさんはフードを褒めてくれた。でも、めっちゃテンションが上がってる感がある。更には、マスターさんを召喚し始めた。しかも、有無を言わせない感がある。ユリアさんも結構押しが強いのかもしれない。
のそのそゆっくり出てきてくれたマスターさんは、俺と目を合わせて頷いてくれた。そして、無言で奥に引っ込んでいった。ユリアさん以上に癒される存在のマスターさんは今日もモフモフだった。
ユリアさんはニコニコ笑顔で傍にいてくれる。ユリアさんから視線を外して、ネロとレオさんに顔を向けてみた。困った顔のレオさんと、心配そうな顔のネロが見える。二人からもそっと顔を逸らして、ユリアさんに手を振って調理場から少しだけ離れる事にした。
食事場を包み込んでいる大きな風の膜は、水滴を纏わせてキラキラと光を散らしている。今日は注文に時間がかかっているらしく、二人は中々戻ってこない。
少しの間、ぼんやりと食事場を眺めていたけど、自分が何かをしちゃった事実は変えられない。一人になった事で、何をしちゃったんだろうって不安感が湧いてくる。フードを深く被り直して俯いてしまった。
足元をぼーっと眺めながら待っていると、フワッと抱き上げられた。包み込む香りがネロだって教えてくれる。ネロが心配そうに覗き込んできて、慌ててフードで顔を隠して俯いてしまった。フードは顔を隠すには便利だね。
「琥珀、少し動揺した。すまない。」
ネロの優しく謝る声が聞こえて、フードから手を離して顔を上げてみる。周りの景色が後ろに流れていて驚いてしまった。いつの間にか走り出していたらしい。横に目を向けると、レオさんが大きなバスケットを持って並走していた。目が合ったレオさんはニコっとしてくれる。
「琥珀?」
ネロに呼ばれて見上げる。俺が何かをしちゃってネロは動揺したのに、それでも謝ってくれた。ネロを見たくなくて、またフードで顔を隠して俯いてしまう。
その後は会話もなく、直ぐに家に辿りついた。家の中でネロがそっと下ろしてくれたけど、フードを両手で押さえて俯いてしまう。ネロが〈シール〉を解除して、覗き込んできた。フードを手で押さえたままで顔を逸らして顔を隠してしまう。
拒否の姿勢を受け取ってくれたのか、ネロは俺から離れていってくれた。顔を上げると、ネロが食事を並べ始めている。美味しそうな香りが漂ってきて、お腹が鳴った。落ち込んでいてもお腹は反応するらしい。流石に今のは恥ずかしくて、蹲ってお腹を抱えてしまう。身の置き所がないとは、こういう事なんだろうな。
蹲ってぼんやりしていたら、不意にふわっと抱き上げられた感覚があった。足を触る感触もしてきて、驚いて顔を上げてしまう。目の前には優しい緑の猫目が見えた。顔を下方に動かすとネロの猫耳が見える。レオさんが俺を抱きあげて、ネロがサンダルを脱がしているみたいだ。
「琥珀。お前は悪くなかった。ネロがあまりにも動揺してたから、可哀想過ぎてキツク言ってしまった。ごめんな。」
レオさんまで謝ってくれた。俺が悪かったのは確実なのに、俺の卑屈な態度が二人を謝らせてしまったみたいだ。レオさんは本当にすまなそうな顔をしていて、どうしていいか分からなくなっちゃった。でも、レオさんが謝るのを聞きたくなくて、フードの上から耳を押さえて俯いてしまう。
「今考えると、琥珀は全然悪くなかった、ごめんな。少しだけ、知識の中の常識とかけ離れた現象だったから、俺もネロもちょっとだけ動揺してしまった。マジでごめんね。」
レオさんが腕を持ち上げて、俺の位置を調整してきた。顔を上げると、頬にキスをしてくれる。そして、目を合わせて、レオさんは優しく説明をしながら、また謝ってくれた。二人が動揺する程に常識とかけ離れた現象って。俺は何をやらかしたんだ。
「知識の常識と違う現象ってどういう事なの?」
落ち込んだ心より、知りたい気持ちの方が強くなって、フードから手を離して恐る恐る、聞き返してみる。俺はまたこの世界の常識から外れた行動をしてしまったのは分かった。その結果、ネロがあんなに動揺する事になっちゃった。俺が口を開いたのが嬉しいらしく、レオさんの頬が緩んで優しい微笑みを浮かべてくれた。
「腹減っただろ。腹も鳴ってたし、先に飯にしよう。話は逃げない。」
「うん。でも俺は何かをしちゃったんだよね。」
レオさんが子供に話し掛ける優しい口調で、先にご飯だって言ってくる。お腹は確かに空いてる。でも、それより、ネロに何かをしちゃった事の方が気になっちゃうんだよ。
「それも全部、食べながらか、食べ終わった後でスイーツを摘まみながらでいいでしょ。ごめんな、琥珀がここまで反省というか、凹むとは思わなかった。軽いお仕置きくらいに考えてた。」
「うん、下ろして。」
レオさんが俺の問いかけを躱す形で再度謝ってきた。今はまだ、俺の質問には答えてくれないらしい。理解したって伝える意味で頷いて、下ろして欲しいって伝える。レオさんはごねる事なくそっと下ろしてくれた。レオさんと話してる間に、ネロは俺のサンダルを脱がせ終わっていたらしい。
レオさんの隣で心配そうに見守っていたネロから顔を背ける。俯いて二人を視界から外し、テーブルに向かう事にした。俺を追い抜いて、二人の長い脚が両脇を先行していくのが見える。先にテーブルに到着した二人は椅子に腰を下ろして待っていてくれてる。
二人の待つテーブルに到着して、ネロの隣の蔦の椅子を抱えあげる。こんなにがっしりしてるのにめっちゃ軽い。俺でも楽々動かせる重さだ。二人は無言で見守っているっぽい中で、黙々と椅子を誕生日席に設置する。
今はネロの隣で食べる気になれなかった。レオさんの傍も嫌だ。移動した椅子に俯いたままで腰を下ろす。座る時に、困った顔で眺めているネロとレオさんが見えた。その視線を遮る為に、フードを引っ張って深く被り直し、俯いてしまった。
視界の中にネロの綺麗な手が入り込んできた。俺の前にスープの器とカトラリーを移動してくれたみたいだ。ネロに小さく、ありがと、と呟いてみたけど、反応はない。俯いているから、いつも通りにネロが無言で頷いていたとしても見えない。
いただきます、と手を合わせる。俯いている視界の両脇はフードで隠されて見えない。俺から見える景色は俺の正面の食事だけ。フードを深く被った事で、二人の様子が全く見えない。祈りが終わったかも見えない。どうしていいか分からず、ぼんやりとテーブルの上を眺めてしまった。
ネロの手がまた視界の外から入ってきた。今度は、取り分けたサラダを俺の前に置いてくれている。お腹は空いている。なのに、何故か食欲がなくなってきた。お腹は空いているのに、食べたくない。
「琥珀、フードを取れ。食事だぞ?」
レオさんの注意する声が聞こえた。食卓でフードを被ったままの子供を注意するお父さんみたいだ。でも、フードを押さえて首を振ってしまう。俺は何をやったのかも分からないから、謝る事すらできないんだもん。ネロに合わせる顔がないの。
「琥珀、悪かったって。どうしたらフードを取ってくれる?」
「別に何もしなくていい。」
レオさんが困った感じで、今回は注意というよりは、お願いって感じの言葉を出した。俯いてフードを押さえたままで小さく答えてしまう。何も望んでない、敢えて言えば、俺が何をしたか知りたいだけ。ネロにちゃんと謝りたい。
「じゃあ、フードを取って食事を始めよ。それだと食べにくいだろ?」
レオさんの優しい声が尚もフードを外す事を促してきた。フードをギュっと握って、フルフルと首を振ってしまう。拒否の姿勢を貫いていたら、微かな溜息が聞こえた。そして、体がふわっと浮き上がった。
この抱っこはネロだ。匂いもそうだし、感覚もネロだからすぐ分かる。ネロは一切言葉は発せずに淡々と椅子に戻り、俺を横向きで自分の膝の上に座らせた。そして、俺を膝の上に置いたままで、平然と食事を始めた。
イキナリの展開にびっくりして固まってしまう。ネロが口を動かすのを至近距離で眺めていて、硬直から回復した。ネロの膝から下りようと、体を捩ってみる。腰に片腕を回したままのネロのせいで下りられない。ネロの腕を掴んで、外そうと引っ張ってみたけど全く効果はなかった。
ネロは足掻く俺なんていないかのように、全く動じる事なく食べ続けている。でも、ネロの視線は俺を捉え続けているから、足掻く俺もちゃんと認識はしているらしい。
下ろしてって言葉を目に込めて睨んでみた。でも、ネロは嬉しそうな笑顔を返してくれる。睨んだのに笑顔を返された事にびっくりして動きが止まってしまった。
驚いてる間に、ネロにフード外されてしまう。乱れた髪を優しく撫でつけてくれるネロの視線は優しい。驚きから回復して、今度はフードを外された抗議で睨んでみた。睨んだ視線を受けても、ネロはにっこり笑顔を返してくれる。睨まれて嬉しそうに笑うって、何なの。
睨んでの抗議は通用しないらしい。という事で、やっぱり態度で示すのが一番。ネロの膝から下りる為にジタバタと悪戦苦闘を続ける横で、ネロは優雅に片手で食事を続けている。暴れる俺を膝に置いたままで片手で制して、優雅にってヤバいよな。
ネロは何を思ったのか、唐突に食べ途中の黒パンを俺の唇に押し付けてきた。顔を背けて拒否をする。ネロは気にする事もなく、そのパンを自分で食べてしまった。次に、サラダをフォークで運んで俺の唇に押し当ててくる。拒むと自分で食べる。
唐突なネロの行動に困惑して、レオさんに顔を向けてみた。レオさんは何故かネロのお肉を楽しそうに切り分けている。ネロがレオさんの差し出したお肉のお皿に手を伸ばした。ソースをしっかりと付けた小さなお肉の欠片は、予想通り俺の口元に運ばれてくる。
ソースで唇がべとべとになるのが嫌で、仕方なく口を開けてみる。ネロはフォークを慎重に俺の口の間に差し入れてくれた。お肉を歯で挟むと、フォークをゆっくり引き抜いてくれる。
もきゅもきゅと肉を噛み締めている間に、ネロも大きく切ったお肉を自分の口に運んでいる。視線を動かしてレオさんに戻すと、レオさんはせっせとネロのお肉を切り分けていた。
「下ろして、自分で食べる。」
「駄目。我儘を言ってレオを困らせた罰。琥珀は悪い子だったからね、罰が必要なんだよ。」
食事を始めようとしない俺を強制的に食事に引き摺り込んだのは理解できた。小さな声で食事はするから下ろして欲しいと伝えてみる。ネロはふわっと優しい笑みを浮かべて、拒否を伝えてきた。その、余りにも普段のネロとはかけ離れた口調に驚いて止まってしまった。
優しく囁いた声は、甘えた感じにも、甘さを含んだ感じにも、聞こえる不思議な響きだった。言える事は、ネロの口から出たとは思えないって事だ。いつものネロの話し方と全然違った。そして、その甘い響きとは真逆の、言葉の意味合いの強さが混乱を加速していく。
罰、という言葉を使ったにも拘らず、フワッと柔らかくて可愛い微笑みを浮かべているネロを二度見してしまう。微笑んでいるネロは幸せそうで、甘えている感じもある。こんなネロは初めてで、どうしていいか分からなくなって、レオさんを見てしまった。レオさんは苦笑しながらも、微笑ましく見守っているっぽい。
レオさんに顔を向けていると、ネロがお肉を唇に押し当ててきた。レオさんに見られているのが恥ずかしくて拒んでしまう。唇を閉じたままで開けなかったら、ネロはその肉を自分で食べてしまった。そして、ソースと肉汁が付いた俺の唇をペロっと舐め取ってくる。びくっと硬直した視線の先では、レオさんも目を丸くしてる。
ネロは一体どうしたんだ。ずっと困惑に近い混乱の中にいたけど、更に混乱してしまった。体を固くして動きを止めていても、ネロがお肉とか、サラダとか、パンとかをせっせと運んでくる。その合間に、自分の食事も優雅に食べ続けているのがスゴイ。
口を開ければ食べさせてくれて、食べないとネロが自分で食べてしまう。そこまではいい。でも、ネロはついでみたいに、拒んだ際に俺の唇に付いたソースやドレッシングを舐めて取っていく。結果、抵抗をやめて運ばれたものを大人しく食べるしかなくなってしまった。
抵抗を止めた途端に、ネロは一旦フォークを置いて俺の唇を手で覆ってくる。至近距離でネロの紡ぐ綺麗な旋律が聞こえてきた。ネロの手の下に冷たい水の感覚が集結してきた。大人しく食べるって分かって、今までの抵抗の汚れを〈浄化〉と〈乾燥〉で綺麗にしてくれるらしい。
魔法が終了して食事が再開された。ネロは楽しそうに次々と料理やスープを運んで食べさせてくれる。もぐもぐ、もきゅもきゅしている間に、ネロは自分もちゃんと食事を続けているのがスゴイ。
因みに、ネロの片腕は俺の腰に回されている。つまり、片手だけで器用に食べさせてくれて、食べ続けているって事だ。それなのに、ソースの一滴すら零していない。
粛々と食事を続けていたら、腰に回されたネロの腕が緩んでくれた。これは好機、とネロの膝から下りるべく行動を開始する。でも、駄目だった。少し身動きしただけなのに、ネロは腕を締めてくる。行動を開始する事もなく、脱出は失敗してしまった。
「一人で食べる。」
ネロを見つめてみる。ネロはいつも通りの優しい微笑みを浮かべていた。ちょっとほっとして、下ろしてって訴えてみる。ネロがニコっと笑ってくれた。あれ、何か違和感がある。いつもと違う笑顔だ。甘さを含んで甘えたような、違和感満載の笑顔。綺麗だけど可愛い笑顔。
「駄目。琥珀はレオを虐めたでしょ。泣く程怖い目に合わせた。だから、罰を与える事にしたんだよ。」
可愛い笑顔を浮かべてネロが口を開いた。子供に言い聞かせるような優しい口調で、落ち着いた低い声がゆっくりと話していく。静かな声なのに少しだけ威圧感がある気がする。そして、微かな甘さも含んでいる、気がする。少しだけ背筋がゾクゾクする響きだ。
ネロの話し方がいつもと全然違う。ネロの中に偽物が入っている気がする。あ、分かった。さっき思った、魔法暴走説が当て嵌まるかもしれない。魔法の暴走でネロが変になっちゃった可能性が高い。俺のせいで、いつもと違うネロになっちゃったんだ。考え込んでいる間にも、次々と食事が運ばれてくる。運ばれる儘に食べていたら、満腹になってしまった。
「もういらない。お腹がいっぱいになった。」
「そう?じゃあ、膝の上で大人しくしててね。」
おずおずと満腹になった事を伝えてみると、ネロはあっさりと了承して、待機を申し渡してきた。あれ、えっと。いつものネロなら直ぐに開放してくれそうなのに、なんでそんな事を言ったんだ。ネロをじっと見つめてしまう。ネロは嬉しそうに目を細めてくれた。
その表情はネロで間違いない。でも、違和感が満載だ。やっぱり何かが違う気がする。ネロはどうしちゃったんだろう。ホントに別人になっちゃったのかな。ちゃんと元に戻るかな。
「いい、下りるからゆっくり食べて。」
「駄目だよ。琥珀はずっと顔を隠してたでしょ。可愛い琥珀がやっと出てきてくれたんだから、見ながらゆっくり食べさせて?」
ネロの反応を窺いながら、膝から下りたいってストレートに伝えてみた。ネロはニコっとしてくれた。そして、優しく甘い声で囁いてくる。ネロの言葉遣いも言葉選びも全部がおかしい。言うなれば、レオさんのチャラさが若干混じっている気がしないでもない。
これは明らかにネロじゃない。不審な気持ちが顔に出ちゃって、眉を寄せてネロをじっと見つめてしまった。ネロの瞳が金色に輝いた、気がする。キラキラな瞳で見つめ返してくれるネロは、やっぱり、若干だけど、テンションの高い時のレオさんに似てる。ネロがおかしくなっちゃった。
「レオさん、ネロがなんか変なんだけど。」
「そうだな。まぁ、変かもしれない。」
ネロを注意深く観察しながら、俺の感じている違和感はおかしくないよね、とレオさんにも確認を取ってみた。レオさんはクスッと笑って、のんびりとした口調で同意してくれた。でもね、めっちゃ適当に答えてきたじゃん。変かもしれないって何。普通に変じゃん、変以外の何物でもないじゃん。
レオさんの物言いにむっとして、レオさんに顔を向けて、非難の目で見てしまった。だって、ネロがこんなに変なのに、レオさんは全然気にしてないんだもん。恋人なのにネロの異変を適当に流すとかありえないでしょ。ネロがレオさん化してるんだよ。明らかにヤバいでしょ。
非難の視線を受けて、レオさんは一瞬目を丸くしたけどそれだけだ。会話は終了って感じで普通に食事を再開してる。ネロがあんな風になっちゃってるのに、なんでそんな冷めた態度なの。今度は抗議の意味を込めて睨んでみた。レオさんはニコっとしてくれたけど、あんまり堪えた感じはない。
「変かもって何。超変じゃん。明らかに変。ヤバい程変だもん。」
「超変かって言われると微妙。」
もう言葉で抗議するしかない。レオさんの物言いを非難しつつ、ネロがいかに変かを羅列してみた。レオさんはちらっとネロに視線を飛ばして、今度は軽く否定してくる。微妙って、明らかに目に見えてアレなのに。微妙なんて言葉で片付けられないでしょ。
あ、そうか。分かった。今のこの状況は、俺だけに分かる変化なのかもしれない。普通に見えてるレオさんだけど、実はレオさんも変になってる可能性もある。ネロとレオさんは今ダメな状態に陥ってるんだ。レオさんは全く変化してないって事は、チャラくなっちゃう状態異常な可能性もある。
俺だけが正常なんだよ。って事は、俺がしっかりしなきゃだ。差し当たって、何故チャラくなる状態異常になってしまったかが問題だ。それはもうほぼ、分かってる。この世界は魔法の世界。つまり、答えは一つ。二人は知らない間に変な魔法を喰らっていたで確定だ。
「分かった。アレだ。精神系のヤバい魔法を喰らっちゃったんだね。」
「誰がよ。」
二人に自覚して欲しくて、隠さずにちゃんと教えてあげる事にした。レオさんが楽しそうに目を細めた。そして、静かな声で聞き返してくる。やっぱり自覚なく変になってるんだ。聞き返してきたって事はそういう事だよね。聞いたらショックを受けるだろうけど、教えてあげたほうがいい気がする。
「ネロとレオさんしか、いないでしょ。」
「お前が喰らってるのかもよ?」
言葉を選ぼうにも選びようがない。サラッと答えてみたら、レオさんが言い返してきた。ん、ん~。ん?俺が喰らってる可能性もあるのか。もしかして、二人は正常に行動してて、俺だけがおかしいのかな。その可能性もなくはない。
ってか、ネロが変な魔法を喰らうって事態が想像できない。って事は、レオさんが言ってるのが正しい可能性もでてきた。ネロは普通に受け答えているだけだったのか。そうだよね。ネロがレオさんとちょっと似てる言動とか、ありえないじゃん。今、ネロの膝の上にいるのは、俺がおかしくてネロが心配してくれたから。
「えっ、マジで?俺は今、実はヤバい事なってるの?」
「ん~、ヤバいっちゃヤバいかも。ネロを本気にさせてしまったみたいだからな。本気のネロの怖さをその身をもって思い知ったらいいと思うよ。」
俺がヤバかったという可能性しかなくてレオさんに泣き付いてしまう。にっこり笑顔のレオさんの言ってる事は少ししか理解できなかった。本気のネロの怖さって、あれでしょ。殺されるってレオさんが半泣きになったヤツ。本気のネロを止める事もなく、楽しそうに眺めているレオさんを睨んでしまう。
「それってアレだよね。ネロに殺されるってヤツでしょ?レオさんですら瀕死になっちゃったんだから、俺なんて即死じゃん。本気のネロって即死技を使ってくるんでしょ?もう逃げ場はないじゃん。」
レオさんが一瞬怯んだから、勢いよく泣き言を言ってしまう。レオさんが楽しそうに目を細めているのが見える。知ってた事だけど、レオさんはドSで確定だ。泣きそうな俺を見て、そんな楽しそうに笑えるんだもん。確実にドSだ。もう駄目だ。
「殺しなどしない。」
ネロの冷静で淡々とした声が聞こえた。顔をネロに戻すと、苦笑したネロが見える。今、ネロの口調は普通だった気がする。いつものネロだった、気がする。目の前のネロも普通に見える。良かった、ネロが元に戻ってくれた。
「ネロが状態異常から解放された。正気に戻ったんだ。良かったね、レオさん。」
「おー、そうだな。ってかネロ、詰めが甘い。やっぱりお前には無理か。ホントに琥珀には甘いな。」
安堵から体の力が抜けてしまうと、ネロが頭を撫でてくれた。やっぱりいつものネロだ。レオさんに顔を向けて、ネロの帰還を喜んでみる。レオさんは適当に相槌を打った後で、ネロに視線を向けてダメ出しを始めた。
「実力以上を出した。だが、俺にはやはり無理だった。」
「無理って何の話なの。ってか、下りる、離して。」
ネロは冷静な口調でレオさんと会話を続けていく。一体、何の話をしてるんだよ。まぁ、それはどうでもいい。ネロが正気に戻ったなら、俺は下りたいんですよ。腰に回されているネロの腕を掴んで解放を要求してみた。
「駄目だ、食べ終わるまで待っていろ。」
「横暴だし、強引だし、唇を舐めてきた。」
「それな、俺もびっくりした。ネロ、アレはやり過ぎだぞ。」
冷静なネロに戻ったのはいいけど、解放はしてくれないらしい。むっと眉を寄せて、ネロの悪行を羅列して文句を言ってみる。レオさんもちょっとだけ俺の味方をして、ネロに苦言を呈してくれてる。
今回のレオさんは俺の味方だよ、ネロの負けだよね。ふふん、とどや顔で早く腕を離してって目で訴えてみた。ネロは嬉しそうな笑顔を浮かべて、腕の力を強めてきた。くそぉ、駄目か。
「こうしないと琥珀は食べなかった。だが、確かに唇を舐めたのはやり過ぎた。すまない。」
腕の力は緩めてくれないけど、ネロが夕食の間の事は謝ってくれた。ネロは自覚があって変な言動をしてたらしい。食欲がなくなった俺に食事を促す為に、ネロは演技をしてたみたいだ。演技であそこまで変われるネロはスゴイ。ネロの気遣いは分かった。それは別にして、レオさんの前でネロの膝の上はヤなの。下ろして。
「悪いと思うなら離して。」
「駄目だ。暴れると食事の時間が延びる。大人しくしていろ。」
解放を要求しながら、ジタバタと足掻いてみたけど、ネロの腕はビクともしない。力尽きたトコロで、ネロがぴしゃっと待機を申し渡してきた。普段は優しく何でも聞いてくれて、嫌って言ったら直ぐに引いてくれる感じがするんだけど。今の毅然とした態度のネロはちょっとカッコいいかも。




