172 そんな軽いもんじゃないからな
運動後で、ぐでっとなって、ネロの抱えるままにぼーっとしていたらお腹が鳴った。そうだった、お腹が空いてきてたんだ。
「琥珀、動けるか?どうする?」
「ん?」
ネロの質問の意図が分からなくて首を傾げてしまう。レオさんがネロの隣に腰を下ろしながらお茶を手渡してくれた。お茶を受け取って、一口飲んでみる。温度がぴったりだ、熱くもなく温くもない、すご。そして、ネロ程じゃないけど、美味しいお茶だ。
「飯、一緒に注文に行くかって事だと思うぞ。」
レオさんのお茶を楽しんでいたら、レオさんが頬を撫でてくれた。顔を上げると、レオさんがさっきのネロの質問の意図を教えてくれる。
「あ~、成る程。ってか。ネロ、離して。恥ずかしい。」
「駄目だ。」
この場にレオさんがいる事に気が付いて、ネロの膝の上なのも気が付いて、ワタワタとなってしまう。ネロに解放を要求したら、ネロが悪戯っぽく笑って腕を緩めてくれた。レオさんの真似っこらしい。お茶目なネロも可愛いかも。
ネロの膝から下りようとしたら、レオさんがカップを受け取ってくれた。そしてもう片手を差し出してくれる。レオさんの手を掴んで立ち上がり、床に座り込んだ。レオさんが返してくれたカップを受け取ってまったりとお茶を楽しむ。
「二人の雰囲気、なんか柔らかくなったね。」
「そうか?」
「どうだろ、確かにネロが優しい感じはするよな。」
見つめあう二人の空気が凄く優しい感じがする。それが嬉しくて、ニコっと笑顔で感想を伝えてみた。ネロは優しく相槌を打ってくれて、レオさんはなんとなく同意してくれる。レオさんの言う通り、ネロの感じが優しいからかもしれない。
「ネロが優しいからってので正しそう。ネロはレオさんにデレてるんだね。いい事だ。でも、ネロの代名詞、ツンが無いと、なんか物足りない気分になるよね。」
「あ~、それな。ネロが優しすぎると怖いよな。」
ツンデレのネロからツンが消えちゃうのは少し寂しい。レオさんに対してはツンツンしてるネロもちょっと可愛かったのに。俺の思いとレオさんの考えは似てるらしい。レオさんも概ね、同じ意見だったっぽい。
「ネロはいつも優しいけど、レオさんに対しては時々ツンツンしてて欲しいよね。」
「成る程。」
ネロを見上げてニコっと伝えてみた。ネロはちらっとレオさんに視線を飛ばして納得してくれたのかな。でも、冷た過ぎても困るんだよね。この匙加減が難しそう。
「で、飯の注文はどうするんだ?一緒に行くか?残るか?」
「ん~、ネロを取られっぱなしだったから、今日は一緒に行く。」
お茶を飲みながらまったりしていたら、さっきの質問に戻っていた。レオさんもお腹が空いてるのかもしれない。少し考えて、悪戯っぽく言ってみた。こんな風に言ったらレオさんはどう反応するんだろ。
「別に取ってねぇだろ。いつも一緒だったでしょ。」
「だって、注文の時はレオさんと二人だったじゃん。取られたで間違ってない。」
「そうだな。」
レオさんが苦笑交じりに言い返してくる。レオさんの反応は概ね、満足です。甘えた口調で不満を伝えてみると、レオさんの頬も目も優しく緩んでくれた。ネロも嬉しそうに答えてくれる。
俺の髪をゆっくり撫でてくれるネロの眼差しは、超優しい。それを見守っているレオさんも優しい眼差しになってる。お茶を一口飲んで、ネロに渡すとネロも一口飲んでくれた。そして、美味しそうに頬を緩ませている。
「レオさんのお茶も美味しいよね。」
「そうだな。美味い。」
ネロにもレオさんの美味しいお茶を飲んで欲しかったんです。ニッコリしながら聞いてみると、ネロも嬉しそうに答えてくれた。やっぱり、ネロがデレてる。レオさん相手でもツンツンしてない。
「じゃぁ、行こっか。」
「琥珀は着替えないのか?それは運動用だろ?」
まったりとしてたら、またお腹が鳴ってしまった。しょうがない、行くか。立ち上がって二人に声を掛けてみる。レオさんが着替えを要求してるけど、着替えたくないんです。
「うん、運動用。でも暑いからこれで良くない?ちょっと外に行くだけだし。」
「う、そうだけどな。外は寒いかもだろ、着替えた方がいい。」
レオさんの要求を跳ね除けて、ネロに手を差し出してみる。ネロは何か言いたげに見上げてくるけど、俺の手を掴んでくれない。そして、ネロに向かって差し出した手をレオさんが掴んで、更に説得してくる。
「大丈夫、〈シール〉をして貰えば寒くない気がする。」
「そっか、そう言えばそうだな。」
もういい、と一人で入り口に向かいながら、レオさんに答えてみた。サンダルを履きながら二人の様子を窺うと、ネロがマントを持って近付いてくるのが見える。ネロに首を振って壁まで下がってしまった。首を傾げるネロに大きく頷いてみる。
「琥珀、まさか、マントを羽織らないとか言うつもりじゃないよね。流石にマントは羽織ってくれるよね?」
「今日はいい。このまま歩いたらウォーキングで運動してる気分になれそうだし。」
ネロが目を瞠って、言葉を選んでる様子なのが気になる。ネロを見上げていたら、靴を履きながらレオさんが質問を始めた。レオさんに顔を向けると、困った顔のレオさんが見える。マントはいらないって答えたら、二人が見つめ合ってしまった。
「じゃぁ、一旦俺の家に行こうよ。俺の替えの服もこの家に持ってきたいし。」
「替えの服?なんか、同棲みたいでドキドキだね。」
少し考え込んだレオさんがネロに頷いている。俺に視線を移したレオさんは、一つの提案をしてきた。食事前にレオさんの家まで散歩をするらしい。その理由でテンションが上がってしまう。替えの服とか、響きがいいね。
「そそ、ネロが夜いない間は同棲するから、ちょっとだけ置かせて貰うわ。朝から仕事の時もあるし、着替えは必要だろ。ネロ、それでもいいか?」
「問題無い。」
「そうと決まったら早く行こ。」
ネロに聞くまでもなく問題がある訳がない。だって、レオさんがこの家に半同棲だもん。ネロは嬉しいよね。ニコニコでネロを見上げると、ネロも嬉しそうに目を細めて髪を掻き上げてくれた。
ネロの詠唱を聞きながら、外を覗いてみる。目の前を風の膜が覆っていく直前で、外の冷気を少しだけ感じる事ができた。めっちゃ寒かった。
外に出ると、さっきと変わらずの土砂降りの雨だ。二人が続いて出てきたから、レオさんの家の方向に向かって歩き始める。外はもうかなり暗くなっていて、一人だとかなり心細く感じるかもしれない。でも、今日は二人と一緒だ。隣に並んだレオさんを見上げてみた。
「あれ、レオさんも今日はぴったり〈シール〉だ。」
「ネロがしてくれた。確かに尻尾に空気が入るわ。後、髪も逆立つ感じがある。ぞわぞわする感覚がヤバい。」
レオさんを包んでいるのは、体に沿った風の膜だ。珍しいな、っと思わず感想を漏らすと、レオさんが答えてくれた。レオさんの尻尾をに目を向けてみる。ぽわぽわに膨らんで可愛くなってた。頭に目を向けると、髪は分からない、でも耳の毛は逆立ってる感じがある。スゴク可愛い感じになってるんですけど。
「舐めるような視線をやめろ。」
「普通に見てただけじゃん。ね、ネロ。普通だったよね。」
俺の視線が不満だったらしいレオさんに止められてしまった。むっとしながら言い返してみる。確かに、舐めるようには見たかもしれない。でも、ちょっとだけじゃん。尻尾が可愛いんだから仕方なかったの。
「そう、だな。少し色気を含んだ視線だった、気もする。」
「ほら、やっぱりエロい目線だった。」
ネロに確認を取ったのは間違いだった。ネロがレオさんの見方をしちゃったでゴザル。でも、ちょっと嬉しい。ネロの言葉に後押しされたレオさんがズイっと体を寄せて、エロいまで言い切ってきた。エロくは見てない。普通に微笑ましく見てただけだもん。
「ネロを味方につけるとかズルい。」
「いつものお前の戦法だろ。あとな、巻き込んだのはお前だろ。」
文句を言って、むっと頬を膨らませてしまう。レオさんは片手で俺の両頬を掴んで空気を抜きながら、言い返してきた。確かにそうでした。ネロを巻き込んだのは俺だった。ってか、ネロがレオさんに超優しくなってる。さっき怖がらせたのを気にしてるのかも。あんな怖がらせちゃったもんね。
「ネロの家からレオさんの家に向かうのって新鮮だね。いつも逆方向だったから不思議な感覚になる。」
「そう言えばそうだな。」
何回も辿ってきた道のりを逆方向に進むって感覚が凄く新鮮だ。ニコニコで話していると、レオさんも同意してくれる。そして、今日はネロも隣にいて、普段の二人の散歩とは一味違う三人での散歩で嬉しさ倍増ですよ。
「そして、今日はネロも一緒だから嬉しいね。」
「そうだな。」
ネロに視線を移して、嬉しさを伝えてみた。ネロも優しく答えてくれる。暗くなってるから、二人の表情はもう見えない。でも、声で二人の優しい感じが伝わってきた。微かに光る、金色と緑の瞳が優しくて暗い道でも安心できる。
「お休みは今日までか。喧嘩で時間を使わせちゃってごめんね。」
また二人と散歩したいな、って思って思い出した。二人一緒のお休みは今日までだった気がする。明日からは、二人の休みが重なる時もあるかもだけど、基本はバラバラだと思う。そんな貴重な二人の時間だったのに喧嘩させちゃったんだ。
「それな。マジでね、亜人ってのは本能的な危機にかなり弱いらしいから気を付けろ。」
「本能的な危機って何?」
俺の謝罪を受けたレオさんは、謝罪そっちのけで新情報を出してきた。本能的な危機ってなんだろ。亜人に限定してきたね。俺の知らない新情報だ。
「絶対に勝てない強者の前だと、体が竦んでビビっちゃうの。始祖の血を引いてるから仕方ないんだけどね。そういう意味では人族がちょっと羨ましい。」
レオさんの話を聞いて理解できた。レオさんがネロに対して凄く怯えていたのは、そういう事だったんだ。レオさん曰くだけど、10倍くらい強いネロが本気で怒ったから、レオさんは本気で怯えちゃったんだ。
「羨ましいってなんで?」
でも、人族が羨ましいってなんでだろ。ガトは人より身体能力が優れてるし、羨ましい要素はあんまりなさそうな気もする。猫耳も尻尾もないし。普通の人だし。
「だって、人族はどんな格上相手でも、例え絶対殺される状況でも立ち向かっていける根性がある。まぁ、亜人も修練次第ではその域まで達するみたいだけどな。でもな、その為には、ちゃんと精神を鍛えないといけないの。」
「人族はそんなに凄いんだ。」
人族は根性だけは亜人より凄いらしい。ソコは優れてるんだね。成る程。俺は人族だから、根性があるのかな。でも、レオさんの脅しには直ぐに屈しちゃうよね。厳密にはこの世界の人族じゃないからかもしれない。
「まぁ、そこは凄い。ただ、肉体的な能力とか魔法関係とかは、亜人にはかなり劣るから一長一短かもな。」
「あ、そういう事か。総合して凄いって訳でもないんだね。成る程ね。」
人族が単純に優れてるって意味ではなかったっぽい。そうだよね、この村のガトの人達を見てても思うけど、ガトは身体能力が凄いもん。他の亜人さんは全く知らないけど、レオさんの言う通り一長一短なんだろうね。
「そういう事。負けると分かってる戦いを亜人はしないけど、人族は数%でも勝機があったら挑んでいく。まぁ、亜人って言っても、一般的にって話だけどね。好戦的な亜人もいないでもないから。」
「レオさんは実は物知りだよね。」
レオさんの分かり易い説明を聞いてて思ってしまった。レオさんって実は博識なのでは、と。いや、前々からそんな気もしてたんだよ。聞いた事には大抵答えてくれるし、分かり易いし。
でもね、レオさんは何というか、雑でエロいじゃん。ネロと正反対じゃん。だから、気付かないフリをしてたのかもしれない。レオさんは何気に脳筋なだけじゃない気もしてきた。
「それは、確実に褒め言葉だよな。そう取っていいんだよな。」
「ん~、どうでしょう。」
レオさんが屈んで覗いてくる。首を傾げると、レオさんはニコっとしながら確認を取ってきた。普通に誉め言葉だよ。でもね、レオさんには素直になれないんです。悪戯っぽく笑ってはぐらかしてしまった。
にっこり笑顔で見上げると、レオさんは小さく息を吐いてしまった。頭を撫でられて、ネロに顔を向けてみる。ネロが俺の肩を抱いて引き寄せてきた。ネロが外でこんな行動をするのは珍しい。レオさんとずっと話してたから拗ねちゃったのかもしれない。
「ネロはレオさんに本能的な危機を感じさせたの?」
「どうだろう。冷静ではなかった。そうかもしれない。」
傍に寄ると、ネロは肩から腕を離してくれた。レオさんとずっと話してたから、今度はネロに話を振ってみる事にする。そのままストレートに聞いてみると、ネロは困った感じで答えてくれた。
「レオさん、ネロは可愛いね。動揺しちゃって本気を出しちゃったらしいよ。」
「そんな軽いもんじゃないからな。」
自分でも分かってない程に動揺してしまったネロは可愛いと思います。レオさんにネロの可愛さを伝えてみた。レオさんは溜息交じりに返してくれた、けど、分かります。レオさんもそんなネロを可愛いって思ってるって、分かってるんですよ。
レオさんが怯えてたのは事実で。レオさんの話を聞く限り、それは亜人の本能に寄るトコロらしい。ネロもそれは分かってるけど、動揺しちゃったんだもん。仕方なかった。
「でも、ネロはもうレオさんにそんな事はしないよね。」
ネロを見上げて、もうそんな事にはならないよね。って確認を取ってみた。ネロが頭をポンポンとしてくれる。暗いから、それで答えてくれたみたいだ。明るい民家の明かりでネロの微笑みが見えた。凄く幸せそうで綺麗な微笑みだ。
「ネロは笑顔だと超可愛いよね。ね、レオさん。」
「あ~、そうだな。その笑顔で、どれだけの人を引き寄せる事ができるんだろな。」
ネロと目を合わせながら、ネロの笑顔の魅力をレオさんにも伝えてみる。レオさん的にもネロの笑顔はヤバいんだね。レオさん以外も引き寄せられちゃうのが怖いって感じに聞こえる。
「そうだね、危険な笑顔かもしれない。外では封印しといた方がいいのかな。」
「その方が無難だろうな。色々規格外だからな。」
ネロの笑顔で引き寄せられたら、レオさんの恋のライバルが増えちゃうもんね。レオさんの呟きが全てを物語ってる。ネロはレオさんしか見てないと思うけど、レオさんは魅力的なネロが心配なんだろうな。
「そうだよね。ネロの笑顔はレオさんだけの物にしたいよね。レオさんは実は独占欲が結構強いタイプなんだね。」
「そうだな、知らなかったけど、強いのかもしれない。お前がネロの服を着た時は冷静じゃ無くなったからな。」
うんうん、と頷きながらレオさんの心情を理解してみる。レオさんは一瞬言葉に詰まったけど、俺の意見に同意してくれた。自分で独占欲が強い自覚がなかったのか。
ん~、まぁ、そうだね。変なプレイとかしてるから分からなかったのかもしれないね。それにしても、そっか。成る程ね、ネロの服か。
「へぇ。」
「何だよ。」
ニマニマしながら感嘆の言葉を吐いてしまった。レオさんが一瞬の間を置いて聞き返してくる。その言い方が可愛い。照れてる的な感じでしょ。いいですね。
「レオさんも可愛いトコがあんだなって思って。ネロの服を貰えて良かったね。嬉しい?」
「そうだな。色々な感情を抜きにしても単純に嬉しい。この服はマジでヤバい。」
俺のニコニコの笑顔をレオさんは見えてる筈。レオさんのシルエットが俺のほうに向いていたのが横向きになってしまった。俺の質問に答えたレオさんの言葉は複雑そうだ。
単純な嬉しさだけじゃないって事なのかな。それにしても、ネロの服もヤバいのか。成る程、ヤバい服が沢山あるんだね。流石ネロだね。服もヤバいんだ。
「ネロ、良かったね。レオさんが嬉しいって。」
「そう、だな。」
ネロを見上げてニコっとしながら喜びを分かちあってみた。ネロのシルエットは俺を見下ろしてる。少しして、ネロの静かな声が答えてくれた。ネロも特に嬉しそうじゃない。大人はこういう時には仮面を被るのが美味いですね。
レオさんの家の前に到着して、レオさんが小さく言葉を紡いでいる。家の中に明かりが灯って、目を輝かせてしまった。レオさんが外から明かりをつけたらしい。レオさんを見上げてじっと見つめてしまう。レオさんは口の端を上げて頭を撫でてくれた。
レオさんが入り口を開けてくれる横を、ネロに背中に手を添えられながら入らせて貰った。さっきレオさんが点けた〈照明〉の玉は天井で煌々と光っている。
「ちょっと寛いでて。」
レオさんは靴を脱いで寝室の方に向かっていく。寝室に入る直前で、レオさんが振り返って一言残してくれた。寝室に消えていったレオさんの後ろ姿を見ながら思っちゃう。寛ぐほどの時間がかかるのかな。
サンダルを脱いで上がらせて貰う。ネロも靴を脱いで上がり込んできた。部屋の角に置かれた木箱に近づいて蓋を開けてみると、素材が丁寧に収められている。ネロも俺の傍で覗き込んできた。
「この素材達は床に転がされてたんだよ。全部安い素材かな。」
「高価なモノもある。」
ネロも一緒に素材を見ているから、聞いてみる事にする。ネロは一呼吸すらも置かずにサラッと答えてくれた。ネロの目から見て、高価って事は、確実に高価だね。
「そうなんだね。レオさんはヤバいね。高いのも床に転がしとくとか、どうなってるんだろ。」
「そうだな。少し注意をする必要がある。」
まぁ、普通の素材かなって思ってたんだよ。でも、高価な素材もあるって分かってちょっとびっくりしちゃった。高価な物も、あの臭い部屋に放置とかどうなってるんだ。眉を寄せて話しちゃったからか、ネロも少しだけ眉を寄せてしまった。
あらら、またレオさんが怒られちゃうかもしれない。ごめんなさい。心の中で謝っておこう。でも、まぁ、レオさんなら喜ぶかも。鍛錬の相手してくれるって、喜ぶ可能性しかなかった。
レオさんの家には素材が溢れているのに、ネロの家には何もない。素朴な疑問で、ネロはなんで素材を持ってないのかが気になった。レオさんの話では、ネロも普通にお金持ちっぽい。お金は主に素材を売り払う事とも言ってた。って事は、ネロも素材を扱ってる筈なんだよ。
「ネロは素材を何も持ってないよね。家に置かない主義なの?」
「そうだな、直ぐ売り払う事が多い。」
素直に疑問をそのまま聞いてみる。ネロは頬を緩めて、俺の想像を肯定してくれた。でも、言葉の感じでは、全部は売らないっぽい。
「多いって事はキープをしてる素材もあるの?」
「保管をしている、モノもある。」
保管って事は、どこかしらにそういう場所があるって事なのか。レオさんみたいに家に保管じゃない訳ですね。成る程。キープするって事は何かに使うって事なんだよね。
そもそもな話、素材ってのは何なんだ。そこからして分かってなかった。俺のゲーム脳の知識だと、素材を使って装備を作る。って感じだけど、この世界でもそうなのかな。
「素材って何に使うの?武器とか防具を作るの?」
「それもある。他にも色々と使い道はあるが、主な使い道は効果を封じ込めた結晶を作る際の触媒。」
ネロに対しては疑問はそのまま疑問で聞いて平気な気がする。色々考えて疑問を組み立てる必要はない。そうと決まれば普通に聞いてみよう。ネロは少し考えて、俺が分かり易い感じで答えてくれた。
「結晶を作る時に素材を使うの?」
「正確には、魔力を込めて結晶を作り、その中に素材の持つ効果を封じ込める。」
素材で装備品を作るのは当たっていた。でも、結晶ってなんだ。本を読んでた時にも宝石屋さんで売ってるって書かれてたけど、結晶が分からない。むっと眉を寄せて、一応質問を重ねてみる。ネロは俺の様子を眺めながら、ゆっくりと説明してくれた。
感覚的には効果の付いた石って事なのかな。合成で作る、効果の付いた宝石っぽいのが結晶って事であってるのだろうか。結晶とはどんな物なんだろう。
「結晶は何でできてるの?」
「魔力を込めた魔法の元素。精霊の欠片達。」
一番単純な質問をしてみた。結晶の何たるかが分かってない俺には一番気になる質問だ。ネロは少し考えて、答えてくれた。でも、全然分からなかった。魔法の元素ってのが分からない。
「成る程?」
「分かり易く言うと、琥珀の言う樹の子供達みたいなモノ。」
俺が分かってないのをネロは分かっているみたいだ。ニコっとしながら相槌を打ってみたら、ネロが分かり易く説明をし直してくれた。樹の子供達って、精霊の子供だよね。
「えっと、え?精霊の子供達を固めちゃうって事?可哀想じゃない?」
「族長が言っていただろ。精霊は自分の意思で行動をする、と。」
ネロの新たな説明で理解はできたけど驚いてしまった。だって、精霊の子供達を結晶にするって言ってるんだよ。それはちょっと、どうなんだろう。ネロが目を細めて話を続けていく。アルさんの言葉を引用して小首を傾げるネロに、コクっと頷いてみる。
「魔力を込めても、魔法の元素たる精霊の欠片が認めなければ、結晶は形にならない。」
「要するに、精霊の子供達が力を貸してくれて、自ら結晶になってくれるって事?」
ネロが更に説明を続けてくれて理解できた。精霊の子供達を無理遣り結晶にしているのではなく、あの子達が自分で形になってくれたものが結晶らしい。正確には、その形になったものに、素材の力を封じ込めて結晶になるのかな。
「そういう事だ。」
「マジで学び舎だな。お前達はいっつもそんな会話をしてんの?」
俺の理解で正しかったらしく、ネロが頷いて頭を撫でてくれた。まだ聞きたい事は沢山あるのに、レオさんが戻ってきてしまった。呆れた感じで俺達を評するレオさんだけど、仕方ないじゃん。
だって、俺は知識がないんだもん。むっと眉を寄せると、レオさんが服を渡してきた。すかさずネロが俺の〈シール〉を解除してしまう。部屋の寒さにぶるっと震えてしまった。めっちゃ寒い。こんなに寒かったのか。
ネロにピタっとくっついたら、ネロが肩を抱き寄せてくれた。めっちゃ温かい。そして、ネロの風の膜が俺をちょっとだけ包んでくれて、そこの部分がネロの温度だ。これはいい、ネロの温度が超温かくてホンワカしちゃう。
「寒いだろ。それを着とけ。」
レオさんに声を掛けられても、ネロから離れられない。レオさんがニヤっと笑ったのが見えて、嫌な予感がした。あの笑顔の後は碌な事にならない率が高い。慌ててレオさんに渡された服を広げてみる。
フード付きの肩を覆う少し長めのケープみたいだ。縁に沿って、もふもふの白い長めの毛が覆っている。縁の白い毛以外は、深い青のベルベット生地で高級感がある。
因みに特筆すべき点としては、フードに猫耳が付いている。とても可愛い、そして、とても女の子っぽい。ちょっとだけエロい感じのアイテムだ。これを俺に着せてどうするつもりなんだよ。お前は姉ちゃんかと言いたくなるのを抑えてレオさんを見つめる。
「あ、悪い。間違えた。こっちな。」
ケープをすっと抜き取ったレオさんが違う服を手渡してきた。少し警戒しながら広げてみる。ボタン付きの緑色のパーカーっぽい。さっきのケープで警戒したけど、普通の服だ。
生地は少しだけ厚めで、少しだけ伸縮性のある着心地が良さそうな服だ。因みに、フード部分には、さっきのケープと同様に猫耳がついてる。可愛い。そして言いたいのは、ですよ。
「レオさん、その服とこの服。間違えようがないよね。そして、そのエロいのはナニ。」
「エロいって、まぁ。エロいけど。高いんだぞ。あと、エロ要素はあるけど、普通のケープだ。そういう目で見なかったら普通の可愛いケープ。」
どう考えてもどう見ても、色も形も材質も全然違うじゃん。レオさんを睨みながらダメ出しをしてみた。レオさんは悪びれた様子もなく、楽しそうにケープの説明をしてくれる。普通のケープを強調してるけど、エロ要素があるって言ってるじゃん。普通じゃないじゃん。
レオさんを睨みながらパーカーを着込んでみた。だって、寒いんだもん。パーカーを着てみて、着心地の良さに頬が緩んでしまう。少しだけぶかっとするけど、概ねいい大きさだ。ネロが一番上のボタンを留めてくれて、ついでにフードをそっと被せてきた。
ネロが俺から距離を取って眺めてくる。傍にいたネロがいなくなって寒くなっちゃった。ネロが小さく息を吐き出している。そして、レオさんもほぅっと息を吐き出して頷いてくれた。
どんな反応だよ。俺も見たい。俺に猫耳でしょ、超見たい。ってか、やっぱり、自分の猫耳は自分では見られなかった。悲しい。
「レオ、これは買い取ろう。幾らだ。」
「待って。お金がかかるなら、俺はいらない。返す。」
ネロがレオさんにかけた言葉でびっくりしてしまった。アワアワとボタンを外そうとする俺の手をレオさんが握って止めてくる。涙目で見上げると、レオさんが頭を撫でてくれた。
「金なんてかからねぇよ。琥珀にやる。猫耳が欲しかったんだろ?ついでにこれもやるからな。セットだから拒否は受け取らない。両方ちゃんと猫耳が付いてるぞ。良かったな。」
レオさんはネロの買い取り宣言を真っ向から拒否している。ついでに俺の受け取り拒否も拒否されてしまった。屈んで優しく言い含めてくるレオさんの勢いに飲まれてコクっと頷いてしまう。
レオさんは着替えらしい服とケープを纏めて小脇に抱えている。ネロがレオさんに上書きの〈シール〉を唱え始めた。詠唱を終えたネロは俺にも〈シール〉を掛けてくれた。そのまま、外に出て行った二人を呆然と見送って立ち竦んでしまう。二人の連携の感度が上がってる気がする。
ってか、さっきのケープはいつ着るんだよ。俺にはあんな可愛いぴらぴらしたのなんて似合わないだろ。防寒も何もなさそうな、見た目だけの服だった。それなのに、なんで高いんだろう。でも、生地には確かに高級感はあった気はする。
それにこのパーカーも貸してくれるんじゃなくてくれるって言ってた気がする。レオさんはなんで俺サイズの服を持ってるんだろう。あれはレオさんの服じゃないのかな。




