170 殺される一歩手前だぞ?
二人は俺の脚に纏わりつくのをやめて、ソファに座り直してきた。俺の両隣に二人が腰を下ろしたトコロで、立ち上がる。
「結構話し込んじゃったね。じゃ、そろそろ運動開始。二人も動きたいでしょ。」
「そうだな、体が鈍ってきた気がしないでもないな。」
振り向いて二人を見下ろしながら提案をしてみた。ネロはコクっと頷いて、レオさんはニコっと笑顔で同意してくれる。
「じゃぁ、鍛錬場に行ってきなよ。俺は一人で柔軟運動してるから、二人は楽しんできて。」
「俺は琥珀を見る。レオは勝手に行ってこい。」
俺は今から一人で運動するから、二人は二人で楽しんでこればいい。そう思っていたのに、ネロは冷たい感じでレオさんを突き放してしまう。
「ネロ、そんな言い方は可哀想。二人で行ってきなよ。」
「では、琥珀の鍛錬の後で、琥珀を伴って向かう。ランスを見たかったのだろう?」
レオさんの表情は何も変わらず、楽しそうにネロを眺めている。でも、今のネロの言い方はレオさんの繊細な心を傷つけてる可能性しかない。ネロを窘めてみると、ネロは俺との運動の後で、レオさんの相手をするって言ってくれた。
「でも、俺はこんなだよ。ネロの服がぶかぶかで外に出られないでしょ。」
「痕は見えない。問題無い。」
ネロの気持ちは嬉しいけど、今の俺は外に出られないじゃん。ネロに言い返してみたけど、ネロの判断基準は俺とは違うらしい。そして、ネロの問題無いは信用できない。こんな時はレオさんに聞いた方がいい筈。
「レオさん、どう?」
「問題ある。さっさとその服を脱げ。」
レオさんに矛先を変えてみる。レオさんの楽し気だった目が不満の目付きに変化してしまった。口調も不満が満載だ。脱げってどういう事なんだ。
「脱ぎはしないけど、問題あるの?」
「メチャクチャある。琥珀がネロに包まれてるみたいで、見てると興奮する。脱げ。」
何が問題なのだろうか。恐る恐る、質問をしてみた。返ってきたレオさんの言葉に絶句してしまう。そういう意味での問題あるだったのか。何という、嫉妬心。
ん~、どうしたもんかな。あ、あれだ。俺には運動着があるじゃん。アレは少しだけハイネックだし、ちゃんと隠れる。あれでいいじゃん。俺は頭がいいな、天才か。ってか、なんで今まで思い出さなかったのか。
「じゃぁ、この服はレオさんにあげる。いいよね、ネロ。レオさんはヤキモチを妬いちゃったから、仕方ないよね。後ね、思ったより重かった。」
ネロの服をもぞもぞと脱いで、レオさんに押し付けてみる。そのまま、ささっと移動しようとすると、レオさんが俺の腕を掴んで引き留めてきた。
「琥珀、お前には恥じらいはないのか。さっきといい今といい、マジで耐えるのが大変なんだからな。」
「何を耐えるの?ネロの服の匂い嗅ぎたいって事だったら、別に耐えなくてもいいじゃん。どうぞ、お好きなだけ思う存分やってください。俺は着替えるから手を離して。」
なんで腕を掴んだの、って不満から振り返ってみる。俺が口を開く前に、レオさんが不満を漏らしてきた。レオさんの言ってる意味が分からない。耐える必要なんてないよ、むっとしながら言い返してしまう。
「違うだろ、なんで裸になるんだよ。」
「着替えるから。上半身が裸になるくらいなら、いつものレオさんじゃん。」
レオさんは掴んだ手を離してくれない。屈んで顔を寄せたレオさんが尚も話を続けてきた。質問っぽい口調な気がして、普通に答えてみる。ってか、マジで、普段のレオさんと変わらないじゃん。なんでこんなに言われなきゃいけないの。
「う、そうだけどな。」
「それに、前はあんなに優しく脱がせてくれたじゃん。それに、優しく肌を撫でて、時々優しく揉んだりしてくれたじゃん。あの時は気持ち良かったな。寝る時は情熱的に抱き締めてくれたよね、起きた時はちょっと恥ずかしかったんだよ。だから、上半身が裸になるくらい、今更恥ずかしくないでしょ。ね。」
レオさんへの反発心から、悪戯心が顔を出してしまった。怯んだレオさんに長し目でにこっとしてみる。
レオさんは、俺が家出をした時に濡れた服を脱がせてくれた。俺の足を温めるために揉んでくれてたし、寝かけた俺の背中を撫でてくれた事もある。
それに、暑苦しい、というか温かい体温で俺を抱き枕にしてくれた事もある。言葉はアレだけど、間違ってはない。これで、食いつくでしょう。
「ちょ、おま。何を言ってんだよ。確かに、間違ってないかもだけど、違うだろ。」
「レオ、少し話をする必要があるようだな。」
焦ったレオさんの声に被るような、低くて冷たいネロの声が聞こえてくる。よし、食いついた。これで、レオさんはネロの嫉妬で少しの間拘束される筈。
この間に着替えちゃいましょうかね。着替える少しの間くらい、半裸になってもいいじゃん。自分だっていつも半裸なのに。というか、全裸の時もあるのにね。
ネロもさっきは着替えの為にわざわざ寝室に行かせたし。めんどくさ。さて、レオさんがネロに捕まってる間に着替えちゃおっと。本棚の前に移動して座り込み、一番下の収納を開く。
「ネロ、落ち着け。ちゃんと言い訳はできる。何も疚しいことはナイ。絶対だ。」
「成る程。説明をしてみろ。」
二人の会話をBGMにしてのんびり着替えだ。本棚の下の棚から運動着を取り出す。アンダーシャツを着て首元を触ってみた。ハイネック気味だから鎖骨のあたりまできっちり隠れてる。問題なさそうだ。
「あ~、あれだ。琥珀がびしょ濡れで家に来て、立ち竦んだまま動かなかった。だから、濡れた服を脱がして体を拭いてあげたんだよ。真っ青になってて、冷え切ってたから仕方ないだろ。あのまま放置する訳にはいかなかった、分かるだろ?直ぐに服を渡したし、服は自分で着てた。ボタンは指が悴んで留められないみたいだったから、俺が留めた。でも、それだけだ。」
「成る程?」
レオさんがメッチャ焦った口調でネロに説明を続けている。浮気の言い訳って感じで修羅場感がスゴイ。ズボンを脱いで運動用の半パンを穿く。脱いだズボンを畳みながら二人を眺める。
「肌を撫でたってのも、寝かす時に背中を撫でただけ。揉んだってのは、えっと。」
「どうした、疚しい事でもしたのか。」
レオさんは必死に思い出しているのか、言い淀んでしまった。低くなるネロの声と共にネロの視線が鋭さを増している感じがする。ネロがめっちゃ怖い顔になってる。
「多分アレだよ、脹脛を揉んだヤツ。びしょ濡れで、体が冷え切ってたから温める為に脹脛を揉んだ事は認める。何も疚しくない。」
「成る程?まぁいい。最後のはなんだ。事と次第によっては、命は無いと思え。」
あらら、ネロがなんか不穏な事を言い出しちゃいましたね。さて、レオさんは上手く切り抜けられるでしょうか。床に座り、足を延ばして前屈をしてみる。お、もう少しで足首に届きそう。ってか、俺はホント体が硬いな。悲しい。
「あ~、泊まりに来た日に寒そうだったから抱き締めた。少しだけ興奮しました。ごめんなさい。」
「はい、アウト~。興奮したとかそんな情報を付け足してネロを煽らないで下さい。」
二人の会話への飛び入り参加で、二人の視線が俺に向いた。レオさんは揺らいだ瞳で、耳を倒して怯えてて可愛い。ネロは耳がピンと立って真剣な顔に鋭い目付き。だったけど、俺と目が合って緊張を解いたのか優しい顔になってくれた。
「琥珀、無理遣り何かをされたのか?」
「されてない。抱き枕にされただけ。いいから運動を始めるよ。」
ネロが優しい口調で問い質してきた。ネロはまだ誤解中らしい。ってか、ネロならこんな嘘なんて直ぐに見抜くと思ったのに意外だ。
「起きたら恥ずかしかった、と顔を赤らめて言っていた。恥ずかしい事をされた、という事だな、今すぐ殺す。すまない。」
「赤らめて言ってないし、恥ずかしい事もしてない。殺したら駄目でしょ。どんな激しい愛情だよ、ただの嫉妬で殺したら駄目だよ。ネロ、落ち着いてね。」
本当にすまなそうな顔をしたネロは、力なく呟いてレオさんに視線を向けて睨みつけた。ネロの言葉の中に付け足された言葉を思いっきり否定させて貰う。顔を赤らめた記憶なんてどこにもないよ。悪戯っぽい顔はしたかもだけど。
「琥珀、ネロを焚き付けると、こういう危ない結果になるって理解できたか?反省しろ。」
レオさんが疲れ切った表情と声で反省を促してきた。相当、色々なモノを消耗したみたいだ。この感じを見ると、ネロの方が拷問官になれる素質を秘めているらしい。つまりは、ネロの方が一枚上手って事だ。楽しい拷問ごっこ、される側はどうだったかな。
にまっと笑顔を浮かべたら、レオさんの目が見開かれてしまった。そして、ネロも目を瞠っている。また二人を驚かせてしまったようだ。
誤解が無事解決したトコロで運動を開始する事にする。でも、レオさんもネロも疲れ切ってる感じだ。二人はソファに座り込んだままで動かない。レオさんに至っては魂の抜けた顔をしてる。
「運動する前から疲れちゃった?そんなに消耗したの?」
「お前な、やる事が傾国の美女並みだよ。マジで怖かったんだからな。」
どうしたのかな、と二人に近付いて覗き込んでみた。二人に話し掛けてみると、レオさんは緩慢な動作で目を合わせてくれた。そして、疲れ切った口調で答えてくれる。
「傾国の美女って、俺は別にそんな大層な事してないじゃん。それに、二人はそういうプレイが好きって言ってたでしょ。ちょっとしたスパイスを加えただけ。ね。怒らないで。」
にっこり笑顔でレオさんに言い返してみる。レオさんは呆然とした後で、片手で顔を覆ってしまった。しまった、やり過ぎたか。ネロの本気の嫉妬を怖いって言ってたからね。今回も本気の嫉妬させてしまったのかもしれない。悪い事をしちゃった気もする。
ネロに顔を向けてみる。天井を見上げて、ぼんやりとしていたネロが俺に顔を向けてくれた。非常に真顔だね、表情筋が息をしてない。全くの無な上に、目も虚ろだ。さっきレオさんに向けていた目力はどこ行った。最近は笑顔も多かったのに、怒っちゃったのかな。
「ネロ、ごめんね。レオさんはただ優しいだけの人だから何にもないよ。ネロの家族に手を出す訳ないし、綺麗なネロがいるのに、俺なんかでそんな気になる訳ないでしょ。」
ネロの足元で膝立ちになってネロを見上げる。ネロが俺の髪を優しく掻き上げてくれたから、ちゃんと謝って情報を訂正しておく事にした。
「後、まぁ、なんというか綺麗な女の人も沢山いるから。えっと、あの、俺で興奮したってのは、多分、ネロの気を引くための嘘だと思う。家族に手を出したと思って怒っちゃったんでしょ?ごめんね。」
何も心配する事はなかったんだよ、ってニコっとしてみた。ネロは真顔で俺を見下ろしながら黙り込んでいる。首を傾けると、ネロがギュッと抱き締めてきた。力強い圧迫感がネロの気持ちの強さを表してる気がする。
あ、これは凄く心配されたヤツだ。ちょっとした悪戯心で冗談を言っただけなのに、本気で心配されてしまった。ヤバい事をしちゃった。今更ながら反省をしてしまう。ネロの背中を落ち着くように撫でて、ぽんぽんとしてみる。ネロは直ぐに腕を離してくれた。
「ホントにごめんね。そんなに怒ると思わなかった。レオさんが言いそうな、微妙な言葉回しで、ちょっとだけ脚色しちゃった。二人は仲いいから冗談で通じると思ったの。」
ネロの目を見ながらちゃんと説明をしてみる。ネロは無言だけど、頷いて聞いてくれた。ネロの指は俺の髪に触れていて、目は心配そうに細められている。
「後は、ネロなら観察するのが凄いから、直ぐにホントの事を見抜いちゃうと思ちゃった。着替えの間だけ、レオさんを引き付けておいて貰おうと思っただけだったの。ごめんなさい。」
説明を最後まで聞いてくれたネロはやっぱり無言だ。ごめんなさい、の意味でネロの頬に軽くキスをしてみる。ネロを見上げると、ネロが優しく微笑んでくれた。ネロも俺の頬にキスを返してくれる。そして、柔らかな笑顔を見せてくれた。和解成功。今度からは気を付けよう。
次はレオさんだ。ネロの嫉妬で本気で怖がらせてしまったっぽい。ん~、悪い事をしちゃったけど、さっきは俺も超心臓に悪い事されたからな。仕返しと言えば仕返しになったか。
レオさん膝立ちのままでレオさんの足元に移動してみた。顔を覆って俯いたままのレオさんの手首を掴んでみる。引っ張ってみると、レオさんはのろのろと手の覆いを解除して俺を見てくれた。元気のないレオさんにニコっとしてみる。
「さっきの俺に対する拷問ごっこと、ネロとの拷問ごっこ、どっちが楽しかった?」
「お前は悪魔かよ。比べ物にならないっての。」
笑顔で俺も同じくらい怖かったって事を伝えてみた。レオさん的にはネロのほうが全然怖かったらしい。される側の気持ちが分かったか。ニコっとしてみると、レオさんは俺の頬を優しく撫でてくれた。でも、レオさんの表情には元気は戻らない。
「でも、ネロの嫉妬が好きなんでしょ。興奮しなかったの?」
「興奮なんかする暇も余裕もないだろ。あの目を見たか?殺される一歩手前だぞ?」
尚も、レオさんに質問を続けてみた。レオさんは俺の頬を撫でながら怯えた様子で状況を説明してくれた。確かにネロは怖い顔をしてたけど、それは言い過ぎでしょ。軽く睨むと、レオさんの目が優しくなった。少しだけ力が戻った気がする。
「そんな目はしてないでしょ。ちょっとだけ真剣な目をしてただけだよ。ネロがレオさんを殺す訳ないでしょ。ネロに信用して貰えなかったのが悲しかったんだね、分かるよ。」
「お、おぅ。そうだな、そうかもしれない。」
レオさんの気持ちは良く分かる。ネロから信頼されてると思ってたのに、ネロに本気で疑われちゃったからこんなに落ち込んでるんだ。レオさんの気持ちに寄り添ったのが良かったみたいだ。瞬きをしたレオさんの目に力が戻って、歯切れ悪くだけど同意してくれた。
「俺はレオさんといると超楽しい。それをネロは分かってるから大丈夫だよ。レオさんが少しだけ羽目を外してエロくなっちゃうのを、分かってるから心配しちゃったのかも。でも、そこがレオさんのいいトコでもあるし悪いトコでもあるのかな。まぁ、いいトコの可能性も少なからずあるから。問題ない、筈。えっと、あの、ごめんなさい。」
レオさんの抜けかけた魂が戻ったトコロで、ちゃんと謝ろうかな。って思ったのに、レオさん相手だと素直に謝れなかったでゴザル。だって、ネロがここまで本気で怒ったのは、レオさんの普段の素行のせいもあると思うんだもん。でも、最終的には謝れたから、問題ない。
「お前は褒めると見せかけて貶してくるよな。俺は今、相当消耗中なんだけど。慰めてくれないのか?」
「あ、そうだったね。ごめんね、ネロは怖かったね。ぎゅってしてあげるよ。おいで。」
苦笑交じりのレオさんがダメ出しをしてきた。レオさんの要望は素直に聞いてあげよう。今回は俺が悪かった。レオさんが消耗してるのも見てれば分かる。
ソファの上に上がって、レオさんの太腿に跨る形で膝立ちになる。両手を広げて、おいでってしてみると、レオさんは俺の胸に頭を押し付けてきた。レオさんの頭をギュっと抱き締めてみる。
レオさんの頭を優しく撫でてみる。こげ茶色の猫耳がぴくっと反応して可愛い。おずおず上げられた腕が俺の背中に回された。胸に置かれた頭を動かして、俺の肩に頭を乗せたレオさんが長い溜息を吐き出す。
そんな怖かったのか。フラれたって言ってた時より消耗してる気がする。ホントに申し訳なかった。レオさんの頬に軽くキスをしてみる。顔を傾けて、ちらっと目を合わせてくれたレオさんは、また肩に頭を伏せてしまった。
レオさんの頬にもう一度唇を押し当ててみる。離れると、またちらっと目を合わせて頷いてくれた。どうやら納得してくれたらしい。
レオさんの背中から手を離して体を離そうとしてみる。レオさんは俺の背中から手を離してくれない。レオさんの背中をぽんぽんとしてみたけど、離してくれなくて困ってしまった。レオさんの頭のせいでネロの方も見れない。さてどうしようかな。
「レオ、離せ。」
困っていたら、ネロが静かに威嚇するような低い声を出した。レオさんがびくっと体を震わせて、俺にしがみ付くみたいに腕に少し力を入れたのが分かった。そして、怖がるように少しだけ体を震わせている感じがする。確かに、今のネロの声は怖かった。俺もびっくりした。
「ネロ、止めて。レオさんが怖がるから、そういう声は出さないで。」
レオさんの怯えが伝わってきて、ネロに低い声で警告を出してしまう。ネロが少し息を吸い込む音と、レオさんが小さく息を吐き出す音が重なった。
凄い微妙な空気になってしまってるな。マジでやり過ぎちゃったのは理解した。そして、レオさんはマジで怖がってる。ん~、どうしたもんかな。
「あ、そうだ。レオさん、ちょっと離して。」
いい考えが思い浮かんで、レオさんに声を掛けると、大人しく腕を離してくれた。ネロに顔を向けると、ネロは怖い顔をしてレオさんを睨んでる。やっぱり喧嘩しちゃった感じだよね。マジでごめんなさい。
「レオさん、ちょっと服を脱ごうね。」
俯いたままで顔を上げてくれないレオさんに優しく話し掛けてみる。動かないレオさんの服のボタンに手を伸ばす。ボタンを外そうとしたトコロで、ネロが俺の手首を掴んで留めてきた。
ネロの睨むような表情と視線の迫力に少し俺も泣きそうになる。でも、何とか耐えて、にっこり笑顔でネロを手招きしてみた。この顔でずっと睨まれてたらそりゃ怖いよね。レオさんは頑張った。笑顔を向けたらネロの表情が少し緩んで、睨んでた視線も緩んでくれる。
俺の手招きでネロが近付いてくれた。ネロの手首を持ってレオさんの服のボタンに誘導してみる。ネロは不審そうな表情で首を傾げてきた。
「ネロ、レオさんの服を優しく脱がせてあげて。レオさんが顔を上げて、ネロと目を合わせて笑ってくれたら、合格。」
ネロの耳元に顔を寄せて小さく囁いてみる。息が吹きかかってしまったのか、ネロの耳がぴくっと動いた。もう、ほぼ座り込んでしまっていたレオさんの膝から下りて、ローテーブルに腰を下ろす。行儀が悪いけど、仕方ない。だって、ここからじゃないと見えないんだもん。
「因みに、合格できなかったら、恥ずかしい事になるかもしれません。気合いを入れてレオさんを笑顔にさせてね。ネロなら、できるよね。」
動かないネロに近付いて、肩に手を置いて耳元で囁いてみた。少し低い声で言い聞かせるようにゆっくりと伝える。ネロが俺を見上げて真意を探るように目に力を入れてきた。そんな圧力には屈しませんよ。ニッコリ笑顔を贈ってあげると、ネロの瞳孔がブワッと一瞬だけ丸くなったのが見えた。
ネロがのろのろとレオさんの方に向き直った。ネロが動きだしたから、俺はまたローテーブルに戻って二人を眺める事にする。
レオさんはネロから逃げるみたいに体を沈めてネロから遠ざかろうとしている。でも、肘掛けに追い詰められてそれ以上は逃げられないっぽい。顔を覆った手で表情は見えないけど、レオさんの耳は怯えた感じで倒されてる。
ネロはレオさんに目を向けて、集中する感じで少しだけ耳を倒した。ネロが集中したのか気迫のようなものが漏れ出した感覚がある。と同時に、レオさんがびくっとなったのが分かった。
レオさんは顔を覆ったままで、耳を完全に畳んでいる。そして、ネロから離れたいって感じで体を沈ませている。多分だけど、遠ざかりたかったのに、背もたれに寄りかかってるから、もうそれ以上は下がれない。だから、ずり下がるみたいになっちゃったっぽい。
傍目から見てると、二匹の猫が無言のイカ耳状態で威嚇しあってる感じに見える。黒猫が優勢で、こげ茶の猫が体を沈めて逃げ腰になってる感じにしか見えない。って事は、やっぱり、レオさんは超怯えてるって事だ。ネロはそんなに怖かったかな。
「ネロ、条件を追加します。レオさんを怖がらせたら、結果にペナルティが課せられます。これ以降はご注意下さい。以上。」
レオさんが怖がってる状況を打開したくて、静かに条件を追加してみる。ネロがびくっとなったのが見えた。えっと、俺はそんな怖い事は言ってないでしょ。
ネロの耳がピンと立って気迫がなくなった。膝立ちになったネロがレオさんの脇に手を突いて、身を乗り出した。ネロは片手でレオさんの頬を撫でている。
見てるこっちにも分かるような、優しい手つきだ。レオさんの耳がソロソロと立ち上がっていく。そうだ、その調子。怖がってるんだから優しくね。レオさんの耳が完全に立ち上がると、ネロはレオさんの服のボタンをゆっくりと1つずつ外し始めた。
「レオ、すまなかった。少し冷静さを欠いていた。考えれば分かる事だった。」
ボタンを外しながらレオさんに語り掛けるネロの声は優しい響きだ。レオさんの顔の覆いは外されていないけど、頷いてるのが見える。
「俺の知らない所で二人が睦み合っている姿を想像したら感情が暴走した。幸せになるなら手段は選ばない、と言っていたのに情けないよな。」
ネロがボタンを外し終わった段階で、レオさんが顔の覆いを外してネロと目を合わせた。レオさんは一瞬ネロに見惚れた顔をした後で苦笑してしたのが見える。
「そんな顔をするとか。俺をどうする気だよ。琥珀の前だぞ。」
「気合いを入れろと言われた。それに、お前には悪い事をした。琥珀を守って留めてくれたのに、嫉妬で暴走をしてしまった。本当にすまない。」
ネロに話し掛けるレオさんの口調はいつも通りのチャラい感じだ。対するネロは自然体で答えている。見つめあう二人の間には優しい空気が存在してる。
「お前の気持ちも分かる。俺だって朝は同じだったよ。着替えて帰ってきて、琥珀とお前の雰囲気を見て嫉妬したし、後は寝室でのヤツな、嫉妬でやばいわ。でもまぁ、実力じゃ敵わないからな。お前みたいに沈黙させる程の威嚇はできなかっただけ。やっぱり、俺とお前は同族だ。格は雲泥の差だけどな。」
すっかり元気になったレオさんがネロに話を続けている。朝とか寝室とか、そんなに嫉妬してたんだ。ネロは分かってたんだろうな。で、そんなレオさんが可愛くて、内心はニマニマしてたんだ。ネロはレオさんにはちょっと意地悪っぽい。
「格なんてない。俺のはただ授かっただけの要らない能力。お前は凄い。自分で言いたくはないが、俺の本気で落ちないのは余りない。とはいえ、身近にいるから感動は薄れているが。」
「あ~、それな。耐性って言うよりはもっと凄いの見てるからかもな。俺自身がびっくりしたわ。」
「それは言い得て妙だな。」
レオさんに苦笑したネロも楽しそうに話してる。ネロが本気を出す迄もなく、レオさんはもう落ちてるし、何を言ってるんだろ。レオさんもなんか納得してるから、まぁいいか。俺には分からない世界的な話なんだろう。
「ネロは合格。仲直り、おめでとうございます。」
レオさんが楽しそうに笑って、ネロも少し含むような笑い零したトコで声を掛ける事にした。二人の喧嘩だもん。怯えたレオさんはネロに宥めて貰うのが一番だよね。俺が原因を作っちゃったけど、レオさんを笑顔にするのはネロの役目だもん。ネロが振り返って幸せそうな笑顔を見せてくれて俺も嬉しくなる。
「ネロ、ちょっと離れろ。そして琥珀ちょっと来い。」
レオさんがネロに離れる事を促して、代わりに俺を呼んでる。ネロは素直に移動して、レオさんから距離を取ってソファに腰を下ろした。なんで呼ばれたのか分からず、レオさんに近付いてみる。
レオさんは深く座った股の間の座面をぽんぽんと叩いている。ソコに来いって事だよね。レオさんの股の間で膝立ちになってレオさんを見下ろしてみる。
レオさんが首を横に振っている。ん?っと思う間もなく、ふわっと体が持ち上がった。くるっと反転させられて、レオさんの膝の間に座っている。背中からキュッと抱き締められて、レオさんが俺の首元に顔を沈めてきた。復活したんじゃないのか?
「ちょっと、ドキドキがまだ止まらないから落ち着かせて。」
成る程ね、それだけ怖かったんだよね。大きなぬいぐるみが欲しかったって事か。頷いて、レオさんが抱き締めるままに座ってる事にする。確かに、背中に密着したレオさんの心臓の鼓動が早い気がしないでもない。
「あの状態のレオさんを良く笑顔にできたね。凄い。やっぱ、愛のなせる業なんだね。」
「そう、だな。」
レオさんが落ち着くのを待つ間にネロと話をする事にした。ニコニコ笑顔でネロを褒めてみる。ネロは微妙な顔をして、微妙な相槌を返してくれた。なんでそんな顔なの。
「ネロの本気の嫉妬は超怖いらしいから、あんまりしちゃ駄目だよ。レオさんはあんなだから、しょうがないかもだけど、ちゃんと冷静に話をしてね。」
「おい、待て。あんなだからってどんなだよ。」
溜息交じりにネロを諌めてみる。ネロと話をしていたのに首元でレオさんが言葉を挟んできた。今度こそ復活か、って思ったけど、体に回される腕は解かれない。背中の鼓動も早いままだ。
「俺の口から言わせるの?レオさんの変態。」
「ほぉ?変態な想像をしてるって事かよ。成る程な、お前の口から聞いてみたくなった。どんな事を想像したんだ?」
軽口でレオさんを罵ってみる。レオさんの息が首にかかってゾクとなってしまった。首元で笑ったらしい。静かな声でゆっくりと楽しそうに話すレオさんの声が聞こえる。
「ヤダ。やっぱり、あんなだからで正解じゃん。」
レオさんに寄り掛かりながら甘えてみる。ネロがクスっと笑ったのに気が付いて、顔をネロに向けてみた。俺達を優しく見守っているネロの表情は穏やかでもう怒ってない。良かった。怒ってないどころか、メッチャいい笑顔になってる。
「レオさん、レオさん。」
「ん?」
「ネロを見て。」
ネロの笑顔を見て欲しくてレオさんに声を掛けてみる。レオさんは顔を上げてネロに目を向けたみたいだ。レオさんがほぅっと息を吐き出したのが聞こえた。
「ね、超いい笑顔だったでしょ。」
「そうだな。いい笑顔だった。ヤバいな。」
ネロの視線は一瞬だけどレオさんに向いてくれた。レオさんと気持ちの共有がしたくて、ネロの笑顔の確認を取ってみる。レオさんは嬉しそうに同意してくれた。レオさんの嬉しそうで幸せそうな言葉と、ネロの優しい眼差しでホンワカ気分になる。
「レオさん、ごめんなさい。ネロがそんなに本気で嫉妬と心配をするとは思わなかった。ネロはいつも冷静沈着で淡々としてると思ってた。愛の力って凄いね。あとね、ネロは結構抜けてるトコあるでしょ?」
レオさんが落ち着くまではまだ時間がかかるらしい。レオさんを座椅子代わりにゆったりと寄り掛かりながら話してみる。首元に頭を埋めたレオさんが首を傾げる感じがした。
「だって、嫉妬で冷静さをなくしちゃうとか、レオさんにしかしないでしょ。こういう所が、完璧じゃない感じで安心する。でも、心配にもなっちゃうよね。完全無欠っぽいのに抜けてる感じっていうのかな。そこがギャップでいいよね。レオさんのギャップとは真逆だね。」
レオさんは分からなかったみたいだから、説明をしてあげましょう。ゆっくりと話していたら、レオさんはいつも通りにうんうん、って相槌を打って聞いてくれてるっぽい。目の端でレオさんの猫耳が動くのが見える。
「真逆ってなんだよ。」
「ん~、レオさんはだらしないけど時々真面目。ネロは完璧だけどちょっと抜けてる。真逆じゃん。」
説明を終えた途端に突っ込んでくる感じもいつも通りだ。レオさんのこの感じが心地いい空間を作ってくれてる気がする。俺も軽口で返すと、レオさんがクスッと笑ってくれた。
「お前な、やっぱ敵わないな。」
溜息交じりのレオさんの声が聞こえる。温かい息が首に吹きかかって、ゾクっと鳥肌が立ってしまった。息を止めてしまった俺の反応に気が付いたらしいレオさんが、ニヤッとしたのが見なくても分かる。
「はい、ドキドキは止まったでしょ。終わり。離して。」
「駄目。」
背中のレオさんの鼓動はもう感じられない。終わりを要求すると、駄目といいながらもレオさんは腕を解放してくれた。
レオさんの体温は高いから熱くなっちゃった。真っ直ぐに入り口に移動して、外を覗いてみた。涼しい風が吹き込んできて気持ちいい。土砂降りだから分りにくいけど、もう外は薄暗くなりかけている。時間使い過ぎた感しかない。




