168 もういい、心臓に悪い
ベッドの上でぱたんと倒れて、コロコロと転がってみる。見上げた先の天井の透明な膜越しに、大粒の雨粒が沢山流れていくのが見える。今は大降りの雨っぽい。
雨音も何もしないから気が付かなかった。ん~、それにしても、このベッドは寝心地がいい。そして、香りもいい。ネロの匂いがする。でも、少しだけ香りが薄くなっちゃってるかな。
寝転んで、コロコロしてたらリビングとの仕切りから光が差し込んできた。体を起こすと、ネロに覗きこまれている。ごろごろしてたのがばれてしまった。
「そのまま寝るのか?」
「違う、ごろごろしてただけ。今から着替えるトコだったの。」
服を脱ぎ始めたらネロは去って行った。服を脱いで、ネロが用意してくれた上着に腕を通してみる。タイトなシャツで、体にピッタリフィットする感じだ。黒灰色に白のストライプの入ったフォーマルにも思えるカッコいい感じのシャツである。ネロは趣味がいいですね。
着心地は悪くない。でも、今までがゆったりしてたから、なんか締め付け感が強く感じる。ボタンを全部留めずに首元を開けてリビングに戻ると、レオさんが小さく息を漏らした。
どしたの、って首を傾げて疑問を伝えてみる。レオさんは目を細めて首を横に振って答えてくれた。なんでもないらしい。ネロの隣に戻ると、ネロは俺の気崩してるボタンに手を伸ばしてきた。この感じはまさしく親である。
「ネロ、さっきはなんで見に来たの。覗き?あ、レオさんじゃないから覗きなんてしないか。」
ボタンを留めて貰いながらネロに聞いてみる。レオさんの名前を出したら、ネロの眉がぴくっと反応した。そして、困った感じで微笑んでしまった。
「待て、俺も覗きなんてしないだろ。そういう状況なら、ガン見するっての。」
「マジキモイ。」
ネロが答える前に、レオさんが口を挟んできた。レオさんには恥じらいは全くないらしい。睨んで素直な感想を述べてみる。レオさんは目を丸くして顔を逸らしてしまった。怒られるんだからそういう事は言うなっての。全く。
「琥珀が泣いているのかと、心配になった。」
レオさんの倒された猫耳を見ていたら、ネロが小さな声で呟いて答えてくれた。ネロに視線を戻して首を傾げる。ネロは困った顔で微笑みながら、俺の髪の乱れを直してくれた。
あ、寝室に入る前に、ちょっときつい言い方をしちゃってたかも。でも、別にそんな深い意味はなかったんだよ。
「寝室に入る前の言葉は面倒臭かっただけなの。ごめんね。」
反省の意味を込めて、言い訳と一緒に謝っておく。そして、髪を整えてくれたお返しでネロの頭を撫でてみた。俺の説明でネロが頷いてくれたから分かってくれたっぽい。
それにしても、このシャツはきつくはないけど閉塞感がある。ゆったりの方がだらだらできていい。ゆったりの服だとごろごろできるけど、この服はフォーマルな感じなんだよな。この服だとぴしっとしてないといけない感じ。行儀よくしてなきゃな感じというか、なんというか。
「着心地が悪いのか?」
「ん~、悪くはない。」
俺が行儀よく背筋を伸ばして座っているのが疑問だったらしい。ネロが着心地を聞いきた。悪くはないんだよ。でも、家の中でのリラックス向きではないというか、ん~。
「けど、その感じを見ると悪いんだろ?」
「そうじゃないの。なんか行儀が良くなっちゃう感じ。」
ネロは静かに俺の言葉を待っていてくれるけど、レオさんは突っ込んで聞いてくれた。ホントに、悪くはないんだよ。お出かけ用のいい服って感じがするの。
「なんだそれ。」
「レオさんも着てみたら分かるよ。これ着てみる?」
俺の微妙なニュアンスをレオさんは分かってくれない。悲しい。これは着てみないと分からないと思うんですよ。レオさんの頭を撫でて溜息を吐いてしまう。
「流石にそれはちっちゃいから無理。俺が着たら絶対破れるだろ。」
「分からないよ、ネロが買ってくれたのだもん。不思議性能で超伸びるかもよ?」
「そんな訳ないだろ。どう見ても普通の服だ。」
レオさんは困惑気味で返してくれたけど、レオさんは細いしいけそうな気がするんだよ。ネロの買ってきた服だもん。なんか高性能っぽいじゃん。レオさんの言い返す声を聞きながら、レオさんの髪をわさわさと撫でてネロに視線を移してみる。
「あ、ネロのその上着。おんなじの沢山あるじゃん。それ着たらどうかな。」
「俺のを着るのか?」
ネロの着ている服は体にぴったりしてるじゃん。首元もソコソコ覆ってる。ネロの服がいい気がする。ニコニコでネロの服を要求してみた。ネロは俺の提案に驚いた顔で聞き返してくる。
「ぴったりしてるし、首元も結構も覆ってるし。その服なら問題ないでしょ。いい考えじゃない?で、レオさんはこの服を着ればいいじゃん。」
「だから、着れねぇって言ってるだろ。」
いい考えを思いついて、そうと決まればこの服はレオさんにあげよう。ボタンを急いで外して、さっさと脱いでしまう。服をレオさんに押し付けて、文句を言われる前に寝室に駆け込んでみた。
後をついてきたネロに振り返ってみる。ネロは俺の横を素通りして、箪笥からネロの上着を一着取り出してくれた。俺の近くに寄って首元を覗き込んでくるネロを見上げる。
「やっぱ、目立つよね。」
「そう、だな。」
俺の首元に視線を固定させたままのネロに聞いてみる。ネロは困った感じで目を逸らして同意してきた。そして、服を手渡してくれた。
「ネロが付けたのは角度的に見えなかった。そこは大丈夫?」
鏡で見えなかったもう1つの痕はどうだろう。ネロに聞いてみると、ネロが俺の首に手を伸ばしてきた。顔を寄せてきたネロの為に、顔を傾けて見て貰う。
ネロが俺の頬に手を添えて顔を近付けて覗き込んできた。そこまで近付かなきゃ見えないって事か。じゃあ、安心だね。そう思っていたら、ネロの唇の感触と微かな刺激を感じた。
「ネロ、今付けたでしょ。感触は分かってるんだからね。」
慌ててネロから距離を取って睨んでしまった。文句を言う俺の髪を、ネロが愛し気に撫でてくれる。その行動は子供に対するモノだけど、痕を付けるのは違うじゃん。ネロまでレオさんの変なギャップがうつっちゃった。
「レオの痕を見て興奮した。」
「もう、だから、レオさんの家でしてきてって言ったのに。」
首を抑えて睨むと、ネロは言い訳らしきものを口にした。レオさんと全く同じ現象が起きた訳か。お互いの付けた痕で興奮するなら、レオさんの家で仲良くしてこれば良かったじゃん。
「してきて、って何を?」
ネロが屈み込んで目を合わせてきた。悪戯っぽい笑顔を向けて、悪戯っぽく聞いてくるネロの瞳が輝きを増していく。ネロの瞳に吸い寄せられたみたいに目が離せなくなる。
細められた目から、色気が溢れ出している錯覚に陥って、思わずネロの目を両手で塞いでいた。ふっと息を漏らしたネロは、俺の手を外して寝室から出ていった。
ネロの服を抱き締めて、床に座り込んでしまった。ネロの変な迫力は怖くはなかったけど、どう表現していいか分からない感じだ。少し震える体を落ち着ける為に深呼吸をしてみる。
落ち着いたトコロでネロの服を着てみた。ぴったりに見えたのに、かなりぶかぶかな服だ。どんだけ胸板が厚いんだよ。
後、何気に超重い。服の生地がぶ厚いだけじゃなくて、金属でも仕込んでるのかって程、重量なんですけど。袖を捲りながらリビングに出ると、俺の着ていた服を抱えたレオさんが複雑な顔をしながらほうっと息を吐いた。
「どう?変じゃない?」
「問題無い。」「問題ある。」
「ん?どっちなの。」
「問題無い。」「問題ある。」
二人の顔を見比べて考える。ネロの問題無いは、いつも通り。問題は、レオさんの問題あるだ。どちらかといえば、色事関係を除けば、ネロよりレオさんの方が常識的かもしれない。
でも、ネロも普通に常識はある、気がしないでもない。どっちが正しいんだろう。寝室を出たトコロで二人の顔を交互に見ながら考える。ずり落ちてくる右袖を折り畳んでいたら、ネロに手招きされた。
「ネロ、今琥珀に何をしたんだよ。寝室で二人きりで、とかズルいだろ。」
「ズルくない。お前のせいで興奮しただけ。」
「お前な、開き直りか?マジで、ズル過ぎる。」
ネロの元に移動を始めたら、レオさんがネロに絡み始めた。痴話喧嘩を始めた感があるんだけど、どうしよう。俺は関係ないから、離れて見てよっと。
ネロから離れた反対の肘掛け側にちょこんと腰を下ろしてみる。二人の邪魔にならないようにできるだけ静かに行動したつもりだったんだよ。でも、レオさんの耳がピンと立って俺に向いた。目も真っ直ぐに俺に向けてくる。
レオさんがゆっくり近付いてくる。床の上をじわじわと進んでくる感じがホラーだね。ただ、見た目が猫だからホラーじゃないかな。見た目と動きが狙いを定めた猫っぽくて可愛く見えてしまう。
俺の足元まで来たら、レオさんが膝立ちになって俺にのしかかってきた。俺の両脇ぴったりに腕を突いて、体を寄せてくるレオさんのせいで逃げ場もない。
「レオさん、ネロとじゃれてたんじゃないの?俺は関係ないでしょ。ネロの所にお帰り。」
「あ?お前達が煽ってきたんだろ?」
何故か俺にターゲットを絞って絡み始めたレオさんを、そっとネロの元に帰す作戦を取ってみる。レオさんは口の端を上げた軽薄な笑みを浮かべて、言い返してきた。煽ったって何の事だろ。
「煽ってない。何の事を言ってるの。」
「ネロと密室でナニをしたの?怒らないから言ってみな?ん?」
疑問を浮かべて聞き返してみた。レオさんは顔を近付けて覗き込みながら、優しい口調で聞き返してくる。レオさんの微笑みには迫力があって怖いね。でも、猫ちゃんだから怖く感じないかな。
なんとなくレオさんの言いたい事は分かった。煽ったってのも理解できた。今回も俺が悪かった。腕を伸ばして、目の前のレオさんの顔を抱き締めてみる。
レオさんが動揺したのか、息を吸い込んだ感じがする。レオさんを落ち着けるように、頭をゆっくり撫でてあげる。目の前にある猫耳が超気になるけど、今はそれじゃない。
「レオさん、ヤキモチを妬かせちゃってごめんね。でも大丈夫だよ?ね。何もしてないから。寝室では着替えを貰っただけなんだよ。」
「ホント?」
俺の腕から抜け出したレオさんが、顔を上げて首を少し傾けて見上げてくる。マジで子猫ちゃんだ。こんな子猫ちゃんがいたら、俺はお持ち帰りをしてしまう自信がある。
レオさんの頭をもう一度撫でて、にこっと笑顔で頷いてみる。レオさんはじっと見上げて何かを考えた後で頷き返してくれた。
要するに、俺とネロが寝室に二人きりって状況にヤキモキしちゃったって事みたいだ。レオさんはネロの事になると、メッチャ可愛くなってくれる。
ニコニコの俺につられたのか、レオさんもニコニコしている。不意にレオさんが立ち上がった。レオさんが俺の背中に手を回したと思ったら、あっという間にレオさんの膝の上への移動が終わっていた。
俺の背中に手を添えてふわっと持ち上げる。反転して位置を入れ替えて、ソファに座って俺を向かい合わせに膝に置く。言葉の上では簡単そうだよ。これ、もう3回目、酔ってた時もしたらしいから4回目になるのか。レオさんが手慣れ過ぎてて怖い。
「レオさん。」
「ん?何。」
俺を逃がさない為か、俺の背中にはレオさんの手が添えられている。静かにレオさんの名前を呼んでみる。レオさんも冷静に聞き返してきた。
「なんで俺はレオさんの膝の上に乗せられたの。」
「口を割らないから強制執行。」
レオさんの口ぶりを真似て、冷静に質問を重ねてみる。レオさんの口元がニヤっとしたのが見える。この感じは良くない。レオさんから遠ざかろうにも、背中の手が許してくれない。スッと顔を寄せたレオさんは、楽しそうに答えてくれた。
「何それ、何されるの。怖いんですけど。」
「ふ~ん、ナニされるか分かるんだ。怖いって感情があるって事はナニをされるか分かるんだよね。」
強制執行という響きが怖い。涙目でフルっと震えて泣き言を言ってしまう。いつものレオさんなら、手を離してくれると思う。でも、今回はちょっと違った。レオさんは低い声で楽しそうにゆっくりと語りかけてくる。
レオさんの目も、さっきのネロと同じで輝きだした。綺麗な深い緑の瞳が光を放っている。思わず見入ってしまう綺麗さだ。レオさんが目を細めると、光が増した感じがする。眩しさを感じて、ネロにしたみたいに光を放つレオさんの目を両手で塞いでみた。
「なんで塞ぐんだよ。見えないだろ。」
「だって、光ってたから。光が漏れてますよって。」
目を塞ぐと、レオさんから感じていた圧が少し消え去った気がする。レオさんが文句を言ってくるけど、手を離したら眩しいじゃん。目が光ってた事を伝えてみると、レオさんの唇の端が少し上がった。
「意味分からねぇ事を言ってんじゃねぇ。大人しく白状しろ。」
レオさんは背中から手を離す気はないらしい。首をブン、と振られて両手を離してみる。レオさんの目はもう光ってないようだ。一安心。
「ホントに何もしてない。ネロが痕を見てきたから、目立つよねって聞いたら肯定されただけ。」
「ほ~。で?」
改めて、普通に何もなかったよって説明をしてみる。レオさんは楽しそうに相槌を打って先を促してくる。楽しそうな口調とは裏腹に、レオさんの視線は冷たく鋭い。
「で、ネロの付けた方は大丈夫?って聞いたら。」
「聞いたら?」
話はさっきので終わりなんだけど、レオさんの視線は先を話せって強制してくる。沈黙に耐えかねて、少しだけ先を話してみる事にした。俺が言葉を選んで言い淀んだら、レオさんが楽しそうに言葉を反復してきた。
「えっと、聞いたの。」
「うん。」
冷たく光る深い緑の瞳が見据えてくる。言葉だけ聞いてると楽しそうなのに、緑の瞳の威圧感がスゴイ。言葉を探して、困ってしまう。レオさんは楽しそうに相槌を打っている。
「で、終わり。」
「成る程ね~。了解、了解。理解したわ。ありがとな、琥珀。」
困って話の終了を伝えてみた。レオさんはにっこり笑顔で納得してくれた。さっきまで冷たく光っていた緑の瞳は、今は優しい光だ。優しく髪を掻き上げてくれるレオさんの雰囲気は優しいネロと似てる。
さっきまでの緊迫したレオさんがいなくなってほっとした。ネロと密室に二人って状況が、レオさんの嫉妬心に火をつけてしまったんだろうな。
何はともあれ、話は終わった。レオさんの膝から下りようとしたら、レオさんの腕が腰と背中を固定していて動けない。しかも、レオさんは引き寄せるようにして抱き締めてくる。少し強いと感じる力で抱き締められて、レオさんが俺の肩に頭を置いた。
「レオさん、ギブ。死ぬ。マジで離して。お願い。」
「ん~、お前への力加減は完璧に理解してる。死なねぇよ。でな、琥珀。聞きたい事があるんだけど。」
弱々しい涙声を作ってレオさんに解放を促してみた。レオさんが耳元で低く囁いてくる。その声にびくっとなってしまう。耳を塞ぎたくても、レオさんはいつの間にか、抱き締めた腕はそのままで俺の手首を掴んでいた。
「ネロの付けた痕が2つになってるんだけど。これは何でなのかな?」
耳に唇を当てるようにして、レオさんが吐息交じりに言葉を繋げていく。息が耳にかかって鳥肌が立つ。ってか、レオさんの言葉自体で鳥肌が立った。レオさんの頭がある側って、さっきネロが痕を付けた側だったのか。まじか。
「知らない。虫に刺されたの。知らない間にやられたの。」
首を手で押さえたくても、レオさんの手が許してくれない。俺にできるのは言い繕う事だけだ。耳元でレオさんが笑った感じがする。耳に息がかかって、ヤバい。
「へぇ。そう。じゃあ、知らない間に他にも虫に刺されても問題ない、よね。」
レオさんの顔が動いて、多分だけど、ネロの付けた痕の上に唇を押し当てた感じがする。そして、楽しそうなレオさんの声が聞こえてきた。
「問題ある。超ある。ヤバいくらいある。さっきネロが興奮して付けたの。でも、レオさんが付けた痕に興奮してだから、結局のところレオさんに興奮してたから何の問題も無い。」
レオさんは拷問官になれると思う。心臓が超バクバクしてきた。俺なんて直ぐ口割っちゃっても仕方ないと思う。俺の負け宣言を受けて、レオさんが首から顔を離してくれた。
マジで、アルさんの専属の護衛さんは怖い。これが護衛さんの仕事なんだね。真の力を見た気がした。
普段はチャラくて軽くてエロいのに、これがレオさんなんだね。さっきまで子猫ちゃんだったのに、いきなり豹になった感じがする。喉笛を噛み千切られると思った。声だけでこの迫力とか、凄い。
「で?」
全部白状して終わった。気を抜いてたら、また低い声が聞こえてきた。で?ってなんだ。もう終わりじゃん。何もないよ。疑問がいっぱいの俺の肩にレオさんがまた頭を乗せてきた。
「終わり。後は何もない。」
そんな圧力をかける行動をしても、俺に話せる事は何もないもん。何も、ないよね。もうなかった筈。
「ふ~ん、聞こえちゃったんだよね。」
「何が聞こえたの?」
レオさんが俺の耳元に口を寄せて、少し弄ぶような感じで話しかけてくる。何が聞こえたっていうんだよ。ドキドキが再開してしまった。もう、何もしてない筈。レオさんに隠すようなことはしてない。服を受け取っただけだし。何も問題は無かった。筈、だよね。
「ん~、俺の口から言わせるの?」
レオさんが何故か甘い声で囁いてくる。なんか、戦法を変えてきた感が半端ない。何を企んでるんだろう。少し考えてみよう。何があったっけ。
「ネロの目がレオさんみたいに光ったから、光をシャットアウトした。」
「ん、そんな事があったんだ。でも、違うでしょ。ほら、琥珀はネロになんて言ったの?口に出して言ってみな。」
少し笑った感じがして息が耳に拭きかかった。ぞわっと鳥肌が立つ感じを抑えていたら、レオさんがまた甘い声でゆっくりと先を促してくる。えっと、なんか言ったっけ。思い出せ。
「あ、レオさんの家でしてこれば良かったのにって言った。」
「そう、良く思い出したね。」
ネロに言った言葉ってヒントから、思い出した事をそのまま口に出してみる。レオさんは優しく褒めてくれた。手首を掴んでいた手を離して、レオさんが頭を撫でてくれる。
これで正解だったらしい。良かった、これで開放だ。俺は良く思い出した。マジで自分を褒めたい。
「でね、琥珀。」
聞きたい答えを聞き出した筈のレオさんは、何故かまだ離してくれない。そして、何故か、また低く迫力のある声を出してきた。
まだなんかあったっけ。あんな短時間の間に何もないだろ。もう思い出せることはない。ような気がするよね。心臓がバクバクしてきた。
「俺の家でナニをしてこれば良かったの?詳しく教えて?」
う、そこか。成る程、理解した。心臓のバクバクがなくなっていく。レオさんの抱き締める腕をポンポンとしてみた。
レオさんは両腕の力を緩めて解放してくれた。優しく背中に添えてくれたレオさんの手のひらに寄り掛かってみる。
体を離してレオさんと目を合わせると、レオさんはにこっと笑ってくれる。そのレオさんの笑顔に安心して、深い安堵の溜息を吐いてしまった。
「琥珀、幸せが逃げてくぞ?」
「レオさんは拷問官にジョブチェンジすればいいと思う。超怖かった。」
楽しそうなレオさんの声を聞きながら、レオさんの手のひらに背中の全体重を乗せて寄り掛かってみる。ビクともしないレオさんの手は凄いですね。涙目で今の心境を語ってみた。
「俺は超楽しかった。またやろうな、拷問ごっこ。」
「もういい、心臓に悪い。」
レオさんはマジで楽しそうに話してるけど、もう嫌だ。この短時間に俺の心臓はどんだけの鼓動の緩急を付けさせられたのだろうか。言葉通り心臓に悪かった。
「あ~、確かに琥珀の心臓はヤバかったな。密着してたから鼓動がこっちまで伝わってきてた。」
「違う意味で死ぬから。マジで怖かった。」
俺の心臓のドキドキはレオさんにも伝わっていたらしい。そりゃそうだ。レオさんにギュってくっつかれてたんだもん。レオさんの鼓動は全然分からなかったけどね。
「俺はマジで楽しかった。違う世界が開きそうだったわ。」
「ソレはネロにしてあげなよ。もう下りる。」
そんなに楽しかったなら、ネロと二人で楽しめばいいじゃん。ってか、ネロと二人だと、レオさんがドキドキする側になるんだろうな。だから、今は俺で楽しんだのか。成る程。
「駄目。」
ダメと言いながらも、軽く睨むと、レオさんは今度こそ両手を解放してくれた。レオさんの膝から下りて、床に座り込む。
怖かったって意味で、ネロの脚に抱き着いてみた。ネロは俺の髪を優しく撫でてくれる。顔を上げると、ネロはレオさんに顔を向けていた。興味深そうにレオさんの事を見てる。
一瞬ネロの片眉が上がったのが見えて、俺もレオさんに目を向けてみた。レオさんは俺と目を合わせてにこっと笑顔になってくれた。
「レオさん、ごめんなさい。なんか隠しちゃった。悪気はなかったの。ただ、なんか悪い気がしたから、えっと。」
レオさんに、ネロがまた痕を付けたのを隠しちゃったのは深い意味はなかったんです。言うならネロが言うだろうなって思っちゃったんです。
「問題ない。ってかね、こんなのも偶にはいいよな。やばいくらい興奮した。」
「レオさんは変わった性癖だね。」
謝罪をしてみたけど、レオさんは楽しめたらしい。目を細めて満足そうな顔をしてるからきっと本心なんでしょう。
これで興奮ってのは、ネロが見てたからなのかな。それとも、ネロが付けた痕を問い詰めている過程に対してなのかな。何れにしても俺には分からない世界だ。
「そうか?琥珀もこっち側に来たら分かると思うよ。一緒に楽しめる気がする。」
「そっち側に行っても俺は踏み留まれないから、対岸で見てる事にする。」
レオさんは楽しそうな笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた。レオさんといると、ジェットコースター並みの緩急がある気がする。もしくは、お化け屋敷みたいなドキドキ感かな。
どっちにしても超疲れた。気力が消費された感じがある。実際に消費されてるかは分からないけど。
二人から離れて、入り口の前に移動して外を覗いてみる。ヒンヤリというか肌寒さを感じる土砂降りの雨だった。今日は凄い雨になってるな、気が付かなかった。
「外に行きたいの?〈シール〉しよっか?」
レオさんが聞いてくれる声に首を振る。レオさんの体温で熱くなったから冷やしてるだけなんだよ。少しだけ降り込んでくる雨が気持ちいい。
「閨房術か?手際がいいな。」
「ん?そんな大層なもんじゃない。ただの駆け引き。会話術だよ。ネロには厳しいかもな。」
「成る程。」
外の風と雨の冷気を楽しんでいたら、ネロがレオさんに質問を始めた。二人の会話を聞いて聞き慣れない言葉を頭の中で補完してみる。警棒術、要するに、拷問用語的なヤツっぽいよね。
そりゃ、あの迫力あるあの言葉遣い。警棒のような牽制だったり威嚇の働きがある会話術か。成る程ね、言葉の意味合いは分かるけど言葉を知らないってこんな感覚か。
「お前がイケないんだぞ。煽るような真似をするから琥珀が犠牲になった。お前のせいだからな。」
「理解してる。しかし、少し興奮するな。」
「えっ、マジで。お前はやっぱこっち側で正解だったか。マジでヤバいだろ?アレするとな、興奮しまくるんだよ。で、アレだよ。な、分かるだろ?」
ん、なんか不穏な空気になってきた気がする。真面目に話してると思ったのに、ネロまでなんかレオさんっぽくなっちゃった。レオさんは安定のレオさんだった。
「はい、そこまで。大人の会話は子供のいないトコでしましょうね。終わり。」
少し二人の会話を聞いてたけど、やっぱレオさんのペースにネロが乗ってしまうらしい。困ったものだ。試合は強制終了。
「あ、続けるなら、レオさんの家でやってもいいよ。俺は読書してるから。」
「ヤルってお前。直接的だな。」
二人がこれ以上を望むなら、レオさんの家に移動してくださいって付け加えておく。レオさんが目を輝かせて揚げ足を取ってくるけど、無視ですよ。
「はいはい、ソウデスネ~。」
軽く睨みつけて、呆れた顔をして返事をしてあげる。レオさんの目が丸くなった。ついでに、ネロも目を瞠っている。
「マジで、その目付きゾクゾク来るわ。お前な、自覚あってやってんのか?」
目付きってなんだよ、意味が分からん。呆れた目付きだよ。眉を寄せて睨んでおく事にする。レオさんが俺から目を逸らしてネロに目を向けてしまった。
ネロはレオさんの視線を受けても、俺から目を逸らす事はしなかった。そして、ネロが小さく息を吐き出した。ほら、ネロも呆れたじゃん。
視界の端でネロの視線を捉えながら、レオさんへの睨みは解かない。ネロが目を細めたのが分かった。ネロに視線を移して、にこっと笑顔で頷いてみる。
ネロは戸惑った感じ瞬きをした後で、上を見上げてしまった。ネロの視線を追いかけて、上に何かあるのかと俺も見上げてみた。何もなかった。
「ネロ、お前もヤバいんだろ。俺と外に出るか?鍛錬でもして汗を流すのがいいかもしれない、無心になれるよな。それがいい。な、そうしよう。」
そっか、それがいいだろうね。レオさんは楽しそうだな。二人を見学したいけど、俺は今、ネロのぶかぶかの服だ。これで外には出られない。
さっき巻いたのに両袖がずり落ちてくる。ってか、ネロは手も長いよな、マジでいい体格をしてる。羨ましい。入り口を閉じて左の袖を折り畳もうとしたけど、諦めて捲り上げる。




