【055】
数年の月日が経ち、荒れた大地はサンタフェリアの村として、昔の姿を取り戻した。それから、更に十数年と言う月日が流れ、カレンの努力は実を結ぶこととなる。農地生産の向上、農具の開発――後に、農業革命と呼ばれる成果を齎し、やがて村は街へ姿を変えていった。
こうして、薬草の街・サンタフェリアが造り上げられたのだった。
街を再建したカレンが町長として押し上げられるのは至極当然のことだった。町長の銅像を作りたいと言う依頼があった際に、その依頼を丁重に断り、代わりにと、豊穣の神として獣の耳を持つ少女の銅像が建てられた。
そして、そんな器量の良い一人身の町長へとお見合いの話が持ち出されることも至極当然のことであった。しかし、カレンは決まって笑顔でいつも断った。
「僕には、まだ返事を聞いていない相手がいるので」
――そう言って。
そんなある日のこと。
グロリアス王国から、召集が掛かった。
これだけ優秀な人間であるのなら、一度この目で合ってみたいと言う、国王の暇をつぶす為だけの言わば、余興であった。しかし、断ることなど出来るはずもなく、カレンは素直に召集に応じることとなった。
サンタフェリアへ馬がやって来る。
「では、こちらへ」
言われるがまま、カレンは馬車へと乗り込み、グロリアス王国へと向かった。
「まさか、サンタフェリアの村で出会った子供がここまで大きくなるとは、月日の流れは早いものだな」
当時、救護活動を行っていた隊員の一人だった。
「クロイツさんはお元気ですか?」
カレンは何気なくそう聞いた。
しかし、兵達は互いに顔を見合わせている。
「もしかして、聞いていないのか? クロイツ元団長は、十数年以上前に当時の流行り病で亡くなっている」
「え……!?」
カレンには、その事実を知らされてはいなかった。
グロリアス学園へ入学してからは、寮生活であった。その為、普段クロイツに会うことが無かった。そして、フロイツから長旅になりそうな遠征があると聞かされ、それ以来だったのだ。
「そうですか、フロイツさんはもう亡くなっていたんですか……」
「君が気に病む事では無い。こんなにも立派になって、天国でクロイツ元団長殿も喜んでいるに違いない」
「そうだと、良いです」
カレンは、力無く笑って見せた。
しかい、その気持ちまで軽くなることは無く、重い気持ちを抱えたまま、グロリアス王国を目指すこととなった。
城門を抜けて、荷馬車を降りる。
間近で見る城は、遠くから見るよりも大きかった。中へ入ると、高価な装飾がなされていた。城へ来たことの無いカレンは、辺りをキョロキョロと見回していた。しかし、初めての城だと言うのに心がどこか浮かないでいた。
「こちらへどうぞ」
グロリアス兵から、そのまま国王の居る間まで案内をされた。
「待っておったぞ」
小太りの男が中央の椅子へと座っている。この男性こそが国王なのだろう。国王の周囲には、学者のような人や、近衛兵などいた。
片膝を突き、敬服の構えを取る。
「この度は、城への御招き頂き、誠にありがとうございます」
「うむ。お主の働き、私の耳にも届いておるぞ。私も鼻高々だ。」
「勿体なき、お言葉」
「時に、あの銅像のことだが、何でも昔遭ったことがある様なことを言っていたそうだな」
「はい、私が子供の頃の話です。そこには、獣耳を生やす者や、羽の生えた者などが暮らしている、ホライズンと呼ばれる街でした」
「ほう、実に興味深い。その話を詳しく聞かせて貰っても良いかな」
国王は、椅子から少し前のめりになりながら、文字通り食いつく様にカレンの話に耳を傾けた。
そして、更に数十年の月日が流れる。
「町長、町長!」
一人の若者が扉を開き、カレンの家まで強引に押し入って来る。
「どうしたんですか、そんなに慌てて?」
「か、神様が! 神様が現れました!」
カレンは、大きく目を見開いた。
古惚けたオルゴールを手に取り、その音色に少しばかし耳を傾ける。十数年経っても色あせない音が底からは流れて来る。そして、自然と涙が溢れて来てしまった。こんなみっともない顔では会えないと、指先でそれを拭い、小さく笑みを溢す。
「スゥちゃん、待ってたよ」
誰にも聞こえないような声で、カレンは小さく小さくそう呟いた。
――誰が付けたのかも分からない。
――誰が呼び始めたのかも分からない。
――どんな意味があるのかさえ分からない。
――光と闇が相反する、境界線より遥か彼方にある最果ての都、ホライズン。
そこには――
時空を越えた――約束があった。




