第三十六話:神様になろう!
第三十六話
決して望んだわけじゃないだろう。
誰だってそうだ。
今の立場、今の友人、今の自分。
それらは一瞬一瞬の積み重ね、それらが今の自分を形成している。
次の瞬間に新しい自分が生まれることはない。
別に頭がおかしくなったわけじゃない。
たまにはおかしなことを言ってみたくなる時もある。
「来たか」
「…」
恨めしそうに一応、爺を睨んでおいた。相手は屁の河童のようである。
「凄味が足りんのぅ」
「俺はそこまで歳をとっていないから無理だ」
ここに来る途中、民子ちゃんに会った。あれほど怖い存在には今後会えそうにもないな。あのぐらい睨みが聞いていれば怖いんだろうけど…無理だ。
「ま、よい。こっちじゃ」
爺さんは興味を無くしたようで俺を本殿へと連れて行く。本殿の中は五畳ほどの広さしかない。
「この部屋?」
「違う。これは道じゃ」
爺が格子状の扉を開ける。たったそれだけ、部屋は無限に続く光の廊下になっていた。
「後悔…することもないじゃろう。神になってしまえばそれも普通になる」
「ああ、そう」
「おい、土足のままで行くな神域じゃぞ。罰が当たる」
「…」
え?俺今から神様にされるんですよね。
矛盾してるんじゃないかとそんな感想を心の中で吐いて、進む。爺はついてこなかった。
「…ふむ、さて…」
扉が背後で閉まる。
振り返っても其処は前と全く同じ空間が広がっているだけ。白くて長い、道がある。
「…戻れんのかね」
「そうでもないね」
独り言をつぶやいただけのはずなのにずいぶん前に聞いた事がある声が、聞こえてきた。
「教授…」
「しばらくぶりだね、田原君」
優男っぷりは相も変わらず。変わっている事と言えば体全体が、灰色になっているぐらいか。
「生きてたんですね」
なるほど、宮本教授にゴキブリと呼ばれるだけはある。
「正確には、人間として生きてはいないけどね。髪に吸収されたと言っていいかな。眷族とやらだよ。体は灰さ」
脳みそないのに考える機能があると言う事か。それはそれで凄い。
「教授は…天導時教授はどうして、神様になりたいんですか?」
竹刀袋から刀を取り出し、鞘から解き放つ。
「前にも聞いた質問かな…。ああ、成りたいさ。神様だよ?それだけで価値あるモノ、価値を決めるモノさ。僕が、天導時時雨がどれだけ犠牲にして神様になろうとしているのか少しは知っているのだろう?」
「ええ、少しは。教えてくれるんなら今からでも聞きますよ」
逃げようにも、逃げられる場所なんてないのだろう。爺が扉閉めちゃったし。くっそー、開いているのなら今すぐにでも逃げ出したい。
「そうだな、真っ先に手をかけたのは妹だよ…もっとも、神隠しに遭ってしまったけどね」
「ノヅチに食べられたんですか?」
「違う、今こうやって君が神様になろうとしているのと同じさ。神が居なくなった土地で、扉が開いた。僕ら二人は其処に入って行く途中…転んでしまったのさ、情けない。妹だけが向かって、気付けば扉の前で倒れていた。数日後、僕は確信したね」
「神様はいると?」
「ああ、こればっかりは見た人間にしかわからないだろう。それから毎日その場所に通った。結果は変わらない、妹は神隠しに遭ったと言われそれっきり…もうずいぶん昔の事だ」
「それは別に妹を手にかけたわけじゃ…」
「変わらないだろう?見捨てたんだよ。それから妹に勝る犠牲はなかったかな。峠を越えてしまったのが間違いだったのかもしれない」
「俺には理解できませんね」
「理解してもらわなくていいさ。所詮は自己満足、神様になりたいからね。僕が神様になれれば、それで構わない」
刀を構えると天導時教授もどこから似たような刀を取り出してきた。
「刀は握った事がないんだ。お手柔らかに頼むよ」
「俺も素人なんですよっ」
「君が女なら、女神として迎え入れたんだがねぇ」
「ごめんこうむりますっ」
刀をぶんまわし、相手にぶつける。これまですっと手ににじんできた刀に拒絶されているようだ。それに比べ、天導時教授は滅茶苦茶振りが早い。三撃目、刀が飛んだ。
「あっ」
そう思った時には遅かった。教授の頭が俺の下に、下腹部から背後に向かって異物が体に入りこむ。
「うぐぅ…」
「はは」
天導時教授は何も言わなかった。ただ笑っていただけ。俺は無様に跪き、反射的に腹を抑える。刺さったままの刀の柄に手が当たった。
「終わりだね。これで僕は…」
光の廊下が、天井が、曖昧な物へとなっていく。覚醒時のように何処かへと意識が浮上する。
「…うぐ…」
刀を何とか引き抜こうとする…しかし、それはあまりにも長かった。羽津神社の本殿の畳を真っ赤に染めていく。
結局、俺は真っ赤に濡れた刀の刃を何とか抜こうとしたところで意識が無くなってしまった。




