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黒の小冊子  作者: 雨月
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第二話:気焔という個体

第二話

「田原―」

「おう、九條か」

 ラグビーやってそうな体型のくせに手芸やっているちぐはぐな友人九條巌。よく酒を飲む友達で酒以外で一緒に居る事は滅多にない。

「お前昨日家に女の子連れ込んでただろ?」

「…相変わらずすげぇな」

 誰誰は誰誰と付き合っている、きのう誰かが掘られた、公園サウナで襲われたなど等…そう言った事に詳しいのだ。

「がんばれよー」

「…そういうのじゃねぇよ」

「さっきも図書館で勉強してたみたいだが…ありゃ夜のお勉強のための予習か?」

「ちげぇよっ」

「ま、そうだろうな。じゃ、おれ行くわ」

「おう、またな」

 俺が調べていた事は羽津市の郷土史になるのだろうか。信長とかそこら辺が有名になり始めたころに羽津市では鍛冶をする者たちが多く居たらしい。何でも、この地の鍛冶職人は一人身を貫き炉を家、火を嫁としたとのことだ。

「……もはやこの時点で郷土史とかじゃなくて妖怪方面だな…」

 卵が先か鶏が先か…火を嫁としていた鍛冶職人のところにはいつしか女が出入りするようになりそれを焔女と呼んだ。

 焔女は火を操る…とはいっても火を自由自在に生み出し操るのではなく元からある火を自身の力でコントロールしたそうだ。

 まぁ、この焔女自体も羽津市全体に広がっていたわけでもない為、一部の者たちの嫁欲しさの幻として書物に殆ど載ることもなかった。ただ、この者たちが鍛えた刀…本数は少ないものの未だ錆びずに何処かに眠っているらしい。

 きっと見れば魅了される代物なのだろう。あの刀はしっかりとした心を持っていない時に見たら取りこまれそうだった。

 さて、話の続きになるが…この羽津市はあっさり武将に平定されて鍛冶は全面禁止となった。それを嫌った者たちは他のところへ行ってしまい、焔女がどうなったかはわからない。

 もともと怪談話でも何でもない焔女は火の神様が零落した姿、短期間のうちの鍛冶の歴史、へそ曲がりの多い職人が話を広めなかったといった理由で後世に伝わっていない。

 ただ一つ、焔女でわかっている事は共通して考える事が苦手、というどうでもいいことだったりする。

 以上が教授の調べた焔女についての情報だ。

「いやー、参った参った。宮本さんから『焔女の鍛えた刀が手に入った』とか言われたからつい見に行ってしまったよ。贋作だった」

「はは…それで昨日は居なくなったんですね」

 時折この教授は人の悪そうな笑みを浮かべたりマッドサイエンティストな感じの笑みを湛える。とりあえず、腹黒そうで腹を割って話せる相手ではないと俺は決めているので言わば要注意人物。

 しかも、地下研究所を持っており夜な夜な生物実験が行われているとか、教授の目的は鬼になる事等と変な噂が絶えない。

「そうそう、そうなんだ。それで田原大地君、焔女は見つかったのかな?」

「あー、いや、それが…」

「そうかぁ、残念だな。やはりもうこの地に焔女は残っていないのかな」

 こうなったら人の話を聞かない。十歳も年が離れていないと言うのに俺とは格が違うし、かなりの行動派だ。冗談で『私は妖怪です』とか言った学生は拉致されその後行方不明。一週間後、教授に関する記憶を失った状態で発見された。

「真白君は風邪だったから一人じゃやはり無理だったか―…うん、今度また三人で行こうか」

「……えー」

「単位」

「はい」

 なめくじは塩に弱い、大学生は単位に弱いのである。

 こうして開放されて俺は実家へと帰った。なーに、残りの授業はサボっても我が友人が何とかしてくれているさ。

「ただいまー」

「おかえり」

 気焔と名乗った焔女が家の中から駆けてくる。

「いやー、昨日は心苦しかった」

「ん、ああ…」

 焔女についてわかった事は良く食う良く寝るよく食べる……まだ短期間だからな。よくわかっていない事の方が多い。後分かった事と言えば耳をふさいでいても気焔の声が聞こえてくる。どうも頭に直接響いているようだ。

 代金を払ってほしいと言われてもう信じられないような金額を請求された。当然払えないから惜しいが刀は返すと言うとそれなら知り合いが見つかるまででいいからと押しかけられたのだ。

「家が燃えた彼女だとあんたがいきなり言うから俺の方が焦った」

「ふむ、それなら家が夜盗に襲われたほうが良かったか」

「……それはそれで…」

 警察に行けよ。

「ま、ともかくこの家に住むと言う事で家事を手伝ってもらう」

 そう言うと胸をそらされた。

「鍛冶は得意分野だね」

「あー……そういうお約束はいいんだ。家事、家事だよ、家事。掃除洗濯料理に水やり。それらが今日からあんたの仕事だ」

「か、火力ならあたしに任せてほしいっ」

「……」

 炭火焼き中心の料理もいずれ飽きるだろうからな。

「とりあえず今日はこれから身の回りの物を買いに行く。俺の言う事をちゃんと聞いてほしい」

「わかった」

「次に見るもの聞く物色々と見たことないものが多いかもしれないけど俺からはぐれないようにしてほしい。いずれちゃんと説明したりするから」

「むぅ、まるでわっぱみたいな扱いだな~」

「そして最後に、迷子にならないよう手をつないでおく事」

「あたしは子供じゃないっ」

「……約束が守れない子は家から追い出します」

「わかりました」

 恭しく頭を下げる妖怪にほっと胸をなでおろす。焼き殺されるかもしれないからな…しかし、自分がきっかけで起こった事を外で事件にするのも良くないだろう。

 気焔さんを連れて(一応さん付け)外に出る。見た目は普通の人間っぽいから安心だ。これがだいだら法師とかカッパならそうはいくまい。

「大地、大地」

「ん」

「なんだかさっきから見られている気が…」

 近所のおばさまたちだ。あらあらまぁまぁ等と言っている。

「もしかしてあたしが妖怪だと言う事を知っているのではないだろうか」

「……いやー、あれは違うと思う。気焔さん、今日はいいデート日和だなぁーって言ってみてくれ」

「わかった。試してみる」

 気焔さんの大根役者ぶりはすさまじかった。しかし、それでもおばさま方は『あらあらまぁまぁ講義をサボってまでデートする相手だからさすがに綺麗ね。あたしも昔は…』などと話し始めた。

「なるほど、あたしが妖怪だとはばれていなかったのか~」

 ほっと胸をなでおろす気焔さんに首をかしげる。

「何、どうかした?」

 今のこの時代では妖怪はかなり、というか存在そのものが疑わしく珍しい…と説明するとそれは大層喜んでもらえた。しかし、そうなったら研究施設…つまり、四肢を切り取られたり頭にナスとか突っ込まれるかもしれないと言うと大人しくなったのである。

「いや、小さい頃にちょっとあってひそひそと話されるのは嫌いだ」

「そう」

 まぁ、好きな人はいないだろう。居たとしたら特殊性癖の気がある。どの道、焔女と言う妖怪が世間に認知されているわけでもない。一見すると雪女の大局に存在するかと思えばそうでもない為どうしたものだろうか…そんな妖怪は認めないの一点張りで消えゆく運命にあるかもしれない。

 通りを抜け、生活雑貨を買い集めていく。ぱじゃま、下着、あと女性に必要な物は母ちゃんに任せるつもりだけれど妖怪だから人間と同じかと言えば…はて、どうなのだろうか。

 女体の神秘について頭の中で考え込んでいると腕を引かれる。

「あれはなんだ」

「……ああ、あれはクレープと言って……甘いものだな」

「食べてみたいな」

 上目遣いで見られる事なんて滅多にない。そう、たとえ相手が妖怪だろうと……だ。

「買ってくるよ」

 気付けばさっさと財布を持って女子に混じってクレープを買う。もし、気焔が男だったとしても一応は買ってあげただろう……しかし、こう素早く行動は出来ていなかったわけでこれまた俺ってば現金である。

「……もし雪女と会ってたら今頃氷漬けだっただろうな」

 その点、焔女に氷漬けにされることはないだろう。まる焦げはあるかもしれない……どっちがいいかは人による。

「これ、おいしいなっ」

 最初会った時のように目の中には無数のお星様が瞬き、その場で数度跳ねた。

「あ、ああ…喜んでくれたのならこっちとしてもよかった」

「あたしがまだ子供だったころは峠の団子屋がやっと始まったぐらいで結局口にできなかったからもしかしたらこれが初めての甘いものかもしれない」

「え…」

 それはまた時代と言うか何と言うか…。

「焔女ってどんな感じで生まれてくるんだ?」

「あたしは普通に母さんから生まれてきた」

「母さん?」

「当然焔女。生まれて一年からの記憶があって二年から両親を師として三年目からずっと一人で刀を打ってた。十年ぐらいしてここらも危なくなったって言う理由だったけどあたしはここで最高の一振りを作りたくて誰にも干渉されない様に封印してもらったんだ」

「…」

 寂しくは…なかったんだろうな。

「さすがにこの時代にはもう生きていないだろうから…見せたかったかな」

 それだけ言って空を仰がれた。寂しそうだった。ガキが母ちゃんの帰りを待っているかのような…いや、置いて行かれた顔をしている。

「……これ、やるよ」

「え、いいのか」

「ああ、食べてくれ」

 半分以上残っていたクレープを渡して俺は空を仰ぐ。ただ青い空が広がっているだけだ。


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