幽閉六日目 『イオンの何があかんねん』
「今日はデートやで、童貞クン♡」
幽閉六日目の朝。
志摩貴春先輩は、ベッドの上で宣言した。
「外に出ていいんですか。幽閉条件の第一条は」
「相談なしがあかんのや。ボクに相談したらええねん。はい、相談して」
「……外出してもいいですか」
「ええよ♡」
制度が、ゆるい。
「どこへ行くんですか」
「イオンや」
僕は関東から越してきた人間である。
デートと言われて、もう少し別の場所を想像していた。
顔に出たらしい。
「なんやその顔。イオンの何があかんねん」
「いえ、だめとは」
「ほな、ほかにどこ行くん。イオンしかないやん。イオンはええやん。イオンはええですやん!」
最後だけ、なぜか敬語だった。
◇
運転手の磯部さんの黒い車が、玄関の前で待っていた。
助手席に、先に乗っている人がいた。
「お母さんも、買いもんあるんやわ〜」
先輩のお母さんだった。
幽閉条件、第三条。
お母さんと三人で買い物に行くこと。
財布は、お母さんだからだ。
条文は、本当に守られるらしい。
イオンは、すいていた。
平日の、昼前である。
「この時間がいちばんええねん。人おらんでな」
先輩は、きょろきょろしながら言った。
人が少ないことを、何度もたしかめているみたいだった。
食品売り場に入ると、先輩の声が、ぱっと甘くなった。
「お母さ〜ん、これ食べた〜い。買って買って〜♡」
「はいはい。かごに入れとき」
「これも〜。あと、これも〜」
かごが、お菓子でうまっていく。
学校で噂の、あの貴春先輩である。
先輩は、僕のほうをふり向いた。
「童貞クンも食べたいもんあったら、お母さんに言えばええで」
「先輩。お母さんの前で、その呼び方はやめてください」
「え〜? ほな、なんて呼べばええの〜?」
お母さんが、にこにこしながら首をかしげた。
「あら。ゆうへい君は、童貞さんなん?」
「ちょっと!?!?お母さん!?!?!?」
売り場じゅうに、僕の声がひびいた。
お母さんが、頬に手を当てた。
「あら〜。お義母さんやなんて、気ぃ早いわあ」
「そういう意味じゃないです!!!!」
先輩が、横でにんまりしていた。
◇
「ゆうへい君、きのうのごぼうのささがき上手やったなあ。今日はきんぴら教えたろか」
「お願いします。ごぼうは、太いほうがいいんですか」
「ええ質問やわあ。貴春はそんなん、聞いてくれたことないんよ」
野菜売り場で、話がはずんだ。
だれかに料理を教わるのは、楽しい。
気がつくと、先輩がいなかった。
かごの中のお菓子だけが、残っている。
「あらら。いつものやつやね」
お母さんは、なれた顔で言った。
「ゆうへい君、車のとこ、見てきたってくれる?」
幽閉条件、第四条。
ボクが車に引きこもっていじけたら、迎えに来ること。
◇
駐車場に、黒い車がとまっている。
磯部さんが、だまって後ろのドアを指さした。
先輩は、後ろの席のすみで、ひざをかかえていた。
窓のほうを向いている。
僕は、何も聞かなかった。
フードコートで買ってきたソフトクリームを一つ、先輩のほうへ差し出した。
手をのばしたまま、先輩が取るのを待った。
しばらく、だれもしゃべらなかった。
先輩が、ソフトクリームを取った。
僕は、少しはなれて座った。
小さい声だった。
「……ボクのお母さんやのに」
「取りません」
「お母さんとばっかり、しゃべって」
「きんぴらを習っていました」
「……キミも、ボクのやのに」
幽閉条件、第十条の『お母さんみたいな人』の件だろうか、と僕は思った。
料理はお母さんに習え、と言ったのは先輩のほうだ。
「先輩。幽閉条件の第四条は、これで合っていますか」
先輩は窓のほうを向いたまま、ソフトクリームをなめた。
「……合格や」
耳が、赤かった。
帰りの車で、お母さんがうれしそうに言った。
「楽しかったなあ。また三人で来よな」
「次は二人で来る!!」
先輩が、僕のとなりから即答した。
「あら〜」
お母さんは、ころころ笑った。
デートの行き先として、イオンは正解だった。
関東の友だちには、言えないけれど。
言う友だちも、いないけれど。




