幽閉五日目 『お母さん、おめでとう〜!』
幽閉五日目。
ささって、の日が来た。
先輩のお母さんの、誕生日会である。
志摩貴春先輩は、朝からそわそわしていた。
今年も、ケーキを運ぶ係らしい。
「今年は落とさへん。ぜったい落とさへん」
言えば言うほど、落としそうに聞こえる。
僕のほうは、お母さんに台所へ呼ばれた。
「ゆうへい君、手伝うてくれる? 貴春は台所に入れたらあかんのやわ」
「何かあったんですか」
「あの子が卵を割ると、殻のほうがようけ入るんよ」
お母さんは、にこにこしながらひどいことを言った。
台所のテーブルには、もう料理が並んでいた。
伊勢えびのお造り。
あわびのステーキ。
松阪牛のローストビーフ。
どれも、お祝いにと届いたものらしい。
届けてくる人がいる家なのだ。
「でもな、貴春がいちばん食べるんは、こっちなんよ」
お母さんが自分で作るのは、からあげとエリンギ。
それから、味ごはん。
「味のないごはんも、あるんですか」
「炊き込みごはんのことやに。ゆうへい君、ほんまによその子やねえ」
僕は言われるままに、ごぼうをささがきにした。
だれかと台所に立つのは、初めてだった。
台所の入り口から、茶色い頭がのぞいていた。
「修行しとるな。感心、感心」
「先輩は入ってこないんですか」
「入ったら怒られるもん」
幽閉条件の第十条『お母さんみたいな人』は、こうやって審査されているらしい。
◇
夕方。
母屋の食卓に、ごちそうが並んだ。
先輩のお母さん。
先輩の姪っ子の、つむぎちゃん。
足もとには、チワワのペロちゃん。
先輩のお兄さん夫婦も同じ母屋に住んでいるけれど、共働きで、ほとんど家にいない。今日も、仕事らしい。
その二人のぶんをのぞいても、席が一つあまっていた。
「お姉ちゃんの席やに」
つむぎちゃんが、小さい声で教えてくれた。
「去年、家を出ていったん。ペロちゃんは、お姉ちゃんが置いていった犬」
「今年も声はかけたんやけどなあ。合わせる顔がない、言うてな。来るかもしれんで、席だけはあけとくんやわ」
お母さんは、笑って言った。
先輩は、その席を見ないようにしていた。
さっきまでのそわそわが、止まっている。
理由は、聞かなかった。
かわりに、先輩のお茶碗に味ごはんをよそった。
絵にかいたような大盛りにした。
「……多いわ」
先輩は小さく言って、それから、ちょっとだけ笑った。
「いただきます!」
先輩は、伊勢えびにもあわびにも目をくれなかった。
まっすぐ、からあげに箸をのばす。
「んん〜♡」
本当に言った。
「な? おしょうゆも足さんと、これやでな」
お母さんが、うれしそうに僕に言った。
僕も、からあげを食べた。
この家に来てから、ごはんがおいしくなかった日が、一日もない。
◇
食事のあとは、いよいよケーキである。
ケーキは、台所の冷蔵庫で冷やしてあった。
先輩が、箱を両手で持って、台所から歩いてくる。
一歩ずつ。
息を止めている。
「お、落とさへん……落とさへんで……」
「きはる、去年もそう言うとった」
「つむぎは黙っとって!!」
つむぎちゃんが、僕のそでを引っぱった。
スマホの画面を、こっそり見せてくる。
「おにいさん、これ去年のきはる。ケーキ落としてな、『みそぎや!』言うて、自分でハサミで前髪切ったん」
写真の先輩は、まゆ毛のずっと上で、前髪がまっすぐにそろっていた。
今の先輩とは、だいぶ違う。
「伸びるまで、半年かかったんやで。おばあちゃん、笑いすぎて泣いとった」
先輩の声が、ひっくり返った。
「つ、つむぎ!?!?! それも言わんでええ!!!! 写真も見せんでええ!!!!」
箱が、かたむいた。
僕は、とっさに席を立って、下から手を出した。
箱は、止まった。
先輩の手と、僕の手が、箱の下で重なっている。
先輩の指は、冷たくて、少し震えていた。
「……ナイスや、童貞クン」
そのまま二人で、ケーキをテーブルまで運んだ。
一年ごしで、ケーキは無事に着いた。
ろうそくに火がつく。
先輩の声が、ぱっと明るくなった。
子どもみたいに、楽しそうだ。
「お母さん、おめでとう〜!!!!」
先輩はお母さんに抱きついて、ほっぺたをくっつけた。
学校で噂の、あの貴春先輩である。
お母さんは、ろうそくを吹き消した。
それから、僕のほうを見て、にこにこ笑った。
「ゆうへい君。来年も、ケーキ持つ係、たのむわな」
僕の来年の予定が、一つ決まってしまった。




