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『年下の童貞クンは、ボクの実家に一ヶ月幽閉したろ♡』と噂の三重弁の先輩に狙われて、目が覚めたら先輩の実家の離れだった  作者: 雫 くずし


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7/13

幽閉四日目 『一年の問題やろ? 楽勝やに』

幽閉四日目の朝。

離れのすみに、僕の通学カバンが置いてあった。


中には、夏休みの宿題が全部入っていた。


「磯部さんが、いっしょに運んでくれたんやに。気ぃきくやろ」


志摩貴春(きはる)先輩は、自分の手がらみたいに言った。


誘拐のついでに、宿題まで運ばれている。

この家からは逃げそこねたうえに、宿題からも逃げられないらしい。


先輩は僕の布団を部屋のすみへ押しやって、部屋のすみの机を指さした。


「ほな、やろか。机つるで。そっち持って」

「机を、どこに吊るすんですか」

「吊るさへんわ! 運ぶことやん。学校でも掃除のとき言うやろ」


言っていた。

みんなが何を吊るしているのか、ずっと分からなかった。


僕は中学のとき、親の転勤で関東から越してきた。

三重の言葉は、いまだに半分くらいしか分からない。


二人で机を、部屋のまん中までつった。


先輩は僕のとなりに、ぴったり座った。

近い。

シャンプーのにおいがして、数学どころではない。


「一年の問題やろ? 楽勝やに。見せてみ♡」


先輩は、僕の問題集をのぞきこんだ。


のぞきこんだまま、動かなくなった。


一分たった。


三分たった。


エアコンの音だけがしている。


「……これ、今年から教科書変わった?」

「変わってません」

「ほな、問題のほうがまちがっとるな」

「まちがってません」


先輩は、ゆっくり問題集を閉じた。


それから、急に大きな声で言った。


「苦しいのもまた人生!!!!」


開き直った。


  ◇


先輩は押し入れから、古い紙のたばを出してきた。


「見てみ。これが本当のボクの実力や」


通信簿だった。


『よくできた』に、丸がずらりと並んでいる。


「な? ほとんど『よくできた』やろ。先生にも、ようほめられたんやに」

「先輩。これ、小学校のですよね」


先輩の声が、ひっくり返った。


「よ、『よくできた』は『よくできた』やろ!!!! 何年生でも!!」


中学と高校の通信簿は、最後まで出てこなかった。


そのとき、ドアが開いた。


おかっぱ頭が、ひょいとのぞく。

先輩の姪っ子の、つむぎちゃんだった。


「きはる、これ解ける? 学校でだれも解けやんかったやつ」


つむぎちゃんが出したのは、パズルのドリルだった。

図形を回したり、積み木の数をかぞえたりするやつだ。


先輩は、ちらっと見た。


「三番。次が七個。その次は、右から二つめ」


一秒だった。


つむぎちゃんが、答えのページをめくる。


「……ぜんぶ合っとる」

「こういうんは得意やねん。もこたんにも勝ったことあるで」


もこたんというのは、先輩の東京の友だちだ。

きのう、磯部さんに聞いた。


先輩は、鼻を高くした。


僕は自分の問題集を開いて、先輩の前に置いた。


「では、こちらもお願いします」

「それは、ちゃうねん」

「何がちがうんですか」

「それは勉強やん。ボクが得意なんは、ひらめきや」


先輩のひらめきは、教科書のないところでしか光らないらしい。


つむぎちゃんが、僕のノートを横からのぞいた。


「おにいさん。二問目、マイナスつけ忘れとる」


小学生に、符号のまちがいを見つけられた。


「つむぎ、公文で先までやっとるでな」


先輩が、また自分の手がらみたいに言った。


  ◇


夕方になった。


僕の宿題は、二ページ進んだ。

ほとんど、つむぎちゃんのおかげである。


片づけのとちゅうで、押し入れの奥に、もう一冊問題集があるのを見つけた。


表紙に『二年』と書いてある。

名前のところに、十か条と同じくせのある字で『志摩貴春』。


中は、まっ白だった。


「先輩。これ」

「二年の問題やで。キミには無理や」

「先輩にも、無理なんですよね」


先輩は問題集を取り上げて、押し入れのいちばん奥に戻した。


ふすまを、ぴしゃりと閉める。


「苦しいのもまた人生!!!!」


夏休みは、あと二十六日ある。

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