幽閉二日目・朝 『貴春が男の子連れてきたん、初めてやわ〜』
渡り廊下を、スリッパの音が近づいてくる。
志摩貴春先輩が、僕の後ろに隠れた。
「く、くる……!」
誘拐犯が、人質を盾にしている。
ぱた、ぱた、ぱた。
音が、ドアの前で止まった。
「き、きた……!」
ドアが開いた。
エプロン姿の、小柄な女の人が立っていた。
片手に、おたまを持っている。
髪は、あごのあたりで切りそろえた、上品なボブ。
目元が、先輩にそっくりだ。
女の人は、僕を見た。
僕の後ろの先輩を見た。
ベッドと、そのすぐ横の布団を見た。
「あらまあ」
終わった、と先輩が小さく言った。
「貴春が男の子連れてきたん、初めてやわ〜!」
終わっていなかった。
先輩が、僕の背中から飛び出した。
「お、お母さんまで言わんでええ!!!!」
「だってほんまやんか。お赤飯たかなあかんわ」
「たかんでええ! ち、ちゃうねん、これはな、幽閉や!」
お母さんは、ぽんと手を打った。
「ゆうへい君いうん? ええ名前やねえ」
違う。
「いえ、あの、僕の名前は」
「ゆうへい君、朝ごはんまだやろ?」
「まだですけど、名前が」
「卵焼きは甘いんと、しょっぱいん、どっちがええ?」
この人、話を聞かない。
先輩のお母さんだ、と思った。
言うなら今だった。
この人は大人だ。
事情を話せば、きっと家に帰してくれる。
「あの。実は僕、先輩に誘拐されて」
「うちの子がごめんなあ。ほんで、どっち?」
軽い。
「……甘いので、お願いします」
僕は、自分で出口を閉めた。
◇
母屋の食卓は、旅館だった。
あじの干物。
甘い卵焼き。
あおさの味噌汁。
つやつやの白いごはん。
「おうちの人には、ちゃんと言うてあるん?」
「昨日ボクが電話した。部活の合宿やって」
「何部?」
「……幽閉部」
「ほな安心やねえ」
安心ではない。
そして僕の親も、なぜそれで納得したのか。
食卓の向かいでは、先輩の姪っ子のつむぎちゃんが、アイスを食べていた。
ハーゲンダッツだった。
「つむぎ! なんで朝からアイス食べとん!」
「報酬。」
「何の!」
「調査の」
先輩が、ゆっくりお母さんを見た。
お母さんは、にこにこしている。
「だってあんた、きのう急に『夜食ほしい』言うたやんか。いつも九時には寝とる子が」
「うっ」
「てこね寿司も、おかわりや言うて二人前持っていくし。お風呂のときも、廊下の足音が二人ぶんしとったし」
僕は、ゆうべのことを思い出した。
夜食のおにぎり。
先輩は「お母さんが握ってくれたんやに」と、得意そうに言っていた。
あれは、やさしさだけではなかった。
確認でもあったのだ。
夜食をほしがらない娘が、夜食をほしがった。
だからお母さんは、おにぎりを二つ握った。
二つとも、なくなって返ってきた。
離れには、二人いる。
ばれていた。
最初から、全部。
渡り廊下の、あの忍び足に、意味はなかった。
「……先輩。自分で証拠を運んでたんですね」
「キミまで言わんでええやん!!!!」
「ほんで今朝、つむぎに見てきてもろたんやわ。ええ子やわあ」
つむぎちゃんは、スプーンをくわえたままうなずいた。
この子は、先輩からも口止め料を取っている。
二重取りだった。
「この家、ボクの味方おらんの!?」
おらんらしい。
僕は卵焼きを食べた。
うまい。
くやしいくらい、うまい。
先輩は、お母さんの隣にぴったりくっついて座っている。
声が、いつもより甘い。
「お母さ〜ん、卵焼きもう一個〜」
「はいはい」
「お母さんの卵焼き、世界一やでな〜」
「昨日はてこね寿司が世界一やて言うとったやんか」
「どっちも一位や〜」
誰だこれは。
学校で噂の、あの貴春先輩だ。
年下の男子を幽閉するという、あの。
僕の視線に気づいて、先輩が小声でにらんだ。
「……なに見とん」
「いえ、何も」
「学校で言うたら、幽閉一ヶ月延長やでな」
罰が幽閉の人に、幽閉で脅された。
食べ終わって、僕は立ち上がった。
「先輩、お皿はどこに下げたらいいですか」
「お母さんに聞いて。ボクに聞かれても分からん」
生まれたときから住んでいる家のことを、堂々と分からないと言った。
お母さんは、にこにこしながらお皿を受け取った。
「ゆうへい君はええ子やねえ。貴春、ええ子つかまえたなあ」
「せやろ! ボクがつかまえたんやで!」
物理的に、である。
「夏休みのあいだ、ずっとおってくれるんやろ? お布団、干しとくでな」
お母さんは、そう言って笑った。
こうして僕の幽閉は、家族公認になった。
この家に、僕を助けてくれる人はいない。
ごはんは、おいしい。




