幽閉二日目 『きはるが男かくしとる』
目を開けたら、知らない女の子が僕をのぞき込んでいた。
小学生くらい。
ランドセルが似合いそうな、おかっぱ頭。
二日連続で、目覚めに人がいる。
僕の人生に、こんな時期が来るとは思わなかった。
「……だれ?」
女の子が言った。
もっともな質問だった。
「えっと。誘拐された者です」
「きはるに?」
「はい」
「ふーん」
女の子は、ベッドの横の布団を見た。
志摩貴春先輩が、口を半分あけて寝ている。
長い髪が、顔の上でぐしゃぐしゃになっている。
学校で見る先輩とは、だいぶ違う。
「きはる、また変なもん拾ってきたん」
変なもん。
「前はマーモットやった」
「僕はマーモットの次なんですね」
「おにいさんのほうが大きい」
ほめられたのかもしれない。
女の子は、僕の前にちょこんと正座した。
「警察、呼ぶ?」
落ち着いている。
この家でいちばん話が通じるのは、この子かもしれない。
「いや、えっと」
呼んでください、と言うべきだった。
口から出たのは、別の言葉だった。
「……ごはんが、おいしかったので」
女の子は、大人みたいにうなずいた。
「おばあちゃんのごはんは、しゃあない」
しゃあないらしい。
◇
「んん」
先輩が目をこすりながら起きた。
「おはよ♡童貞ク……つ、つむぎ!?」
飛び起きた。
「なんでおるん!? 鍵かけたやろ!」
「窓あいとったで」
僕は先輩を見た。
先輩は目をそらした。
「ザルやんか」
小学生に言われている。
この子は、つむぎちゃんというらしい。
先輩のお兄さんの子で、つまり姪っ子だ。
「つむぎ、あんな、これはな」
「誘拐やろ。本人が言うとった」
「言うたん!?」
「聞かれたので」
先輩はベッドの上で正座して、姪っ子に両手を合わせた。
「お母さんには内緒にして! お願い!」
「えー」
「アイス買うたる!」
「ハーゲンダッツ」
「……ええよ」
「箱で」
「…………くっ、は、箱で買うたる」
交渉が一方的だった。
先輩は、からかう側の人だと思っていた。
この家の中では、どうも順位が違うらしい。
つむぎちゃんは立ち上がって、僕のほうを向いた。
「おにいさん」
「はい」
「きはるな、うちに友だち連れてきたん、初めてなんやに」
先輩の声が、ひっくり返った。
「つ、つむぎ!?!?! それは言わんでええ!!!!」
「きはる、ちっちゃいころから、ずっとひとりで離れにおったでな。よかったなあ」
「よ、よくない! こいつは友だちちゃう、幽閉しとるんや!」
「はいはい」
小学生に、はいはいと言われている。
僕は聞いてみた。
「先輩。噂だと、年下の男子を何人も幽閉してきたって」
「……し、してきたで? 百人くらい」
「この離れに?」
「詰めたら入る」
入らないと思う。
「あ、そや。きはる、ささってやでな」
「わかっとる」
ささって。
「……何の日ですか」
「ささっては、ささってやん」
先輩が、何を聞かれたのか分からない顔をした。
「あした、あさって、ささって」
つむぎちゃんが、指を三本立てて教えてくれた。
三日後のことらしい。
三重では、あさっての次に、もう一日あるのだ。
「おばあちゃんの誕生日会なん。きはる、ケーキ係やで。落としたらあかんで」
「落とさへんわ!」
「去年落とした」
「…………」
先輩は、去年落としたらしい。
つむぎちゃんは、もう窓に足をかけていた。
来たときも、そこから入ったらしい。
「ほな、内緒にしといたるわ」
「ほんま!? つむぎ、ええ子やなあ!」
窓の外に、おかっぱ頭が消えた。
先輩は大きく息をはいて、僕に向き直った。
髪を手ぐしで整えて、いつものにんまり顔を作る。
「さて、童貞クン♡ 幽閉二日目、はじめよか」
十秒後だった。
母屋のほうから、よく通る声が聞こえてきた。
「……おばあちゃーん! きはるが離れに男かくしとるー!」
先輩がにんまり顔のまま固まった。
「つむぎぃぃぃぃ!!」
ハーゲンダッツは、1箱では足りなかったようだ。




